21 / 1,060
第一章 友達
19話
しおりを挟む
一時間ほど課題をして過ごすと十二時になり、栞さんが作ってくれたオムライスを三人で食べた。
朝、無理にでも食べたのが良かったのか、小さめに作ってもらったオムライスの半分は普通に食べることができた。そして、朝同様、お母さんが目の前を陣取ってにっこりと笑っていたため、残りの半分も時間をかけて完食させられた。
「碧さん、すごいですね」
栞さんは尊敬の眼差しをお母さんに向ける。
「ふふ。だって私の娘ですもの。栞ちゃんよりは扱いに慣れてると思うわ」
「じゃ、私も見習わなくちゃ。留守を預かる身としては」
ふたりはクスクスと楽しそうに笑っていた。
食器を洗い終えると栞さんは帰宅し、私は少し横になることにした。
お母さんはさっきの写真のデータを渡すと、早速依頼主にコンタクトを取ることにしたらしい。
仕事の休みを取ったなんて言っても、結局は仕事をしていないと落ち着かないのだろう。もしくは、実際のところは休めるほどの余裕はなかったのかもしれない。
二時半ごろに目が覚め、ベッドの中で体温を計る。と、朝より少し上がっていた。
「それでも三十七度五分……。課題くらいはできるかな」
リビングを覗くとお母さんがリビングテーブルに資料を広げ仕事をしていた。
私もリビングで勉強してもいいかな……。
今年に入ってから、お母さんと過ごす時間がめっきりと減り、たまに帰ってくると一緒にいたい気持ちが強くなる。
「お母さん、私もここで課題をしてもいい?」
お母さんは顔を上げ、にんまりと笑う。
「なぁに? 甘えっ子みたいに」
「そんなことないもん……」
全然そんなことあるんだけど、ちょっと素直には認めがたい。
お母さんはクスリと笑って、
「嘘よ」
言ってすぐ、テーブルに広げていた資料を少し片付けてくれた。
「最近は家にいる時間が少ないから、あまり話す時間もとれなかったものね」
「うん……」
栞さんや蒼兄はとても良くしてくれる。でも、やっぱりお母さんの代わりとはいかないわけで……。
甘えているのかな……。
思いながら問題集を開いた。
「それ、学校の課題?」
「うん、未履修分野の課題。まだ数学が終わっただけなの。現国も半分くらい終わったけど、それでもまだ全体の六分の一も終わってない……。できれば、最短の一ヵ月半で補講を終わらせたいから、もう少しピッチ上げてがんばらなくちゃ」
課題が終わったところで蒼兄にかける負担は変わらないのだけど……。
問題は、私が生徒会に入れるのか入れないのか。はたまた、入りたいのか入りたくないのか――
ひとまず、六月の全国模試の結果が出ないことにはなんとも言えない。
二十位以下だったら自動的に生徒会入りは却下になるわけだけど、それはそれで本末転倒な気もする。
テストはそんなことを考えながら受けるものじゃないし、そもそも手を抜くなんて器用なことはできそうにない。
「あまり根つめないようになさい。翠葉は集中すると周りのことが見えなくなるから」
「うん……気をつける」
四時過ぎに一息入れようという話になり、栞さんが作ってくれたスコーンをトースターであたため直した。
バターがたっぷりと使われているスコーンには苺ジャムとクロッテッドクリームがよく合う。
お母さんはミルクたっぷりのミルクティー。私はミルクカモミールティー。
ミルクカモミールティーとは、あたためたミルクでカモミールの茶葉を煮出したもの。それに少量のハチミツを落として飲むととても美味しい。
「まだ始まったばかりだけど、学校はどう?」
訊かれて少し考える。
体調のことを訊かれているのか、それとも学校生活のことを訊かれているのか。
きっと両方だろう……。
わかっていつつも私は片方にしか答えなかった。
「んー……体力的にはきついかな」
「友達はできた?」
すぐに避けようのない質問を投げられる。
お母さんはきっと気づいてる。小学校中学校と、私に友達がいなかったことを。それがゆえ、蒼兄に依存してしまっていることも――
わかっていて訊かれているのだと思った。
観念して、思ったことを少しずつ話す。
「友達って……どいうものだったかな。模索しているのだけど、まだはっきりとはわからなくて……現在鋭意模索中。……でも、休み時間に話す人も、お弁当を一緒に食べる人もいるよ」
「どんな子たち?」
「すごく元気で……真っ直ぐ向き合ってくれる人たちだと思う。でも……どこまで信じて良くて、どこまで好きになっていいのかがわからない……」
「……なら、心行くまで模索してみるといいわ」
「うん……。でもね、中学のときとはちょっと違う気はしているの」
「たとえば?」
お母さんはノートパソコンを閉じて、聞く体勢を整えてくれた。
私はスコーンを一口食べてお皿に置き、ミルクカモミールティーを一口飲む。それらが胃に到達した感触を得てから口を開いた。
「前の席は藤宮海斗くん。答辞を務めたくらいだから、学年で一番頭がいいのかも。隣の席の子は立花飛鳥ちゃん。毎朝元気に挨拶をしてくれるの。後ろの席には簾条桃華さん。日本人形みたいにきれいな人で、クラス委員に立候補した人。……まだこの三人以外の人とはあまり話してないかな……」
普通にお話しをしてお弁当を食べて……。傍から見たら「友達」に見えるのだろう。でも、「本当の友達」なのか、私には自信がない――
あとは何が話せるかな、と少し考え、昨日のお昼休みの出来事を話した。
「言わないで回避できたらいいな、と思っていたの。でも、ちょっと無理そうで、あぁ、また根掘り葉掘り訊かれて言いふらされちゃうのかな……って。半ば覚悟して話したのだけれど、返ってくる反応は全く違うものだった。……身体のことを訊かれるでもなければ、話してくれるまで待ってくれるって……。いつか話してくれたら嬉しいって言われた」
「……そう、優しい子たちね。それにしても日の丸弁当って……」
お母さんがお腹を抱えて笑い出す。
「飛鳥ちゃんだっけ? いいセンスしてるわ」
「うん、本当にこの子はイレギュラーだと思うの。蒼兄と車通学していることを知ったらなんて言ったと思う?」
「……そうね。たいていは車通学が羨ましいってところじゃないかしら? でも、違ったのね?」
私はコクリと頷いた。
「ずるいとは言われたの。でも、着眼点が違った。蒼兄といつも一緒で目の保養したい放題じゃないって、目を輝かせて言われたの」
「あははっ! 面白いわ。いつかその子、家に連れていらっしゃい」
「予想外の反応ばかりで、私、『褒めてくれてありがとう』って答えたのに、最後には疑問符つけちゃった」
「あははっ。翠葉の様子が目に浮かぶわ」
「本当に、何もかもが今まで周りにいた人たちと違って、どうしていいのかわからないの。嫌じゃないし怖いとも思わない。……でも、別のところでは怖いと思ってるかな……」
ぬるくなったマグカップを両手でぎゅっと握る。
「感覚的に、すごく好きだなって思うの。思うんだけど、どこまで信じたらいい? どこまで好きになったらいい? ……その疑問がずっと頭の中にある。自分が傷つかないでいられる場所はどこだろう、って。一線引く場所を条件反射みたいに探している自分がいるの」
「そう……。いっぱい悩んで、考えて答えを出しなさい。ただ、人を傷つけるようなことはしちゃだめよ?」
真面目な顔でそう言われた。
「翠葉がされて嫌だったことや、翠葉がされたくないと思うようなこと。そういうことを相手にしなければ、どれだけ時間をかけてもいいと思うの。友達は一瞬でできるものかもしれない。けどね、友情は育むものよ? 愛情と一緒。翠葉のペースで築いていきなさい」
「……はい」
ここ数日の内に抱えた消化不良をすべて吐き出せた気がした。
時間をかけてもかまわない、か――
でも、その時間を相手は待ってくれるのかな……。
五時になると栞さんが夕飯を作りに戻ってきた。
私は夕飯まで少し休み、蒼兄が帰ってきてから四人揃っての夕飯。
「そうだ、翠葉にって預かってきたものがある」
そう言って蒼兄がかばんから取り出したものはクリアファイル。
「簾条さんが大学まで届けに来てくれたんだ」
中には、今日の授業のノートと小さなメモ用紙が入っていた。
Dear. 翠葉
うちの学校、一時間の授業でかなり進むから、
次の授業までにノートに目を通しておいたほうがいいと思うわ。
今日の授業は私と飛鳥、海斗と佐野で分担してとりました。
海斗のノートはあてにならないから、あとで私のノートをコピーするわね。
体調はどう? お大事にね。
From. 桃華
ルーズリーフをパラパラめくると、海斗くんがとってくれたであろうノートは余白が異様に多かった。
「……これはちょっとわからないかも」
単語や訳がところどころに書いてあるくらいで、書いた本人もこれをあとで見て理解できるのだろうか、と思ってしまうようなノート。
全体的に白っぽいノートの隅に一言のメッセージが記してあった。
「食うもの食って元気になれ!」。
飛鳥ちゃんのノートは女の子らしい丸っこい文字が並び、余白部分に「翠葉がいないと左隣が寂しいから早く学校に来て!」と書いてある。
佐野くんがとってくれたノートはとても几帳面な文字がびっしりと並んでいた。そして、やはり余白部分にメッセージが書かれている。
「御園生がいないと、隣の隣が葬式並みに暗くてうざったいから早く出て来てよ」と。
隣の隣……?
