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Chapter 7
④
しおりを挟む「いきなりごめんなさいね。わたし、Jubileeっていうジュエリーの会社でデザイナーをやってる久城 礼子です」
彼女はそう言って婉然と微笑んだ。
「この前、翔くんがあなたを『渡辺さま』って呼んでたのを覚えていて、思わず声をおかけしてしまったわ」
彼女がいるそこは、奥のテーブル席の中でもさらに奥まっていて、半個室のようになっていた。
「どうぞ、お掛けになって。あなたとは一度、お話をしたかったの」
彼女が勧める真向かいのゆったりとしたソファに腰掛けながら、麻琴は苦笑した。
——わたしの方は、あなたと一対一で話をする日が来るなんて、畏れ多くて御免蒙りたかったんですけれども……
「……渡辺 麻琴と申します。恭介さんが非常勤の嘱託医をされてる(株)ステーショナリーネットでプロダクトデザイナーとして勤務しています」
すると、礼子は目を見開いた。
「あら、あなたもデザインのお仕事をなさってるのね?」
そして、なぜか大きく肯きながら、
「なるほど……過労死するんじゃないか、ってほど忙しい恭介が、最近産業医まで引き受けたって聞いてびっくりしてたんだけど……そう……そうだったのねぇ……」
一人で納得していた。
「『過労死する』くらい、恭介さんはお忙しいんですか?」
確かにあれだけの肩書きだから、忙しいのだろうとは思っていたが、それほどとは……
——わたしのこと、エラそうに言えないんじゃないの⁉︎
「まぁ、普通の人ならね。でも、恭介は要領がいいし、キャパの方の容量も人並外れてるから」
礼子はそう言って、甘くて芳醇な風味のドイツワインを口に含む。
杉山からドイツ産の貴腐ワインが入ったとL◯NEが来たため、たまたま身体の空いた今夜に、一人でこの店を訪れたのだった。
残念ながら「貴腐ワインのロマネ・コンティ」と称されるエゴン・ミュ◯ラーではないが、一応ドイツ屈指の名産地・シャルツホフベルガーだ。もちろん、トロッケンベーレンアウスレーゼである。
気候の関係で甘いワインが育ちにくい彼の地では、糖度によって格付けされている。甘ければ甘いほど上位になるのだ。
だから、デザートワインと言われるほど甘い甘い貴腐ワインが、最高レベルの「トロッケンベーレンアウスレーゼ」に格付けされる。
彼女が貴腐ワインを好むのは、ジュエリーブランド「Jubilee」のアイコンとして雑誌などでモデルも務める「久城 礼子」にとって唯一自身に許した「甘味処」であるからだ。
雑誌の企画や接待など以外では、いわゆる「スイーツ」と呼ばれるものを彼女はいっさい口にすることはない。
「それに、やっと日本でも総合診療科の意義が認められてきたんですもの。恭介が張り切るのも無理ないわ。そのために、日本での『将来』を投げ出して渡英したのよ。……あなた、恭介の実家のこと、ご存知かしら?」
麻琴は、こくりと肯く。
「だったら、恭介が周囲からどれだけ家業を継ぐことを求められていたか知ってるわよね?でも……恭介が投げ出したのは、実家の跡を継ぐことだけじゃないの。母校の大学での学者としての出世も、附属病院での責任あるポストも、なにもかも投げ出して渡英したのよ」
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