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Chapter 6
①
しおりを挟むテレ◯ムセンターに入居する会社からほど近い、ドイツ発祥の自動車ブランドが営むカフェで、麻琴は流線型の美しいフォルムの車を眺めながら、彼を待っていた。
「……麻琴、ごめん、待たせたな」
やや遅れてやってきたその人は、麻琴の正面のチェアに腰掛けると、オーダーを取りに来た店員にアイスコーヒーを頼んだ。すでに麻琴はエスプレッソを飲んでいる。
毛先を遊ばせたアッシュグレーの髪にオ◯バーピープルズの五〇五のメガネを掛けた彼は、モデルばりの長身の身体に杢グレーのVネックのコットンニット、そして黒いジャケットと黒いアンクルパンツを纏っていた。
いかにも何気なく見える着こなしだが、実は頭のてっぺんから足の先までこだわり抜いたコーディネイトであることを、麻琴は知っていた。
「ひさしぶりだな、どうしてた?ずいぶん前に東京に戻ってきてたくせに、ずっと音沙汰なしだろ?」
麻琴の瞳をじっと見つめて……
「……おれは、きみに逢いたかったのにさ」
そんなことを囁くこの男は——麻琴が美大時代につき合っていた、芝田 淳だ。
いわゆる……「初めて」を捧げた相手である。
゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚
中高時代から男友達は何人もいたが、彼らは常に麻琴を「高嶺のお姫さま」と崇め奉っていた。
だから、麻琴が男の人と本格的につき合ったのは美大に入ってからだ。
ある日学生食堂で、同じ学年ではあるがグラフィックデザイン専攻の芝田が、プロダクトデザイン専攻の麻琴に声をかけてきた。
恵まれた容姿と在学中から周囲より頭一つ抜き出た才能で、彼は目立つ存在だったから麻琴も名前と顔くらいは知っていた。
そんな芝田に突然話しかけられたのにはびっくりしたが、芸術に関する専門知識が半端なく豊富でおもしろそうな男だと思った麻琴は、誘われるまま彼と二人っきりで呑みに行くことにした。
そして、呑みに行ったその夜、(都内に実家があるにもかかわらず)一人暮らししていた芝田の部屋に「お持ち帰り」された。
当時から酒で潰れたことのない麻琴だったから、半ば合意の上での同意だ。
中高時代からモテまくっていた芝田は、すでに経験豊富だったため、麻琴はとてもやさしく大事にしてもらいながら処女を「卒業」することができた。
麻琴の処女をもらった芝田は、終わったあとものすごく感激していた。(どうやら麻琴が未経験であるとは夢にも思っていなかったらしい。)
『生半可な気持ちで抱いたわけじゃない。ラブホに連れ込むんじゃなくて、うちに連れ帰ったのも麻琴が初めてだ。……きみとちゃんとつき合いたい』
そう言われて、麻琴は彼に「同類」と思われていたことに多少は憤慨しながらも、憎からず思っていたのは確かだったので承諾した。
芝田とつき合うようになって、麻琴はずいぶん「楽」に日常生活を送れるようになった。
気を引くつもりなんてカケラもないのに、麻琴が「普通に」話しているだけで、中には「誤解」してストーカーもどきになってしまう輩がいたのだ。
だけど、絵に描いたような「美男美女」の間に割って入ろうとする向こう見ずな者は、皆無に等しくなった。それは芝田の方にも言えた。
麻琴と芝田は、みんなが認める「ベストカップル」として大学時代を送った。
機械が苦手な麻琴に根気強くAut◯CADを教え込んだのは、彼だ。
だが——そんな二人にも別れのときが来た。
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