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Chapter 18
Fikaで女子トークしてます ③
しおりを挟む髪を乾かしてパウダールームを出ると、隣の部屋で物音がしている。
あわてて二つの部屋の間の扉を開けると、レジメンタルタイを緩める将吾の姿が見えた。たった今、帰ったところみたいだ。
あんなに待ちかねていたのに、いざ、その顔を目の当たりにすると、なんだか急にこっ恥ずかしくなってきた。
「……彩乃?どうした?」
将吾が怪訝そうな顔で、こちらを見ている。そして、つかつかと歩いてきて、わたしをぎゅっ、と抱きしめた。
——だ、ダメだ。顔が火照ってきた。
「おまえ、顔が赤いぞ。具合でも悪いのか」
心配そうに、わたしの火照った顔を覗き込む。
「だ…大丈夫……えっと……あのね、先刻まで、マイヤさんとfikaしてたの」
途端に、将吾がぎょっ、とした表情に変わる。
「おふくろが、なにか余計なことを言わなかったか?」
わたしは、ぶんぶんぶんと頭を振った。
「とっても楽しかったの。……それでね」
将吾が、それでなんだ?という顔をする。
——いっ、言えない。
「早く……おまえにキスしたいんだけど」
将吾の顔が近づいてくる。
——このままでは、またいつもの「スキンシップ」に流されて元の木阿弥だ。それだけは避けないと……
「将吾、疲れたでしょ?早くシャワーを浴びてきなよ」
わたしは苦しまぎれに搾り出した。もう一度、態勢の立て直しだ。
「なんだよ、今度はおまえがキスの『お預け』かよ」
将吾は子どもみたいに口を尖らせ、
「……わかったよ。その代わり、風呂から出たら、覚悟しとけよ」
という不穏な言葉を残して、バスルームへと向かった。
わたしは、全身からはぁーっとため息を吐き出した。
将吾は烏の行水な上に、帰ってから一回もキスさせてないから、きっと速攻でバスルームから出てくるはずだ。
つまり、わたしが態勢を立て直すのに与えられた時間は、僅かしかない。
考えてみれば、相手に言ってもらうように仕向けたことはあっても、自分から相手に「言葉」を言ったことはなかった。
——あの朴念仁の剣道バカですら、言ったぞ。
しかし……将吾にこんなにも惚れてしまった弱みだ。潔く、自分から言ってしまおうっ!
そう拳を握りしめたところで、わたしのスマホから軽快なリズムが流れてきた。
あわてて確かめると、実家の母親からの電話だった。
——こんな時間にかけてくるなんて、めずらしいな。
わたしは画面にタップした。
「もしもし……」と言いかけたところで、
『彩乃っ、たいへんなのよっ!』
母親の金切り声が飛んできた。
『しょ…松濤のおじいちゃまが……』
「し…死んだのっ!?」
うちの祖父の兄弟は三人ともまだ健在だったが、みな八十歳を越えていた。
——一番、殺しても死なないような人だったけれど、寿命には勝てなかったのね。
『なに言ってんのよっ。生きてるわよっ。それどころか、ピンピンしてるわよっ!』
じゃあ、よかったじゃん。
すると、『おふくろ、ちょっと貸せ』という声とともに、ガチャっと雑音がして、
『……ねえちゃん、落ち着いて聞けよ』
裕太にバトンタッチされていた。
『ねえちゃんが、海洋さんと尾山台のマンションにいたことが……松濤のじいさんにバレた』
わたしが「マリッジブルー」になって将吾の実家を飛び出して尾山台のマンションに逃げ込んだとき、帰国したばかりの海洋がそこにいて、さらにその後そこからもわたしが「脱走」したということは、テンパった海洋が夜中にもかかわらず親戚中に電話をかけまくったことで周知のことだったが……さすがに祖父の三兄弟までは知らせていなかった。
ところが、松濤のおじいさまはどこからか、このネタを耳にしたのだ。
「……で、松濤のおじいちゃまは、なんておっしゃってるの?」
裕太はふぅーっと息を吐いた。
『嫁入り前の娘が、親戚とはいえ、男と一緒に暮らしてたなんて、富多さんのおうちに顔向けができないって言いだしてさ。……「この結婚は、なかったことにする」って』
「えっ……えええぇーーーっ!?」
わたしの叫び声を聞いて、将吾がバスルームから飛んできた。
「彩乃、どうしたっ!?」
スマホの向こうで、裕太の声はまだ続く。
『松濤のじいさんは、さらに……「キズモノになった彩乃は、海洋と結婚させる」って言ってる』
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