銃弾と攻撃魔法・無頼の少女

立川ありす

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第22章 神になりたかった男

夜半の強襲3 ~悪魔術vs異能力

 舞奈や明日香たちが長躯の人型怪異と対峙しているのと同じ時分。
 伊或いある町の別の一角で、萩山光は呑気にゲームをしていた。
 布団の上でバーチャルギアをかぶって意識だけが赴いたファンタジー世界で……

「……よろしくお願いします。今日はテックさんいないっすね」
「よろー!」
「よろです~」
「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!」
 いつものように募ったパーティーでクエストに臨む。

 今日の仲間は中学生の2人組と魔女の老婆。
 不気味な魔女のミャーコばあさんは普段は萩山とも知人のテックという巨漢のベテランプレイヤーとコンビを組んでいるが、今晩はテックさんはいないらしい。

 インスタンスダンジョンを生成するための待ち時間が終わる。
 4人は見慣れたファンタジー風の平原に降り立つ。

『キエェェェェ!』
『キエェェェェ!』
 視界の奥から青白い肌をした小鬼の集団が剣を振りかざしながら走ってくる。
 定番モンスターのゴブリンだ。
 対して萩山や中学生が得物のギターを構えた途端……

「……キエェェェェェェェェ!!」
「なっ!?」
 ゴブリンと一緒にミャーコばあさんが萩山に襲いかかった。

『キエェェェェ!』
『キエェェェェ!』
「キエェェ! キエェェ! キエェェ!」
「ちょっ!? ちょっと待ってください何を!? うわぁっ!」
 ゲームの中では長髪でマッチョな萩山が驚く間にも、不気味な魔女の老婆は野人のように引っかき、噛みつき、流れるような長い金髪を引っ張る。

 このゲームではプレイヤー同士の攻撃にダメージはない。
 だが、あまりの剣幕と迫力に仰天した萩山の心拍数が跳ね上がり……

「……あ」
 強制ログアウトさせられた。
 バーチャルギアはプレイヤーの心身を保護するため体調が崩れるとそうなる。

「酷いっすよミャーコさん……」
 萩山はべそをかきながら布団の上で半身を起こす。
 引っ張られた髪がリアルでも痛むような気がして頭に手をやったら髪そのものがないので心が痛んだ。
 リアルの萩山はハゲで貧弱で腹が出ている。
 でもゲームを続けたいので再びバーチャルギアを身に着けようとしたところ……

「…………えっ? 外から魔力?」
 無意識に行使していた魔力感知に反応。

 特に危機意識が高い訳でもない萩山が常時から魔力感知など試みるのは、以前に同じアパートの別室に住むえり子に「こっそり天使に風呂場の掃除をさせている」と言われ、とっさに「魔力感知で気づいてたさ」などと見栄を張ったからだ。
 後でバレるのもいたたまれないので実際に感知を試みてみた。
 なるほど夜半に、全室のレイアウトは共通だから位置の目算も容易なえり子の部屋の風呂場から微弱な魔力の反応。
 祓魔術エクソシズム天使の召喚アンヴァカシオン・デュヌ・アンジュ】で召喚された天使のそれだ。
 掃除をしているのだろう。
 自分と父親とトロルのような母親しか使わない自室の風呂とは似て異なり、女子小学生のえり子と若作りで細面な母親が2人で暮らす部屋の風呂を……。
 以降、萩山は常日頃から無意識に魔力感知を試みるようになった。

 それはともかく、今回の魔力の発生源はアパートの外だ。
 小3とはいえ、えり子は【機関】の執行人エージェント
 そして【機関】の規定では一般人に知られる形での術の行使はご法度。
 真面目なえり子が珍しいなと思いつつ、だが魔力の質も祓魔師エクソシストが扱う造物魔王デミウルゴス由来のそれとは違う事に気づき、えり子じゃない術者がいるのかと訝しんだ途端――

「――な、何をするんですか!?」
 絹を裂くような女性の悲鳴。
 アパートの外から。
 ハゲは思わず側にあった折り畳み式のギターをひっつかみ、

「光!? こんな時間に何処行くんだい!?」
「いやその……ジュース買ってくる!」
「ちょっ!? 仕事もしてないのに無駄遣いすんじゃないよ!」
 台所で片づけをしていたトロルの罵声を背に部屋を飛び出す。

