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第22章 神になりたかった男
犬が尾を向きゃ尾は東
有志による人型怪異掃討作戦を首尾よく終えた翌日。
つまり晴れた平日の朝。
伊或町の一角に位置する古びたアパートの一階の、とある一室の玄関先で……
「……いってきます」
「いってらっしゃい。車とかに気をつけてね」
「はーい」
通学鞄を背負ったえり子は母親に挨拶して家を出る。
車とかの「とか」の部分が排除された事を母はまだ知らない。
まあ昨晩の事なのだから仕方がないが。
昨日、母親が遅めに帰宅して、えり子が保護者代わりの萩山と共に夜半のバイトから帰ってきた頃には件のアパートの掃討は完了していた。
えり子のアパートの一階のテラスと階段も修理されている。
先日に不法移民と悶着があったのだが、管理人が対処してくれたのだろう。
広い世界の事情はえり子にはわからないが、母親の身近な危機は去った。
自身もその仕事に協力した。
安心と達成感を胸に、えり子は眠い目をこすりながら通学路を歩く。
そうしながら――
「なぁ~~」
「――あ」
見慣れた木造の家屋の陰から野良猫が顔を出しているのに気づく。
「……いろいろありがとう」
猫を見やって小さくねぎらう。
この界隈を縄張りにしている野良猫は、先日の不法移民による襲撃の際に、Sランク椰子実つばめの使い魔としてえり子と母親、萩山のピンチを救ってくれた。
そんな猫は、えり子に「なー」と返事する。
今はつばめとリンクしていないので、言葉の意味がわかっていたかは微妙だが。
それでも気分が良いのは本当なので微笑んだ途端――
「――えり子ちゃんなのー」
「えり子さん、おはようなのです」
「あ。おはよう」
声をかけられて挨拶を返す。
近所に住む5年生の先輩たちだ。
正確にはおさげ眼鏡の方は違うらしいが。
「一緒に学校に行くのです。最近は物騒なので、ひとりで歩くと危ないのです」
「それなら、たぶんもう大丈夫」
親切な先輩たちは下級生の身を案じてくれる。
えり子も一緒に登校したい気持ちは同じなのだが、この界隈を徘徊していたペット泥棒や不審者はもういない。
奴らのアジトだったアパートは、えり子と仲間が一掃した。
だが、そんな事を話す訳にもいかないので……
「どういう事なのですか?」
「……こっち」
「あっ! そっちは行っちゃダメなのー。危ない人が住んでる空き家があるのー」
「大丈夫。今は本当に空き家だから」
「どういう事なのー?」
訝しむ2人を連れて廃アパートへ向かう。
そこに巣食っていた人型怪異は排除した。
怪異を呼び寄せていた『プリドゥエンの箱舟』も【機関】が回収した。
今は先日まで住み着いていた不法移民が一晩でいなくなった事実を表の世界の事情とすり合わせるべく、警察が検分をしているはずだ。
その事実を、彼女らに少しでも早く知らせたいと思った。
一方、猫は虚空を見やる。
えり子は猫に構わず2人を連れて脇道にそれる。
猫には猫の事情があると知っているからだ。
霊格の高い猫たちは、霊的なネットワークを経由して同胞と語らうのだ――
――保健所のマンチだよ。警戒解除! 警戒解除!
――讃原町の貴婦人。あら良かった。臭い黒い人間はどっか行ったんですのね
――弁財天。良かったんだナ
――公園のボス。ひと安心だな
――伊或町の猫。志門舞奈人間と仲間たちが、臭い人間の巣の周りに集まった
――弁財天。うん
――伊或町の猫。美味しそうな魔法の臭いがして
――公園のボス。どうなった?
――伊或町の猫。臭い人間がいなくなった
――讃原町の貴婦人。そのまんまですわね
――ネコポチ。お隣の如月小夜子人間も手伝ったんだって
――学校の警備員室のルージュ。ともだちの一之瀬えり子人間も手伝ったらしい
――バースト。なら安心だね
――エース君。そうなの? うちに来た黒い悪い人間、凄く強くて速かったよ
――新開発区の名もなき黒猫。志門舞奈人間はもっと強くて速いんだ
――ネコポチ。志門舞奈人間! 凄い人間!
――バースト。志門舞奈人間!
――エース君。そうなんだ!? し、志門舞奈人間!
とまあ、そんな話題の中心になっているとも知らず、早朝の教室で……
「……という訳だ」
「そんな事になってたのね」
舞奈はテックに先日の一件の顛末を話していた。
「何と言うか……お疲れ様」
「まったくだ」
返す言葉も見つからないテックに、やれやれと苦笑を返す。
何せ暴徒の群れに、良くて術者と対決くらいのつもりでいたら魔獣が飛び出してきたのだ。よくよく考えてみれば全員が無事だったのは相当の幸運だ。
Sランクと半ダース近い術者がいたからギリギリ対処できた。
そんな事態の異常性にまでは流石に気づいているのかいないのか、
「帰れたの?」
テックは問う。
夜半の仕事だったから帰宅できたかが気になったのだ。
まあ、そっちも重要と言えば重要だ。
「ああ。後片づけは流石に支部の大人がやってくれたからな……。今頃は警察に引き継いでるはずだ」
「でしょうね」
「帰り道に毒犬が半ダースくらいいたが、奴に比べれば可愛い子犬さ」
「……本当にお疲れ様」
「そう言ってくれるのは、おまえだけだぜ」
愚痴りながら机につっぷす。
毒犬の群はともかく、帰りが深夜になって眠いのは本当だ。
そんな舞奈に構わず教室の別の場所では――
「――で、そのアパートの周りにおまわりさんがいっぱいいたのー」
「不法入国が摘発されて強制送還されたそうなのです」
「わっそれは大変だね」
桜と委員長が話していた。
音々がビックリしながら聞いている。
2人は伊或町から登校してくる。
例のアパートも桜の家からは近い。
警察が後始末をしている様子でも見てきたのだろう。
はしゃぐ口調の桜を委員長が特に咎めないのは、別に移民が好きなのではなく不正が嫌いなだけだからだ。
理由なく外国人を貶す事には難色を示す。
だが不法入国という犯罪を是正する行為に対しては理解を示す。
それが正しい人間の考え方だと舞奈も思う。
「結構な事じゃないか」
舞奈は机につっぷしたまま、ひとりごちて笑う。
隣でテックも表情が薄いながらも笑う。
もちろん舞奈は真実を知っている。
不法移民どもは警察に摘発されたのではなく【機関】関係者有志に排除された。
その仕事に舞奈も関わった……というか立役者が舞奈だ。
だがまあ、わざわざ口に出すような事でもない。
苦労の甲斐あって友人が安心して暮らせるのだから特に不満はない。
「――バウワンッ!」
「犬はもう終わったよ」
また何やら珍妙な遊びをしていたみゃー子を気分よくあしらい、
「――おはよー。おっ志門! 聞いたぜ!」
「ちっす。何をだよ?」
「昨日、ゲーム先輩の犬を探して見つけたんだろ? すげーぜ」
「ゲーム先輩……」
次いで登校してきた男子の言葉に苦笑する。
舞奈との勝負に負けて最新ゲーム機を貸し出してから、リーダー氏は一部5年生の英雄だ。今でも何かと話をしているらしい。
良い事だ。呼称はともかく。
それにリーダー氏の犬を見つけて返したのは嘘じゃない。
倒した魔獣から出てきたのが彼が可愛がっていたチワワちゃんだったのだ。
大型犬につけたら面白そうな名前だったからという理由を聞いた時には叱って止めてやる大人は誰もいなかったのか? と思ったが、生き別れて再会して号泣しながら名前を連呼する様子を見た後では特に思うところはない。
何よりピクシオンだった頃にできなかった大事な何かを、ようやく完遂できた。
そんな気がする。
思うに魔獣と化してから間を置かずに倒せば、コアは生きたまま元の姿に戻る。
その法則に思い当たる事ができたと思えば、ここのところ冗談みたいなペースで魔獣を倒してきた甲斐もあったと考えられなくもない。
だから今度は犬の飼い主は泣かずに済んだ。
いや号泣していたが。
そう素直に喜べる程度には今の舞奈は満ち足りた気分だ。
「――あっマイちゃん、テックちゃん、おはよう」
「おはよー!」
「ちっす」
「おはよう」
今度は園香とチャビーがやって来た。
テックと揃って挨拶を返す。
「マイちゃん、眠そうだね」
「まあ、ちょっとな」
顔を覗きこんでくる園香に、つっぷしたまま微笑を返す。
襟元から覗く谷間を見やって笑みを広げ、気づいた園香も照れたように微笑み、
「あのね! 小夜子さんとサチさんも眠そうだったんだよ」
チャビーが無駄に楽しそうに言った。
お子様なりに友人の解放感を感じ取っているのだろうか。
ここ数日は、確かに舞奈も小夜子たちも少し気が張っていた。
もちろん小夜子たちが眠い理由も舞奈と同じだ。