少し考え、それが飛鳥ちゃんであるとわかる。
佐野くんとは一度も話したことがないけれど――クラス委員だから?
ひとつの答えが導き出され、ひとまず納得した。
最後のノートは桃華さんがとってくれたもの。
それはとても見やすいノートで、授業を受けていなくてもこのノートさえあればすべてを理解することができる。そう思えるクオリティだった。
余白には、「飛鳥が翠葉欠乏症とかわけのわからないこと言ってるから、学校に来たら抱きつかれることを覚悟しなさい」と書かれている。
思わず笑みが零れた。
心があたたかくなるってこういうことを言うのかな。
心がじんわりと、確かにあたたかくなった。
「いいクラスメイトね」
お母さんに言われ、気持ちを噛みしめるように深く頷く。
「とても……優しい人たちなの」
夕食のあと、課題でわからないところを蒼兄に見てもらい、十時過ぎにはお布団に入った。
薬が効いたのか、ゆっくり過ごしたのが良かったのか、夜には熱も三十七度三分まで下がっていた。
血圧の数値は依然低いものの、脈の乱れも落ち着いてきているそう。
明日、学校に行ったら藤宮先輩と秋斗先生にお詫びとお礼を言いに行かなくちゃ……。
そこまで考えてふと思う。
どうしたらふたりに会えるんだろう。
蒼兄に訊くため、自室を出てすぐ左にある階段を上がる。
この階段をひとりで上がるのは久しぶり。眩暈を起こして何度も転がり落ちたことがあるため、人が一緒のときにしか二階に上がることはない。
階段を半分ほど上がると、足音に気づいたのか蒼兄が部屋から出てきた。
「いい、俺が下に下りるよ」
すぐに制され、手をつないで階段を下りた。
「蒼兄、過保護すぎ……。私、学校では二階の教室に上がるし、帰るときや移動教室のときには下りるんだよ?」
言うと、蒼兄はばつの悪い顔をした。
でも、蒼兄の優しさは心地よくて、つい甘えたくなってしまう。
それじゃいけないのだけど、ずっと側にいてほしいと思ってしまう。
最後の一段を下りると、
「どうした?」
「あのね、明日、藤宮先輩と秋斗……先生? さん?」
呼び方に悩んでいると、蒼兄がクスクスと笑う。
「秋斗さんでいいんじゃないかな? 本職は先生じゃないし」
「……じゃ、秋斗、さん……」
呼びなれない名前に少しドキドキした。
「そのふたりがどうかした?」
「うん。お詫びとお礼を言いに行きたいのだけど、どこへ行ったら会えるかな、と思って……」
「じゃ、明日の昼休み、俺がそっちに行くよ。そしたら図書室にも入れるから」
「本当?」
「うん。お昼休みに図書棟入り口で待ち合わせよう」
「ありがとう」
それだけ話すとおやすみの挨拶をして自室に戻った。
朝、無理にでも食べたのが良かったのか、小さめに作ってもらったオムライスの半分は普通に食べることができた。そして、朝同様、お母さんが目の前を陣取ってにっこりと笑っていたため、残りの半分も時間をかけて完食させられた。
「碧さん、すごいですね」
栞さんは尊敬の眼差しをお母さんに向ける。
「ふふ。だって私の娘ですもの。栞ちゃんよりは扱いに慣れてると思うわ」
「じゃ、私も見習わなくちゃ。留守を預かる身としては」
ふたりはクスクスと楽しそうに笑っていた。
食器を洗い終えると栞さんは帰宅し、私は少し横になることにした。
お母さんはさっきの写真のデータを渡すと、早速依頼主にコンタクトを取ることにしたらしい。
仕事の休みを取ったなんて言っても、結局は仕事をしていないと落ち着かないのだろう。もしくは、実際のところは休めるほどの余裕はなかったのかもしれない。
二時半ごろに目が覚め、ベッドの中で体温を計る。と、朝より少し上がっていた。
「それでも三十七度五分……。課題くらいはできるかな」
リビングを覗くとお母さんがリビングテーブルに資料を広げ仕事をしていた。
私もリビングで勉強してもいいかな……。
今年に入ってから、お母さんと過ごす時間がめっきりと減り、たまに帰ってくると一緒にいたい気持ちが強くなる。
