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Chapter 3
プライベートルームの鍵を開けます ①
しおりを挟む月曜日の朝、早めに出勤したわたしは副社長室の執務室の奥にある、プライベートルームを目指した。
清掃は担当の人がきっちりやってくれているそうだが、ワイシャツなどの補充やクリーニングはやってなかったみたいなので、気になったのだ。
わたしは副社長室の前室に入って、まず自分のデスクにボリードをしまう。
そのあと、執務室のドアをノックした。
返事がなかったので、中に入る。こんな時間には、島村さんだって来ているわけがない。
執務室を見回すと、奥にドアが見える。プライベートルームのドアだ。
わたしはそのドアまで行き、ノックをした。
……返事がない。
念のため、もう一度、ノックした。
……やはり、返事はなかった。
わたしはバッグから取り出しておいたカードキーを差し込んだ。ピッ、と解錠する音がした。
カードを引き抜き、だれもいないが「……失礼します」と言って、ドアを開けた。
すると、壁際に設置されたベッドが見えたとたん、副社長の寝ている姿が、目に飛び込んできた。
副社長がベッドに身を投げ出すように寝ている。一八五センチはある長身の彼には、ビジネスホテルにあるようなシングルベッドでは脚がはみ出そうだ。
——これは、まずい。
あわてて、じりじりと後ずさりしながら、そーっとドアを閉めようとすると……
「……あんた……おれの寝込みを襲いに来たのか?」
低い掠れた声がした。
わたしの背中に、びくびくっ、電流が走った。
「も、申し訳ありませんでしたっ」
わたしは、今度こそドアを閉めようとした。
すると……
「……入ってくれ」
スウェット姿の副社長が、ベッドから半身を起こした。
「部屋をちょっと片付けてほしい」
寝起きで、ご機嫌が斜めどころかあらぬ方向にひん曲がった副社長が、さらに顔を顰めて言った。
ベッドの対面の窓際には、ソファとローテーブルがある。ソファには脱いだ服が無造作に掛けられ、ローテーブルには夜食とみられるサンドウィッチを食べたあとのビニールや空のペットボトルなどがあった。
「し、失礼します」
わたしは部屋の中へ入り、後ろ手でドアを閉めた。ピッ、という施錠の音がした。
「この部屋に一歩でも入ったら、おれのプライベートな空間だ」
「……副社長、本当に申し訳ありませんでした」
わたしは頭を深々と下げた。
「だからっ」
ダークブラウンの滑らかな前髪を、片手でぐしゃぐしゃっとした。
「『副社長』も敬語も、やめろって言ってんだ」
副社長は、まだ不機嫌な顔のままだ。
「……はぁ?」
わたしは間の抜けた顔になる。
「ここでは、あんたはおれの婚約者だ。秘書じゃない」
そう言って、副社長——将吾さんはベッドから立ち上がった。
「シャワーを浴びてくる」
将吾さんは奥に見えるドアの方へ歩いていく。
「あ…あの……将吾さん」
わたしがその背に、彼の名前で呼びかけると、彼がちょっと驚いたように振り向く。
——名前呼びは、島村さんから言われて「練習」しておいてよかったぁ。
「だったら……わたしのこと『あんた』って呼ぶの、やめてほしいんだけど」
わたしは思い切って言った。
「……わかった」
将吾さんはニヤリと笑った。
「そこのワードローブから、おれの着替え出してくれ……彩乃」
——えっ!? いきなり呼び捨てっ!?
不覚にも、胸がどきっ、とした。心なしか、お酒を呑んだときのような頬になってるような気がする。
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