2 / 6
初恋
しおりを挟むあたしが「あの人」に初めて会ったのは、三歳のときだった。
あまりにも幼すぎてはっきりとは覚えていないけど、母があたしたち兄妹を連れて、父と暮らしていた家を出た年だ。
母は死別した前夫の忘れ形見である——あたしにとっては兄にあたる——息子を連れて、父と再婚した。
あたしの父は母よりもすごく若くて、初婚だった。母の前夫とは親戚で、母のことをずっと憧れの目で見ていたらしい。だけど、父の実家からはものすごく反対され、勘当されてしまった。
そして、あたしたちが幸せに暮らしていたのは、あたしが産まれた頃までだった。
成長期にさしかかった兄に——父が暴力を振るい始めたからだ。
兄はどんどん亡くなった実の父親に似ていったそうだ。
顔だけでなく背格好も声も、そして——その優秀さも……
だれにも相談できなかった母だが、そのときたまたま開かれた中学の同窓会に出席して、同級生の一人にそのことを打ち明けた。
その人は大手自動車メーカーの創業者一族の家に生まれ、当時すでに社長に就任していた。
家の方針で中学までは公立校に通わされていたから、一般庶民の母と同窓なのだ。
社長はすぐにあたしたちをお屋敷に連れ帰り、奥様に事情を説明してくれた。
スウェーデン人の父を持つという美しい奥様は、涙ぐみながら『辛かったでしょうに…』とあたしを優しくハグしてくれて、ふんわりといい匂いがしたのをなんとなく覚えている。
母は社長のお屋敷で家政婦として住み込みで働くことになった。
さらに、母に弁護士までつけてくれて、あっという間に離婚が成立した。
長じた兄が弁護士の資格を取得したのは、これがきっかけだったように思う。
社長の家には息子が一人いた。それが「あの人」だ。
兄より一つ下の彼は、父親がアメリカ支社長時代に生まれ、社長就任のために両親が帰国する際には一人かの地に残ったため、ニューヨークにある全寮制の学校にいた。
その彼が、三ヶ月にも及ぶ長い休みを日本で過ごすために帰ってきた。
美しい母親譲りの、少し癖のありそうな色素の薄いカフェ・オ・レ色の髪。少年らしい、丸顔気味の輪郭。目尻が上がったアーモンドのような二重の目に、すーっと通った鼻筋……
髪色と同じカフェ・オ・レ色の大きな瞳で、
彼——将吾さまはあたしをじっと見た。
そして、やわらかそうなちょっと厚めの唇を開いて、あたしの名前を舌に乗せた。
「……わかば、っていうんだ?」
王子様ってこの世にほんとにいるんだ、って思ったことを、はっきりと覚えている。
あたしが生まれて初めて恋に落ちた瞬間だった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
28
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる