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時辰儀なき戦い
時辰儀なき戦い 2
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「お母様、質問してよいかしら?」
「あらあら、きざみ。……どうしたの、藪から棒に?」
「常々、疑問に感じていたのです。あたし、最近になって新聞を読むようになったでしょう?」
「ええ、そうね。漢字も読めるようになったしお利口さんね。きざみは……ええと、今年で幾つになったのかしら?」
「嫌ですわ、お母様ったら。見た目こそ5歳児ですけど、これでももう12歳ですのよ?」
「もうそんなお年頃になるのね。月日が経つのは早いものだわ。でもね、母は今の日本人形みたいなあなたの姿が気に入っているのよ」
「実際に5歳児ならば、それは最高の褒め言葉にございます。それよりもお母様。質問を……」
「あら、話の腰を折ってごめんなさいね。続けて?」
「きざみは新聞だけでは飽き足らず、お母様に買って頂いたご本は勿論のこと、それに女性週刊誌やレディコミもこっそり熟読しているのですが……」
「き、きざみ!? あなたいつの間にアレをっ!!!」
「もう! お母様ってば、また話の腰」「折らいでか! 5歳のあなたにはまだ早過ぎますっ! さあ、おしりを出しなさい。母がぶってあげます! これは体罰ではありません。愛の折檻よ!」
「だから5歳ではないと何度も申し上げているのに。12歳なら大丈夫でございましょう?」
「ギリ、アウトです!」
「そんな殺生な! せめて、折檻は質問の後にしてくださいまし」
「よろしい」
「いいですか、お母様? きざみは腑に落ちないのです。どのような書物を読んでも、あたし達の名字である"時辰儀"が一向に出てこないのは何故なのでしょう?」
「まあ、そんなことなの? ですが、きざみのその疑問、母もあなたと同じ年頃に自分の名字が気になったものですよ。ですから、父に訊いたことがあります」
「では、お母様はご存知でいらして?」
「ええ。あのね、きざみ。昔、私達のご先祖様は名字がなかったのよ」
「え、そうなのですか?」
「明治政府が平民苗字必称義務令という法律を作って、それで初めてご先祖様は名字を名乗れるようになったの。その時、近くのお寺の住職がご先祖様につけてくださったのが時辰儀なのです」
「まあ、素敵! 何だか浪漫を感じるわ。でもどうして田中や山本といったありふれたものではなく、時辰儀だなんて珍名を?」
「珍名だなんて、そのように考えるのではありませんよ。名字には得てして由来があるものです。田中は家の周りに田んぼを作るとか、山本は山の麓……といった具合にね」
「なるほど。それでは、あたし達の名字にも由来があるのですね。けれど、そもそも時辰儀とは一体全体、何なのでございましょう?」
「時辰儀は時計の古称です」
――っ!?
「で、では……?」
「ええ、私が時計修理を生業としているのは偶然ではないのですよ。私達のご先祖様はたまたま道端に落ちていた西洋式の壊れた機械時計を分解しそれを独自で直したことから、その周辺地域ではちょっと知られた存在になっていたようですね。時計業界で有名なあの服部さんの創業よりかなり早かった時代です」
「まあ! なのに、どうしてお母様のお父様はあのような任侠団体の組頭などを……?」
「わかりません。商売を始めてうまく軌道に乗らなかったのかもしれませんが、そんなことは理由にならないと母は思うのです。私はあの家を憎みました。ですから、私は家を飛び出してご先祖様に誇りを持ちつつ、こうして時計に携わる生き方を選んだのですよ。それが何の因果か、ギリシャの時の神Χρόνοςに見初められ、こうしてあなた――きざみが誕生したのです」
******************************
「姐さん、お久し振りでございます」
リーダー格の白いスーツの男が脱帽して深々と頭を下げてきた。
その相手は勿論、時辰儀組組長の一人娘、時辰儀麻理……
「ぢゃから、ワシはおぬしなんぞ知らぬ。即刻立ち去るがよいぞ」
……の姿に化けた砂翁。
こ、これは厄介なことになりそうね。
「あらあら、きざみ。……どうしたの、藪から棒に?」
「常々、疑問に感じていたのです。あたし、最近になって新聞を読むようになったでしょう?」
「ええ、そうね。漢字も読めるようになったしお利口さんね。きざみは……ええと、今年で幾つになったのかしら?」
「嫌ですわ、お母様ったら。見た目こそ5歳児ですけど、これでももう12歳ですのよ?」
「もうそんなお年頃になるのね。月日が経つのは早いものだわ。でもね、母は今の日本人形みたいなあなたの姿が気に入っているのよ」
「実際に5歳児ならば、それは最高の褒め言葉にございます。それよりもお母様。質問を……」
「あら、話の腰を折ってごめんなさいね。続けて?」
「きざみは新聞だけでは飽き足らず、お母様に買って頂いたご本は勿論のこと、それに女性週刊誌やレディコミもこっそり熟読しているのですが……」
「き、きざみ!? あなたいつの間にアレをっ!!!」
「もう! お母様ってば、また話の腰」「折らいでか! 5歳のあなたにはまだ早過ぎますっ! さあ、おしりを出しなさい。母がぶってあげます! これは体罰ではありません。愛の折檻よ!」
「だから5歳ではないと何度も申し上げているのに。12歳なら大丈夫でございましょう?」
「ギリ、アウトです!」
「そんな殺生な! せめて、折檻は質問の後にしてくださいまし」
「よろしい」
「いいですか、お母様? きざみは腑に落ちないのです。どのような書物を読んでも、あたし達の名字である"時辰儀"が一向に出てこないのは何故なのでしょう?」
「まあ、そんなことなの? ですが、きざみのその疑問、母もあなたと同じ年頃に自分の名字が気になったものですよ。ですから、父に訊いたことがあります」
「では、お母様はご存知でいらして?」
「ええ。あのね、きざみ。昔、私達のご先祖様は名字がなかったのよ」
「え、そうなのですか?」
「明治政府が平民苗字必称義務令という法律を作って、それで初めてご先祖様は名字を名乗れるようになったの。その時、近くのお寺の住職がご先祖様につけてくださったのが時辰儀なのです」
「まあ、素敵! 何だか浪漫を感じるわ。でもどうして田中や山本といったありふれたものではなく、時辰儀だなんて珍名を?」
「珍名だなんて、そのように考えるのではありませんよ。名字には得てして由来があるものです。田中は家の周りに田んぼを作るとか、山本は山の麓……といった具合にね」
「なるほど。それでは、あたし達の名字にも由来があるのですね。けれど、そもそも時辰儀とは一体全体、何なのでございましょう?」
「時辰儀は時計の古称です」
――っ!?
「で、では……?」
「ええ、私が時計修理を生業としているのは偶然ではないのですよ。私達のご先祖様はたまたま道端に落ちていた西洋式の壊れた機械時計を分解しそれを独自で直したことから、その周辺地域ではちょっと知られた存在になっていたようですね。時計業界で有名なあの服部さんの創業よりかなり早かった時代です」
「まあ! なのに、どうしてお母様のお父様はあのような任侠団体の組頭などを……?」
「わかりません。商売を始めてうまく軌道に乗らなかったのかもしれませんが、そんなことは理由にならないと母は思うのです。私はあの家を憎みました。ですから、私は家を飛び出してご先祖様に誇りを持ちつつ、こうして時計に携わる生き方を選んだのですよ。それが何の因果か、ギリシャの時の神Χρόνοςに見初められ、こうしてあなた――きざみが誕生したのです」
******************************
「姐さん、お久し振りでございます」
リーダー格の白いスーツの男が脱帽して深々と頭を下げてきた。
その相手は勿論、時辰儀組組長の一人娘、時辰儀麻理……
「ぢゃから、ワシはおぬしなんぞ知らぬ。即刻立ち去るがよいぞ」
……の姿に化けた砂翁。
こ、これは厄介なことになりそうね。
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