舞奈みたいに新開発区まで帰る必要はないとはいえ、夜半まで魔獣と大立ち回りを繰り広げていたのは同じだ。
術も使いまくったし、疲れてもいただろう。
小夜子はともかく、普段は健康的な生活を送っていそうなサチはさぞ辛かっただろう事は想像に難くない。
だが、もちろん、そんな事情を口に出す訳にもいかないので……
「ハハッ。2人とも高校生なんだ、よろしくやってたんじゃないのか?」
「わわっ!? マイちゃん、それは……」
軽口を叩いてみた途端に園香が慌てる。
頬が赤い。
そういえば舞奈も園香と最近はご無沙汰だし、近々よろしくしたいと少し思う。
テックは苦笑し、チャビーは「?」と首をかしげる。
その後は気を取り直して他愛もない雑談をして過ごす。
そのように昨晩の激闘とは真逆に、昨日の朝と同じ平和な時間が過ぎていく。
そうするうちに麗華様ご一行が普段通りに、明日香が眠気を攻撃性で誤魔化しながら登校してきて、担任がやってきて、ホームルームが始まる。
そんな流れのまま日中の授業も、まあ重大なトラブルはなく過ぎていく。
そして放課後。
荷物をまとめて挨拶しつつ教室を出て、校舎を出て校門前。
舞奈と明日香は警備員室の窓越しに……
「……そいつは楽しそうでしたね。羨ましいっす」
「楽しそうって……」
「あんたも前に、ミノタウロスと戦ったことがあっただろ?」
あれと同レベルの相手とロクな心構えもなく出くわしたんだぞ。
よく笑ってられるな。
面白黒人の相変わらず無駄に面白がってる口調に、やれやれと肩をすくめる。
2人は雑談がてら、昨晩の件をベティに話していた。
舞奈も朝は眠かったので適当に挨拶しただけで詳しく話してなかったし。
「そういやあ助言サンキューな。あいつら上下に引き千切っても動いてやがった」
「ええ」
「えり子ちゃんがビックリしてたぜ」
「ハハッ! 初めて見るとそうっすよね」
思い出したように言って3人で笑う。
不法移民どもの異常な耐久力については先日にベティから聞いていた。
雑魚とは言え数の多い黒い人型怪異どもを相手に、無駄に消耗したり余計な被害を受けずに済んだのは助言のおかげだと言えなくもない。
「――舞奈様、お待たせしました」
「おっさんきゅ」
クレアが金庫から拳銃を持ってきてくれたので受け取って懐に収める。
無論、まばらに通る他の生徒に気づかれぬよう。
そうしている間に――
「――ところで、本当に心当たる事はないんですね?」
「あー。ヨルバ語の呪文を唱える妖術師って奴っすかー?」
「ええ」
「そいつもそうだな。何か知らないか?」
明日香がベティを念には念を入れた様子で問い詰めていた。
その言葉で舞奈も思い出す。
あの謎の妖術師についても何か聞きたいと思っていた。
あからさまに呪術的な格好。
舞奈たちが知っている如何なる流派とも異なる施術。
攻撃魔法に身体強化、超強化。
それらについて何か知っている可能性があるとすれば、奴らと同じ肌の色をしたベティくらいだと思った。だが……
「いやー心当たる事はないっすねー」
「そうですか」
「だよな……」
面白黒人は変わらず能天気な表情のまま返事を返す。
まあ、そんなものだ。
そもそも本人も前日に対峙したのだし、気づいたならその時に言ってるだろう。
「神の血で複数の異能力を得た中毒者とは考えられませんか?」
「クレアさんもそう思うか」
会話の内容を察したか、口を挟んできたクレアに舞奈も基本的には同意見だ。
埼玉の一角で何度も対峙した狂える土の中毒者どもと同様に、単に違法薬物によって複数の異能力を持たされた。
そう考えると色々と辻褄が合うのは確かだ。
だが、それにしては手数が多すぎるようにも思える。
行使の際に唱えていた呪文のような何かが気にならないと言っても嘘になる。
まあ、どちらにしても推論に過ぎないし、確認する術も無いので……
「……今度、姪っ子に聞いておきますよ」
「頼むわ」
「よろしく頼むぜ」
そうベティに言い残して下校する。
他にどうしようもない。
そして下校した2人は繁華街へ赴いて……
「……おーい! 張! 来たぞ!」
「こんばんは」
「舞奈ちゃんに明日香ちゃん、いらっしゃいアル」
張の店を訪れた。
少し早い夕食がてら、もう少し識者に話を聞きたいと思ったからだ。
明日香も同じ考えらしい。
昨晩の戦闘で暴徒どもも謎の妖術師も、イレギュラーに出現した魔獣も首尾よく片づける事はできた。それ自体は完璧以上の素晴らしい成果だと思う。
だが様々な疑問は残ったままだ。
奴らは何者なのか?
何処からあらわれたのか?