「お母さん、私もここで課題をしてもいい?」
お母さんは顔を上げ、にんまりと笑う。
「なぁに? 甘えっ子みたいに」
「そんなことないもん……」
全然そんなことあるんだけど、ちょっと素直には認めがたい。
お母さんはクスリと笑って、
「嘘よ」
言ってすぐ、テーブルに広げていた資料を少し片付けてくれた。
「最近は家にいる時間が少ないから、あまり話す時間もとれなかったものね」
「うん……」
栞さんや蒼兄はとても良くしてくれる。でも、やっぱりお母さんの代わりとはいかないわけで……。
甘えているのかな……。
思いながら問題集を開いた。
「それ、学校の課題?」
「うん、未履修分野の課題。まだ数学が終わっただけなの。現国も半分くらい終わったけど、それでもまだ全体の六分の一も終わってない……。できれば、最短の一ヵ月半で補講を終わらせたいから、もう少しピッチ上げてがんばらなくちゃ」
課題が終わったところで蒼兄にかける負担は変わらないのだけど……。
問題は、私が生徒会に入れるのか入れないのか。はたまた、入りたいのか入りたくないのか――
ひとまず、六月の全国模試の結果が出ないことにはなんとも言えない。
二十位以下だったら自動的に生徒会入りは却下になるわけだけど、それはそれで本末転倒な気もする。
テストはそんなことを考えながら受けるものじゃないし、そもそも手を抜くなんて器用なことはできそうにない。
「あまり根つめないようになさい。翠葉は集中すると周りのことが見えなくなるから」
「うん……気をつける」
四時過ぎに一息入れようという話になり、栞さんが作ってくれたスコーンをトースターであたため直した。
バターがたっぷりと使われているスコーンには苺ジャムとクロッテッドクリームがよく合う。
お母さんはミルクたっぷりのミルクティー。私はミルクカモミールティー。
ミルクカモミールティーとは、あたためたミルクでカモミールの茶葉を煮出したもの。それに少量のハチミツを落として飲むととても美味しい。
「まだ始まったばかりだけど、学校はどう?」
訊かれて少し考える。
体調のことを訊かれているのか、それとも学校生活のことを訊かれているのか。
きっと両方だろう……。
わかっていつつも私は片方にしか答えなかった。
「んー……体力的にはきついかな」
「友達はできた?」
すぐに避けようのない質問を投げられる。
お母さんはきっと気づいてる。小学校中学校と、私に友達がいなかったことを。それがゆえ、蒼兄に依存してしまっていることも――
わかっていて訊かれているのだと思った。
観念して、思ったことを少しずつ話す。
「友達って……どいうものだったかな。模索しているのだけど、まだはっきりとはわからなくて……現在鋭意模索中。……でも、休み時間に話す人も、お弁当を一緒に食べる人もいるよ」
「どんな子たち?」
「すごく元気で……真っ直ぐ向き合ってくれる人たちだと思う。でも……どこまで信じて良くて、どこまで好きになっていいのかがわからない……」
「……なら、心行くまで模索してみるといいわ」
「うん……。でもね、中学のときとはちょっと違う気はしているの」
「たとえば?」
お母さんはノートパソコンを閉じて、聞く体勢を整えてくれた。
私はスコーンを一口食べてお皿に置き、ミルクカモミールティーを一口飲む。それらが胃に到達した感触を得てから口を開いた。
「前の席は藤宮海斗くん。答辞を務めたくらいだから、学年で一番頭がいいのかも。隣の席の子は立花飛鳥ちゃん。毎朝元気に挨拶をしてくれるの。後ろの席には簾条桃華さん。日本人形みたいにきれいな人で、クラス委員に立候補した人。……まだこの三人以外の人とはあまり話してないかな……」
普通にお話しをしてお弁当を食べて……。傍から見たら「友達」に見えるのだろう。でも、「本当の友達」なのか、私には自信がない――
あとは何が話せるかな、と少し考え、昨日のお昼休みの出来事を話した。
「言わないで回避できたらいいな、と思っていたの。でも、ちょっと無理そうで、あぁ、また根掘り葉掘り訊かれて言いふらされちゃうのかな……って。半ば覚悟して話したのだけれど、返ってくる反応は全く違うものだった。……身体のことを訊かれるでもなければ、話してくれるまで待ってくれるって……。いつか話してくれたら嬉しいって言われた」
「……そう、優しい子たちね。それにしても日の丸弁当って……」
お母さんがお腹を抱えて笑い出す。
「飛鳥ちゃんだっけ? いいセンスしてるわ」
「うん、本当にこの子はイレギュラーだと思うの。蒼兄と車通学していることを知ったらなんて言ったと思う?」
「……そうね。たいていは車通学が羨ましいってところじゃないかしら? でも、違ったのね?」
私はコクリと頷いた。
「ずるいとは言われたの。でも、着眼点が違った。蒼兄といつも一緒で目の保養したい放題じゃないって、目を輝かせて言われたの」
「あははっ! 面白いわ。いつかその子、家に連れていらっしゃい」
「予想外の反応ばかりで、私、『褒めてくれてありがとう』って答えたのに、最後には疑問符つけちゃった」
「あははっ。翠葉の様子が目に浮かぶわ」
「本当に、何もかもが今まで周りにいた人たちと違って、どうしていいのかわからないの。嫌じゃないし怖いとも思わない。……でも、別のところでは怖いと思ってるかな……」
ぬるくなったマグカップを両手でぎゅっと握る。
「感覚的に、すごく好きだなって思うの。思うんだけど、どこまで信じたらいい? どこまで好きになったらいい? ……その疑問がずっと頭の中にある。自分が傷つかないでいられる場所はどこだろう、って。一線引く場所を条件反射みたいに探している自分がいるの」
「そう……。いっぱい悩んで、考えて答えを出しなさい。ただ、人を傷つけるようなことはしちゃだめよ?」
真面目な顔でそう言われた。
「翠葉がされて嫌だったことや、翠葉がされたくないと思うようなこと。そういうことを相手にしなければ、どれだけ時間をかけてもいいと思うの。友達は一瞬でできるものかもしれない。けどね、友情は育むものよ? 愛情と一緒。翠葉のペースで築いていきなさい」
「……はい」
ここ数日の内に抱えた消化不良をすべて吐き出せた気がした。
時間をかけてもかまわない、か――
でも、その時間を相手は待ってくれるのかな……。
五時になると栞さんが夕飯を作りに戻ってきた。
私は夕飯まで少し休み、蒼兄が帰ってきてから四人揃っての夕飯。
「そうだ、翠葉にって預かってきたものがある」
そう言って蒼兄がかばんから取り出したものはクリアファイル。
「簾条さんが大学まで届けに来てくれたんだ」
中には、今日の授業のノートと小さなメモ用紙が入っていた。
Dear. 翠葉
うちの学校、一時間の授業でかなり進むから、
次の授業までにノートに目を通しておいたほうがいいと思うわ。
今日の授業は私と飛鳥、海斗と佐野で分担してとりました。
海斗のノートはあてにならないから、あとで私のノートをコピーするわね。
体調はどう? お大事にね。
From. 桃華
ルーズリーフをパラパラめくると、海斗くんがとってくれたであろうノートは余白が異様に多かった。
「……これはちょっとわからないかも」
単語や訳がところどころに書いてあるくらいで、書いた本人もこれをあとで見て理解できるのだろうか、と思ってしまうようなノート。
全体的に白っぽいノートの隅に一言のメッセージが記してあった。
「食うもの食って元気になれ!」。
飛鳥ちゃんのノートは女の子らしい丸っこい文字が並び、余白部分に「翠葉がいないと左隣が寂しいから早く学校に来て!」と書いてある。
佐野くんがとってくれたノートはとても几帳面な文字がびっしりと並んでいた。そして、やはり余白部分にメッセージが書かれている。
「御園生がいないと、隣の隣が葬式並みに暗くてうざったいから早く出て来てよ」と。
隣の隣……?
