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第4章 あやまちと後悔を積み重ねた城で
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「何でもお見通しってわけね……」
舞奈の腕の中で、レナは力なく微笑んだ。
「お見通しなら、こんなことになるかよ!!」
舞奈は赤く染まったシートを見やる。
半壊状態の釈尊が放った無数の弾丸。
うちひとつがスクワールをかばったランドオッタのコックピットを貫いていたのだ。
舞奈は悔やんだ。
魔術師であるレナの前で、ゴートマンは無力だとタカをくくっていた。
その結果がこの様だ。
修復された釈尊が非魔法の攻撃手段を得ていることなど予測できたはずなのに。
舞奈の選んだ答えはいつも間違っていた。
その代償に多くのものを失った。
今度は、ようやく心を通わせることができた少女だった。
「あんたなんかかばうわけないでしょ……ママのためよ……」
強気な、けれども優しげな瞳が舞奈を見やる。
「何……泣いてるのよ……」
挑発するポーズを装いながら、上手くいかなくて、
「分かったわ……志門舞奈……そうやって……ママをたらしこんだのね……?」
「たらしこんでなんて……」
「手当たり次第のくせに……。そうやって本気で口説いて……本気で泣いて……。だから……気づくとあんたのこと……本気で好きになってた……」
レナの口元に自然であたたかな笑みが浮かぶ。
舞奈もぎこちなく笑う。
「やっと分かった……ママ……笑ってた……。最後に……あんたのこと……」
レナは焦点のあわない瞳で舞奈を見やる。
「それに……あんたにもいるでしょ……? いちばん……好きな子が……」
「え……?」
「まさか、気づいてないと思ってたの……? あんたは……わたしを本気で愛してくれた……でもわたしはあんたのいちばんじゃない……悔しいけどね……」
口元が、乾いた笑みの形に歪む。
そして舞奈も同じように。
気づいていなかったわけじゃない。
これまでずっと、たぶん、時を越えてこの時代にあらわれた1年前からずっと、舞奈はレナじゃない誰かの面影を探していた。
目に映るもの全てに彼女の影を感じようとしていた。
けど出会えるはずもない彼女を想い続けることが辛くて、彼女から目を背けた。
それでも彼女を忘れられずに、彼女の面影を誰かに重ねようとしていた。だから、
「すまない……」
ひとりごちるように、ささやく。
彼女を死に追いやったのは自分の中途半端な執着だと、分かっているから。
それでもレナは微笑む。
「ばか……あやまってないで……とっとと行きなさいよ……あんた……の…………わたしには……ママがいる……から……」
舞奈はレナを見つめる。
レナは手にした何かを舞奈の手に押しつける。舞奈はレナの華奢な手を握りしめる。
「魔帝に賜った……お守り……もうわたしには……必要……な……い……」
レナは夢見るように笑う。
「ママに会うの……久ぶりなの……お話したいこと……いっぱい……。あんたのことも話してあげるわ……意外に良い奴だったって……。ねぇ……さいご……に…………」
その言葉の最後は、かすれて聞きとれなかった。
舞奈はレナの額にキスをする。
21年前に、園香にそうしていたように。
「……りがとう……ママ…………」
レナは夢見るように笑う。
その身体から力が抜けた。
舞奈はレナを見やる。
感情が焼ききれたように穏やかな瞳で、じっと見やる。
レナがいなくなった事実から目を背けるように、手渡されたお守りを見やる。
それはケースに入れられた1発の弾丸だった。
銀色の弾頭に刻印を施された弾丸は、45口径の破魔弾。
世界を廃墟に変えた魔帝に相応しい物騒なお守りに乾いた笑みを浮かべ、少女の身体をシートに横たえる。
レナの胸でロケットがゆれた。
おそらく母親の形見であろうそれには、1年前の舞奈の写真が収められていた。
舞奈はコートを脱ぎ、眠るように横たわるレナにかける。
中に着こんでいたジャケットの、その下にかけていたロケットを手に取る。
