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第3章
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謎が多すぎる。
勿論、黒マントの彼女のことだ。
まず、俺は彼女の名前を知らない。
当初はそのまま追い出すつもりだったからよかったけど、不本意ながらさすがに二日も一つ同じ屋根の下で暮らすとなれば、今はそれなりの呼び名が必要だ。
訊けばいいことだが、素直に答えてくれるだろうか?
米を研いで炊き上がるまでの間、俺はもう一度シャワーを浴びた。
是非とも、彼女にも体をキレイにしてもらいたい。
おそらく不潔である自覚がないのだろうが、彼女自身がよくても同居人の俺が迷惑をこうむる。親が戻って来るまでに掃除しなきゃいけないのもこの俺だしな。
彼女は普段、どんな生活を送っているんだろう。
学校もあの格好で通っているのか?
それに、彼女がわざわざ鳥に喋らせてるのも気になる。
彼女の脳と鳥の舌が連動しているメカニズムは考えてもわかるはずないので放置するとして、そうする必要性がわからない。
声帯を摘出して喋られないとか?
あまりデリケートな部分まで詮索したくないが、彼女は俺に好意を持っているとしたら、いつかはそこらへんを打ち明けてもらわないと困る。……いや、このまま二日後に俺の前から永遠に消えてくれることが一番の理想だが。
それに、どうしてマスクで目や鼻を隠す?
マントで体も隠してるし、一切容姿を晒さないで俺が彼女を好きになるはずがない。まあ、足首はよかったけど……。
いや、それ以前に風呂に入れ!
鳥糞まみれ垢まみれフケだらけなんて、まず人としてどうよ?
本日二度目のシャワーを済ませると、まだごはんは炊けてなかった。
タオルを濡れた頭にかぶせて二階へ上がる。
一応、あれでも相手は女の子だ。
ノックしてドアを開けるのがエチケット……いや、マナーだっけ? どっちでもいい。
返事はないが、鳥のギャアギャア鳴く声は聞こえている。
ここは俺の部屋だ。ノックもしたし、入ってかまわないだろう。
中に入ると、彼女は鳥糞のついたマントを着たままベッドで横になって、勝手に俺のマンガを読んでいた。
こういうのを見せられると、エチケットとかマナーとか本当にどうでもよくなってくる。
おまけに、鳥は部屋のあちこちで自由に脱糞し放題だった。
「……惨劇の汚塵だな」
おちおちシャワーも浴びてられない。
今、俺が一番欲しい物……それは鳥かごだ。今すぐ手に入るなら例の一万円をそっくりそのまま差し出してもいい。
彼女はベッドから起き上がって、目を大きく見開く。
同時に、その左肩に鳥がちょこんと乗っかって通訳のスタンバイ。
「オニギリ」
「まだごはんが炊けてない。その前に、シャワーを浴びてくれ。シャワーがイヤならお湯を張るけど?」
ノーリアクションでそのまま勢いよくベッドに寝転び、哀れな巨人が残酷な人間に駆逐される世界へと彼女は再び戻っていった。
その弾みで驚いた鳥が羽ばたき、グレーの羽毛が雪のように宙を舞う。
ああ、今すぐ掃除したい。
何も考えず、潔癖症な掃除夫になってしまいたい。
クソ、ここで負けてたまるか。
「キミもここに二日泊まる覚悟で来たんなら、当然着替えを持ってきてるんだろ?」
返事はない。普通にシカトだ。
肩に鳥が乗ってないから話そうともしない。
……おかしい。
確か俺のことが好きって触れ込みで、彼女はここに来たんじゃなかったか?
これじゃ、どう見ても倦怠期のオバサンみたいな態度だぞ。
「オニギリが欲しかったらまずシャワーだ。じゃないと、あげない」
ようやくマンガから目を離して起き上がる。
鳥が慌てて、彼女の左肩に乗った。
「ヒキョウ」
「卑怯なもんか。飯食わせる上に風呂まで提供するんだ。文句があるなら、二日間この部屋に閉じこもって腹が空いたらその鳥を食べればいい」
この無理難題な提案に対し、恨めしそうに俺をガン見する彼女。だから怖いって!
「そうだ。名前、何て言うの?」
一瞬だけ躊躇した後、
「ハボマイ」
と言った。鳥が。
聞き間違えたか?
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
「ハボマイ」
「それって名字が『ハボ』で名前が『マイ』ってこと?」
彼女はかぶりを振って、左肩の鳥が「ハボマイ」と繰り返す。
わかったよ。誰が何と言おうと彼女はハボマイなんだ。
深く考えちゃいけない。名前がわかっただけでも大きな進歩と言えよう。
「じゃあ、ハボマイ。もう一度訊く。シャワーでいいか、それとも湯船に浸かりたいかどっち?」
「シャワー」
「了解。今すぐ入って来い」
「ノゾクナ」
「決して覗かない。悪いけど、覗こうとも思わない。俺が信用できないなら、台所にある包丁を持っていけばいい」
ハボマイは渋々頷いてベッドから離れると、持参した大きな黒いカバンを持って部屋を出ようとする。
俺も後に続く。
振り向きざま、
「ホウチョウ」
手を伸ばしたハボマイは俺にそう要求した。
本気で信用してないのか……。
じゃあ、何で俺の家に押し掛けてきたんだよ?
勿論、黒マントの彼女のことだ。
まず、俺は彼女の名前を知らない。
当初はそのまま追い出すつもりだったからよかったけど、不本意ながらさすがに二日も一つ同じ屋根の下で暮らすとなれば、今はそれなりの呼び名が必要だ。
訊けばいいことだが、素直に答えてくれるだろうか?
米を研いで炊き上がるまでの間、俺はもう一度シャワーを浴びた。
是非とも、彼女にも体をキレイにしてもらいたい。
おそらく不潔である自覚がないのだろうが、彼女自身がよくても同居人の俺が迷惑をこうむる。親が戻って来るまでに掃除しなきゃいけないのもこの俺だしな。
彼女は普段、どんな生活を送っているんだろう。
学校もあの格好で通っているのか?
それに、彼女がわざわざ鳥に喋らせてるのも気になる。
彼女の脳と鳥の舌が連動しているメカニズムは考えてもわかるはずないので放置するとして、そうする必要性がわからない。
声帯を摘出して喋られないとか?
あまりデリケートな部分まで詮索したくないが、彼女は俺に好意を持っているとしたら、いつかはそこらへんを打ち明けてもらわないと困る。……いや、このまま二日後に俺の前から永遠に消えてくれることが一番の理想だが。
それに、どうしてマスクで目や鼻を隠す?
マントで体も隠してるし、一切容姿を晒さないで俺が彼女を好きになるはずがない。まあ、足首はよかったけど……。
いや、それ以前に風呂に入れ!
鳥糞まみれ垢まみれフケだらけなんて、まず人としてどうよ?
本日二度目のシャワーを済ませると、まだごはんは炊けてなかった。
タオルを濡れた頭にかぶせて二階へ上がる。
一応、あれでも相手は女の子だ。
ノックしてドアを開けるのがエチケット……いや、マナーだっけ? どっちでもいい。
返事はないが、鳥のギャアギャア鳴く声は聞こえている。
ここは俺の部屋だ。ノックもしたし、入ってかまわないだろう。
中に入ると、彼女は鳥糞のついたマントを着たままベッドで横になって、勝手に俺のマンガを読んでいた。
こういうのを見せられると、エチケットとかマナーとか本当にどうでもよくなってくる。
おまけに、鳥は部屋のあちこちで自由に脱糞し放題だった。
「……惨劇の汚塵だな」
おちおちシャワーも浴びてられない。
今、俺が一番欲しい物……それは鳥かごだ。今すぐ手に入るなら例の一万円をそっくりそのまま差し出してもいい。
彼女はベッドから起き上がって、目を大きく見開く。
同時に、その左肩に鳥がちょこんと乗っかって通訳のスタンバイ。
「オニギリ」
「まだごはんが炊けてない。その前に、シャワーを浴びてくれ。シャワーがイヤならお湯を張るけど?」
ノーリアクションでそのまま勢いよくベッドに寝転び、哀れな巨人が残酷な人間に駆逐される世界へと彼女は再び戻っていった。
その弾みで驚いた鳥が羽ばたき、グレーの羽毛が雪のように宙を舞う。
ああ、今すぐ掃除したい。
何も考えず、潔癖症な掃除夫になってしまいたい。
クソ、ここで負けてたまるか。
「キミもここに二日泊まる覚悟で来たんなら、当然着替えを持ってきてるんだろ?」
返事はない。普通にシカトだ。
肩に鳥が乗ってないから話そうともしない。
……おかしい。
確か俺のことが好きって触れ込みで、彼女はここに来たんじゃなかったか?
これじゃ、どう見ても倦怠期のオバサンみたいな態度だぞ。
「オニギリが欲しかったらまずシャワーだ。じゃないと、あげない」
ようやくマンガから目を離して起き上がる。
鳥が慌てて、彼女の左肩に乗った。
「ヒキョウ」
「卑怯なもんか。飯食わせる上に風呂まで提供するんだ。文句があるなら、二日間この部屋に閉じこもって腹が空いたらその鳥を食べればいい」
この無理難題な提案に対し、恨めしそうに俺をガン見する彼女。だから怖いって!
「そうだ。名前、何て言うの?」
一瞬だけ躊躇した後、
「ハボマイ」
と言った。鳥が。
聞き間違えたか?
「ごめん、もう一回言ってくれる?」
「ハボマイ」
「それって名字が『ハボ』で名前が『マイ』ってこと?」
彼女はかぶりを振って、左肩の鳥が「ハボマイ」と繰り返す。
わかったよ。誰が何と言おうと彼女はハボマイなんだ。
深く考えちゃいけない。名前がわかっただけでも大きな進歩と言えよう。
「じゃあ、ハボマイ。もう一度訊く。シャワーでいいか、それとも湯船に浸かりたいかどっち?」
「シャワー」
「了解。今すぐ入って来い」
「ノゾクナ」
「決して覗かない。悪いけど、覗こうとも思わない。俺が信用できないなら、台所にある包丁を持っていけばいい」
ハボマイは渋々頷いてベッドから離れると、持参した大きな黒いカバンを持って部屋を出ようとする。
俺も後に続く。
振り向きざま、
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手を伸ばしたハボマイは俺にそう要求した。
本気で信用してないのか……。
じゃあ、何で俺の家に押し掛けてきたんだよ?
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