少し考え、それが飛鳥ちゃんであるとわかる。
佐野くんとは一度も話したことがないけれど――クラス委員だから?
ひとつの答えが導き出され、ひとまず納得した。
最後のノートは桃華さんがとってくれたもの。
それはとても見やすいノートで、授業を受けていなくてもこのノートさえあればすべてを理解することができる。そう思えるクオリティだった。
余白には、「飛鳥が翠葉欠乏症とかわけのわからないこと言ってるから、学校に来たら抱きつかれることを覚悟しなさい」と書かれている。
思わず笑みが零れた。
心があたたかくなるってこういうことを言うのかな。
心がじんわりと、確かにあたたかくなった。
「いいクラスメイトね」
お母さんに言われ、気持ちを噛みしめるように深く頷く。
「とても……優しい人たちなの」
夕食のあと、課題でわからないところを蒼兄に見てもらい、十時過ぎにはお布団に入った。
薬が効いたのか、ゆっくり過ごしたのが良かったのか、夜には熱も三十七度三分まで下がっていた。
血圧の数値は依然低いものの、脈の乱れも落ち着いてきているそう。
明日、学校に行ったら藤宮先輩と秋斗先生にお詫びとお礼を言いに行かなくちゃ……。
そこまで考えてふと思う。
どうしたらふたりに会えるんだろう。
蒼兄に訊くため、自室を出てすぐ左にある階段を上がる。
この階段をひとりで上がるのは久しぶり。眩暈を起こして何度も転がり落ちたことがあるため、人が一緒のときにしか二階に上がることはない。
階段を半分ほど上がると、足音に気づいたのか蒼兄が部屋から出てきた。
「いい、俺が下に下りるよ」
すぐに制され、手をつないで階段を下りた。
「蒼兄、過保護すぎ……。私、学校では二階の教室に上がるし、帰るときや移動教室のときには下りるんだよ?」
言うと、蒼兄はばつの悪い顔をした。
でも、蒼兄の優しさは心地よくて、つい甘えたくなってしまう。
それじゃいけないのだけど、ずっと側にいてほしいと思ってしまう。
最後の一段を下りると、
「どうした?」
「あのね、明日、藤宮先輩と秋斗……先生? さん?」
呼び方に悩んでいると、蒼兄がクスクスと笑う。
「秋斗さんでいいんじゃないかな? 本職は先生じゃないし」
「……じゃ、秋斗、さん……」
呼びなれない名前に少しドキドキした。
「そのふたりがどうかした?」
「うん。お詫びとお礼を言いに行きたいのだけど、どこへ行ったら会えるかな、と思って……」
「じゃ、明日の昼休み、俺がそっちに行くよ。そしたら図書室にも入れるから」
「本当?」
「うん。お昼休みに図書棟入り口で待ち合わせよう」
「ありがとう」
それだけ話すとおやすみの挨拶をして自室に戻った。
32
あなたにおすすめの小説
光のもとで2
葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、
新たな気持ちで新学期を迎える。
好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。
少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。
それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。
この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。
何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい――
(10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される
けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」
「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」
「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」
県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。
頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。
その名も『古羊姉妹』
本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。
――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。
そして『その日』は突然やってきた。
ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。
助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。
何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった!
――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。
そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ!
意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。
士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。
こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。
が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。
彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。
※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。
イラスト担当:さんさん
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について
おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である
そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。
なんと、彼女は学園のマドンナだった……!
こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。
彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。
そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。
そして助けられた少女もまた……。
二人の青春、そして成長物語をご覧ください。
※中盤から甘々にご注意を。
※性描写ありは保険です。
他サイトにも掲載しております。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる