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Chapter 2

醜聞 ⑥

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「どうせ『言い訳』にしか思わねぇだろ?なにを言っても、聞く耳を持つヤツじゃないからな」

   神宮寺はうんざりした口調でごちった。栞も、うんうん、と肯く。

「じゃあ、先生、並行して古湖社にもお書きになるんですか?……しかも、ここで?」
   しのぶが上目遣いで、ぎろっ、と睨む。

   このログハウスは、実はしのぶの叔父の別荘だった。社を挙げての経費大削減の折、いくら「出せばベストセラー」という神宮寺のカンヅメ計画でも、いつ完成するかはっきりとは言えないモノには経費が下りなかったのだ。

   だからしのぶは、かなり強引に叔父に頼み込んで家賃を無料ダダにしてもらって、ここを借りているのである。
   しかも、叔父がここに篭りたくなったらすぐに出る、という約束で。

「神崎、そんな恨みがましい目で見るなよ」

   神宮寺が世にもめんどくさそうに顔をしかめる。

「おれが並行して書けるほど器用じゃないことは一番よく知ってるだろ?『夏冬』には……不義理はしねえよ」

   いくつものコラムの連載を抱える神宮寺ではあるが、「本業」の小説だけは一作に集中しないと書けないタイプなのだ。

「えっ、先生、池原さんのところには書かないんですかっ⁉︎」

   栞はぎょっとした声になる。

「そしたら……GW明けにパーカーとスリムジーンズの普段着を撮られたあたしの記事が出ちゃいますよっ⁉︎ よりによって、いつもに増してラフな格好のあのときに撮られるだなんてっ」

   栞の「嘆き」はさておき——

   いったん記事が出てしまうと、あとから「彼女はただのアシスタントです」といくら弁明したところで、世間からはそれこそ聞く耳を持ってもらえない。

   一般人だった栞が「作家・神宮寺 タケルの京都妻」として注目されるようになり、今までの生活ががらりと変わる恐れもある。

「栞ちゃんが世間にさらされるようなことになっちゃ、教え子をわたしに預けてくれた千尋に顔向けできないわ……」

   しのぶの眉間に、ぐーっとシワが寄った。

「書かないとは言ってないさ。ただ、それは『夏冬』の分が終わってからだ。池原ヤツからは、すぐに書け、とは言われてねえからな。それまではここで書くが、そのあとは今度は『古湖』の方に『場所』を提供させてやるさ」

   神宮寺が「妥協案」を示した。

「でも、まぁ……池原に気づかれたってことは、そのうちまた、別の社の編集者もここを嗅ぎつけてくるだろうな」

   神宮寺が東京から姿を消して、そろそろ一ヶ月になる。
   だが、今の時代、大御所の文壇作家サマでもない限り、コラムを担当する出版社の編集者たちがわざわざ原稿を取りに来ることはない。

   だから、神宮寺が彼らと直接顔を合わせるのは止むに止まれぬ打ち合わせのときくらいで、ちょっとした打ち合わせや原稿の送付などはすべてL◯NEやメールなどネットを介しておこなっているから、正直言ってこんなに早く「発見される」とは思わなかったのだが……

   彼らがもし、このログハウスを嗅ぎつけてやって来たら、必ず栞と出会でくわす。

「確かに栞ちゃんはかわいい系の美人だから、いくら先生の『アシスタント』って言っても信憑性に欠けるわよねぇ」
   しのぶが長いため息を吐く。

——いやいやいや。そんなわけ、ないやないですかぁ?年齢イコール彼氏いない歴の、まっさらさらの「生娘」ですよ?

   栞の「天然記念物」がゆえの所業であることは百も承知だ。
   それでも栞が目の前でぶんぶんぶんと、首と手を左右に振っているのは、ただ鬱陶うっとうしいだけなので、神宮寺もしのぶもこの際ガン無視だ。


「……そうだなぁ」

   腕を組んで「思案」していた神宮寺が、ぽつりとつぶやく。

「だったら、いっそのこと——本当の『京都妻』になるか?」

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