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あなたの運命の人に逢わせてあげます
Chapter 6 ①
しおりを挟む「……岡嶋 ……美咲、だよな?」
おれは彼女の名前を言って確かめた。
美咲は小さく肯いた。
「……魚住……和哉くん、だよね?」
美咲もおれの名前を言って確かめた。
おれも小さく肯いた。
「魚住くん、だれかと待ち合わせとかじゃなかったら、座ったら?」
美咲が自分のテーブルの向かいの席を指した。
「岡嶋こそ、待ち合わせとかじゃないのか?」
とおれが訊くと、
「だったら、食べてるわけないじゃん。一人だよ」
美咲の少し近寄りがたい整った顔がほころんで、人懐っこい笑顔があらわれた。
——あの頃のままだった。
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小学校を卒業した直後、おれの両親が離婚した。
おれにとっては突然のことだったが、思い返してみれば兆しはあった。
深夜トイレに立ったとき、両親の寝室から諍いの声が聞こえてきた。階下で眠る祖母の耳に入るのを嫌がったためか、二人とも押し殺した声だったので、内容まではわからなかった。母親の声が大半で、父親のはその合間に口を挟む程度だったが、それでも妙に張りつめた空気はじゅうぶん伝わってきた。
そのうち、中学入試のために塾に通っていたというのに、母親が「中学入試をしなくてもいい」と言うようになった。たぶん、おれが小学校を卒業するまで、両親は離婚を待っていたのだろう。それが、おれにとって精神的な負担が軽くて済む、絶好のタイミングだと思っていたに違いない。
一人息子だったおれを父親や祖母は手元に置きたかったそうだが、母親が粘り勝ちしておれを引き取った。
母親は経済的なことを考えて両親がいる実家に戻りたがったが、そこには兄家族が一緒に暮らしていた。おれは母親の実家近くの小さなアパートに住むことになった。
そして、小学校時代の級友たちには一言も告げず、あわただしく引っ越した。
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美咲の正面に腰かけたおれは、ランチメニューの「タンドリーチキン&キーマカレーのセット」をオーダーした。
さすがに牛の殺生を禁じられているインド人のシェフの店とかいうだけあって、ビーフカレーはない。セットにはその他に、ターメリックライスとナンとサラダ、そして食後に好きな飲み物とマンゴーラッシーがついていた。
すでに食べている美咲のは、「海老カレーのセット」だそうだ。銀色の丸いトレイの端には海老カレーが入った銀色のカップが置かれ、その横にターメリックライスとナン、そしてサラダが盛りつけられていた。
銀色のカップのカレーの中へ、ちぎったナンを浸してから口へ運ぶ美咲は、実に美味そうだった。そういえば、あの不味い給食ですら、美咲は美味そうに食べていたのを思い出した。
「……相変わらず、なんでも美味そうに食うよな。あの不味かった給食でもそうだったからさ」
おれが思わず言うと、
「よく言うよ。あの不味い給食には毎日泣かされてたんだよ。なかなか減らなくて、いつも昼休みになってもまだ食べてたもん」
美咲は少し口を尖らせて異を唱えた。
そして、目を伏せ、
「……それにしても、魚住くん、あたしのこと、よくわかったね」
と言いながら、今度はターメリックライスをスプーンですくい、銀色のカップにの中に浸してから口に運んだ。やっぱり美味そうに見える。
「だって、岡嶋の顔、全然変わってねえもん」
おれはそう言って笑った。
「この前、電車の中で偶然会った高校時代の友達にも、同じこと言われた」
美咲はサラダのキュウリを、フォークですっと刺しながらつぶやいた。
「なんか、成長してないみたいで微妙だわ、それ」
それから、キュウリを口の中へ入れた。
指でちぎったナンも、スプーンですくったターメリックライスも、フォークで刺したキュウリも、美咲がそれらを口に運ぶ所作は流れるように美しかった。
あの頃の面影を残したまま、美咲は大人の女性に成長していた。
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