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Chapter 5

対峙 ④

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「だって……当然でしょう⁉︎ 自分らは好き勝手やっといて、挙げ句の果てには子どもらをみんな連れて行きたいやなんて……そんなことってあるっ⁉︎  智史は……わたしがお腹を痛めて産んだ子なんよっ⁉︎」

   登茂子は思わず声を荒げた。ハスキーな声がところどころひっくり返る。

「確かにあの人たちが身勝手なのは、そのとおりなんですけど。……でも、あたしにはあなたが『お腹を痛めて産んだ』ということを錦の御旗にして、あの人たちへの腹いせとともに『母親としてのプライド』を守るために息子を引き取った、としか思えないんですけれど」

   たった今、脳が集積した情報データからはじき出した結果を、栞は忠実にそのまま口にした。

「ちょっと……それやったらまるで……わたしが智史を利用して、あの人らに『復讐』してるみたいやんか⁉︎」

「まぁ、あなたが受け入れられない内容であることはじゅうぶん理解できますし、議論すべき箇所はそこではありませんので、一部言い直してあたしの意見を述べることにします。
   たとえ、あなたが息子への愛情に起因して引き取りたいと思ったとしても、現実的には『子どもは精神的にも経済的にも安定した場所で育まれるべき』という視点に立って、優先すべきは子どもたちにとっての健全なる生活環境の保全ではありませんでしたか?
……そして、母親とは我が身よりも我が子の幸せを第一に願うものではないんですか?」

   登茂子が呪い殺しそうな目で栞を睨んでいるが、なにも言い返せない。

「国連の児童の権利に関する条約にも『子の最善の利益のために行動しなければならない』とあります。その観点からかんがみると、経済的に安定した仕事を持つあたしの実の父と、専業主婦の母がつくる家庭の方が、もしかしたらあたしたち子どもの側からすれば『安定した場所』になり得たかもしれない、ということです」

   まるで国文学の学会で研究論文を発表するかのごとく、栞は論理を展開していく。

「ところがそれに対して、経済的には問題はなくとも育児放棄ネグレクトスレスレのあなたのもとが、果たして子どもの育つ環境として『健全』だったとは言えるでしょうか?
   それは、麻生の父にも言えることです。裏切られた妻への意地だけで娘たちを引き取ったところで、京都の実家に丸投げするのは目に見えていたはずです。さらに、托卵のように血のつながりのないあたしの面倒をみなければならなくなった祖父母に対しては、気の毒でなりません」

   栞はそう言って目を伏せた。

「そして、やはりその結果は……だれにとってもあまり『幸せ』とは言えない状況になってしまいました」

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