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第一章 友達
17話
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ぼーっとしたまま横になっていると、またドアの開く音がした。
「翠葉ちゃん、気づいたかい?」
主治医の紫先生と蒼兄だった。
「はい」
「どれ、ちょっと血圧と脈を見せてね」
診察の間、壁に寄りかかっている蒼兄の顔を盗み見る。
なんとなく見ただけという状況を装いつつも、少しビクビクしていた。
蒼兄の表情は心配の色が濃い。けれども、間違いなく怒っている表情でもあった。
「七十八の五十三。運び込まれたときよりはいいね。けれど、脈は少し乱れ気味かな」
紫先生の言葉にドキリとする。
私、熱で倒れたんじゃないの? また、急性低血圧でも起こした……?
一年前の状況がフラッシュバックして、血の気が下がる。
「せんせ……?」
「大丈夫、入院の必要はないよ。思うに、慢性疲労症の症状だろう。少し休めば大丈夫だ」
優しい笑顔にほっとする。
「ただね、蒼樹くんは怒っていると思うよ?」
言いながら、紫先生は蒼兄に場所を譲った。
「翠葉、無理はしないって約束だったろ?」
普段優しいだけに怒ったときはとても怖い。
「なんでこんなに熱が上がるまで我慢したっ!?」
思い切り怒鳴られた。
「大丈夫だと思ったの……。ここまで発熱しているとは思わなかったの……」
けれど、それは言い訳でしかない。
「蒼兄……ごめんなさい」
蒼兄は大きくため息をつく。
「翠葉は自分が思っているより体力がないんだから、それだけはしっかり自覚してほしい。心臓がいくつあっても足りないよ……」
「……本当にごめんなさい。次からはもっと気をつけるから」
「その言葉なら何度も聞いた」
私はそれ以上何も言えなくなってしまう。
確かに何度も口にしてきた言葉だった。
蒼兄とのやり取りを見ていた紫先生はクスクスと笑いながら目を細める。
「相変わらず、蒼樹くんは優しくも手厳しいな。私が言わなくてはいけないことを全部言ってくれる」
蒼兄から私に視線を戻すと、
「翠葉ちゃん、何度も言うけどね、十ある力を全部出したらいけないよ? それから、君の十はほかの人の十と同じではないこと。蒼樹くんが言うように、もう少し自覚したほうがいいようだ」
優しく諭された。
「……すみません」
十ある力を全部出しちゃいけない。人の十と自分の十は違う――
中学生のころから何度も言われ続けている。
わかっているつもりなのに、それが実際には全く生かされていない。生かすことができない。
変わりたいのに変われない、というのに少し似ている……。
「それはそうと、秋斗と蒼樹くんは知り合いだったんだなぁ?」
ベッドの足元に移動していた司書先生に向かって紫先生が言う。
え……? 紫先生も司書先生の親戚だったりするの? 苗字は確かに藤宮だけれど……。
「高校からだから、もう八年くらいの付き合いになるよ」
「秋斗先輩には高校のときからこき使われっぱなしです」
蒼兄は肩を竦めて笑った。
「おやおや、さすが斎くんの息子だね。人使いの粗さは遺伝だな」
割と近しい親戚なのだろうか。
「翠葉ちゃん、紫さんは僕の伯父にあたる人なんだ。僕の母のお兄さん。因みに、僕の母のお姉さんが司のお母さんなんだ」
私の周りには、藤宮という苗字の人が異様に多くないだろうか。
少し気にはなったものの、突き詰めて考えることはなかった。
紫先生は点滴を見ると、
「あと一時間くらいで点滴が終わる。そしたら帰っていいよ。ただし、明日は学校を休みなさい。いいね?」
私が頷くと、先生は病室から出ていった。
学校に通い始めて三日目にしてダウン。四日目はお休みか……。
「自業自得……」
蒼兄の一言は重く響く。さらには、その通りすぎて何も言えない。
「翠葉ちゃん。高校はまだ始まったばかりだよ。そんなに焦らなくても大丈夫」
そうは言われても、私はそんな安易に考えることはできない。
ただの風邪ですら、一週間寝込むことも少なくない。今回のこれはどのくらいで回復するのか、自分で見通すことができないだけに、気休めの言葉では不安を拭うことはできなかった。
「それと、呼び方なんだけど……」
「え……?」
「うちの学校、藤宮はいっぱいいるからね。秋斗先生でも秋斗さんでも、どっちでもいいから、苗字プラス先生はやめようか?」
「……はい」
「それと……もっと砕けた話し方でかまわないよ」
笑って言われるものの、困ってしまう。
困ったままに蒼兄の顔を見ると、
「ゆっくりでいいんじゃない?」
「そうだね……。翠葉ちゃんが僕に慣れてくれるのを待つとするよ。じゃ、僕は学校に戻るから。お大事にね」
司書先生は手をヒラヒラとさせて病室から出ていった。
病室にふたり残され、お説教の続きが始まるんじゃないかと身がまえる。と、聞こえてきたのは蒼兄のため息だった。
「……怒ってるけど怒ってないから。点滴終わるまでもう少し寝てな。俺も大学に戻って荷物取ってくるから」
「……蒼兄、心配かけてごめんなさい」
「もういいから。休んでな」
「その前にお水……」
喉がカラカラであることを話すと、テーブルに置いてあった水差しで口に水を含ませてくれた。
自宅に帰ると、栞さんが眉をハの字にして出迎えてくれた。
ひとりで歩くこともままならない私は、蒼兄に抱っこされて有無を言わさずベッドへと連行される。
そのあとは、栞さんに手伝ってもらってパジャマに着替えて横になった。
目を開けていることすらつらくて、自然と目は閉じる。
熱のせいか、息が上がっていて口の中がひどく乾く。それでも、点滴に入れてもらったお薬のおかげで熱は少し下がったみたい。
――コンコンコン。
「翠葉ちゃん入るわよ?」
栞さんがトレイを持って入ってくる。
「パンプキンスープ、翠葉ちゃん好きでしょう?」
ベッドサイドにキャスター付きテーブルを持ってきて、スープカップを置かれる。
「病院で点滴打ってるけど、これくらいは口にしましょう。経口接取したほうが治りが早いから」
そう言って、木製のスプーンを手渡された。
「ありがとうございます。……いい香り。美味しそう……」
湯気を鼻から吸い込む。と、
「匂いをかいでるだけじゃ胃には入らない」
蒼兄が部屋に入ってきてベッドの足元に座った。
「あらあら、蒼くんったらご機嫌斜め? ま、無理もないわね」
私は背を丸めて身を縮める。
……縮めて、小さくなって、自分の存在を消したくなる。
「明日はお休みするように言われたんですってね?」
栞さんに訊かれ、小さく頷いた。
「自業自得だって……蒼兄にも言われちゃいました。でも、本当にそうだから……。今日はどこで間違えちゃったのかな……」
「……少し、がんばりすぎちゃったのね」
頭を優しく撫でられた。
「そうだな……。秋斗先輩に携帯なんか渡すからホットラインがつながらなくなるんだ」
そう言って、蒼兄は胸ポケットから四角いものを取り出した。
「あ――携帯」
「秋斗先輩から返すの遅くなってごめんって。なんか色んなアプリケーション入れてくれたみたいだけど、翠葉に使いこなせるかは不明だな。でも、これからは携帯だけは肌身離さず持ってろよ?」
「はい……気をつけます」
蒼兄から携帯を手渡されるとすぐに着信があった。
ディスプレイに表示された名前にたじろぐ。
「誰?」
蒼兄に訊かれ、「お母さん」と答えると、
「出ろ」
「出なさい」
ふたりに声を揃えて言われた。
仕方なく、鳴り続ける携帯の通話ボタンを押す。
「もしもし……?」
『翠葉、またがんばりすぎちゃったんだって? 蒼樹から聞いたわよ?』
「……ごめんなさい」
『さっき仕事が終わってね、今帰ってきたところなの』
え……?
携帯は耳にあてたままなのに、声は前方からも聞こえてくる。
ふと、視線をリビングへ続くドアにやると、お母さんの姿が目に入った。
「心配で帰ってきちゃった」
言いながら、お母さんは携帯の通話を切った。
「本当は零も帰りたがってたんだけど、仕事上難しくてね。置いてきちゃった」
クスクスと笑うお母さんに対し、私は開いた口が塞がらなくなっていた。
「ついでに、明日の休みも確保してきたから、明日はずっと一緒にいられるわ。私がいるからには朝昼晩と三食とも完食させるわよ? 食べ終わるまで翠葉の前にいてあげるからね? 覚悟しなさい」
表情はにこやかだし頭を撫でてもくれるけど、ご飯の時間を思うと気分が重くなる。
「栞ちゃん、そんなわけだから、明日は来なくても大丈夫よ」
「碧さんも久しぶりのお休みなんですから、ゆっくりなさってください。それに、翠葉ちゃんの体調も気になりますし……」
「ふふふ、本当にいい人を紹介してもらったわ」
お母さんは栞さんを見て満足そうに微笑む。
私はこのとき初めて、栞さんが人の紹介で来てくれたことを知った。
「母さん、いい加減にしないと翠葉のスープ冷めるけど?」
「あら、蒼樹は相変わらず翠葉第一なのね? たまに母親が帰ってきたっていうのに」
ちょっと拗ねてみつつ、
「このシスコンっ」
と、蒼兄の脇腹をつついた。
そんなお母さんを見ていると、連日仕事詰めの人が帰ってきたとは思えない。
仕事をしているお母さんが好き……。
とても生き生きと輝いて見えるから。
お母さんを見ていると、私も何かに全力で打ち込みたいと思うことがある。
でも、それは意外と難しくて……。
常に自分の体調と感情のバランスを見ながらコントロールしなくてはいけない。
それが上手にできないと今日のようなことになる。
全力で取り組んでも具合が悪くならない身体が欲しい。
……なんて、無理だよね。
私がやらなくちゃいけないのは、自分の体力に見合った行動をすること。
それもできていないのに、何かを望むのは間違いなのだろう。
「翠葉、まだ熱があるんだから、早くスープ飲んで寝ちゃいな」
言うと、蒼兄が一番に部屋を出ていった。
「そうね、ここで騒いでちゃだめね」
お母さんにもスープを飲むよう促され、スープと薬を飲見終えると、お母さんと栞さんも部屋から出ていった。
「翠葉ちゃん、気づいたかい?」
主治医の紫先生と蒼兄だった。
「はい」
「どれ、ちょっと血圧と脈を見せてね」
診察の間、壁に寄りかかっている蒼兄の顔を盗み見る。
なんとなく見ただけという状況を装いつつも、少しビクビクしていた。
蒼兄の表情は心配の色が濃い。けれども、間違いなく怒っている表情でもあった。
「七十八の五十三。運び込まれたときよりはいいね。けれど、脈は少し乱れ気味かな」
紫先生の言葉にドキリとする。
私、熱で倒れたんじゃないの? また、急性低血圧でも起こした……?
一年前の状況がフラッシュバックして、血の気が下がる。
「せんせ……?」
「大丈夫、入院の必要はないよ。思うに、慢性疲労症の症状だろう。少し休めば大丈夫だ」
優しい笑顔にほっとする。
「ただね、蒼樹くんは怒っていると思うよ?」
言いながら、紫先生は蒼兄に場所を譲った。
「翠葉、無理はしないって約束だったろ?」
普段優しいだけに怒ったときはとても怖い。
「なんでこんなに熱が上がるまで我慢したっ!?」
思い切り怒鳴られた。
「大丈夫だと思ったの……。ここまで発熱しているとは思わなかったの……」
けれど、それは言い訳でしかない。
「蒼兄……ごめんなさい」
蒼兄は大きくため息をつく。
「翠葉は自分が思っているより体力がないんだから、それだけはしっかり自覚してほしい。心臓がいくつあっても足りないよ……」
「……本当にごめんなさい。次からはもっと気をつけるから」
「その言葉なら何度も聞いた」
私はそれ以上何も言えなくなってしまう。
確かに何度も口にしてきた言葉だった。
蒼兄とのやり取りを見ていた紫先生はクスクスと笑いながら目を細める。
「相変わらず、蒼樹くんは優しくも手厳しいな。私が言わなくてはいけないことを全部言ってくれる」
蒼兄から私に視線を戻すと、
「翠葉ちゃん、何度も言うけどね、十ある力を全部出したらいけないよ? それから、君の十はほかの人の十と同じではないこと。蒼樹くんが言うように、もう少し自覚したほうがいいようだ」
優しく諭された。
「……すみません」
十ある力を全部出しちゃいけない。人の十と自分の十は違う――
中学生のころから何度も言われ続けている。
わかっているつもりなのに、それが実際には全く生かされていない。生かすことができない。
変わりたいのに変われない、というのに少し似ている……。
「それはそうと、秋斗と蒼樹くんは知り合いだったんだなぁ?」
ベッドの足元に移動していた司書先生に向かって紫先生が言う。
え……? 紫先生も司書先生の親戚だったりするの? 苗字は確かに藤宮だけれど……。
「高校からだから、もう八年くらいの付き合いになるよ」
「秋斗先輩には高校のときからこき使われっぱなしです」
蒼兄は肩を竦めて笑った。
「おやおや、さすが斎くんの息子だね。人使いの粗さは遺伝だな」
割と近しい親戚なのだろうか。
「翠葉ちゃん、紫さんは僕の伯父にあたる人なんだ。僕の母のお兄さん。因みに、僕の母のお姉さんが司のお母さんなんだ」
私の周りには、藤宮という苗字の人が異様に多くないだろうか。
少し気にはなったものの、突き詰めて考えることはなかった。
紫先生は点滴を見ると、
「あと一時間くらいで点滴が終わる。そしたら帰っていいよ。ただし、明日は学校を休みなさい。いいね?」
私が頷くと、先生は病室から出ていった。
学校に通い始めて三日目にしてダウン。四日目はお休みか……。
「自業自得……」
蒼兄の一言は重く響く。さらには、その通りすぎて何も言えない。
「翠葉ちゃん。高校はまだ始まったばかりだよ。そんなに焦らなくても大丈夫」
そうは言われても、私はそんな安易に考えることはできない。
ただの風邪ですら、一週間寝込むことも少なくない。今回のこれはどのくらいで回復するのか、自分で見通すことができないだけに、気休めの言葉では不安を拭うことはできなかった。
「それと、呼び方なんだけど……」
「え……?」
「うちの学校、藤宮はいっぱいいるからね。秋斗先生でも秋斗さんでも、どっちでもいいから、苗字プラス先生はやめようか?」
「……はい」
「それと……もっと砕けた話し方でかまわないよ」
笑って言われるものの、困ってしまう。
困ったままに蒼兄の顔を見ると、
「ゆっくりでいいんじゃない?」
「そうだね……。翠葉ちゃんが僕に慣れてくれるのを待つとするよ。じゃ、僕は学校に戻るから。お大事にね」
司書先生は手をヒラヒラとさせて病室から出ていった。
病室にふたり残され、お説教の続きが始まるんじゃないかと身がまえる。と、聞こえてきたのは蒼兄のため息だった。
「……怒ってるけど怒ってないから。点滴終わるまでもう少し寝てな。俺も大学に戻って荷物取ってくるから」
「……蒼兄、心配かけてごめんなさい」
「もういいから。休んでな」
「その前にお水……」
喉がカラカラであることを話すと、テーブルに置いてあった水差しで口に水を含ませてくれた。
自宅に帰ると、栞さんが眉をハの字にして出迎えてくれた。
ひとりで歩くこともままならない私は、蒼兄に抱っこされて有無を言わさずベッドへと連行される。
そのあとは、栞さんに手伝ってもらってパジャマに着替えて横になった。
目を開けていることすらつらくて、自然と目は閉じる。
熱のせいか、息が上がっていて口の中がひどく乾く。それでも、点滴に入れてもらったお薬のおかげで熱は少し下がったみたい。
――コンコンコン。
「翠葉ちゃん入るわよ?」
栞さんがトレイを持って入ってくる。
「パンプキンスープ、翠葉ちゃん好きでしょう?」
ベッドサイドにキャスター付きテーブルを持ってきて、スープカップを置かれる。
「病院で点滴打ってるけど、これくらいは口にしましょう。経口接取したほうが治りが早いから」
そう言って、木製のスプーンを手渡された。
「ありがとうございます。……いい香り。美味しそう……」
湯気を鼻から吸い込む。と、
「匂いをかいでるだけじゃ胃には入らない」
蒼兄が部屋に入ってきてベッドの足元に座った。
「あらあら、蒼くんったらご機嫌斜め? ま、無理もないわね」
私は背を丸めて身を縮める。
……縮めて、小さくなって、自分の存在を消したくなる。
「明日はお休みするように言われたんですってね?」
栞さんに訊かれ、小さく頷いた。
「自業自得だって……蒼兄にも言われちゃいました。でも、本当にそうだから……。今日はどこで間違えちゃったのかな……」
「……少し、がんばりすぎちゃったのね」
頭を優しく撫でられた。
「そうだな……。秋斗先輩に携帯なんか渡すからホットラインがつながらなくなるんだ」
そう言って、蒼兄は胸ポケットから四角いものを取り出した。
「あ――携帯」
「秋斗先輩から返すの遅くなってごめんって。なんか色んなアプリケーション入れてくれたみたいだけど、翠葉に使いこなせるかは不明だな。でも、これからは携帯だけは肌身離さず持ってろよ?」
「はい……気をつけます」
蒼兄から携帯を手渡されるとすぐに着信があった。
ディスプレイに表示された名前にたじろぐ。
「誰?」
蒼兄に訊かれ、「お母さん」と答えると、
「出ろ」
「出なさい」
ふたりに声を揃えて言われた。
仕方なく、鳴り続ける携帯の通話ボタンを押す。
「もしもし……?」
『翠葉、またがんばりすぎちゃったんだって? 蒼樹から聞いたわよ?』
「……ごめんなさい」
『さっき仕事が終わってね、今帰ってきたところなの』
え……?
携帯は耳にあてたままなのに、声は前方からも聞こえてくる。
ふと、視線をリビングへ続くドアにやると、お母さんの姿が目に入った。
「心配で帰ってきちゃった」
言いながら、お母さんは携帯の通話を切った。
「本当は零も帰りたがってたんだけど、仕事上難しくてね。置いてきちゃった」
クスクスと笑うお母さんに対し、私は開いた口が塞がらなくなっていた。
「ついでに、明日の休みも確保してきたから、明日はずっと一緒にいられるわ。私がいるからには朝昼晩と三食とも完食させるわよ? 食べ終わるまで翠葉の前にいてあげるからね? 覚悟しなさい」
表情はにこやかだし頭を撫でてもくれるけど、ご飯の時間を思うと気分が重くなる。
「栞ちゃん、そんなわけだから、明日は来なくても大丈夫よ」
「碧さんも久しぶりのお休みなんですから、ゆっくりなさってください。それに、翠葉ちゃんの体調も気になりますし……」
「ふふふ、本当にいい人を紹介してもらったわ」
お母さんは栞さんを見て満足そうに微笑む。
私はこのとき初めて、栞さんが人の紹介で来てくれたことを知った。
「母さん、いい加減にしないと翠葉のスープ冷めるけど?」
「あら、蒼樹は相変わらず翠葉第一なのね? たまに母親が帰ってきたっていうのに」
ちょっと拗ねてみつつ、
「このシスコンっ」
と、蒼兄の脇腹をつついた。
そんなお母さんを見ていると、連日仕事詰めの人が帰ってきたとは思えない。
仕事をしているお母さんが好き……。
とても生き生きと輝いて見えるから。
お母さんを見ていると、私も何かに全力で打ち込みたいと思うことがある。
でも、それは意外と難しくて……。
常に自分の体調と感情のバランスを見ながらコントロールしなくてはいけない。
それが上手にできないと今日のようなことになる。
全力で取り組んでも具合が悪くならない身体が欲しい。
……なんて、無理だよね。
私がやらなくちゃいけないのは、自分の体力に見合った行動をすること。
それもできていないのに、何かを望むのは間違いなのだろう。
「翠葉、まだ熱があるんだから、早くスープ飲んで寝ちゃいな」
言うと、蒼兄が一番に部屋を出ていった。
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