キラキラ!

よん

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第2章

2-2

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 一体、アレは何だ……? 
 奇抜すぎる。
 アレと二日間の同居? 冗談だろ?
 どこからツッコめばいいんだ。
 ツッコミどころ満載すぎて目眩がした。
 個性という表現では手ぬるすぎる。ハロウィンの仮装の方が遥かにマシだ。
 親が置いてった一万円持って今から俺も和歌山に行くか? 
 海苔が乗ってない和歌山ラーメン、だいぶ食ってないしな。
 いや、無意味な現実逃避はやめよう。いたずらに時間を浪費するだけだ。
 少なくとも俺は一度、彼女と話さなければならない。
 ご足労いただいて申し訳ないが、今すぐ穏便にお引き取り願おう。

 意を決した俺はもう一度ノックしてドアを開ける。

 いた。
 彼女は直立不動のまま、俺の入室を待っていた。……怖いよ。

 彼女? 

 女の子だろう、多分……。もうその時点で怪しい。
 この際、妖怪と宇宙人も選択肢に入れておくか。心の準備さえしておけばショック死だけは免れる。

 まばたきせず、オカルトチックな彼女は黙ってこっちを見ている。ただただ怖い。
 真夏なのに窓を閉めきって冷房もつけてないこの部屋で、彼女はフードつきの黒いマントを纏って全身を覆っている。
 なので、その体型がわからない。
 唯一見えるのは素足の足首だけ。
 黒いマントに何やらアートを思わせるマーブル模様の水玉が付着している。
 深緑と白の謎の物体……何だろう?
 シャワーを浴びたばかりの俺は既に全身ビッショリ汗まみれになっていた。
 こめかみから流れてるのはおそらく冷や汗だ。
 さて、その彼女。
 フードをかぶった頭からはベタついた長い髪が胸元まで流れていて、顔は今時珍しいガングロメイク、バチバチのつけ睫毛の目元は白いアイライン。ヤマンバまで進化してないのがせめてもの救いだ。
 鼻と口は白のマスクで覆われてその表情は全く読めない。
 ただ、その双眸だけが異様に自己主張している。
 マスクをしたガングロギャルがフードつきマントを纏って立っている……それだけならまだいい。
 
 彼女の左肩に乗っかってるのは何だありゃ?
 
 インコ……いや、大きさからしてオウムだろうか。
 南国にいそうな色彩豊かな羽毛ではない。
 鳩のように地味なグレー一色……と思いきや尾の部分だけやたら赤い。寿司ネタのエビっぽい。
 その鳥がおもむろに体を丸めて、おしりからペチョッと何か出した。
 そして彼女の黒マントにまた一つ、深緑と白のマーブルアートが加わった。

 糞だ。

 他人の部屋でペットに糞させといて、彼女は「何か?」という素っ惚けた顔をしている。
 コレと二日間? 笑わせやがる。

 掛け時計に目をやった。午後三時十分。
 まだ早いとは思ったが、

「門限は何時?」

 そう言わずにはいられなかった。
 遠回しに「帰れ」。第一声にして素っ気なさすぎるのは承知の上だ。

 ところが、彼女は喋らない。
 代わりに、

「ナイ」

 左肩の鳥類がそう答えた。

 思わぬところで会話が成立してしまった。

 門限はない……ただの偶然だよな?

「夕立が降るらしいから急いだ方がいいよ」

 俺は鳥を無視して彼女にそう告げる。勿論、嘘情報である。

「ヘーキ」
「……え?」
「ココイル」

 また鳥の発言だ。
 平気、ここにいる……そう解釈すれば会話が成り立たないこともない。
 それとも、もしかしたら「兵器、五個いる」かもしれない。

「賢いオウムだな。まるで俺の言葉がわかってるみたいだ」
「オーム」

 左肩の鳥は確かにそう言った。

「チガウ」

 違う?

「ヨーム」

 ヨームって何だ?
 いや、その前にオウムであることをコイツは否定したのか?
 だとしたら明らかに俺とその鳥類はコミュニケーションが取れている。
 これまた偶然なのだろうか?
 不気味を通り越して、ちょっとだけ面白くなってきた。

「こんにちは」
「コンチワ」
「この部屋、暑くない?」
「スコシ」
「クーラーつけようか?」
「オネガイ」
「家はどこなの?」
「フジサワ」
「高校生?」
「ソウ」
「部活は?」
「キタクブ」
「夏休みの宿題やってる?」
「ゼンゼン」
「俺もだよ。学校の成績はいい?」
「バカ」
「ここで問題。金沢はどこの県庁所在地?」
「……カナガワ」
「じゃあ、石川県の県庁所在地は?」
「……ホクリク」
「県庁所在地の意味わかる?」
「シラナイ」
「好きな芸能人は?」
「ガガサマ」

 完璧だ。エクセレント!
 知能レベルはともかく、ここまで普通に会話できてる。どうなってんだ?
 しかも、俺はオウムだかヨームだかと話してるんじゃない。
 鳥はあくまで彼女の代弁者に過ぎない。
 高校生だって言ってたし、鳥に宿題なんてあるはずない。
 だとしたらあの鳥はオモチャで、彼女のマスクに隠された口が喋ってるだけ……つまり腹話術かも、という仮説を立ててみる。

 でも、オモチャは糞しないし。

 声は間違いなく鳥の嘴から出ている。
 喋る言葉が変わるたびに声色もガラリと変化する。
 大抵はかわいらしい女の子の声だが、たまにオッサンボイスになる。
 俺は既に弧珠という妖怪に遭遇しているから、人間の代わりに喋る鳥くらいじゃさすがに驚かない。冷静にこうして分析できるのはそのせいだ。

 とりあえずクーラーをつける。
 彼女のためではなく自分のために。どっちにしろ、またシャワーを浴びなきゃならないが……。

 改めて、彼女を観察してみる。
 マントの糞もそうだが、それ以外にもかなり不潔な印象を受ける。
 痒いのだろうか、袖をまくってやたら肌をポリポリ掻いている。
 注視すると、そこから垢がポロポロ落ちている。肩のフケも目立つ。
 そして今まで気のせいだと思って自分をごまかしていたが、確実に彼女は全身から異臭を放っている。

 俺は決してキレイ好きな人種ではないが、この時ばかりは一刻も早く彼女を家から追い出して隅々まで掃除機をかけたくなった。
 クーラーをつけたことを早くも後悔する。
 これでは彼女の訪問を歓迎してるみたいだ。

「あー、えーっとさ、悪いけどもう帰ってくれる?」

 直球だが、ここはヘタにごまかすよりいいだろう。

「親もいないし、明日は俺も部活で家を空けなきゃならないから」
「ルスバン」

 どうやら彼女……ではなく、この鳥に限っては四音節以上話せないらしい。他のオウムやインコならもっと長い文章も喋れるはずだが。

「キミが留守番するってこと? そりゃないな。キミを疑ってるわけじゃないけど、見ず知らずの人に留守番を頼むのも何か不用心な気がするんだ」
「イッショ」
「一緒?」
「ブカツ」

 一緒に部活へ顔を出す……そいつは悲惨だな。
 見栄えのいいヒカリならまだしも、こんなパンチの利いた女の子を連れて行ったら、俺が今まで築き上げた学園生活は一瞬で崩壊だ。
 ハードル激低の男子校生共からも「そりゃねーよ、ワタル」と指摘されることだろう。

「無理だよ。部外者は校内に入っちゃいけない決まりだから」

 当然、これは建前。

「サボル」
「今日さぼったから連続は許してもらえない。無駄に監督を怒らせたくないし、それに俺はさぼるどころか無性にサッカーをやりたいんだ」
「ルスバン」
「……」

 これはどっちか妥協しないといけないのか? 彼女を部活に連れて行くか、それとも二人でここに留まるか。
 究極の選択……どっちもあり得ない。

「狐珠のことは知ってるよね?」

 彼女は頷かない。目を見開いたまま俺を見て、

「シッテル」

 鳥が通訳する。
 人間と人間の会話なのに、どうして鳥がワンクッション入るんだ?

「落ち着いて聞いてくれ。弧珠に何て言われてここに来たのか知らないけど、俺はキミと付き合う気はないし、生活のリズムを崩されたくもない。……わかる? キミがここにいるといろいろ迷惑なんだよ」
「シラナイ」
「……え、どういう意味?」
「ココイル」

 そんなの知らない、私はここにいる……そういう意味だろう。何て自分勝手なヤツだ。
 やれやれ、一筋縄じゃいかないな。

「腕力じゃ当然俺の方が強いだろうけど、できるだけ手荒なマネはしたくないんだ。このまま膠着状態が続くんなら警察に通報するしかないな。……そうなるとキミは困るんじゃない?」
「コマル」
「だろう? じゃあ、自主的に出て行こうとは思わないか?」
「デテイク」

 お、意外と物わかりがいい。
 彼女……いや、鳥が長い沈黙の後に、

「ジュカイ」

 と、不吉なことを嘴から口走った。待て待て待て!

「ここを出たら樹海で自殺でもすんのか? それって立派な脅迫だぞ」
「フツカ」
「二日がどうした?」
「ココイル」
「またそれか」

 いよいよサイコホラー映画かサスぺンスドラマの様相を呈してきた。
 これで俺に好かれようとしてるんだから話にならない。
 躊躇せず、俺は部屋の子機で110番にかける。脅しには屈しない。
 考えてみれば、警察に電話するなんて初めてだ。……信じてくれるだろうか。
 ヘタしたら、俺がこのコを連れ込んだことにされるかもしれない。頼むから冤罪だけは勘弁してくれよ。

 あ、つながった。

 もしもし……そう言おうとしたら、

『午後三時、十四分、ちょうどを、お知らせします……ピッ、ピッ、ピッ』

 あれ? 何で俺、時間を教えられてんだ?

「ジホウ」

 俺の疑問を鳥が端的に説明する。

「何でだよ? 時報は117だろ? 俺は間違いなく110にかけたぞ?」

 もう一回試してみる。呼び出し音に続いて、

「ジホウ」
「先に言うな! 確かにそうだけど!」

 ちなみにこの「ジホウ」と「ココイル」が憎たらしいオッサンの声だ。
 俺は諦めて電話を切った。
 何でこうなる……?

「わかった。弧珠が何か仕掛けたな?」
「タブン」

 だったらケータイはどうだ?
 俺は慌てて階段を下りて、キッチンに置いたままのケータイから110番に電話してみた。

 ダメだ、こっちは天気予報にかかってる。
 用意周到だな、あのクソギツネめ!

 は! ま、まさかッ!

 俺は祈る思いで玄関に走る。

「……ッ!」

 予感的中。ドアが……開かない。

 窓は?
 リビングに向かって窓の鍵を……ビクともしない。

 
 あははははははははははははは。


 こ、これって完全に密室じゃん……。



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