15 / 76
Chapter 2
④
しおりを挟む麻琴はそう言われて思わず肩を竦めた。
どうやら「現実逃避」してしまったのはバレバレみたいだ。
「あの……松波先生……わたし……」
麻琴が言いかけると、
「Sorry.」
松波から遮られた。
「“I’ve cared about you indeed,but…〈確かにあなたのことは大事には思ってるけど、でも…〉”っていう返事だったら……まだ、きみの口からは聞きたくないんだ」
松波が麻琴をぐっ、と見る。半端ない目力だった。
「それに『昇進して働く環境が変わったからしばらくは仕事に専念したい』ときみが言いたいのであれば、それは僕の想定内だよ」
——うっ。
「ちょうど間のいいことに、非常勤とはいえ僕はきみの会社の産業医になったんだ。きみの仕事についても状況が把握しやすくなったし、今まで以上に会えるようになるのは間違いないよ。だから、僕たちはきっと、もっとずっと親密な関係になれるはずだと、期待してるんだけどね」
——ううっ。
「だから、そういうことを『理由』にはしないでよ?」
——うううっ、図星だわ。
まさしく、麻琴はそれを「理由」にして断ろうとしていた。
——まぁ、わたしは彼のようなBBC Englishではないから“I care about you so much,but…〈あなたのことはすっごく大事には思ってるわ、でも…〉”って言い方にはなるとは思うけど。
麻琴はそんなふうにまた意識を外に飛ばして、「現実逃避」してしまいそうになる。
「だからさ、もうしばらく僕がきみを待つことを許してくれないか?」
しかしそんな思いも、怖いくらい真剣に自分を見つめる松波の視線を感じると、たちまちのうちに「現実」に引き戻される。
「……と言っても、来年で四〇になるからねぇ。別に、三〇歳寸前でロンドンへ留学して『婚期』ってヤツに乗り遅れたことを後悔してるわけじゃないけどね。でも、できればもうそろそろ、生涯をともにする相手と……とは思ってるんだよね」
松波はタリ◯ンドの縁を、節のしっかりした長い中指ですーっとなぞる。
「松波先生でしたら、わたしなんかよりもいくらでもふさわしい方がいらっしゃるじゃありませんか」
松波のような容姿端麗で、しかも医師を生業とするハイスペックな男と「生涯をともに」したい女なんて、この人が属する「世界」には掃いて捨てるほどいるに違いない。
——そうよ。なにも、わたしなど相手にしなくても、生まれ育った「環境」の似通った人と、生涯をともにした方が絶対にいい。
「まさか……僕の家のことを気にしてない?」
麻琴はボ◯モアのグラスに目を落とす。
「麻琴さんには、ちゃんと話したよね?僕が『あの家』を継ぐことは絶対にない、って。ロンドンへ逃げるようにして渡ったのも、そのためだって」
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
子持ち愛妻家の極悪上司にアタックしてもいいですか?天国の奥様には申し訳ないですが
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
胸がきゅんと、甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちだというのに。
入社して配属一日目。
直属の上司で教育係だって紹介された人は、酷く人相の悪い人でした。
中高大と女子校育ちで男性慣れしてない私にとって、それだけでも恐怖なのに。
彼はちかよんなオーラバリバリで、仕事の質問すらする隙がない。
それでもどうにか仕事をこなしていたがとうとう、大きなミスを犯してしまう。
「俺が、悪いのか」
人のせいにするのかと叱責されるのかと思った。
けれど。
「俺の顔と、理由があって避け気味なせいだよな、すまん」
あやまってくれた彼に、胸がきゅんと甘い音を立てる。
相手は、妻子持ちなのに。
星谷桐子
22歳
システム開発会社営業事務
中高大女子校育ちで、ちょっぴり男性が苦手
自分の非はちゃんと認める子
頑張り屋さん
×
京塚大介
32歳
システム開発会社営業事務 主任
ツンツンあたまで目つき悪い
態度もでかくて人に恐怖を与えがち
5歳の娘にデレデレな愛妻家
いまでも亡くなった妻を愛している
私は京塚主任を、好きになってもいいのかな……?
烏の王と宵の花嫁
水川サキ
キャラ文芸
吸血鬼の末裔として生まれた華族の娘、月夜は家族から虐げられ孤独に生きていた。
唯一の慰めは、年に一度届く〈からす〉からの手紙。
その送り主は太陽の化身と称される上級華族、縁樹だった。
ある日、姉の縁談相手を誤って傷つけた月夜は、父に遊郭へ売られそうになり屋敷を脱出するが、陽の下で倒れてしまう。
死を覚悟した瞬間〈からす〉の正体である縁樹が現れ、互いの思惑から契約結婚を結ぶことになる。
※初出2024年7月
裏切りの代償
中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。
尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。
取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。
自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる