大江戸の番人 〜吉原髪切り捕物帖〜

佐倉 蘭

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弐の巻「矜持」

其の弐 〜弐〜

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   兵馬たちが生まれた頃の話である。

   その当時、江戸では大店おおだなばかりを狙った押し込み強盗が横行していた。
   にもかかわらず、南北の奉行所はなかなか咎人とがにんを引っ捕えることができずにいたため、町家の衆の奉行所おかみを見る目は日を追うごとに険しくなっていった。特に、大店の旦那衆が「次はうちではあるまいな」と震え上がっていた。

   そんなある夜、また大店が襲われた。『淡路あわじ屋』と云う廻船問屋に野盗たちが押し入り、大金をごっそり奪って持ち逃げしていったのだ。

   一向に捕縛できないどころか、新たにしてやられてしまった奉行所おかみに、町家の目は険しくなる処かすっかり呆れ果ててしまっていた。

   そんな「針のむしろ」の中、とうとう「北町」の方の奉行所が動いた。配下の隠密廻り同心に命じ、町家の者として市中に潜ませることにしたのだ。
   いわゆる「おとり」である。

   歌舞伎役者風の遊び人の姿に身を変装やつした隠密廻り同心は、淡路屋の主人とは歳の離れた後妻のちぞえと「ねんごろ」になることで「尻尾」を掴んだのだが——なんと、店の中からかんぬきを外して盗人たちの手引きしたのが、の後妻だったのだ。

   淡路屋の主人である夫が、吉原の遊女に入れあげたために我が身の立場が揺らいだのが「悪事」に手を染める切欠きっかけであったらしい。

   後妻は、元は云えば水茶屋とはうたっていても酒も出すような店の酌婦だった。
   曲がりなりにも「淡路屋のお内儀かみ」と呼ばれるようになり、やれ芝居だの新しい着物だのと云う「贅沢」な暮らしぶりがすっかり身に付いてしまっていた。今さら「酌婦」には到底戻れなかった。

   そうして北町奉行所は、盗みに関わった者たちを無事一網打尽にすることができた。奉行所の面目は保たれた。
   大手柄を挙げた「北町」に、町家の連中は手のひらを返したかのごとく、やんやの喝采であったそうだ。

   その後、捕縛されたのち淡路屋から即座に離縁された女は、盗賊一味として死罪となり三日間さらし首にされた、と記録には残っている。


゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚・*:.。. .。.:*・゜゚


「——我らが生まれた頃であらば、の北町の『隠密』はまだ存命であらぬか」

「あぁ、さようでござるな。確か名は……」
   主税は頭の中で「書物」をめくっているかのごとく遠い目をした。
「『島村 尚之介しょうのすけ』と云ったか……」

「『島村』と申すのか」
   兵馬はカッと目を見開いた。
「さようでござる。ただ、今は『島村 勘解由かげゆ』と名を改めておるそうだがな」
   主税ははっきりと思い出したようだ。

   その名は——島村 広次郎の叔父で、今では養子先の養父ちちとなった者の名であった。

   敢えて、兵馬は話を変えた。

「ところで……久しく見ぬが、千晶ちあき太郎丸たろうまるは息災か」
   主税と和佐の間には、すでに一女と嫡男が生まれていた。兵馬にとっては姪と甥である。

「おう、年子で生まれたゆえ、和佐の奴はてんてこ舞いよ」
   兵馬とほぼ同い歳の二十歳はたち過ぎにして、すでに二児の父となった主税は鷹揚に笑った。

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