光のもとで1

葉野りるは

文字の大きさ
483 / 1,060
Side View Story 10

11~12 Side 司 02話

しおりを挟む
 病室を出てナースセンターの前を通ると、栞さんは電話対応をしていた。そして、俺たちを視界に認めると、
「あ、ちょっと待って――」
 慌てた様子で呼び止められる。
 呼び止められたのは翠ではなく、俺。
「今、静兄様が病院に向かっているみたいなの。司くんに用事があるから、所在を明らかにしておくようにって」
「屋上にいると伝えてください」
「わかったわ」
 ……静さんが俺に用? 身に覚えがない。
 栞さんは再度受話器に向かって話し始め、俺たちはナースセンターを通り過ぎた。
 静さんの用件も気にはなるが、それ以上に俺の隣をスタスタと歩く翠の姿がもっと気になった。
「電話で聞いて知ってはいたけど、ここまで調子がいいとは思わなかった」
 エレベーターに乗り込み、じっと翠の立ち姿を見ていた。
 どこを庇うことなく歩いていたし、今も痛みを隠しているようには見えない。
「私もびっくりしてる」
 屈託なく笑う顔が俺を見た。そして、「聞いて聞いて」と言わんが如く、「今日ね」と口にする。
「聞いた」
「……私、まだ何も言ってない」
「家に帰ったら母さんが嬉しそうに話してきた」
 たぶん、翠が言おうとしているのはハナのことだろう。
 なんていうか……目がハナと同じ。
「ちょっと残念。珍しく大きな出来事で報告ごとだったのに」
「俺は別の意味で残念。ハナを翠に会わせるのは俺だと思ってた。まさか父さんに先を越されるとは思ってなかった」
 翠は、「何それ」と笑う。
 けど、ハナと会ったときの翠の反応を見たかったとは素直に言えず……。
「ハナちゃん、すごくかわいいね? この裏にあんなお部屋があるなんて知らなかった」
 エレベーターのドアが開いて、翠は俺よりも先に歩きだした。
 点滴スタンドは俺が持ったままだというのに、そんなことは気にせず前へ前へと進む。その様は、まるではしゃいでいるよう。
 こんな翠を見ることはめったになく、珍しいものを見ている気がした。
「俺たちの祖母が入院したときに急遽作ったんだ」
 何がそんなに嬉しい? ハナに会えたこと?
 そう思えば、なおさら悔しさが募るわけで……。
 ポケットに手を入れると、指先に硬いものが触れる。
 出かけに母さんから渡されたチェーンはきれいに磨き上げられ、見事なシルバーの輝きを取り戻していた。それに通してあるだけのとんぼ玉のグリーンがよく映える。
 無造作にジーパンに突っ込んできたものを手に、
「翠」
「何?」
「点滴人間なんだから、そんなに先へ行くな」
 少し歩幅を広げればすぐに追いつく距離だけど……。
 翠の背後から首にチェーンをかけると、
「……何?」
「お土産」
 チェーンの留め金を留め、その上に髪の毛を出す。
 相変わらず、しなやかで手触りのいい髪……。
 その髪は、夏の湿度などまるで関係ないように、絹糸のごとくさらりとまとまる。
 翠は自分の首にぶら下げられたものを両手で掴んでじっと見ていた。
「……違う、とんぼ玉……?」
「お土産っていっても食べ物じゃないほうがいいと思ったし、でもこれといったものもなかったから、露店で見かけたとんぼ玉。悪いけど、精巧なつくりじゃないし安物だから」
 母さんにも指摘されたし、確かに五〇〇円だったし……。
 自分に言い訳をしていると、
「すごく、すっごく嬉しいよっ!?」
 翠は振り返り俺を見上げると、俺の言い訳以上の理由を並び挙げる。
「大好きな淡い緑だし、お花の模様がついているし、ガラス好きだし、ツカサが選んでくれたのでしょう?」
「……俺以外に誰もいないだろ」
「だから嬉しいっ」
 ――ダカラウレシイ。
 その言葉が嬉しくて、ちょっと困る。
 翠が首の後ろに手を回し、チェーンと格闘し始めた。
「……外すの?」
 もう少しくらい着けていてくれたらいいのに。
「だって、ちゃんと見たいんだもの」
 大きな目を見開いて、「見たい」と言う。
 そういうことなら――
「わかった、外すから」
 ものすごくベーシックな留め金だと思う。こういうの、男よりも女のほうが慣れているだろうに、翠は外せなかった。
 もしかしたら、指先が痛むのかもしれない。
「ほら」
 翠の手の平に乗せてやると、まるで花が綻ぶように笑った。
「きれい……かわいい、ありがとう」
 久しぶりに見た笑顔に心臓が変な動きをする。
 やばい――心拍速まりそう。
 何か、胸にこみ上げてくるものがあった。
 そんな現象に対応しきる自信がなく、見なかったことにしようと視線を逸らし、進行方向を変えた。
 ちょうど少し先にベンチがあったから、点滴スタンドを押しながらそこへ向かう。
 ……ちゃんとついて来いよ?
 ハナに付けるリードとはわけが違う。
 これを引っ張れば点滴が抜ける。そんな簡単に抜けるものではないが、引っ張っていいものでもない。
 ベンチに座ると、翠は後ろからちょこちょこと早足でやってきた。そして、俺の前に立つと、
「ツカサ、まさかとは思うけど、私のことをペットみたいに扱っていたりしないよね?」
「なんだ、やっと自覚したのか」
 笑って見せると、翠がわかりやすく怒りだした。
「ひどいっ! ハナちゃんはかわいいけど、私は一応人間なんだからねっ!?」
「へぇ、一応でいいんだ?」
 つい、意地悪心に火がつく。
 むっとしている顔の翠もめったには見られない。貴重だけど、そろそろ座ってもらいたい。
 自分の隣のスペースを手で軽く叩く。
「歩きまわってもいいのかもしれないけど、立ちっぱなしは良くないだろ?」
 翠はコクリと頷きそのスペースに座った。
「何か聞いた?」
「え?」
「うちの両親から」
 あまり変なことは聞いていないことを願う。もしくは父さんに尋ねられたことをペラペラ答えるとかも勘弁願いたい。
「……とくには何も」
「ふーん……」
「……だって、百聞は一見にしかず、なんでしょう? 私は、会って話をしてツカサを知りたいから、たぶん、誰かにツカサのことを訊こうとは思わないと思う」
 不意打ちとは、こういうことを言うのだろう。
 俺は笑みが漏れるのを堪えられずに俯いた。
 隣の翠はまだ手の平にあるとんぼ玉を見つめている。
「それ、もう一度着けようか?」
「え……?」
「音は鳴らないけど鈴みたいだし……」
 返事は待たずにチェーンを取り上げ、さっきより早くに着け終えた。
 やっと意味を解したらしい翠が、
「私、猫じゃないんだけど……」
 と、睨んでくる。
「猫には鈴だよな。翠にはガラス玉?」
 犬にはカラー、猫には鈴、翠にはガラス玉。
 自分の中での結論を口にしたら翠はまたむくれるだろうか。
 そんなことを考えていると、エレベーター前の自動ドアが開く音がした。
しおりを挟む
感想 24

あなたにおすすめの小説

光のもとで2

葉野りるは
青春
一年の療養を経て高校へ入学した翠葉は「高校一年」という濃厚な時間を過ごし、 新たな気持ちで新学期を迎える。 好きな人と両思いにはなれたけれど、だからといって順風満帆にいくわけではないみたい。 少し環境が変わっただけで会う機会は減ってしまったし、気持ちがすれ違うことも多々。 それでも、同じ時間を過ごし共に歩めることに感謝を……。 この世界には当たり前のことなどひとつもなく、あるのは光のような奇跡だけだから。 何か問題が起きたとしても、一つひとつ乗り越えて行きたい―― (10万文字を一冊として、文庫本10冊ほどの長さです)

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

みんなの女神サマは最強ヤンキーに甘く壊される

けるたん
青春
「ほんと胸がニセモノで良かったな。貧乳バンザイ!」 「離して洋子! じゃなきゃあのバカの頭をかち割れないっ!」 「お、落ちついてメイちゃんっ!? そんなバットで殴ったら死んじゃう!? オオカミくんが死んじゃうよ!?」 県立森実高校には2人の美の「女神」がいる。 頭脳明晰、容姿端麗、誰に対しても優しい聖女のような性格に、誰もが憧れる生徒会長と、天は二物を与えずという言葉に真正面から喧嘩を売って完膚なきまでに完勝している完全無敵の双子姉妹。 その名も『古羊姉妹』 本来であれば彼女の視界にすら入らないはずの少年Bである大神士狼のようなロマンティックゲス野郎とは、縁もゆかりもない女の子のはずだった。 ――士狼が彼女たちを不審者から助ける、その日までは。 そして『その日』は突然やってきた。 ある日、夜遊びで帰りが遅くなった士狼が急いで家へ帰ろうとすると、古羊姉妹がナイフを持った不審者に襲われている場面に遭遇したのだ。 助け出そうと駆け出すも、古羊姉妹の妹君である『古羊洋子』は助けることに成功したが、姉君であり『古羊芽衣』は不審者に胸元をザックリ斬りつけられてしまう。 何とか不審者を撃退し、急いで応急処置をしようと士狼は芽衣の身体を抱き上げた……その時だった! ――彼女の胸元から冗談みたいにバカデカい胸パッドが転げ落ちたのは。 そう、彼女は嘘で塗り固められた虚乳(きょにゅう)の持ち主だったのだ! 意識を取り戻した芽衣(Aカップ)は【乙女の秘密】を知られたことに発狂し、士狼を亡き者にするべく、その場で士狼に襲い掛かる。 士狼は洋子の協力もあり、何とか逃げることには成功するが翌日、芽衣の策略にハマり生徒会に強制入部させられる事に。 こうして古羊芽衣の無理難題を解決する大神士狼の受難の日々が始まった。 が、この時の古羊姉妹はまだ知らなかったのだ。 彼の蜂蜜のように甘い優しさが自分たち姉妹をどんどん狂わせていくことに。 ※【カクヨム】にて編掲載中。【ネオページ】にて序盤のみお試し掲載中。【Nolaノベル】【Tales】にて完全版を公開中。 イラスト担当:さんさん

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

静かに過ごしたい冬馬君が学園のマドンナに好かれてしまった件について

おとら@ 書籍発売中
青春
この物語は、とある理由から目立ちたくないぼっちの少年の成長物語である そんなある日、少年は不良に絡まれている女子を助けてしまったが……。 なんと、彼女は学園のマドンナだった……! こうして平穏に過ごしたい少年の生活は一変することになる。 彼女を避けていたが、度々遭遇してしまう。 そんな中、少年は次第に彼女に惹かれていく……。 そして助けられた少女もまた……。 二人の青春、そして成長物語をご覧ください。 ※中盤から甘々にご注意を。 ※性描写ありは保険です。 他サイトにも掲載しております。

学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?

宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。 栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。 その彼女に脅された。 「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」 今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。 でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる! しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ?? 訳が分からない……。それ、俺困るの?

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...