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32 Side 秋斗 01話
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あともう一仕事……。
「その前にシャワー浴びようかな」
若槻の仕事量を減らしたことで、俺も蔵元も連日仕事漬けだった。
蔵元も、ここ一週間ほどは本社には出向かず俺の家で仕事をしている。
必要な資料があると大学の図書館へ行くくらいで、食べるものはすべてコンシェルジュにお願いしていた。
俺が食べるものだけは、消化のいいものを蔵元がキッチンで作ってくれているが、お粥や雑炊、うどんには正直飽きてきている。
ま、とりあえずは何か食べていればいいんだろうけれど……。
ホテルで缶詰になろうという話もあったが、やはり自宅のほうが落ち着くということもあり、マンションに篭ることになった。
バスルームに入る寸前、蔵元に呼び止められる。
「秋斗様、湊様からお電話です」
「湊ちゃん……?」
久しく連絡など取っていなければ、同じ階の住人だというのに会うこともなかった。それは、俺たちがあまり家から出ない、というのが原因かもしれない。
携帯を手に、
「はい、こんな朝早くにどうしたの?」
『悪いわね。……今日中に翠葉を病院に入れたいの。秋斗に説得お願いできるかしら?』
説得……?
「それは、入院が必要な状態にも関わらず、彼女がそれを拒んでいるってこと?」
彼女の発作の回数が増えていることにも、不整脈が度々起きていることも知らないわけじゃない。けれど、そこまでひどい状態だとは知らなかった。
血圧自体は八十前後を保っていたし、心拍が上がることがあっても下がることはほとんどなかった。
『ま、あの子が拒む理由もわからなくはないんだけどね……』
「それはどういう意味?」
『ここのところ、連日のように病院へ運び込まれても治療という治療はできていないからよ。入院したところで治療ができるわけじゃないなら入院したくない――そういうこと』
「……それなら、自宅でもいいんじゃないの?」
『……もう、その域を出てる。カロリーも水分も足りてないのよ。このままだと飢餓状態が続いて脳にも内臓にも障害が出はじめる』
「っ……なんで無理にでも入院させないっ!?」
『……できることならあの子の意思で入れたい。そのほうがのちの家族関係や人間関係に響かない。私、これから栞と空港まで昇を迎えに行ってくる。午後過ぎには幸倉に戻れると思う。それまでに説得お願いできるかしら?』
「もちろん。……司は?」
ここでどうして司の名前を口にしたのかは自分でもよくわからない。
『それが、再三携帯を鳴らしても出ないのよ。たぶん学校だとは思うけど』
「……あれ? マンションに帰ってきてるんじゃないの?」
『お母様が熱を出したの。ハナの散歩要員も含め、実家に帰ってるわ。それと、バイタルの送信を打ち切ったことを不満に思ってる。口にはしないけどね……』
なるほど……。
『幸倉に行けば若槻や蒼樹にも言われると思うけど、今まで私たちが見てきた翠葉だとは思わないで。それだけはわかっていて。無暗に近づこうとはしないこと』
よくわからない言葉を最後に通話が切れた。
「蔵元……俺、翠葉ちゃんのところに行ってきていいかな」
「……よろしくないのですか?」
「うん、結構やばいみたい」
「……でしたら、シャワーを浴びたら少しお休みください。徹夜明けの運転は認められません」
涼しい顔をして携帯を取り上げられ、バスルームに押し込まれた。
彼女がまだ俺を好きでいてくれるなら、説得の余地はあるかもしれない。
このときの俺は、翠葉ちゃんがどんな精神状態で、どんな行動に出るのかなんてまったく予想もしていなかったんだ。
――というより、誰があんなことを予想できただろう。
数時間後に車の中で放心する羽目になるとは、このときただの一ミリも思っていなかった――。
俺はどこで何を間違えたのだろうか――
左手に握ったままの彼女の髪の毛を見て、何を考えることもできずにいた。
車に乗り込み、手にある髪をただ見るだけ。
長さにして五十センチ弱――彼女は惜しげもなく自ら髪の毛を切り落としたのだ。
助手席に置いてあったA4の封筒に髪を入れ、封筒を抱えて目を瞑る。
ふとした拍子にいくつかの声音で同様のことが囁かれる。
――「近寄りすぎないように」。
それはこういうことを指していたのだろう。
俺は近寄りすぎた。自分なら大丈夫、とどこかで高を括っていた。だから、こうなった……。
彼女を傷つけた。俺が、彼女を傷つけた。きっと、心も物理的にも。
彼女は――彼女は、自分で自分を傷つけた。
頭がおかしくなりそうだ……。
ハンドルに突っ伏した拍子に、胸ポケットに入れていた携帯が忙しなく振動を始める。
「発作っ!?」
すぐにバイタルのチェックをした。
間違いない、発作だ……。
ここ連日見ている数値の変動と同じ。
唇を強く噛みすぎたらしく、口の中に鉄の味がした。
側にいたい――
何もできなくても側にいたいと思う。でも、今の俺では何もできないどころか、彼女に苦痛を与えるだけ。
きっと、少し時間が経てば彼女は自分を責めるだろう。自分で髪を切り、俺を傷つけたことで自分を責める。そんな子だ……。
俺はどうしてこんなにも何もしてあげられないのだろう。何かしてあげたいとこんなにも思っているのにどうして――どうして、側にいることもできないのだろう。
一時間ちょっとバイタルを見ていた。
こんなひどい状態がまだ続くのか、と胃がキリキリし始める。
それでも、若槻はまだ俺に助けを求めることもなければ救急車を呼ぶでもない。
だいたい二時間くらいは発作に付き合う。それでも治まらない場合は病院へ行くというのが若槻のスタンス。
今は二時過ぎ。三時には湊ちゃんたちも到着するだろう。
俺にできることは……。
「司、かな」
携帯を手に取り司の居場所をチェックする。
携帯のGPSは学園敷地内。
俺は車のエンジンをかけ、学園へ向かった。
「その前にシャワー浴びようかな」
若槻の仕事量を減らしたことで、俺も蔵元も連日仕事漬けだった。
蔵元も、ここ一週間ほどは本社には出向かず俺の家で仕事をしている。
必要な資料があると大学の図書館へ行くくらいで、食べるものはすべてコンシェルジュにお願いしていた。
俺が食べるものだけは、消化のいいものを蔵元がキッチンで作ってくれているが、お粥や雑炊、うどんには正直飽きてきている。
ま、とりあえずは何か食べていればいいんだろうけれど……。
ホテルで缶詰になろうという話もあったが、やはり自宅のほうが落ち着くということもあり、マンションに篭ることになった。
バスルームに入る寸前、蔵元に呼び止められる。
「秋斗様、湊様からお電話です」
「湊ちゃん……?」
久しく連絡など取っていなければ、同じ階の住人だというのに会うこともなかった。それは、俺たちがあまり家から出ない、というのが原因かもしれない。
携帯を手に、
「はい、こんな朝早くにどうしたの?」
『悪いわね。……今日中に翠葉を病院に入れたいの。秋斗に説得お願いできるかしら?』
説得……?
「それは、入院が必要な状態にも関わらず、彼女がそれを拒んでいるってこと?」
彼女の発作の回数が増えていることにも、不整脈が度々起きていることも知らないわけじゃない。けれど、そこまでひどい状態だとは知らなかった。
血圧自体は八十前後を保っていたし、心拍が上がることがあっても下がることはほとんどなかった。
『ま、あの子が拒む理由もわからなくはないんだけどね……』
「それはどういう意味?」
『ここのところ、連日のように病院へ運び込まれても治療という治療はできていないからよ。入院したところで治療ができるわけじゃないなら入院したくない――そういうこと』
「……それなら、自宅でもいいんじゃないの?」
『……もう、その域を出てる。カロリーも水分も足りてないのよ。このままだと飢餓状態が続いて脳にも内臓にも障害が出はじめる』
「っ……なんで無理にでも入院させないっ!?」
『……できることならあの子の意思で入れたい。そのほうがのちの家族関係や人間関係に響かない。私、これから栞と空港まで昇を迎えに行ってくる。午後過ぎには幸倉に戻れると思う。それまでに説得お願いできるかしら?』
「もちろん。……司は?」
ここでどうして司の名前を口にしたのかは自分でもよくわからない。
『それが、再三携帯を鳴らしても出ないのよ。たぶん学校だとは思うけど』
「……あれ? マンションに帰ってきてるんじゃないの?」
『お母様が熱を出したの。ハナの散歩要員も含め、実家に帰ってるわ。それと、バイタルの送信を打ち切ったことを不満に思ってる。口にはしないけどね……』
なるほど……。
『幸倉に行けば若槻や蒼樹にも言われると思うけど、今まで私たちが見てきた翠葉だとは思わないで。それだけはわかっていて。無暗に近づこうとはしないこと』
よくわからない言葉を最後に通話が切れた。
「蔵元……俺、翠葉ちゃんのところに行ってきていいかな」
「……よろしくないのですか?」
「うん、結構やばいみたい」
「……でしたら、シャワーを浴びたら少しお休みください。徹夜明けの運転は認められません」
涼しい顔をして携帯を取り上げられ、バスルームに押し込まれた。
彼女がまだ俺を好きでいてくれるなら、説得の余地はあるかもしれない。
このときの俺は、翠葉ちゃんがどんな精神状態で、どんな行動に出るのかなんてまったく予想もしていなかったんだ。
――というより、誰があんなことを予想できただろう。
数時間後に車の中で放心する羽目になるとは、このときただの一ミリも思っていなかった――。
俺はどこで何を間違えたのだろうか――
左手に握ったままの彼女の髪の毛を見て、何を考えることもできずにいた。
車に乗り込み、手にある髪をただ見るだけ。
長さにして五十センチ弱――彼女は惜しげもなく自ら髪の毛を切り落としたのだ。
助手席に置いてあったA4の封筒に髪を入れ、封筒を抱えて目を瞑る。
ふとした拍子にいくつかの声音で同様のことが囁かれる。
――「近寄りすぎないように」。
それはこういうことを指していたのだろう。
俺は近寄りすぎた。自分なら大丈夫、とどこかで高を括っていた。だから、こうなった……。
彼女を傷つけた。俺が、彼女を傷つけた。きっと、心も物理的にも。
彼女は――彼女は、自分で自分を傷つけた。
頭がおかしくなりそうだ……。
ハンドルに突っ伏した拍子に、胸ポケットに入れていた携帯が忙しなく振動を始める。
「発作っ!?」
すぐにバイタルのチェックをした。
間違いない、発作だ……。
ここ連日見ている数値の変動と同じ。
唇を強く噛みすぎたらしく、口の中に鉄の味がした。
側にいたい――
何もできなくても側にいたいと思う。でも、今の俺では何もできないどころか、彼女に苦痛を与えるだけ。
きっと、少し時間が経てば彼女は自分を責めるだろう。自分で髪を切り、俺を傷つけたことで自分を責める。そんな子だ……。
俺はどうしてこんなにも何もしてあげられないのだろう。何かしてあげたいとこんなにも思っているのにどうして――どうして、側にいることもできないのだろう。
一時間ちょっとバイタルを見ていた。
こんなひどい状態がまだ続くのか、と胃がキリキリし始める。
それでも、若槻はまだ俺に助けを求めることもなければ救急車を呼ぶでもない。
だいたい二時間くらいは発作に付き合う。それでも治まらない場合は病院へ行くというのが若槻のスタンス。
今は二時過ぎ。三時には湊ちゃんたちも到着するだろう。
俺にできることは……。
「司、かな」
携帯を手に取り司の居場所をチェックする。
携帯のGPSは学園敷地内。
俺は車のエンジンをかけ、学園へ向かった。
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