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黒パン、バター、国外追放。
しおりを挟む時にこの王国、国外追放や死刑といった刑罰が割と雑に執行される国でもあります。立場ある人間への悪意ある行動や言動を行った物は兎も角として、まさかパーティーで出された食事を食べきれなかっただけで処罰されてしまうだなんて、夢にも思うことはないでしょう。
実際、まともな国ならば、その様なことは起こりえないのですから。
そう、まともな国ならば。
「悪いな。これが仕事なんだ」
「…………いえ」
背中を押されながら、とある場所へと入れられようとしている、赤いドレスの少女――ローズは今、地下のジメジメとした牢屋に突っ込まれようとしていました。
国王監修のシュガーフルーツパフェを食べきれなかったが故に、不敬の罪を掛けられ、拘束されてしまったのです。
ただ単にパフェを1/4ほど残してしまっただけで逮捕されるなんて、ローズからすればたまったものではありません。しかし、一貴族の娘が異を唱えた所で、どうにかなるわけでもないのです。
それが分かっているローズは、薄暗い地下牢の中、一人うずくまっていました。
体はフルフルと震え、ドレスから覗く手や脚、首元は血色がありません。
普段は大人びた彼女ですが、命の危険がある状況に追いこまれた今、果てしない恐怖と絶望で震えているのでしょうか。
「……っ!」
そんなローズを此処まで連行してきた騎士の少女は、憐れむように目を伏せ、口元を悲痛に歪ませながら、足早に去って行きました。
暗く、湿っていて、妙に涼しいこの地下牢には、ローズの浅い呼吸音と水滴が落ちる音、そして地上から響く騒がしい音が微かに響くのみ。
そんな場所で、審判の時を待たねばならない。
それは、齢15の少女には過酷なことです。
普通の少女にとっては、ですが。
――……騎士の少女は、一つ大きな勘違いをしています。
あの時、彼女はローズが来る処罰に怯え、恐ろしい恐怖を感じているのだろうと“勝手に”思い込んだからこそ、憐れんだのでしょう。
しかし、良く良く考えてみれば、この少女がそんなことで怯えるでしょうか。
参加自由――とはいえ半強制――のパーティーに参加し、料理をつまんでは心中でシェフを罵倒していたこの少女が。気合と根性でステーキとタルトを詰め込み、マーライ〇ン寸前の所で踏みとどまりながら殺人パフェを喰いつづけたこの女傑が、果たしてここまでふさぎ込むでしょうか。
答えは、否。
「――あ"ァ、お腹が痛いですわ…………」
ただただ、腹痛によってグロッキー状態になってしまっていただけで、理不尽な刑が下ったことについては、あまり気にしていないようです。
「して、これからどうしましょうか。少なくとも、この場所ならば、あの食材を侮辱しているとしか思えない料理を食べなくて良いことが確定しているので、多少気は楽ですが」
鉄格子に身を預け、虚ろな目で壁を眺めるドレスを着た少女。
その光景だけならば、今のローズは囚われの姫君、もしくは悲劇のヒロインに見えたことでしょう。
しかし、切れ味鋭い言動と危機感のない間延びした声が、真っ向からその概念を料理してしまっています。
そして、何より。
「にしてもこの場所、中々落ち着くわね。ジメジメしていて気温も低く、おまけに何か臭いけれど、あの忌々しくも騒々しいパーティー会場に比べたら楽園も楽園ですわッ!!」
白く華奢な両腕を空中へ伸ばして床へ寝転がり、誰に対してでもなく声高らかに宣言するその姿は、誰が見ても大変リラックスしているように見えるのです。
彼女にしてみれば、あの会場こそ、監獄だったのかもしれません。
食べたくもないものを食べさせられ、丸々と肥え太った大人たちとしたくもない交流を行い、おまけに時折嫌みや皮肉を投げつけられる場なんて、誰が喜んで行くというのでしょうか。
「誰も喜ばないわよ。頭がイカれて無ければの話ですけれど」
そんな言葉を吐き出しつつ、起き上がって、深呼吸。
その後、もう一度大きく伸びをしようとした、その時でした。
「離しなさいよ!! 私が一体何をしたって言うの!?」
「お前、少しは主人を見習わないか! 主人の方は静かに私へ従ったぞ!」
「知らない知らない! お嬢様はお嬢様、私は私なのよ!! 我儘なメイドが居たって良いでしょう!?」
「何だそのメイドにあるまじき理屈は!?」
地下牢に響く、甲高い声。
その声はローズにとって聞き覚えのある、或いは、聞き覚えしかない声です。
ローズが、何時もは落ち着いているあの子もこんなことになれば取り乱すのね、なんて他人事のようなことを考えていると、重苦しい鉄の擦れる音と共に、牢の扉が開かれました。
そして、鉄格子にしがみついて、優雅さの欠片もない無駄な足掻きを試みていた一人のメイドが、牢の中へと押し入れられます。
「きゃあっ!? ちょっと! 痛いじゃないの!!」
「お前が素直に入らないからだろうが……」
「うぐっ……!」
「…………ひとまず、大人しくしておけ。お前の主人と一緒にな」
呆れたような表情を浮かべながら牢の鍵を閉め、足早に立ち去る騎士の靴音を聞きつつ、牢中の二人は顔を見合わせました。
そして、お互いにしばらく硬直した末、
「お久しぶりですわね、リリー」
「……お久しぶりです、お嬢様」
なんともぎこちない、まるで数年ぶりに再会した顔見知りの、一言目のような言葉を交わしました。しかし、一言目さえ出れば、後は長年付き合った仲。
するすると言葉が紡がれ始めます。
「あ、貴女は、いったいどうしてここへ? まさか、私が捕らえられたから……?」
「いえ。ただ単に、私にも譲れないことがあった。ただ、ソレだけなのです」
無駄に広い地下牢に、二人の少女の声、そして水滴が落ちる音が響きました。
「……それは、どういう?」
「申し訳ありません、お嬢様。いくらお嬢様でも、それをお教えするわけには――」
そう言ってリリーは口を手で塞ぎ、黙秘の姿勢を取ろうとします。
その瞬間でした。
耳をつんざくような金属音が地下牢に鳴り響き、先程とは違う、ドカドカとでも言うような鈍重な足音が近づいてきます。
あまりにも唐突な出来事に、二人は牢屋の奥へと体を寄せました。一見、二人は怯えているように見えるものの、その目付きは鋭く、まるで限界まで研ぎ澄まされたナイフのようです。
そんな二人に気圧されたのか、はたまた単純に暗闇が怖いのでしょうか。
二人の入る牢の前までやって来た、騎士と言うには少しばかり丸すぎる男は、微かに震える声でこう言いました。
「ぬっ、主らの刑罰が、決定した。――罪人、ローズ・クランベリームース、およびリリー・ペッパーソルトは、それぞれ国王陛下のパフェを完食できなかった罪、そしてキッチンへ侵入し、勝手に調理を行おうとした罪で、国外追放とするっ!」
「……あら、まあ」
「……」
「し、執行は明日の朝六時だ。それまで、自らの行いを、この不味いパンを食いながら、ざ、懺悔すると良い」
丸い男は捲し立てるようにそんな言葉を吐き捨てると、二つに切られたパンと小さな包みを牢へ投げ込んで、ドタドタとうるさい足音を立てながら走り去ります。
そんな、あまりにも情けない背中を見送ったローズは、牢の入り口の方を眺めながら、こう言いました。
「…………貴女、凄い度胸ですわね。キッチンに侵入だなんて、暗殺を企てていると見られて死罪でもおかしくありませんでしたわよ?」
その言葉に、少し気まずそうな表情のリリーが返します。
「申し訳ございません、お嬢様。――ですが! こっそり料理を一口食べて、私は目が覚めてのです。そして、どうしても許せなくなった……っ! あんなにも素敵な食材たちが、あのようなモノに、変えられて行くことが」
彼女の両手は、固く握りしめられているからか、赤くなっています。
それほど、あの料理のことが許せなかったのでしょう。
「それには確かに同意しますわ。けれど、それでも、貴女の命をなげうってでも起こすべき行動だったの? 私、貴女が死罪になるのは嫌よ。今回、もしそうなっていたとすれば、私はきっと、貴女の後を追ったことでしょう」
「い、いけません! お嬢様が、私の後を追うなど……!」
リリーは慌てた様子でローズの肩を掴み、ふるふると頭を横に振っています。
「そんな選択肢が浮かぶほど、貴女のことが好きなのだと。私はそう言っているのですわ、リリー」
そう言うと、ローズは花のような笑顔を浮かべて、傷一つない真っ白な手で、細かい傷だらけのリリーの手を、柔らかく包みました。
この国に限らず、従者と主人の間には、階級という名の大きな壁があります。ゆえに、こうして二人が触れ合うことも、今までは一度もありませんでした。
だからこそ。
「良い手だわ、リリー。働き者で、真面目な貴女らしい」
「おじょう、さま……!! お嬢様の手こそ、柔らかくて、暖かくて……!」
「ふふふっ。私の手のことは良いのよ。――ほら、食べましょう、リリー? ……思えば、貴女と食卓を共にするのは、これが初めてかもしれないわね」
二人にとって、手と手が触れたこの数秒は、一生忘れることのない経験となることでしょう。
「そう、ですね。従者が、仕えるお方と食事を共にすることなんて、当然、許されることでは無いですし」
「……そうね。……でも、これからは違う。これからは、何時だって一緒に食事が出来る。不思議なことだけれど、そう思えば、不思議と追放が楽しみになっている私が居るわ」
包みに入っていたバターを、パンにたっぷりと塗り付けたローズは、一つをリリーに差し出して、悪戯っ子のような笑みを浮かべながら言いました。
そんなローズからパンを受け取ったリリーは、少し顔を赤くして、
「――こんなことを言うのは烏滸がましいかもしれませんが、私も、同じ気持ちです。これまでは、あなた様と同じ卓を囲めたのなら、どれだけ楽しいのだろうと夢想するばかりの日々でしたから」
半分に切られた、麦の芳醇な香りがするパンには、これでもかというほどバターが塗ってありました。
それがあまりにも不格好で――それが、どうしようもなく愛おしくて。
リリーは、まぶたを閉じて、柔らかい笑みを浮かべます。
そんな中で、ローズが口を開きました。
「……では、頂きましょう、リリー。この場所での、最後の晩餐を」
「はい、お嬢様。――……糧となる存在全てに、心からの祈りを込めて」
二人はパンを額の前に掲げ、同時に言葉を紡いだのでした。
「Amen」
「Mahlzeit」
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