17 / 27
第3章 装脚艇輸送作戦
和解
しおりを挟む
――舞奈は鳴り響く警告音で目をさました。
シートに腰かけたまま周囲を見渡す。
目前に並ぶ、航空機顔負けなほど大量の計器やメーター。
見慣れたスクワールのコックピットだ。
「夢……見てたのか……? 何て夢見てたんだ、あたしって奴は」
口元を歪める。
夢の中の園香の言葉は、舞奈が知る園香が言いそうな言葉だった。
あの懐かしく寂しい夢は、レナとの対話が作り出した舞奈の妄想なのだろうか?
舞奈は園香を忘れられなかった。
そして許しを乞いたかったのだろう。
妄想の中での許しが現実の世界で意味を持つのかはわからないが。
「あたしはどのくらい眠ってた?」
『魔力王は約60秒間、意識を喪失していました』
「そっか」
ひとりごち、四肢が問題なく動くことを確認する。
派手にぶつけまくったらしく身体のあちこちが痛むが、それだけだ。
「なんとか無事みたいだ」
額をぬぐうと、手にべったりと血がついた。
「……頭以外は、な」
口元に乾いた笑みを浮かべると、夢の残滓を振り払うようにモニターを見やる。
周囲はコンクリートの大広間だ。
レナの魔術が創りあげた結界は、先ほどの攻撃で消えてしまったらしい。
「仔猫ちゃんはどこに行った……?」
舞奈は問いかけ、ふと思い出した。
爆発の寸前、スクワールはランドオッタに覆いかぶさった。
巻きこまれそうなレナを放っておけなかったから。だから次の瞬間、
「うわっ」
衝撃にうめく。
下敷きにしていたランドオッタに蹴り上げられたらしい。
『志門舞奈……どうして……?』
モニターの中でレナは訝しみ、
『ああっ! わたしの防御魔法を利用したのね! どこまで卑怯卑劣な!』
「なあ仔猫ちゃん。落ち着いて、訳がわかるように話してくれないか?」
『爆発の寸前、敵機の【斥力盾】による斥力場バリア内部への侵入に成功しました。電磁シールドとの相乗効果により空間振動弾のダメージを99パーセント軽減』
「そうかい」
尋ねた途端、横から返されたうんちくに雑な相槌を打つ。
でもまあ、よく考えれば自分の爆弾で消し飛びたくなければ防御するのは当然だ。
そこで舞奈はレナを守ろうと飛び出した。
だからレナといっしょにレナの防御魔法に守られる形になったのだ。
口元に笑みを浮かべ、操縦桿を傾けてランドオッタから距離をとる。
だが出力が上がらない。
「ダメージは99パーセント防いだんじゃなかったのか?」
『電磁シールドを最大出力で展開したため、現在、出力が大幅に低下しています』
知の宝珠の答えに舌打ちする。
モノリスによって宇宙からもたらされたヴリル・ドライブ。
舞奈はそれを事実上の永久機関と聞いていた。
だが大量のエネルギーを使用した直後には、流石に出力が低下するらしい。
「だいたい、エクスカリバーは剣の名前だって聞いてたんだがな」
『発生装置の形状から、未開惑星の現地住民に剣の鞘と誤認された事例が――』
「鞘って……もう勝手にしろよ」
口をヘの字に曲げる。
誰も彼もが舞奈の無知をあげつらった挙句に嘘を吹きこんでくるような気がした。
しかも次の瞬間、
『敵機の攻撃を確認。危険』
声は警告を発する。
同時にランドオッタの双眸から加粒子砲が放たれる。
スクワールは苦もなく避ける。
「もう止めろよ。おまえの母ちゃん、こういう揉めごと嫌いだったろ?」
『知ったような口を!』
レナは加粒子砲を乱射する。
金属片を使い切ったのか、あるいは術に必要な集中ができないか。
だが狙いすら定まっていない射撃など避けるまでもない。
「そりゃ知ってるからな! ……あいつのこと」
軽口を返す口元に笑みが浮かぶ。
あの頃、舞奈は園香を愛していた。嘘偽りなく。
その気持ちを思い出すことができたから。
だが途端、広間が軋み始めた。
『付近の建築物の構造が不安定化しています。危険』
「すぐに崩れそうな場所は?」
モニターに映しだされた地図を見やって舌打ちする。
先ほどの大型レーザー砲の衝撃で、通ってきた通路が脆くなっているらしい。
現に通路の天井からは瓦礫がパラパラと降りそそいでいる。
危険な状態なのは瞭然だ。
この通路が崩れると、レジスタンスたちと完全に分断されてしまう。
スロットルを引きしぼる。
出力の上がらない機動輪を無理やりに回して通路へ駆けこむ。
『あっ待ちなさい!』
「バカ野郎! 生き埋めになる気か!?」
追ってきたレナに叫ぶ。
だがランドオッタは止まらない。
推進装置を吹かして地面を駆けつつ、双眸の加粒子砲を放つ。
『わたしが泣くと、ママは抱きしめてくれた! すごく暖かかった! 優しかった!』
「知ってるよ! あたしだって抱いたし、抱かれたからな!」
粒子ビームを苦も無く回避。
お返しとばかりに頭部の機銃を見舞う。
だが高速移動するランドオッタにはかすりもしない。
「あいつ、小学5年のころからブラジャーしてたんだ! 凄かったぞ! シャツに描いてあった可愛い栗鼠が、胸の谷間でへし折られてカートゥーンみたいになってた!」
想い出に目を細める舞奈を、レナはにらみつける。
『栗鼠のシャツはわたしとおそろいよ! ネズミも、ウサギも、ハムスターも!』
「いや、それ、あいつがおっぱい大きいのを気にしてて、ネズミみたいに小さくなりたいって選んだ柄なんだ。……おまえには効果があってよかったな」
『うるさい!』
いきなりトーンダウンした舞奈にレナは怒鳴る。
2機が駆け抜ける通路は今にも崩れそうに軋む。
崩れ始めたコンクリートの欠片が加粒子砲と機銃を撃ちあう2機の間に降りそそぐ。
だが2人は口論を止めない。
互いに、口を閉じれば今まで繋ぎとめていた何かが消えてしまうとでもいうように。
『ママはあたしの誕生日にケーキを焼いてくれた! あの男に内緒で貯めたお金でね! 生クリームをたっぷり盛って、ロウソク立てて、いっしょに吹いてくれた!』
猫の双眸が加粒子砲を放つ。
栗鼠は避ける。
「あたしの誕生日にもな! イチゴや果物が山ほど乗って、生クリームもとろけるくらい美味くて、スポンジもふわふわだった! あいつは料理の腕も大人顔負けだった!」
舞奈は叫ぶ。
「オムライスだって食ったことあるぞ! ふわふわで、コトコト煮こんだ肉や野菜が口の中でとろける特製のスープがかかってた!」
絶叫しつつ、舞奈の口元には穏やかな笑みが浮かぶ。
地球の水準を遥かに超える宇宙の技術によって造られた復刻機を操りながら。
子供のように口論を続けながら。
園香がいたやわらかな日々が、彼女の記憶が脳裏に蘇る。
今はただ、園香を愛する友人と、園香のことを語り合いたかった。
舞奈の知らない園香のことを知りたかった。
『オムライス! ママの得意料理だったわ!!』
モニターの中でレナも叫ぶ。
『ママは言ってた! 大事な友達が好きだったからって、すごく嬉しそうに! それなのにおまえは……!!』
ランドオッタは一直線につっこんでくる。
両足の推進装置から光の粉が吹き散らされる。
『敵機、高速接近。攻撃手段ないし魔術の推測が不可能。速やかな回避を進言します』
警告に、舞奈は口元に浮かべたあいまいな笑みで答える。
操縦桿を握りしめる。
スクワールは動かない。
ランドオッタは頭からスクワールに激突する。
アラームが鳴り響く。
だが舞奈は笑みを崩さない。
鋼鉄の猫の背を、栗鼠の小ぶりな両腕がつかむ。
機動輪が床を削り、引き寄せるように後退する。
そんな2機の残像を、巨大なコンクリート塊が押しつぶした。
通路が連鎖的に倒壊を始めたのだ。
鋼鉄の栗鼠は、猫を抱きかかえたまま機動輪を回して地を駆ける。
状況に気づいたか、ランドオッタもスクワールを抱き返し、推進装置を吹かす。
倒壊に巻きこまれそうになった2機が、寸前にスピードを上げる。
『舞奈のくせに! 志門舞奈のくせに……!!』
通信機ごしに、レナはひとりごちるようにつぶやく。
「ああ、志門舞奈だからな」
