偽装結婚はおさない恋の復活⁉︎

佐倉 蘭

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Chapter 4

元彼 ①

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「さぁっ、スマホをお貸しっ!」

   隣のテーブルから「女王様」のような声が飛んできた。

   思わず、一人を除いた三人が「女王様」の方を向く。もちろん、除いた一人は青山だ。背中合わせで繰り広げられていることには、まったく関心がないようだ。

「……みっともない。ガン見するな」

   氷点下の表情と口調は、決して崩さない。シーザーサラダとハーブ風ローストチキンを黙々と食べていた。シーザーサラダの方が先だ。彼はベジファーストを実践しているのだ。

「『やや』っていう名前なんだ……かわいい名前だなぁ……どんな漢字なんだろ?……名字はなんていうのかな?」
   山口がぶつぶつとつぶやいている。

   確かに『お料理を食べながら、お隣の話に聞き耳を立てていればいいんじゃない?』と麻琴は言ったが……

   いざ「実践」しているのを見ると、さすがに鳥肌が立った。ストーカーじみていて……キモい。


「ちょうどよかった、山田っ!ちょっとこっちに来な。あんたに話があんのよ」

   ややが手招きしながら、テラスの入り口にいる山田に呼びかけていた。

「……カッコいいよなぁ」

   青山越しに見える「女王様」の姿勢のよい後ろ姿に、山口はうっとりして言った。
   山口はMだったのか?と、麻琴だけじゃなく青山も石井も思った。

「青山さん、邪魔……ちょっとどいて」
   心の声もダダ漏れだ。

   ムッとした青山が稍を見せさせまいと、わざと身体からだで隠す。

「だからっ、青山さん邪魔だってっ!」
   山口はイライラした声でうめいた。青山が「上司」だということをすっかり失念している。

   だが、しかし……

「あ、あれ……あの男、なんだ⁉︎」

   山口の顔がいぶかしげに歪んだ。テラスの入口から、だれかが制止するのを振り払って、稍へ向かって、まっすぐに歩いていく男の姿が見えたのだ。

   グレーのスーツを着た、一七五センチくらいの割と整った顔立ちの男だった。

「あら、まずまずのイケメン♡」
   麻琴が愉しそうに、ふふっ、と笑った。

「確かにそうだね」
   石井も口角を上げて、ニヤリと笑う。

   さすがの青山も、稍の方へ振り向いた。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


   稍たちがいるテーブルにやってきた野田は、勝手に稍の傍の椅子に座った。

「……今さら、ややさんに何の用ですか⁉︎」
   沙知が稍の代わりに噛みつく。  

   野田のあとを追ってやってきた山田も、沙知の隣の椅子に腰を下ろす。

「ちょっと、たすく。どういうこと⁉︎なんで、ややさんとこの店にいることを、野田課長代理なんかに教えちゃったのよ⁉︎」

   沙知は、凄まじい目で山田を睨んだ。こんなことなら、予約せずに行き当たりばったりのお店にすればよかったと、激しく後悔した。

「野田さんがお昼に社食で、沙知が『今日、ややさんにお台場で会うんだ』って話してたのを聞きつけたんだよ。そしたら『山田、西村さんと同棲してるなら、今夜行く店くらい知ってるだろ⁉︎』ってすっごい剣幕で……おれだって、麻生さんの迷惑になるようなこと、したくなかったよ」

   野田は山田にとっては直属の上司だった。
   だが、それでもここに来るまでの道すがら、何度も引き返すように促した。テラスの入口では身体からだを張って止めようとまでした。

   そのとき、海賊姿の店員がオーダーを取りに来た。「この人たちはいいです」と言おうとした稍を制して、野田が勝手に注文する。
   そして、沙知に向かって言った。

「……西村さん、悪いのはおれなんだ。ここへは、山田に無理矢理連れてきてもらったんだ。山田を責めないでくれ」

  それから、稍の方に向き直った。

「やや……頼む。おれの話を聞いてくれ」

   そう言って、頭を下げた。

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