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第6章 Macho Witches with Guns

戦闘3-2 ~銃技vs外宇宙よりの魔術

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 それは古い映画を見ているように現実味を欠いた、沈黙のような轟音だった。

 巨大な炎の柱が灰色の海を焼き、氷の砦の半分を溶かした。
 式神と落し子たちは、着弾の瞬間に灰と化して散った。

 それでも舞奈は、消えかける火柱に向かって、よろめくように進む。

 やがて、溶けた砦の端に辿り着く。
 先ほどまで、明日香がいたはずの場所。

「うそ……だろ……?」
 溶けかけた砦の側には、焼け焦げた4枚のドッグタグが散らばるのみ。

 砦の陰にしゃがみこむ。
 何かを期待するかのように、ふるえる手でタグのひとつをそっと拾い上げる。

 舞奈の脳裏を、長い黒髪と眼鏡が映える端正な横顔がよぎる。

 掌の中で炭化した金属片が砕け、生ぬるい風に吹かれて崩れ去った。

 得意げに笑う明日香が、呆れたように肩をすくめる明日香が、叫ぶ明日香が、微笑む明日香の姿が脳裏をよぎる。そして溶けるように消えていく。

 そして今、目の前にあるのは、黒ずんで崩れかけたドッグタグ。

 彼女はこのタグを使って、何らかの魔術を準備していたのであろう。
 だが、その詳細を知り得る術はない。
 ただ焼け焦げた金属片だけが、ここに黒髪の少女がいたことを物語っていた。
 他には何もなかった。

 呆然とたたずむ舞奈のコートのポケットから、赤いコケシが転がり落ちた。
 霊園予定地で空飛ぶ軍曹と戦った時に拾って、そのままポケットに入れっぱなしになっていたコケシだ。

 舞奈はコケシを拾いあげる。
 夫婦として作られ、相方を失った女のコケシだ。
 あの時はハートの祠が壊れたせいで、この呪いのコケシが発狂した。
 そして無数の地蔵を操って暴れ出した。
 舞奈は明日香とともに、死に物狂いで地蔵と戦った。

 ずいぶん昔のことのように思える。
 あれが彼女と組んで遂行した最後の仕事になるのだろう。

「先に逝くなよって……言ったじゃないか」
 口元に枯れた笑みを浮かべ、舞奈はひとりごちる。
 くたびれた人のように。
 長い旅の途中で疲れ果て、背負った荷物を降ろそうとしている人のように。

 そしてコケシを握りしめる。

 頬をつたう何かに呼応するように、拳の中でコケシの双眸が紅く光った。

 一方、魔力の塊と化した悟は氷の砦を見やっていた。
 先程の攻撃で片側が溶けかけている。

 その端から、幾つもの丸い物が投げ放たれた。
 それらは爆発し、折り重なる爆音とともに幾つもの炎の華を咲かせる。

 手榴弾の爆炎を切り裂いて、ピンク色のドレスの上にボロボロのコートを羽織ったピクシオンが躍り出た。

 ファンシーな玩具のようなカービン銃ハーモニウム・ピアッサーを乱射する。
 オレンジ色のドレスを着た落し子たちを次々と撃ち抜く。
 反撃の槍に撃ち抜かれながら、一直線に走る。

 小さなツインテールをなびかせた童顔に表情はない。
 その双眸は、真紅に染まっていた。

 最年少のピクシオンは灰色の肢体の山を駆け上がる。

 銃を分離して2丁拳銃ハーモニウム・ショットと化す。
 両端から迫る落し子の胴を撃ち抜く。

 次いで左の銃を筒と化し、右の銃の下に垂直にマウントする。
 落し子が放つ魔弾を避けようともせず、魔法の短機関銃ハーモニウム・シャワーを乱射する。

 幾つもの落し子が砕け、彩色の槍が少女を貫く。
 もはやコートはない。蜂の巣になって飛び散っていた。

 悟はピクシオンのドレスに向けて拘束術を使うことができない。
 その愛すべき聖なる姿に、手ずから傷つけることなどできようはずもない。
 代りに、魂無き落し子が無数の魔弾を放つ。

 悟の目前に、全身を撃ち抜かれたピクシオン・シューターが立つ。
 短機関銃ハーモニウム・シャワーを悟に向けて構える。

 そして、力尽きた。

 何かが砕ける悲しげな音色と、燐光とともに変身が解除される。
 灰色の小山の上に、ひび割れたピンク色のブレスが転がり落ちた。
 その横に赤いコケシが転がり、砕ける。
 ピクシオンに変身していたはずの少女の姿はそこにはない。

 同時に、銃声。

 さらに銃声。背後から。

 爆発音と破砕音。
 手にした剣が折れ、鏡が砕け散る。

 悟は振り返る。

 そこでは、小さなツインテールの少女が拳銃ジェリコ941を構えていた。

「このやり方、ミカが教えてくれたんだよ」
 舞奈の口元に乾いた笑みが浮かぶ。

「ニセモノをピクシオンに変身させて操るんだ」
 少女は懐かしむように笑う。
「使うのは、魔力がちょっとでもあれば何でもいいんだ。ピクシオンのドレスには着る人のイメージ通りに運動能力を強化する魔法がかかってて、それを利用するんだって」
 少女の笑みが寂しげに歪む。

「サト兄がいなくなってから使い始めたから、知らないだろうなって思って試してみたんけど、結構うまくいくもんだな」
 そして三度、拳銃ジェリコ941の引き金を引いた。

 首から下げられた勾玉が砕ける。

 集められた魔力が霧散し、美佳の小山が塵へと変わり始める。
 残った落し子たちも消える。
 灰色の地面は元の荒れ地に戻る。
 美佳の魔力によって形作られたものがすべて、無に還る……。

 そして魔法が祓われた後、そこは元のままの崩れかけたドームの中だった。
 悟は崩れ落ちるように座りこんでいた。
 舞奈は最後の仕事を終えた人のように立ち尽くしていた。

 三種の神器も、それによって集められた美佳の魔力も、生み出された灰色の地面も落し子も、すべてが崩れ、消え去っていた。明日香が見抜いた通りに。

 ここはもう、魔法も、魔力も何もない、
 かつて地獄ゲヘナと揶揄された新開発区の一角だ。

「とても、寒いんだ……」
 悟は疲れ果てた人のように、ひとりごちるように口を開いた。

「この世界のどこにも美佳の温もりを感じられないんだ……」
「ミカだけじゃないよ。カズキだってそうさ」
 舞奈は穏やかに言葉を返す。

「フェアリも自分の世界にかえった。エンペラーも逝った。四天王も、八部衆も、十二使徒も、十六神将も……みんな消えてなくなっちゃった」
 語りつつ、口元に乾いた笑みを浮かべ、

「やっと気がついたんだ。あいつらがどっかに行ったわけじゃない、あたしたち2人がはぐれてたんだってさ。だから――」
 悟の額に拳銃ジェリコ941を突きつける。

「帰ろうよ。みんなのところに」
 その言葉に救いを見出したかのように、悟も懐から拳銃ルガーP08を取り出す。
 舞奈の額に狙いを定める。
 淡い笑みを浮かべたその瞳に映る舞奈もまた、夢見るように微笑んでいた。

「ミカのルガー、やっぱり持っててくれたんだ」
「ああ」
 舞奈の言葉に、悟は答える。

 たぶん悟は鏡に映った自分自身なのだろう。
 今になって、舞奈はそう気づいた。

 過去に囚われたまま、美佳がいない現実から目を背け、逃げるように、醒めない夢を見続けた。悟も、舞奈も。

 だから悟は、アイオスの想いを裏切った。
 だから舞奈は園香を置き去りにして、奈良坂を守りきれず、明日香を失った。

 悟の、舞奈の背後に散らばる、いくつもの人だった名残。

 かつて異能力者だった炭と屍。
 横たわるセーラー服の少女。
 溶けた刀也の欠片。
 血だまりの中に倒れるシスター。
 そして、焼け焦げたドッグタグ。

 今いるここが夢なのか、現実なのか、結局のところ舞奈にはわからない。

 だが、夢ならそろそろ醒める頃合だろう。

 あるいは現実なら……それも悪くない。
 新開発区の凍える夜は、ひとり過ごすには寒すぎる。

 舞奈は引き金にかけた指に力を入れる。
 乾いた銃声と、手に慣れた衝撃とともに、拳銃ジェリコ941から大口径弾45ACPが放たれる。

 同時に、悟の拳銃ルガーP08からも小口径弾9ミリパラベラムが放たれる。

 彼に弾丸を調達するコネはないはずだ。
 だとすると、この弾も美佳が遺したものなのだろうか?
 小口径弾9ミリパラベラムに人体を貫くほどの貫通力はない。
 自分の身体に美佳の一部が加わると思うと少しだけ救われた気持ちになれた。

 Si vis Pacem, Para bellum.
 もしも平和を望むなら、まず戦争に備えよ。

 それが美佳が使った弾丸の、パラベラムという言葉の語源だ。
 おそらくそれは、美佳が狂気の魔術をねじ伏せながら戦っていた理由と同じものなのだろう。

 だが、明日香が戦う理由を、舞奈は最期まで知り得なかった。
 そう思って、乾いた笑みを浮かべる。

 次の瞬間、真横から突き飛ばされた。

 倒れこみながら見やる。
 長い黒髪の少女が、激情に歪んだ表情でこちらを睨みつけていた。

 現実とも幻ともつかぬ光景に呆ける舞奈の目前。
 舞奈の額を撃ち抜くはずだった銃弾9ミリパラベラムが、代りに明日香の頭を通り過ぎる。

 舞奈の瞳が見開かれる。

 だが次の瞬間、そこに彼女ははいなかった。
 代りに、焼け焦げた4つのドッグタグがゆっくりと地面に落ちる。

 舞奈の身体を、細くしなやかな腕が抱きとめる。

 これは魔法だ。
 脳裏にひらめきが走り、様々なピースが合わさった。

 明日香は防御面に不安を抱いていた。
 だから守りを固めるために戦闘カンプフクロークを改造していた。
 おそらくそれは、攻撃に反応して瞬間移動する術だったのだろう。
 今まさに彼女がしてのけたように。
 そして、焦げて砕けた4枚のドッグタグは空薬莢に過ぎない。

 舞奈の口元が自嘲じみた笑みに歪む。
 彼女がいなくなったと思いこんで、自分は何をしようとしていた?
 だが、切りそろえられた黒髪に頬をくすぐられ、舞奈は考えることをやめた。

 抱かれ心地は最低だった。

 クロークの胸元の骸骨であろう、硬くて歪な何かが肩甲骨の間に突き刺さる。
 ふくらみかけた胸の感触より、ひたすら背中が痛い。

 さらに明日香は指先で舞奈の胸と腹を握りしめ、爪を立てるのだ。
 まるで、逃げようとする得物を捕まえる猛禽のように。

 だが、舞奈は想う。

 たぶん、これが本物だ。
 ずっと捜し求めていた本当の仲間。
 失われたはずの自分の半身。
 なぜなら、彼女の温もりが、息づかいが共にあるのなら、痛みすら心地よいと思えてしまったから。

 ふと悟を見やる。

 舞奈の銃弾は悟をそれていた。
 だが、彼にはそんなものは必要なかったらしい。
 青年の身体が少しずつ薄れ、塵へと変わっていく。

 自分の身体を魔法に置き換え、その魔法が失われてしまったから、彼には解かれた魔法のように無に帰るしか道はない。
 悟の瞳は、もはや何も映してはいない。
 彼の薄れかけた顔は、寂しそうに笑っていた。

(結局、あたしひとりが取り残されちゃったな……)
 だが、それも悪くない。
 舞奈は口元に笑みを浮かべ、そっと瞳を閉じた。
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