舞奈はひとりごちるように答える。
「あいつは真神園香で、おまえは真神レナだ。……可愛い名前だな」
『レナちゃんって、ママは呼んでくれた』
そう言って彼女も微笑む。
その笑みが、可愛らしいと素直に思った。だから、
『わたしの名前を呼ぶとき、ママはいつだって、すっごく綺麗な表情で笑ってくれた』
「……ああ、知ってるさ」
舞奈も口元に笑みを浮かべる。
そのまましばらく機体を走らせたところで、瓦礫が崩れる音が止んだ。
倒壊はおさまったようだ。
舞奈は機体を止めて立ち止まる。
エンジンの負荷が限界に近かったのだ。
先方も事情は同じらしい。
2機の復刻機はコンクリートの床に座りこむように着地した。
『あっ、そうだわ!』
「なんだよ?」
『パスタは食べたことないでしょ?』
「そういえばないな。御馳走になる時には手間がかかるものばっかり作ってくれたし」
答えた途端、モニターの向こうでドヤ顔で笑うレナを見やり、
「いや、ないわけじゃないぞ」
小さくつぶやく。
「簡単だってあんまり勧めるもんだから、安売りのを買って帰って自分で茹でててみたんだ。塩ふってさ。……けどあれは不味かった」
『それをママのせいにしないでよ! 謝りなさい、パスタにも!』
叫ぶレナの表情に、やわらかな笑みが浮かぶ。
園香を守れなかったから、代わりに彼女の娘を守りたい。
もう園香を抱きしめる事はできないから、レナも甘い香りがするのか確かめたい。
そんな最低の願いを心の内に覆い隠すように、舞奈も口元を笑みの形に歪める。
その時、
『舞奈! 舞奈! 生きてる!?』
通信機から悲鳴のような叫びがあふれた。
「スプラか? こっちは今、カタがついた――」
『ピアースがやられた! 釈尊が……ああぁ!!』
「スプラ!? 糞ったれ!」
舞奈は操縦桿を握る。
『ゴートマンね。脂虫を使ってゲリラたちを足止めしている間に、わたしが力の宝珠を奪う手筈だったの』
「すまないレナ、ちょっと行って来る」
『ゲリラと合流するの?』
「ああ、仲間だからな」
事情を話すレナに、舞奈は何食わぬ表情で答える。
スプラは仲間だ。
たとえ彼が女の子じゃなくても、好意など持てなくても、おもらし君でも、仲間だ。
今の舞奈と数刻前の舞奈を繋ぐ記憶という名の過去の一部だ。
だから彼を見捨てて逃げることはできない。だから、
『ゴートマンは魔帝が108の魔力を与えて生み出した人造仏陀なの。ああ見えて魔力だけは強力よ。気をつけて』
「サンキュ、あのヤギ野郎を追っ払って、すぐ戻ってくるよ。そしたら、あいつのパスタの話、もっと聞かせてくれよ」
鋼の栗鼠は機動輪で床を蹴り、フルスロットルで駆け出した。
しばし時を遡る。
スクワールがランドオッタに追われて去った後の巨大地下通路。
「まったく! キリがないね!!」
ボーマンは小型拳銃を構えたまま毒づく。
次いで薄汚れた背広の胸と頭に2発、撃つ。
レジスタンスたちは迫り来る脂虫たちに押されていた。
もっとも火力で圧倒されている訳ではない。
輸送車は機関砲を掃射する。
超大口径ライフル弾の洗礼を受けた脂虫どもは砕けて飛び散る。
弾幕を抜けた敵はライフルが蜂の巣にする。
レジスタンスには自衛隊出身の猛者も多い。
彼らの活躍の賜物で、最初の爆発に巻きこまれた以外に犠牲者はいない。
敵の【断罪発破】は一度に複数を爆破させることはできないらしい。
近づかれすぎた脂虫が1匹ずつ爆発するだけなので、対処はしやすい。
だが、敵は隙を見せれば爆発する。
そんな奴らの集団への対処はレジスタンスたちの神経を急激にすり減らす。
加えて脂虫たちの数に限りはない。さらに、
(【断罪発破】だけじゃない。どこかに、こいつらを操ってる奴がいる)
男たちは同朋の残骸を乗りこえ、ゾンビのように向かってくる。
(あの2人で、なんとかできれば良いんだけどね)
見やった通路の先。
そこでは2機のカリバーンが異臭を放つ群を蹴散らしている。
4号機は【装甲硬化】の堅牢さによって爆発をものともせずに群の真っ只中で踊る。
群がる亡者をハンドミキサーの回転する刃で斬り裂き、無限軌道で轢き潰している。
その側で、2号機は両腕からフック付きのワイヤーを射出する。
次いでワイヤーに【氷霊武器】の冷気をまとわせる。
2本のワイヤーの周囲にいた脂虫どもが氷づけになり、砕け散る。
それでも敵の数は減らない。
『キリがないよ! スクワールは、舞奈はどこなの!?』
「背後から奇襲があった! 舞奈はそっちを相手してるよ」
スプラの泣き言に、口元を悔しげに歪めて答える。
復刻機に対抗できるのは復刻機だけだ。
そして舞奈の凄まじい強さはボーマンも何度も目にしてきた。
生身のメンバーへの被害を考慮すれば1対1の勝負に持ちこむのは最良の策だ。
だが、彼女をひとりで行かせたことに若干の不安と、そして罪悪感を拭い去れない。
ただ圧倒的に強いというだけの理由で自分たちが戦争の矢面に立たせているのは、年端もゆかぬ少女なのだ。
(無事でいてくれ、舞奈)
『く……何!?』
重機が激突する轟音。
ボーマンは通路の先に目を凝らす。
(……それより今は自分たちの心配をした方が良いみたいだね)
ピアースの2号機が、6本腕の装脚艇に組み伏せられていた。
――――――――――――――――――――
予告
掴み取った何かが指の隙間をすり抜ける。
振り向けば誰もいない。
ここは希望も光も届かぬ地の底。
栗鼠と子猫が邂逅する間に、もう1匹の異形がレジスタンスを襲撃する。
次回『決別』
Pierceは貫通の意。
Spla(sh)は飛沫の意。
果たして命の輝きは、闇を貫き飛沫をあげる光明と成り得るか?
シートに腰かけたまま周囲を見渡す。
目前に並ぶ、航空機顔負けなほど大量の計器やメーター。
見慣れたスクワールのコックピットだ。
「夢……見てたのか……? 何て夢見てたんだ、あたしって奴は」
口元を歪める。
夢の中の園香の言葉は、舞奈が知る園香が言いそうな言葉だった。
あの懐かしく寂しい夢は、レナとの対話が作り出した舞奈の妄想なのだろうか?
舞奈は園香を忘れられなかった。
そして許しを乞いたかったのだろう。
妄想の中での許しが現実の世界で意味を持つのかはわからないが。
「あたしはどのくらい眠ってた?」
『魔力王は約60秒間、意識を喪失していました』
「そっか」
ひとりごち、四肢が問題なく動くことを確認する。
派手にぶつけまくったらしく身体のあちこちが痛むが、それだけだ。
「なんとか無事みたいだ」
額をぬぐうと、手にべったりと血がついた。
「……頭以外は、な」
口元に乾いた笑みを浮かべると、夢の残滓を振り払うようにモニターを見やる。
周囲はコンクリートの大広間だ。
レナの魔術が創りあげた結界は、先ほどの攻撃で消えてしまったらしい。
「仔猫ちゃんはどこに行った……?」
舞奈は問いかけ、ふと思い出した。
爆発の寸前、スクワールはランドオッタに覆いかぶさった。
巻きこまれそうなレナを放っておけなかったから。だから次の瞬間、
「うわっ」
衝撃にうめく。
下敷きにしていたランドオッタに蹴り上げられたらしい。
『志門舞奈……どうして……?』
モニターの中でレナは訝しみ、
『ああっ! わたしの防御魔法を利用したのね! どこまで卑怯卑劣な!』
「なあ仔猫ちゃん。落ち着いて、訳がわかるように話してくれないか?」
『爆発の寸前、敵機の【斥力盾】による斥力場バリア内部への侵入に成功しました。電磁シールドとの相乗効果により空間振動弾のダメージを99パーセント軽減』
「そうかい」
尋ねた途端、横から返されたうんちくに雑な相槌を打つ。
でもまあ、よく考えれば自分の爆弾で消し飛びたくなければ防御するのは当然だ。
そこで舞奈はレナを守ろうと飛び出した。
だからレナといっしょにレナの防御魔法に守られる形になったのだ。
口元に笑みを浮かべ、操縦桿を傾けてランドオッタから距離をとる。
だが出力が上がらない。
「ダメージは99パーセント防いだんじゃなかったのか?」
『電磁シールドを最大出力で展開したため、現在、出力が大幅に低下しています』
知の宝珠の答えに舌打ちする。
モノリスによって宇宙からもたらされたヴリル・ドライブ。
舞奈はそれを事実上の永久機関と聞いていた。
だが大量のエネルギーを使用した直後には、流石に出力が低下するらしい。
「だいたい、エクスカリバーは剣の名前だって聞いてたんだがな」
『発生装置の形状から、未開惑星の現地住民に剣の鞘と誤認された事例が――』
「鞘って……もう勝手にしろよ」
口をヘの字に曲げる。
誰も彼もが舞奈の無知をあげつらった挙句に嘘を吹きこんでくるような気がした。
しかも次の瞬間、
『敵機の攻撃を確認。危険』
声は警告を発する。
同時にランドオッタの双眸から加粒子砲が放たれる。
スクワールは苦もなく避ける。
「もう止めろよ。おまえの母ちゃん、こういう揉めごと嫌いだったろ?」
『知ったような口を!』
レナは加粒子砲を乱射する。
金属片を使い切ったのか、あるいは術に必要な集中ができないか。
だが狙いすら定まっていない射撃など避けるまでもない。
「そりゃ知ってるからな! ……あいつのこと」
軽口を返す口元に笑みが浮かぶ。
あの頃、舞奈は園香を愛していた。嘘偽りなく。
その気持ちを思い出すことができたから。
だが途端、広間が軋み始めた。
『付近の建築物の構造が不安定化しています。危険』
「すぐに崩れそうな場所は?」
モニターに映しだされた地図を見やって舌打ちする。
先ほどの大型レーザー砲の衝撃で、通ってきた通路が脆くなっているらしい。
現に通路の天井からは瓦礫がパラパラと降りそそいでいる。
危険な状態なのは瞭然だ。
この通路が崩れると、レジスタンスたちと完全に分断されてしまう。
スロットルを引きしぼる。
出力の上がらない機動輪を無理やりに回して通路へ駆けこむ。
『あっ待ちなさい!』
「バカ野郎! 生き埋めになる気か!?」
追ってきたレナに叫ぶ。
だがランドオッタは止まらない。
推進装置を吹かして地面を駆けつつ、双眸の加粒子砲を放つ。
『わたしが泣くと、ママは抱きしめてくれた! すごく暖かかった! 優しかった!』
「知ってるよ! あたしだって抱いたし、抱かれたからな!」
粒子ビームを苦も無く回避。
お返しとばかりに頭部の機銃を見舞う。
だが高速移動するランドオッタにはかすりもしない。
「あいつ、小学5年のころからブラジャーしてたんだ! 凄かったぞ! シャツに描いてあった可愛い栗鼠が、胸の谷間でへし折られてカートゥーンみたいになってた!」
想い出に目を細める舞奈を、レナはにらみつける。
『栗鼠のシャツはわたしとおそろいよ! ネズミも、ウサギも、ハムスターも!』
「いや、それ、あいつがおっぱい大きいのを気にしてて、ネズミみたいに小さくなりたいって選んだ柄なんだ。……おまえには効果があってよかったな」
『うるさい!』
いきなりトーンダウンした舞奈にレナは怒鳴る。
2機が駆け抜ける通路は今にも崩れそうに軋む。
崩れ始めたコンクリートの欠片が加粒子砲と機銃を撃ちあう2機の間に降りそそぐ。
だが2人は口論を止めない。
互いに、口を閉じれば今まで繋ぎとめていた何かが消えてしまうとでもいうように。
『ママはあたしの誕生日にケーキを焼いてくれた! あの男に内緒で貯めたお金でね! 生クリームをたっぷり盛って、ロウソク立てて、いっしょに吹いてくれた!』
猫の双眸が加粒子砲を放つ。
栗鼠は避ける。
「あたしの誕生日にもな! イチゴや果物が山ほど乗って、生クリームもとろけるくらい美味くて、スポンジもふわふわだった! あいつは料理の腕も大人顔負けだった!」
舞奈は叫ぶ。
「オムライスだって食ったことあるぞ! ふわふわで、コトコト煮こんだ肉や野菜が口の中でとろける特製のスープがかかってた!」
絶叫しつつ、舞奈の口元には穏やかな笑みが浮かぶ。
地球の水準を遥かに超える宇宙の技術によって造られた復刻機を操りながら。
子供のように口論を続けながら。
園香がいたやわらかな日々が、彼女の記憶が脳裏に蘇る。
今はただ、園香を愛する友人と、園香のことを語り合いたかった。
舞奈の知らない園香のことを知りたかった。
『オムライス! ママの得意料理だったわ!!』
モニターの中でレナも叫ぶ。
『ママは言ってた! 大事な友達が好きだったからって、すごく嬉しそうに! それなのにおまえは……!!』
ランドオッタは一直線につっこんでくる。
両足の推進装置から光の粉が吹き散らされる。
『敵機、高速接近。攻撃手段ないし魔術の推測が不可能。速やかな回避を進言します』
警告に、舞奈は口元に浮かべたあいまいな笑みで答える。
操縦桿を握りしめる。
スクワールは動かない。
ランドオッタは頭からスクワールに激突する。
アラームが鳴り響く。
だが舞奈は笑みを崩さない。
鋼鉄の猫の背を、栗鼠の小ぶりな両腕がつかむ。
機動輪が床を削り、引き寄せるように後退する。
そんな2機の残像を、巨大なコンクリート塊が押しつぶした。
通路が連鎖的に倒壊を始めたのだ。
鋼鉄の栗鼠は、猫を抱きかかえたまま機動輪を回して地を駆ける。
状況に気づいたか、ランドオッタもスクワールを抱き返し、推進装置を吹かす。
倒壊に巻きこまれそうになった2機が、寸前にスピードを上げる。
『舞奈のくせに! 志門舞奈のくせに……!!』
通信機ごしに、レナはひとりごちるようにつぶやく。
「ああ、志門舞奈だからな」
舞奈はひとりごちるように答える。
「あいつは真神園香で、おまえは真神レナだ。……可愛い名前だな」
『レナちゃんって、ママは呼んでくれた』
そう言って彼女も微笑む。
その笑みが、可愛らしいと素直に思った。だから、
『わたしの名前を呼ぶとき、ママはいつだって、すっごく綺麗な表情で笑ってくれた』
「……ああ、知ってるさ」
舞奈も口元に笑みを浮かべる。
そのまましばらく機体を走らせたところで、瓦礫が崩れる音が止んだ。
倒壊はおさまったようだ。
舞奈は機体を止めて立ち止まる。
エンジンの負荷が限界に近かったのだ。
先方も事情は同じらしい。
2機の復刻機はコンクリートの床に座りこむように着地した。
『あっ、そうだわ!』
「なんだよ?」
『パスタは食べたことないでしょ?』
「そういえばないな。御馳走になる時には手間がかかるものばっかり作ってくれたし」
答えた途端、モニターの向こうでドヤ顔で笑うレナを見やり、
「いや、ないわけじゃないぞ」
小さくつぶやく。
「簡単だってあんまり勧めるもんだから、安売りのを買って帰って自分で茹でててみたんだ。塩ふってさ。……けどあれは不味かった」
『それをママのせいにしないでよ! 謝りなさい、パスタにも!』
叫ぶレナの表情に、やわらかな笑みが浮かぶ。
園香を守れなかったから、代わりに彼女の娘を守りたい。
もう園香を抱きしめる事はできないから、レナも甘い香りがするのか確かめたい。
そんな最低の願いを心の内に覆い隠すように、舞奈も口元を笑みの形に歪める。
その時、
『舞奈! 舞奈! 生きてる!?』
通信機から悲鳴のような叫びがあふれた。
「スプラか? こっちは今、カタがついた――」
『ピアースがやられた! 釈尊が……ああぁ!!』
「スプラ!? 糞ったれ!」
舞奈は操縦桿を握る。
『ゴートマンね。脂虫を使ってゲリラたちを足止めしている間に、わたしが力の宝珠を奪う手筈だったの』
「すまないレナ、ちょっと行って来る」
『ゲリラと合流するの?』
「ああ、仲間だからな」
事情を話すレナに、舞奈は何食わぬ表情で答える。
スプラは仲間だ。
たとえ彼が女の子じゃなくても、好意など持てなくても、おもらし君でも、仲間だ。
今の舞奈と数刻前の舞奈を繋ぐ記憶という名の過去の一部だ。
だから彼を見捨てて逃げることはできない。だから、
『ゴートマンは魔帝が108の魔力を与えて生み出した人造仏陀なの。ああ見えて魔力だけは強力よ。気をつけて』
「サンキュ、あのヤギ野郎を追っ払って、すぐ戻ってくるよ。そしたら、あいつのパスタの話、もっと聞かせてくれよ」
鋼の栗鼠は機動輪で床を蹴り、フルスロットルで駆け出した。
しばし時を遡る。
スクワールがランドオッタに追われて去った後の巨大地下通路。
「まったく! キリがないね!!」
ボーマンは小型拳銃を構えたまま毒づく。
次いで薄汚れた背広の胸と頭に2発、撃つ。
レジスタンスたちは迫り来る脂虫たちに押されていた。
もっとも火力で圧倒されている訳ではない。
輸送車は機関砲を掃射する。
超大口径ライフル弾の洗礼を受けた脂虫どもは砕けて飛び散る。
弾幕を抜けた敵はライフルが蜂の巣にする。
レジスタンスには自衛隊出身の猛者も多い。
彼らの活躍の賜物で、最初の爆発に巻きこまれた以外に犠牲者はいない。
敵の【断罪発破】は一度に複数を爆破させることはできないらしい。
近づかれすぎた脂虫が1匹ずつ爆発するだけなので、対処はしやすい。
だが、敵は隙を見せれば爆発する。
そんな奴らの集団への対処はレジスタンスたちの神経を急激にすり減らす。
加えて脂虫たちの数に限りはない。さらに、
(【断罪発破】だけじゃない。どこかに、こいつらを操ってる奴がいる)
男たちは同朋の残骸を乗りこえ、ゾンビのように向かってくる。
(あの2人で、なんとかできれば良いんだけどね)
見やった通路の先。
そこでは2機のカリバーンが異臭を放つ群を蹴散らしている。
4号機は【装甲硬化】の堅牢さによって爆発をものともせずに群の真っ只中で踊る。
群がる亡者をハンドミキサーの回転する刃で斬り裂き、無限軌道で轢き潰している。
その側で、2号機は両腕からフック付きのワイヤーを射出する。
次いでワイヤーに【氷霊武器】の冷気をまとわせる。
2本のワイヤーの周囲にいた脂虫どもが氷づけになり、砕け散る。
それでも敵の数は減らない。
『キリがないよ! スクワールは、舞奈はどこなの!?』
「背後から奇襲があった! 舞奈はそっちを相手してるよ」
スプラの泣き言に、口元を悔しげに歪めて答える。
復刻機に対抗できるのは復刻機だけだ。
そして舞奈の凄まじい強さはボーマンも何度も目にしてきた。
生身のメンバーへの被害を考慮すれば1対1の勝負に持ちこむのは最良の策だ。
だが、彼女をひとりで行かせたことに若干の不安と、そして罪悪感を拭い去れない。
ただ圧倒的に強いというだけの理由で自分たちが戦争の矢面に立たせているのは、年端もゆかぬ少女なのだ。
(無事でいてくれ、舞奈)
『く……何!?』
重機が激突する轟音。
ボーマンは通路の先に目を凝らす。
(……それより今は自分たちの心配をした方が良いみたいだね)
ピアースの2号機が、6本腕の装脚艇に組み伏せられていた。
――――――――――――――――――――
予告
掴み取った何かが指の隙間をすり抜ける。
振り向けば誰もいない。
ここは希望も光も届かぬ地の底。
栗鼠と子猫が邂逅する間に、もう1匹の異形がレジスタンスを襲撃する。
次回『決別』
Pierceは貫通の意。
Spla(sh)は飛沫の意。
果たして命の輝きは、闇を貫き飛沫をあげる光明と成り得るか?
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある
柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった
王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。
リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。
「わかりました。あなたには、がっかりです」
微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる