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Chapter 3
告解 ②
しおりを挟む「……なに言ってんだ?」
神宮寺は大きな手のひらで、俯く栞の頬をすっぽりと包んで、くいっと上げた。
「周りのヤツらが栞をどんなふうに思ってんのかは、おれは知らねぇけどな」
神宮寺には、これだけは言えた。
「おれは——すっげぇ扱いにくい人間なんだ」
栞が明らかに、なにを今さら……という顔をした。その表情を見て、神宮寺はちょっとムッとした。
だが、今はそんなことはどうでもいい。
「本来のおれなら、プロじゃないそこらへんの女がつくった料理なんて気持ち悪くて食わねぇし、いくら家政婦つったって大事な仕事部屋なんかに入れさせやしねぇよ。実際、池原は担当編集者なのにリビングで話してただろ?なのに、栞にはデスクの上まで触らせてるんだぜ?そんなこと……神崎にさえさせてない」
——だけど、それがなんだというのだろう?
栞は話が掴めなくて、首を傾げた。神宮寺は作家なのに、あまりにも唐突で脈略がない。
「つまりっ……」
神宮寺はいつもの不機嫌な顔になった。いや——拗ねているのだろうか?
「少なくとも、おれは……おれだけは、栞のせいで『不幸な思い』もしてないし、『悲しくて寂しい思い』もしてねえってことだよっ!」
そして……
「おれたち、まだ出会って間もないのに……」
打って変わって、神宮寺がやさしい声になった。
「なのに、おれは、もう……栞がこの世に生まれてきてくれてよかった、って……心の底から思ってる」
その言葉を聞いた栞が、神宮寺を見上げる。
やさしいのは声だけではなかった。そのアーモンドの形の大きな瞳の目尻は下がっていたし、弧を描いて上がる口元は微笑んでいる以外の何物でもなかった。
「あたし……たっくんにとっては……生まれてきても……よかった、ってこと……?」
栞はすべての力を抜いて、神宮寺に全身を預けた。すると、彼が愛おしげに、栞の髪を撫でてくれた。
生まれて初めて味わう「居場所」の心地よさに、栞はゆっくりと目を閉じる。
——心が、とけて、ほどけていく……
「……そうだよ、『おれの奥さん』」
——『奥さん』……
その言葉で栞は、はっ、と我に返った。
——そうやった。
栞の髪を満足げに撫でている神宮寺はまったく気がついていないが、撫でられている栞の顔がにわかに険しくなった。
——あたしは『神宮寺先生の契約結婚の妻』になるんやったんや。
今の神宮寺は、栞の思いがけない生いたちを聞いた直後だ。
きっと同情する気持ちもあって、こんなふうにやさしくしてくれているのだろうが、結局いつか自分とは解消する関係であるのは変わりがない。
初めからお互いにバツイチになることを了承したうえでの「結婚」なのだ。
——こんなに居心地のええ場所がなくなったら、あたしはいったい、どないなるんやろか?
知らなかったときは、たとえどこにも「居場所」がない浮世草の自分でも耐えられた。
だけど、こんなにも心安らかになれる場所があるということを知ってしまった今となっては、もう耐えられないかもしれない。
——そんな日が来たら……どうしたらええの?
栞は堪らず、まるで幼子のように神宮寺にしがみついた。
「……どうした、栞?」
栞が急に甘えてきたと思った神宮寺は、うれしくなって自然と笑みがこぼれた。
——今までのオンナがセックスのあとにこんなことをしてきやがったら、払い除けてたっていうのにな。
そして、栞の頭の上に、ちゅ、と甘いキスを落とした。
——いやや、いやや。独りっきりになるのは、もう絶対に……いやや。
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