 萩山の父親名義の部屋は、年季の入った木造アパートの二階にある。
 そして悲鳴の出どころ、感知した複数の魔力の位置は共に一階だ。
 なので錆びてくたびれた鉄製の階段を駆け降りようとして……

「……えり子ちゃんのお母さん!?」
 細面な美人の未亡人が襲われていた。
 えり子の母親だ。

「やっ、止めてください! 離して!」
「日本人ノ、女!」
「神様ガ俺タチニクレタ、プレゼント!」
 相手は4人。
 どいつも大柄で浅黒く、薄汚いシャツを着て煙草をくわえている。
 アフリカ系の旅行者か移民か?
 逃れようとする母親の手や髪を引っ張ったり、その隣で猿のように跳ねまわったり、けたたましく何かを叫んだりしている。

 感知に反応した魔力の源もそいつらだ。
 異能力者の集団か?

「その人を離せ!」
「何ダ!? オマエハ!?」
 啖呵と同時に折り畳み式のギターを展開して構える。
 その程度は考えるより早くできるくらいの修羅場は粗忽なりにくぐってきた。
 そして萩山が修めた悪魔術はロックンロールを媒介に周囲の魔力を術と成す。
 だから――

――夕暮れふとキミの横顔を
――ひとめ見た途端にゾッコンになったよ

 唐突なギター。
 そしてシャウト。
 曲目は『NO LOVER NO LIFE』。
 何故その曲を選んだのかは萩山自身もよくわからないが、今は心の中に湧き踊るパッションを歌に乗せて放出する。
 その感情こそが森羅万象に潜む魔力を呼び寄せ、悪魔術師の力になる。

 いきなり弾き語りはじめた萩山に男たちが驚く。
 えり子の母も目を丸くする。
 そうしながらも浅黒い男たちは抵抗する母の手を無理やりに引いて――

――My Angel!

 何かに突き飛ばされて吹き飛ぶ。
 即ち【魔弾デッド・ショット】。
 ロックンロールと悪魔アドラメレクのイメージを媒体にして、周囲の大気を小さな弾丸にして放つ悪魔術のひとつ。

――だけどキミと僕とじゃ月とスッポン
――どうせ釣り合うはずなんてないんだって
――あきらめる僕にも君は優しく微笑んでくれたから

――Burning!

 そう。暴徒の集団に対し、萩山は悪魔術で風を操って応戦する事にした。

 何故ならえり子の母親は一般人だ。
 目の前で術を使っている所を見せる訳にもいかない。
 その事情は【機関】だけではなく萩山が属する【協会S∴O∴M∴S∴】も同じだ。
 そして【機関】の規定では喫煙者は人種の区別なく脂虫と呼ばれる怪異と見なされ、何なら焼いても潰しても問題はないが彼女の前ではそれもできない。

 だから火でも氷でもなく、風だ。

 空気を操る風の呪術を目で見て術だと認識する事は困難。
 故に今の萩山はギターの弾き語りをしているだけに見えるはずだ。
 突き飛ばすくらいなら相手がギターの音に驚いたようにしか見えないだろう。
 つまり魔法戦闘だと気づかれる事のない最良の選択。
 度を越して近所迷惑であるという一点を除けば。

 そして造物魔王デミウルゴスの魔力の代わりに森羅万象に潜む地水火風の力を借りる悪魔術師にとって、音の媒介にも用いられる風の操作は十八番。

――キミの王子様になりたくて僕は
――柄にもなく張り切ってしまったよ

「オマエガヤッタノカ!? 日本人ノ、男!」
「許サナイ!」
「シネ!」
 敵は萩山に目標を変え、何やら叫びながら階段を駆け上がろうとする。

 萩山が悪魔術師だという事、それによって何をしたのかわかるのだろうか?
 否。単に夜半にギターを演奏する萩山は目立つ。
 だからゲームの中のタンクのように、敵のヘイトをとる事に成功した。

