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Chapter 7
演技 ②
しおりを挟む家に帰ってきたら、また片付けがはじまった。でも、散乱したリビングは今日中になんとかなりそうだ。
智史が「物置部屋」へ、本棚が届いたら収納する予定の書籍や雑誌を運んていく。
衣類の方は、クリーニングに出す方は明日にでもコンシェルジュに渡し(高級マンションはなんて便利なんだろうと、ど庶民の稍はしみじみ感じた)、家で洗濯できるものは今ドラム式洗濯機が全力で洗ってくれている。
そして、一番厄介だと思っていた「水回り」であるが、智史は料理をせず外食かコンビニ弁当の不摂生極まる食生活であるため、キッチンはほとんど使われていなかった。
また、ジムやランニングステーションでシャワーを済ませてくることが多いらしく、バスルームもキレイであった。
来たときはどれだけかかるかと気が遠くなりそうだったが、いざ不要なものを片付けてみると、智史の部屋は必要最低限の家具しかなく、至ってシンプルだった。
——この状態をキープしてもらわんとなぁ。
ショールームへ行く前に智史が「寿司を腹いっぱい食わせたる」と言うから、テンション上げてついて行ったら、四千円ほどで食べ放題の寿司屋だった。
稍が、セコくない?という目で智史をじとっ、と見ると「まぁ、食うてみろ」と顎でくいっと促された。
食べ放題とはいえ、寿司職人が目の前で握ってくれる本格的な寿司だ。一口食べてみると「美味しい」と思わず声が漏れた。
智史が「築地に本店があって、ここは出店や」と言って、得意げになった少年のように笑った。
レインボーブリッジが眼前に広がっていて、雰囲気もよかった。
だから……思わず食べ過ぎてしまった。
「夜は軽く『引っ越し蕎麦』でええかな?」
稍は冷蔵庫の中を見てつぶやいた。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
大阪風「たぬき」蕎麦ができた。揚げ玉入りではなく、関東で言うところの「きつね」蕎麦である。
稍は食材だけでなく「調味料」も持ってきていたので楽勝にできた。京都風に「あんかけ」にしたかったが、葛はもちろんのこと片栗粉すらなかったため、さっぱりと大阪風になった。
「智くーん、お蕎麦できてんけどー」
物置部屋まで呼びに行く。
「おう、サンキュ。引っ越し蕎麦か」
今度はこの部屋が、足の踏み場もないほどになっていた。
今朝まで積み上げられていたダンボールが、今は畳まれて部屋の端に束ねられている。その中に入っていたものは仕分けして重ねてあるみたいだから、収納家具が届けばすぐに片付くだろう。
もともと神経質なほど律儀な性格だし、仕事もできる人だから、合理的に片付ける算段をしながら、作業を進めているのはさすがだな、と稍は思った。
「あっ、エッチなDVDとかあったら、わからんようにうまく隠しといてやー」
稍にちょっと、いたずら心が出た。
「アホか、そんなんあるか」
智史にぎろり、と睨まれる。
「あ、そっかぁー。今はそういうのネットで見られるもんなぁー」
稍が怪しい流し目で智史を見る。
「心配すんな。そういう気になったら、これからはおまえで『処理』するから」
智史が一転して、目を細めて愉しげに言った。稍の余裕ぶった顔が、一瞬のうちにぎょっ、となる。
——やり過ぎた。返す刀で返り討ちやん。
「おまえがここを収納部屋にしたら、って言うてくれて助かったわ。……おまえ、もうおれの寝室以外では寝られへんな」
智史が黒く笑った。稍がまんまと自分の策にハマったことを意味していた。
稍は、ハッとした。
リビングで寝ていたら、テレビボードやローテーブルが、するするーっとフローリングの床を滑ってくるかもしれない。ダイニングキッチンからも、扉が開いてなにが飛んでくるかしれやしない。
一方、物置部屋は、壁一面に連なる収納家具が、雪崩のように倒れてくるかもしれない。
稍は真っ青になって、その場に崩れて頭を抱えた。
智史の言うとおり、稍が安心して寝られるのはベッド以外にはなにも置かれていないという寝室しかない。
——ちょっと褒められたからって、まんまと「セフレ」への道、一直線やんかぁーっ!
「おい、早よ、蕎麦食おうや。伸びるぞ」
智史は機嫌よく稍の両腕を取って抱え起こした。
すっかり脱力した稍はそのまま、引き摺られるようにダイニングへ「連行」された。
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