上 下
13 / 49
第二章 復讐

第十三話

しおりを挟む

地獄の音声に、勇美は恐怖のあまり絶句してしまった。

「今、中にいたのは……」

しばらくしてから勇美がおそるおそる尋ねると、地獄の扉を見つめているうたじろうがハッと我に返って言った。

「あれは地獄の鬼です。初めて見た者は必ず震え上がる程、恐ろしい見た目をしているんです。今、出て来たのは一体ですが全部で八体いるんですよ」

「鬼?!しかも八体も?!怖いってどんな風に?!」

うたじろうよりも先に土方が口を開いた。

「顔、胴体どうたい、手足があって形は人間と同じだが、頭にはつの、体中に無数の目がある。中央にはでけぇ鼻と口、舌は長くて太い」

勇美がギョッとした顔をすると、土方がニヤリとした。たかむらが庭から上がって来て言った。

「初めて見た時は俺も驚いたんだぞ」

「た、たかむらも?!」

(基本的に動じないたかむらがびっくりするなんてヤバいじゃん!見てみたい気もするけど怖い!)

「あの……地獄って具体的にどういう場所なんですか?」

「ひとことで言うと灼熱しゃくねつだ。そこかしこで常に火の手が上がってる。毎日50度以上の気温の中にいるような感覚だな。俺と鬼達は何も感じないが、送られて来た奴らは罰のひとつとして感覚が備わるからあまりの暑さに今にも死にそうな顔しやがる。まっもう死んでるからどんなに焼かれようが煮込まれようが干からびようが死ぬことはないんだがな」

土方は鼻で笑った。勇美は再び身震いした。すると、千代が首を傾げながら言った。

「前から気になってたことがある。死後の世界には天国行きと地獄行きを決める裁判所があって仕切ってるのは閻魔大王えんまだいおうだと生前に聞いたんだ。でも、ここに閻魔大王はいない」

「確かに。いるのは新選組の近藤勇……何で?」

すると、土方とたかむらが顔を見合わせた。

「助手、説明してやれ」

「千代殿のお話は『冥界めいかい』のことですね。お二人もご存知のようにここは『霊界』です。『冥界』とは違います」

「えーっと、つまりパラレルワールド的なこと?」

「ぱられるわーるど……?」

うたじろうが首を傾げたので、たかむらが代わりに説明を始めた。

「いや、パラレルワールドじゃない。昔ここは『冥界』だった。閻魔大王もいた。当時は平安だったが現世も『冥界』も時代の流れは一致していたし、俺は近藤局長じゃなくて閻魔大王の補佐をしてたんだ」

「ええっ?!」

「どういう事だい?」

「ある問題が起きて、閻魔大王もろとも『冥界』が破壊されちまった。その後に再構築されたのがこの『霊界』って訳だ。時代の概念がないのはその時の名残で、ここには平安以降に死んだ者しか来ない」

「……つまりこの世界の時間軸が現世と違うのは破壊の後遺症こういしょうってこと?」

「ああ。もちろん時代も元に戻そうとしたが……上手くいかなかった」

「じゃあ、平安以降の……例えば鎌倉だとか明治だとかに死んで、まだここに来ていない者は現世とここの間のどこかをいまだに彷徨さまよってるってことかい?」

「ああ、そうだ。何とかしようとしてるんだがまだ解決できてない」

「……ちょっと待って。そうだとすると、あんたはもうとっくに死んでるはずだよね?寿命おかしくない?まさか不老不死ふろうふし?」

勇美の疑問にたかむらが眉をひそめながら答えた。

「んな訳ねぇだろ。だが、お前が疑問に思う気持ちはよく分かる。どうやらこの世界と現世を行き来してる間に俺自身の寿命が狂ってしまったらしい。恐らく現世で死なない限り解決する事はないだろう」

たかむらはそれっきり黙ってしまった。

「……えっ続きは?この世界と『冥界』のこともっと詳しく教えてよ」

勇美の言葉にたかむらはフンと鼻で笑うと言った。

「続きは副長が教えてくれるそうだ」

「おい、たかむら。余計なこと言うんじゃねぇ。残念ながら俺からは何も言えねえな」

煙管きせるをふかしながらニヤリと不適な笑みを浮かべた土方に、勇美が思わず叫んだ。

「ええー!教えてくださいよ!」

「助手、その代わりに地獄の説明の続きだ」

「地獄は八種類あって、それぞれ番人がいます。土方副長はその番人達を統括とうかつしてるんです。生前の行いによって死者が送られる場所が変わります。始めは土方副長が指示を出していたんですが、最近は殆ど番人に任せています。ですよね?土方副長」

「ああ」

「でもそんな事したらやりたい放題になっちゃうんじゃ……だってさっき楽しそうにしてたじゃん!」

野蛮やばんに見えるかもしれませんが、彼らは意外と仕事をしっかりこなすんですよ。しかも判断が早い」

「マジか。エグい見た目のわりに意外と真面目なんだね。ってか、うたじろうやけに詳しいね?」

うたじろうは恐縮して言った。

「そ、そんなことはありませんよ。補佐隊員の皆様の助手として知って当然の知識です」

「さすがだぜ助手。たかむら、上手くしつけたじゃねぇか」

たかむらは何も答えなかったが、その顔には「当たり前だろ」というような勝気な表情が浮かんでいた。そんな二人を見て勇美はふと思った。

(なんかこの二人似てるな……)

「そろそろ次の死者を呼ぶぞ。裁きの間に戻れ。では、土方副長。後は頼みましたよ」

「ああ、任せておけ。じゃあな、貴様ら」

土方は地獄の扉を開けて中へ戻って行った。
しおりを挟む

処理中です...