「捕マエロ!」
「コロセ! 日本人!」
 大柄で浅黒く煙草をくわえた人型怪異どもは、叫びながら階段を駆け上がる。

――だけど、やること成すこと全部、空回り
――そんな自分が嫌になっちゃって

 だが敵は見えざる何かに突き飛ばされ、玉突き状に階段から転げ落ちる。
 怒号と悲鳴、打撃音。
 そんな様子を一階からえり子の母が呆然と見ている。

 ギターを弾き語る萩山の口元にはニヤリと笑み。

 敵は浅黒い肌をした長身で屈強な男が多数。おそらく異能力者。
 こちらはゲームの中と違って非力なハゲひとり。
 乱戦で勝ち目はない。

 だが萩山は階段の上から演奏をしている。
 敵がこちらに何かするには階段を登る必要がある。
 そして錆びてくたびれた狭い階段は一度にひとり通るのがやっと。
 奴らは順番に並んで登ってこなければいけない。
 妨害するのは簡単だ。
 幸いにも敵に飛び道具はないようだし、風で押し返し続けるのは容易だ。

――それでも君はいつもまぶしくて

 それでも一般市民が見ている前で【致命の斬風ヴォーパル・ブレード】で両断するわけにもいかない以上、防戦に回らざるを得ない。

――そんな君に手をのばしたくてボクは

 他の術……【子守歌ララバイ】で眠らせる?
 それとも【奇々怪々スプーク】で追い払う?
 あるいは【人操りヤッサ・マッサ】で操って何処か別の場所へ移動させる?
 否、脂虫だから【屍操りゾンビー・ゾンク】か?
 どうするにせよ、ロックンロールを媒体に効果を発する悪魔術の補助魔法オルターレーションは複数の対象にかけやすい代わりに総じて集中が必要だ。
 攻撃魔法エヴォケーションを乱打しながらの行使は今の萩山には少し荷が重い。
 何かもうひとつ手札があれば。

 歌いながら思考を巡らせるうちに――

――Baby!

「――お母さん!?」
 階段の下から声。
 鉄のドアが開く音。
 騒ぎに気づいたえり子が一階の自分の部屋から出てきたらしい。
 思わず駆け寄ろうとして、

「えり子!? 来ちゃダメ!」
「えっ……」
 母の叫びに立ち止まる。

――何でもないってカラ元気出して
――痛み隠して胸張って

「日本人ノ、コドモ!」
 敵のうち何人かが女子小学生に狙いを変える。
 浅黒い喫煙者にぬめつけられて、えり子は思わず恐怖にすくむ。

「どうした〇んぼども! おまえの相手は俺じゃないのか!?」
「何ヲ言ウ!」
「貴様! ソノ言葉ハ差別ダ!」
 曲の合間のどさくさに【風歌ウィンド・ウィスパー】を行使。
 空気をもうひとつの口に変え、歌いながら叫んで挑発しつつ風で牽制する。

「オマエ許サナイ!」
「日本人! コロス!」
 男どもは再び二階の萩山に向き直る。

――キミの笑顔を守るためならば
――地の果てだって駆けつける、なんて

 歌いながら萩山は笑う。
 俺の曲の最中に余所見なんて許さねぇぜ!
 という気障な台詞をぶちかまそうかどうか一瞬だけ逡巡するうちに――

「――待ってて。今、助けるから」
 状況を把握したえり子は玄関ドアの陰に隠れる。
 だが幼い彼女も【機関】の執行人エージェントだ。
 隠れているばかりではない。

 ギターの音色にかき消されそうな小さな聖句。
 風呂の掃除に使われているのと同じ造物魔王デミウルゴスに由来する魔力の揺らぎ。
 次の瞬間――

「――!!」
 不意に男のひとりが口から火を吹いてのけぞる。
 即ち【屍鬼の処刑エグゼキュシオン・デ・モール・ヴィヴァン】。
 母親を襲う暴徒に対して粒子ビームを撃つ訳にもいかない事情は萩山と同じ。
 だが相手が脂虫なら他に使える手札はある。
 それが今しがた、えり子が行使した破邪の術。
 敵の肺に溜まったニコチンを媒体に反応爆発を引き起こす祓魔術エクソシズムだ。

 それでも浅黒い長身な男は焦げ臭い咳をしながら体勢を立て直す。
 屈強な身体で、体内で引き起こされた爆発のダメージに耐えたのだ。
 加えてえり子も手加減していた。
 流石に母親の目前で黒人を爆発させるのは如何かと思ったのだろう。
 だが未知の人種に対してベストなタイミングで施術するなど不可能だ。

「オマエガヤッタノカ!?」
「男! 今ノオマエガヤッタノカ!?」
 暴徒どもは怒り狂いながら階段を駆け上がる。
 ヘイトがえり子に向かわなかったのは行幸。

――失敗だらけの僕だけど
――キミの前だけでもヒーローになれたらいいな

――Fantasy!

 一曲を歌い終えた萩山は次の曲を準備する。
 だが、その僅かな隙に――

「しま――っ!?」
 駆け上がってきた暴徒に足をつかまれた。
 高速化の異能力【虎爪気功ビーストクロー】の使い手?
 あるいは素の運動能力がそれほどまでに優れていた?

「捕マエタゾ日本人!」
 萩山は尻もちをつき、手から離れたギターが二階の廊下を転がる。
 目前に獣のような表情をした臭い男の黒い顔が迫る。
 煙草の悪臭に思わず咳きこみ――

「――ガッ!?」
 男はいきなり吹き飛ばされた。
 ちょうど先ほど、えり子の母を萩山が救ったのと同じ状況。
 もちろん萩山の術ではない。
 えり子の祓魔術エクソシズムにも風を操る手札はない。

 気づくと母親は眠っていた。
 えり子が【睡魔のオーラクレール・デュ・ソメイユ】をかけたかと思った。
 だが、こちらも彼女の術ではない。
 それが証拠に次の瞬間、母親を大気でできた何かが受け止める。

 家屋の陰で、一匹の野良猫が「なぁー」と鳴いた。

「ティムの支援?」
「ティムって……まさか、もうひとりのSランク!?」
 えり子の言葉に萩山は驚く。

 大魔道士アークメイジ【ティム】。
 萩山も噂には聞いていたし、実は【機関】と共同の大規模な作戦では共闘したこともある。
 だが萩山は志門舞奈と双璧を成すもう一人のSランクについて詳しく知らない。
 その存在そのものが、その強力さ故に周囲に伏せられているからだ。

 萩山が知る限りでは、彼女はケルトの魔術と呪術と共に極めた大魔道士アークメイジだ。
 その火力は個人での核攻撃を可能とするほど。
 防御面では死からの復活すら可能だと、まことしやかに噂される。
 その強大な魔力と技量をもってすれば、野良猫に憑依して他の執行人エージェントを援護する程度は容易いのだろう。
 あるいは猫を等間隔に配置して見張らせる事も。
 恐ろしいまでの大魔道士アークメイジの御力。

 という事は母親を眠らせたのはケルト呪術【睡眠スリープ】か?
 抱きとめたのは【旋風の守護者ガード・オブ・ウィンド】ないし【風精の防殻エアリアル・シェル】の応用だろう。
 萩山の危機を救ったのは【疾風の稲妻ウィンド・ボルト】か【爆裂衝球コンカッション】か?

 畏怖する萩山の目前で猫の瞳が光る。
 途端、男たちは恐慌に駆られ、

「――――!」
「……!」
 訳のわからない言語で何かをまくし立てながら、散り散りになって走り去った。
 手出しをする暇もなかった。

 ケルト呪術【恐怖の幻影ウィアード】。
 あるいはケルト魔術【恐怖テラー】か?
 どちらにせよ抵抗の余地すら感じさせない恐ろしいほどの強度。
 短いリフをつま弾いて【奇々怪々スプーク】で援護する必要すらなかった。

 そのように一瞬で危機が去ったアパートの一階で、

『あ、あの、エリコと……【協会S∴O∴M∴S∴】のラスターですよね……?』
「ええ」
「はっはい! そうっす!」
 猫から聞こえた少女の声。
 萩山は上ずった声色で答える。
 そうしながら尻もちをついたままギターを拾い上げる。
 エリコは【機関】でのえり子の、ラスターは【協会S∴O∴M∴S∴】での萩山の名だ。

『ぶ、無事で良かったです……』
「ありがとう。助かったわ」
 おどおどとした少女の声に、えり子も安堵した様子で答える。
 流石は【機関】の執行人エージェント同士。
 面識があるようだ。

 それにしても、この声の主が志門舞奈と双璧を成す【機関】のSランク?
 なんか想像していたのと違うなあと内心で小首をかしげながらも、

「でも逃げた奴らはどうしましょう? 追いかけましょうか?」
 申し出る。

 Sランクに技量で劣るのはもう仕方がないとして、誠意だけは見せたいと思ったのだ。萩山、割と見栄っ張りなのだ。
 それに術で恐慌状態に陥った敵をひとりずつ叩くなら何とかなりそうだ。
 そんな皮算用を脳裏に描く見栄っ張りハゲの前で――

『――そ、それは、だ、大丈夫です』
「うおっ!?」
 心の底から自信なさげな声と裏腹に、猫の周囲に無数の光が出現した。
 こちらも一瞬の出来事だ。
 光の正体は小さな輝く人の形をした何か。

『こ、こちらはわたしが何とかするので、その……ラスターとエリコは民間人のケアと、魔法戦闘の痕跡の除去をお願いします……』
 そう言い残して無数の光は四方へ飛び去る。
 逃げた襲撃者を追いかけて始末するためだろう。

 即ち【妖精招来コール・フェアリーズ】。
 森羅万象を構成する地水火風に潜む魔力を抽出し、凝固させて魔法的な使い魔を創造するケルト呪術。
 あの小さな光のひとつひとつが低位の術者に等しい火力を持つ。
 つまり悪魔術におけるデーモンの召喚と同等の術だ。

 それだけに萩山には今の現象を引き起こすのに必要な高い技量を理解できる。
 萩山も以前に大量のデーモンを召喚して志門舞奈を襲撃した事があったが、それは贄による魔力の強化と十分な準備があってこそだ。
 同じ事を詠唱もなくアドリブでされると実力の差を思い知らされる。

 だが打ちのめされている場合ではない。
 幸いにも階段や一階に魔法戦闘の余波はない。
 タチの悪いゴロツキが暴れ回って壁や手すりを痛めた程度だ。
 えり子の母親はアパートの壁にもたれかかったまま寝息を立てている。

 萩山は階段を降りつつ短いフレーズをつま弾き【癒しヒーリング・フィーリング】をかける。
 アドラメレクのイメージを借りた悪魔術に、えり子が使う【いつわりの治癒プスド・ソワン】みたいに傷を塞ぐような効果はない。
 だが幸いにもえり子の母親の華奢な身体に外傷はない。
 そして風の力で優しくケアする回復魔法ネクロロジーは、擦り傷や打ち身による痛みを軽減するにはうってつけの術だ。

 そうする間に、猫は「なぁー」と鳴きながら呑気に何処かに歩いていく。
 Sランクとのリンクが切れたのだろう。

「やれやれ、一安心だぜ」
「あの、ありがとう……」
「よせやい。当然の事をしたまでだよ」
 えり子に礼を言われて萩山はポリポリと禿頭をかく。

 自身が学び、鍛えた術で誰かを守るのは嫌じゃない。
 それが同じアパートに住む若い母親や可愛い女子小学生ならなおの事。
 だが、そんな感情を表に出すのも照れ臭いので頼れるヒーローを気取ってみせる萩山だったが……

「……光! こんな夜中にナニ騒いでるんだい!?」
「母ちゃん!?」
 階段の上から自分の母親に怒鳴られた。
 一階からは見上げる形になるアングルで仁王立ちになったトロルのように恰幅の良い母親の姿に、萩山は一歩、後ずさる。

「って、一ノ瀬さんとこの奥さんとお嬢さんじゃないかい!?」
 のっしのっしと階段を降りてきたトロルは驚きの声をあげる。

 萩山は気づいた。
 自身の手には弾き語っていたギター。
 周囲には乱闘の跡。
 側には気を失ったえり子の母親。
 所在なさげに母親にすがりつくえり子。
 そんな様子を見やって……

「……家に入りな! 光! あんたって子は常識を一から十まで言って聞かせないと理解できないみたいだからね!」
「待ってくれよ母ちゃん! これには訳が……!」
「あの、おばさん……」
「訳もタワケもあるもんかい! 良いから来な!」
「痛い! 痛い! 耳引っ張ったら痛いよ母ちゃん!」
 トロルのような母親は丸太みたいに太い腕で萩山の耳をむんずとつかみ、か細いえり子の声も無視して二階の部屋まで引きずって行った……。
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