泥人間とは比べ物にならない危険な相手だし、ランダムに湧いて出る事を前提にした対策なんか立てられない。
今後に備えるためにも、情報は集めておきたい。
なので、かき入れ時も近い時分なのに人気がないのを幸いにカウンターのいつもの席を陣取って、いつものメニューを頼みながら張に昨晩の経緯を話し……
「……舞奈ちゃんたちも大変だったアルね」
「まあな」
「ええ……」
流石は裏の世界の情報屋。大方の事情は既に聞いていたらしい。
割と信じられないような話を、さしたる苦労もなく飲みこんでくれた。
料理の準備を始めながら本気で労いの言葉をかけてきた張の背中に、舞奈はやれやれと苦笑しながら答える。
隣の明日香も珍しく舞奈と同じ表情だ。
それでも――
「――はい、出来上がりアルよ。召し上がれアル」
「おっさんきゅ! 待ってました!」
「いただきます」
目前に担々麺と餃子が供されれば笑顔になる。
天津飯を前にした明日香も同じだ。
「けど舞奈ちゃん、支部に報告に行かないで良いアルか?」
「そっちは小夜子さんたちがやってるだろう」
訝しむ張に、慣れた調子で箸を割りつつ答える。
明日香も素知らぬ顔でレンゲを手にして天津飯に取り掛かる。
舞奈や明日香と違って彼女らは正規の執行人だ。
昨日のうちか、今日の昼間の休み時間にでも軽く報告はしているだろう。
というか張もそっちから情報を得たのだろうし。
なので舞奈も気にせず小皿にラー油と餃子のタレを注ぎ……
「……それにしても、プリドゥエンの箱舟アルか」
「ええ。怪異が使うような代物じゃないわ」
続く張の言葉に、餡と卵の乗ったレンゲを片手に明日香が補足。
妖術師や魔獣に増して謎なのが『プリドゥエンの箱舟』。
舞奈たちが埼玉への移動に使っていたような魔道具の事らしい。
奴らはそいつで何処かから運ばれてきた。
確かに戦闘後にちらりと確認した二階の部屋の奥に、見覚えのあるオブジェが鎮座していた。
県の支部や本部や埼玉支部にあった代物より小ぶりだが効果は同じらしい。
「どっかから盗まれたみたいな話は聞いてないのか?」
「そもそも箱舟の話が初耳アルよ」
「そっか……」
舞奈も問う。
返ってきた返事に、辛めのスープと挽肉が絡んだ麺をすすりながら苦笑する。
プリドゥエンの箱舟は宝貝ではなく魔道具。
つまり怪異が同胞の存在を変質させて作る類の代物じゃない。
人間の術者が創造して使うものだ。
それを奴らが使っていたと言う事は、人から奪ったと考えた方が自然だろう。
あるいはトーマスの様に、元は人間の術者だった何者かが――
「――転移先は調べられないのか? 向こうに詳しい奴がいるかもしれん」
何かを誤魔化すように問いつつ熱々の餃子をつまむ。
ラー油が程よく混ざったタレに、たっぷりつけて頬張る。
タレの風味と焼き餃子の皮の食感、口腔に溢れる肉汁とニラと挽肉のアンサンブルと一緒に、折角の勝利の宴に水を差す嫌な記憶を喉に押しこむ。
奴らが箱舟を手に入れた経緯について、知っている可能性があるとすれば魔獣と一緒にあらわれた件の妖術師だろう。
奴を捕らえて尋問すれば相応の情報は得られたはずだ。
あるいは奴らが神の血を使って魔獣を作りまくって何をしようとしているのかを吐かせる事もできたかもしれない。
だが魔獣と何らかのシナジーを持っていた奴を相手にそうする余裕はなかった。
仕方がなかったとはいえ、ちょっと気にしていたのだ。
しかし長距離転移用の魔道具は転移元と転移先にそれぞれ設置する代物だ。
少なくとも各支部や本部にあったものはそうだった。
なので回収できた方からもう片方の場所を割り出せれば、敵の別の拠点に乗りこむ事も不可能ではないと思った。
複数人の術者や急造魔獣との戦闘を踏まえた最強チームの編成は可能だ。
そもそも須黒支部はそうした運用を前提にして、他の支部では有り得ない高ランクの術者を何人も擁している。
そうした有無を言わさぬ最強チームで攻略すれば、捕虜の確保も可能だ。
そう思った。だが……
「……調査はしてると思うアルが、リンクを切られているはずアルよ」
「なんだそりゃ?」
「そのままの意味よ。2つの箱舟の霊的な接続が遮断されて、繋がりがなくなるって事。技術担当官が痕跡を辿れればいいんだけど」
張の答えに、明日香が面白くもなさそうに補足する。
そうしてから卵スープを口にして機嫌を直す。
言っている内容はあまり理解できないが、口調からすると無理筋なようだ。
やれやれ。大変な思いをして騒動をひとつ解決したというのに、本質的には何も解決していない。むしろ謎が増えた。
せっかく片づけた不法移民たちだって別の場所にまた巣食うかもしれない。
神の血で急造された魔獣ともまた出くわしそうだ。
非常に遺憾ながら、舞奈の身の回りで起きるトラブルはそんなのばっかりだ。
なので色々と諦めて担々麺をずずっとすする。
無理に頑張ってもすぐには何も変わらない。
できるのは小さな勝利の余韻を楽しみながら食事を愉しむ事だけだ。
それに今は激闘の直後で疲れているし、他に何かする気もない。
なので張の絶品料理を堪能し、おまけしてくれた杏仁豆腐を平らげ――
「――ま。今回の件で終わったとも思えんし、あんたも気をつけてくれよ。梓ちゃんたちも」
「もちろんアルよ」
そう言い残し、いつも通りに代金をツケにする。
張も普段と同じように微妙に嫌そうな表情で応じる。引き続き不法移民が界隈をうろつく可能性があるからという理由だけじゃない。
だが舞奈は特に気にせず店を出て、今日はそのまま帰宅する。
もちろん新開発区の怪異に疲れた人間を労わろうとする心なんかない。
だが今日は昨日より帰りが早いせいか、帰路で毒犬に襲われる事はなかった。
つまり晴れた平日の朝。
伊或町の一角に位置する古びたアパートの一階の、とある一室の玄関先で……
「……いってきます」
「いってらっしゃい。車とかに気をつけてね」
「はーい」
通学鞄を背負ったえり子は母親に挨拶して家を出る。
車とかの「とか」の部分が排除された事を母はまだ知らない。
まあ昨晩の事なのだから仕方がないが。
昨日、母親が遅めに帰宅して、えり子が保護者代わりの萩山と共に夜半のバイトから帰ってきた頃には件のアパートの掃討は完了していた。
えり子のアパートの一階のテラスと階段も修理されている。
先日に不法移民と悶着があったのだが、管理人が対処してくれたのだろう。
広い世界の事情はえり子にはわからないが、母親の身近な危機は去った。
自身もその仕事に協力した。
安心と達成感を胸に、えり子は眠い目をこすりながら通学路を歩く。
そうしながら――
「なぁ~~」
「――あ」
見慣れた木造の家屋の陰から野良猫が顔を出しているのに気づく。
「……いろいろありがとう」
猫を見やって小さくねぎらう。
この界隈を縄張りにしている野良猫は、先日の不法移民による襲撃の際に、Sランク椰子実つばめの使い魔としてえり子と母親、萩山のピンチを救ってくれた。
そんな猫は、えり子に「なー」と返事する。
今はつばめとリンクしていないので、言葉の意味がわかっていたかは微妙だが。
それでも気分が良いのは本当なので微笑んだ途端――
「――えり子ちゃんなのー」
「えり子さん、おはようなのです」
「あ。おはよう」
声をかけられて挨拶を返す。
近所に住む5年生の先輩たちだ。
正確にはおさげ眼鏡の方は違うらしいが。
「一緒に学校に行くのです。最近は物騒なので、ひとりで歩くと危ないのです」
「それなら、たぶんもう大丈夫」
親切な先輩たちは下級生の身を案じてくれる。
えり子も一緒に登校したい気持ちは同じなのだが、この界隈を徘徊していたペット泥棒や不審者はもういない。
奴らのアジトだったアパートは、えり子と仲間が一掃した。
だが、そんな事を話す訳にもいかないので……
「どういう事なのですか?」
「……こっち」
「あっ! そっちは行っちゃダメなのー。危ない人が住んでる空き家があるのー」
「大丈夫。今は本当に空き家だから」
「どういう事なのー?」
訝しむ2人を連れて廃アパートへ向かう。
そこに巣食っていた人型怪異は排除した。
怪異を呼び寄せていた『プリドゥエンの箱舟』も【機関】が回収した。
今は先日まで住み着いていた不法移民が一晩でいなくなった事実を表の世界の事情とすり合わせるべく、警察が検分をしているはずだ。
その事実を、彼女らに少しでも早く知らせたいと思った。
一方、猫は虚空を見やる。
えり子は猫に構わず2人を連れて脇道にそれる。
猫には猫の事情があると知っているからだ。
霊格の高い猫たちは、霊的なネットワークを経由して同胞と語らうのだ――
――保健所のマンチだよ。警戒解除! 警戒解除!
――讃原町の貴婦人。あら良かった。臭い黒い人間はどっか行ったんですのね
――弁財天。良かったんだナ
――公園のボス。ひと安心だな
――伊或町の猫。志門舞奈人間と仲間たちが、臭い人間の巣の周りに集まった
――弁財天。うん
――伊或町の猫。美味しそうな魔法の臭いがして
――公園のボス。どうなった?
――伊或町の猫。臭い人間がいなくなった
――讃原町の貴婦人。そのまんまですわね
――ネコポチ。お隣の如月小夜子人間も手伝ったんだって
――学校の警備員室のルージュ。ともだちの一之瀬えり子人間も手伝ったらしい
――バースト。なら安心だね
――エース君。そうなの? うちに来た黒い悪い人間、凄く強くて速かったよ
――新開発区の名もなき黒猫。志門舞奈人間はもっと強くて速いんだ
――ネコポチ。志門舞奈人間! 凄い人間!
――バースト。志門舞奈人間!
――エース君。そうなんだ!? し、志門舞奈人間!
とまあ、そんな話題の中心になっているとも知らず、早朝の教室で……
「……という訳だ」
「そんな事になってたのね」
舞奈はテックに先日の一件の顛末を話していた。
「何と言うか……お疲れ様」
「まったくだ」
返す言葉も見つからないテックに、やれやれと苦笑を返す。
何せ暴徒の群れに、良くて術者と対決くらいのつもりでいたら魔獣が飛び出してきたのだ。よくよく考えてみれば全員が無事だったのは相当の幸運だ。
Sランクと半ダース近い術者がいたからギリギリ対処できた。
そんな事態の異常性にまでは流石に気づいているのかいないのか、
「帰れたの?」
テックは問う。
夜半の仕事だったから帰宅できたかが気になったのだ。
まあ、そっちも重要と言えば重要だ。
「ああ。後片づけは流石に支部の大人がやってくれたからな……。今頃は警察に引き継いでるはずだ」
「でしょうね」
「帰り道に毒犬が半ダースくらいいたが、奴に比べれば可愛い子犬さ」
「……本当にお疲れ様」
「そう言ってくれるのは、おまえだけだぜ」
愚痴りながら机につっぷす。
毒犬の群はともかく、帰りが深夜になって眠いのは本当だ。
そんな舞奈に構わず教室の別の場所では――
「――で、そのアパートの周りにおまわりさんがいっぱいいたのー」
「不法入国が摘発されて強制送還されたそうなのです」
「わっそれは大変だね」
桜と委員長が話していた。
音々がビックリしながら聞いている。
2人は伊或町から登校してくる。
例のアパートも桜の家からは近い。
警察が後始末をしている様子でも見てきたのだろう。
はしゃぐ口調の桜を委員長が特に咎めないのは、別に移民が好きなのではなく不正が嫌いなだけだからだ。
理由なく外国人を貶す事には難色を示す。
だが不法入国という犯罪を是正する行為に対しては理解を示す。
それが正しい人間の考え方だと舞奈も思う。
「結構な事じゃないか」
舞奈は机につっぷしたまま、ひとりごちて笑う。
隣でテックも表情が薄いながらも笑う。
もちろん舞奈は真実を知っている。
不法移民どもは警察に摘発されたのではなく【機関】関係者有志に排除された。
その仕事に舞奈も関わった……というか立役者が舞奈だ。
だがまあ、わざわざ口に出すような事でもない。
苦労の甲斐あって友人が安心して暮らせるのだから特に不満はない。
「――バウワンッ!」
「犬はもう終わったよ」
また何やら珍妙な遊びをしていたみゃー子を気分よくあしらい、
「――おはよー。おっ志門! 聞いたぜ!」
「ちっす。何をだよ?」
「昨日、ゲーム先輩の犬を探して見つけたんだろ? すげーぜ」
「ゲーム先輩……」
次いで登校してきた男子の言葉に苦笑する。
舞奈との勝負に負けて最新ゲーム機を貸し出してから、リーダー氏は一部5年生の英雄だ。今でも何かと話をしているらしい。
良い事だ。呼称はともかく。
それにリーダー氏の犬を見つけて返したのは嘘じゃない。
倒した魔獣から出てきたのが彼が可愛がっていたチワワちゃんだったのだ。
大型犬につけたら面白そうな名前だったからという理由を聞いた時には叱って止めてやる大人は誰もいなかったのか? と思ったが、生き別れて再会して号泣しながら名前を連呼する様子を見た後では特に思うところはない。
何よりピクシオンだった頃にできなかった大事な何かを、ようやく完遂できた。
そんな気がする。
思うに魔獣と化してから間を置かずに倒せば、コアは生きたまま元の姿に戻る。
その法則に思い当たる事ができたと思えば、ここのところ冗談みたいなペースで魔獣を倒してきた甲斐もあったと考えられなくもない。
だから今度は犬の飼い主は泣かずに済んだ。
いや号泣していたが。
そう素直に喜べる程度には今の舞奈は満ち足りた気分だ。
「――あっマイちゃん、テックちゃん、おはよう」
「おはよー!」
「ちっす」
「おはよう」
今度は園香とチャビーがやって来た。
テックと揃って挨拶を返す。
「マイちゃん、眠そうだね」
「まあ、ちょっとな」
顔を覗きこんでくる園香に、つっぷしたまま微笑を返す。
襟元から覗く谷間を見やって笑みを広げ、気づいた園香も照れたように微笑み、
「あのね! 小夜子さんとサチさんも眠そうだったんだよ」
チャビーが無駄に楽しそうに言った。
お子様なりに友人の解放感を感じ取っているのだろうか。
ここ数日は、確かに舞奈も小夜子たちも少し気が張っていた。
もちろん小夜子たちが眠い理由も舞奈と同じだ。
舞奈みたいに新開発区まで帰る必要はないとはいえ、夜半まで魔獣と大立ち回りを繰り広げていたのは同じだ。
術も使いまくったし、疲れてもいただろう。
小夜子はともかく、普段は健康的な生活を送っていそうなサチはさぞ辛かっただろう事は想像に難くない。
だが、もちろん、そんな事情を口に出す訳にもいかないので……
「ハハッ。2人とも高校生なんだ、よろしくやってたんじゃないのか?」
「わわっ!? マイちゃん、それは……」
軽口を叩いてみた途端に園香が慌てる。
頬が赤い。
そういえば舞奈も園香と最近はご無沙汰だし、近々よろしくしたいと少し思う。
テックは苦笑し、チャビーは「?」と首をかしげる。
その後は気を取り直して他愛もない雑談をして過ごす。
そのように昨晩の激闘とは真逆に、昨日の朝と同じ平和な時間が過ぎていく。
そうするうちに麗華様ご一行が普段通りに、明日香が眠気を攻撃性で誤魔化しながら登校してきて、担任がやってきて、ホームルームが始まる。
そんな流れのまま日中の授業も、まあ重大なトラブルはなく過ぎていく。
そして放課後。
荷物をまとめて挨拶しつつ教室を出て、校舎を出て校門前。
舞奈と明日香は警備員室の窓越しに……
「……そいつは楽しそうでしたね。羨ましいっす」
「楽しそうって……」
「あんたも前に、ミノタウロスと戦ったことがあっただろ?」
あれと同レベルの相手とロクな心構えもなく出くわしたんだぞ。
よく笑ってられるな。
面白黒人の相変わらず無駄に面白がってる口調に、やれやれと肩をすくめる。
2人は雑談がてら、昨晩の件をベティに話していた。
舞奈も朝は眠かったので適当に挨拶しただけで詳しく話してなかったし。
「そういやあ助言サンキューな。あいつら上下に引き千切っても動いてやがった」
「ええ」
「えり子ちゃんがビックリしてたぜ」
「ハハッ! 初めて見るとそうっすよね」
思い出したように言って3人で笑う。
不法移民どもの異常な耐久力については先日にベティから聞いていた。
雑魚とは言え数の多い黒い人型怪異どもを相手に、無駄に消耗したり余計な被害を受けずに済んだのは助言のおかげだと言えなくもない。
「――舞奈様、お待たせしました」
「おっさんきゅ」
クレアが金庫から拳銃を持ってきてくれたので受け取って懐に収める。
無論、まばらに通る他の生徒に気づかれぬよう。
そうしている間に――
「――ところで、本当に心当たる事はないんですね?」
「あー。ヨルバ語の呪文を唱える妖術師って奴っすかー?」
「ええ」
「そいつもそうだな。何か知らないか?」
明日香がベティを念には念を入れた様子で問い詰めていた。
その言葉で舞奈も思い出す。
あの謎の妖術師についても何か聞きたいと思っていた。
あからさまに呪術的な格好。
舞奈たちが知っている如何なる流派とも異なる施術。
攻撃魔法に身体強化、超強化。
それらについて何か知っている可能性があるとすれば、奴らと同じ肌の色をしたベティくらいだと思った。だが……
「いやー心当たる事はないっすねー」
「そうですか」
「だよな……」
面白黒人は変わらず能天気な表情のまま返事を返す。
まあ、そんなものだ。
そもそも本人も前日に対峙したのだし、気づいたならその時に言ってるだろう。
「神の血で複数の異能力を得た中毒者とは考えられませんか?」
「クレアさんもそう思うか」
会話の内容を察したか、口を挟んできたクレアに舞奈も基本的には同意見だ。
埼玉の一角で何度も対峙した狂える土の中毒者どもと同様に、単に違法薬物によって複数の異能力を持たされた。
そう考えると色々と辻褄が合うのは確かだ。
だが、それにしては手数が多すぎるようにも思える。
行使の際に唱えていた呪文のような何かが気にならないと言っても嘘になる。
まあ、どちらにしても推論に過ぎないし、確認する術も無いので……
「……今度、姪っ子に聞いておきますよ」
「頼むわ」
「よろしく頼むぜ」
そうベティに言い残して下校する。
他にどうしようもない。
そして下校した2人は繁華街へ赴いて……
「……おーい! 張! 来たぞ!」
「こんばんは」
「舞奈ちゃんに明日香ちゃん、いらっしゃいアル」
張の店を訪れた。
少し早い夕食がてら、もう少し識者に話を聞きたいと思ったからだ。
明日香も同じ考えらしい。
昨晩の戦闘で暴徒どもも謎の妖術師も、イレギュラーに出現した魔獣も首尾よく片づける事はできた。それ自体は完璧以上の素晴らしい成果だと思う。
だが様々な疑問は残ったままだ。
奴らは何者なのか?
何処からあらわれたのか?
泥人間とは比べ物にならない危険な相手だし、ランダムに湧いて出る事を前提にした対策なんか立てられない。
今後に備えるためにも、情報は集めておきたい。
なので、かき入れ時も近い時分なのに人気がないのを幸いにカウンターのいつもの席を陣取って、いつものメニューを頼みながら張に昨晩の経緯を話し……
「……舞奈ちゃんたちも大変だったアルね」
「まあな」
「ええ……」
流石は裏の世界の情報屋。大方の事情は既に聞いていたらしい。
割と信じられないような話を、さしたる苦労もなく飲みこんでくれた。
料理の準備を始めながら本気で労いの言葉をかけてきた張の背中に、舞奈はやれやれと苦笑しながら答える。
隣の明日香も珍しく舞奈と同じ表情だ。
それでも――
「――はい、出来上がりアルよ。召し上がれアル」
「おっさんきゅ! 待ってました!」
「いただきます」
目前に担々麺と餃子が供されれば笑顔になる。
天津飯を前にした明日香も同じだ。
「けど舞奈ちゃん、支部に報告に行かないで良いアルか?」
「そっちは小夜子さんたちがやってるだろう」
訝しむ張に、慣れた調子で箸を割りつつ答える。
明日香も素知らぬ顔でレンゲを手にして天津飯に取り掛かる。
舞奈や明日香と違って彼女らは正規の執行人だ。
昨日のうちか、今日の昼間の休み時間にでも軽く報告はしているだろう。
というか張もそっちから情報を得たのだろうし。
なので舞奈も気にせず小皿にラー油と餃子のタレを注ぎ……
「……それにしても、プリドゥエンの箱舟アルか」
「ええ。怪異が使うような代物じゃないわ」
続く張の言葉に、餡と卵の乗ったレンゲを片手に明日香が補足。
妖術師や魔獣に増して謎なのが『プリドゥエンの箱舟』。
舞奈たちが埼玉への移動に使っていたような魔道具の事らしい。
奴らはそいつで何処かから運ばれてきた。
確かに戦闘後にちらりと確認した二階の部屋の奥に、見覚えのあるオブジェが鎮座していた。
県の支部や本部や埼玉支部にあった代物より小ぶりだが効果は同じらしい。
「どっかから盗まれたみたいな話は聞いてないのか?」
「そもそも箱舟の話が初耳アルよ」
「そっか……」
舞奈も問う。
返ってきた返事に、辛めのスープと挽肉が絡んだ麺をすすりながら苦笑する。
プリドゥエンの箱舟は宝貝ではなく魔道具。
つまり怪異が同胞の存在を変質させて作る類の代物じゃない。
人間の術者が創造して使うものだ。
それを奴らが使っていたと言う事は、人から奪ったと考えた方が自然だろう。
あるいはトーマスの様に、元は人間の術者だった何者かが――
「――転移先は調べられないのか? 向こうに詳しい奴がいるかもしれん」
何かを誤魔化すように問いつつ熱々の餃子をつまむ。
ラー油が程よく混ざったタレに、たっぷりつけて頬張る。
タレの風味と焼き餃子の皮の食感、口腔に溢れる肉汁とニラと挽肉のアンサンブルと一緒に、折角の勝利の宴に水を差す嫌な記憶を喉に押しこむ。
奴らが箱舟を手に入れた経緯について、知っている可能性があるとすれば魔獣と一緒にあらわれた件の妖術師だろう。
奴を捕らえて尋問すれば相応の情報は得られたはずだ。
あるいは奴らが神の血を使って魔獣を作りまくって何をしようとしているのかを吐かせる事もできたかもしれない。
だが魔獣と何らかのシナジーを持っていた奴を相手にそうする余裕はなかった。
仕方がなかったとはいえ、ちょっと気にしていたのだ。
しかし長距離転移用の魔道具は転移元と転移先にそれぞれ設置する代物だ。
少なくとも各支部や本部にあったものはそうだった。
なので回収できた方からもう片方の場所を割り出せれば、敵の別の拠点に乗りこむ事も不可能ではないと思った。
複数人の術者や急造魔獣との戦闘を踏まえた最強チームの編成は可能だ。
そもそも須黒支部はそうした運用を前提にして、他の支部では有り得ない高ランクの術者を何人も擁している。
そうした有無を言わさぬ最強チームで攻略すれば、捕虜の確保も可能だ。
そう思った。だが……
「……調査はしてると思うアルが、リンクを切られているはずアルよ」
「なんだそりゃ?」
「そのままの意味よ。2つの箱舟の霊的な接続が遮断されて、繋がりがなくなるって事。技術担当官が痕跡を辿れればいいんだけど」
張の答えに、明日香が面白くもなさそうに補足する。
そうしてから卵スープを口にして機嫌を直す。
言っている内容はあまり理解できないが、口調からすると無理筋なようだ。
やれやれ。大変な思いをして騒動をひとつ解決したというのに、本質的には何も解決していない。むしろ謎が増えた。
せっかく片づけた不法移民たちだって別の場所にまた巣食うかもしれない。
神の血で急造された魔獣ともまた出くわしそうだ。
非常に遺憾ながら、舞奈の身の回りで起きるトラブルはそんなのばっかりだ。
なので色々と諦めて担々麺をずずっとすする。
無理に頑張ってもすぐには何も変わらない。
できるのは小さな勝利の余韻を楽しみながら食事を愉しむ事だけだ。
それに今は激闘の直後で疲れているし、他に何かする気もない。
なので張の絶品料理を堪能し、おまけしてくれた杏仁豆腐を平らげ――
「――ま。今回の件で終わったとも思えんし、あんたも気をつけてくれよ。梓ちゃんたちも」
「もちろんアルよ」
そう言い残し、いつも通りに代金をツケにする。
張も普段と同じように微妙に嫌そうな表情で応じる。引き続き不法移民が界隈をうろつく可能性があるからという理由だけじゃない。
だが舞奈は特に気にせず店を出て、今日はそのまま帰宅する。
もちろん新開発区の怪異に疲れた人間を労わろうとする心なんかない。
だが今日は昨日より帰りが早いせいか、帰路で毒犬に襲われる事はなかった。
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