そこでは園香が微笑んでいた。1年前の、あるいは21年前の。
舞奈は首からロケットをはずすと、レナの白い掌に2つのロケットを握らせる。
代わりに銀色の弾丸をジャケットのポケットにねじこむ。
「行ってくるよ。レナ、園香」
そして立ち上がり、ランドオッタのコックピットから飛び下りる。
ピンク色のジャケットがはためく。
赤いキュロットからのびるしなやかな脚が床を踏みしめる。
21年前、仕事人だった頃にそうしていたように。
「あんまり待たせると怒るしな、あいつ」
愛機へ向かって歩き出す。
そして――
「――あれは2年生になった最初の登校日だったな」
舞奈の脳裏を忘れ去ったはずの過去がよぎる。
20年の時を超える前の、さらに以前。
舞奈と彼女が仕事人になるより少しばかり前の記憶。
思いおこせば、あの時も今と同じ灰色の世界にいた気がする。
愛するものすべてを失って、周りのもの全てが色のない夢の中のように見えていた。
それまで家族のように暮らした少女を失って天涯孤独の身となった舞奈は、生きる意味も新たな絆も見出せないまま、彩色を失った世界でただ暮らしていた。
「鉛色の雲が一面に広がってさ、今にも泣き出したくて、でも涙も出ないような、そんな空だった。そいつは、あたしの2つ斜め前の席にいた」
ひとりごちる。
その頃の舞奈にとって、目に映るもの全てがどうでもいいものだった。
だが、あの陰鬱な空の色だけははっきりと覚えている。
そして彼女のことも。
長い黒髪を綺麗に切りそろえた、線の細い華奢な少女だった。
舞奈の視線に誘われるように、彼女も舞奈を見つめた。
「……ひと目見て、あたしはそいつのことが大嫌いになった」
それは陰鬱な空よりなお暗い瞳だった。
舞奈の灰色の世界に落ちたドス黒い異物だった。
自分ではどうすることもできない何かへの怨恨、憎悪、人間が世界に向け得る後ろ暗い感情の全てがその瞳にこめられているような、そんな瞳だった。
家族を失った舞奈が通り過ぎた居場所。
捨て去ったはずのもの。
それらを彼女はこれ見よがしに見せつけた。
「あたしには律儀に世界を憎悪するそいつが壁を殴り続けるバカみたいに思えた。けどそいつからは、あたしは世界に迎合した裏切りものに見えてたんだろうな」
口元が乾いた笑みの形に歪む。
舞奈と彼女は反目しあった。
事あることに争い、いがみ合い、時には本気で殺しあったこともあった。
そして、いつの間にか――
「――最高のパートナーになってた」
言って懐かしむような微笑を浮かべる。
「生まれも育ちも考え方も正反対なのに、似たもの同士だって気づいちまった。2人ともな。だから2人して仕事人なんて危険なバイトを始めて、気がつくと毎日をそれなりに面白おかしく暮らしてた」
ひとりごちながら引鉄を引く。
外部モニターの中で、車体を撃ち抜かれたスピアマンが爆ぜる。
「あたしは女の尻を追いかけるただのバカになってた。そしてそいつは――」
興味もなさそうにモニターを見やる。
ゆっくりと歩むスクワールの背後には、累々と連なる敵機の残骸。
正確な撃破数はわからない。
100を超えたあたりで面倒になって数えるのを止めた。
とりあえず、通常モードなら半永久的に撃てるというプラズマ砲はすごいと思った。
「――いや、おまえは、生真面目なただの優等生になってた」
敵拠点の中枢を守備する最新鋭機を手慰みに屠りながら、言葉を続ける。
虚空に向けて3発、撃つ。
目前に3機の【偏光隠蔽】が出現し、爆ぜる。
舞奈はレナが遺してくれた道順に従い、魔帝が待つ中枢へ向かっていた。
「世界の全てを憎む悪魔の子供が、3年足らずで怪異からご近所を守る正義の魔法使いになっちまったんだ。21年かかってどう変わろうが、別に驚きゃしないさ」
わき道からあらわれた5機を順番に墜とし、背後をとったつもりの1機を撃ち抜く。
彼らの異能力はわからない。どうでもいい。
天井と壁は、ねじれた鋼鉄の樹の根に覆われた機械の森のように、大小さまざまなパイプが絡み合っている。頭上には林檎を思わせる金属球が吊り下がっている。
あの鈍く輝く球が割れて、中から失ったもの全てが出てくると良いのにな。
そう願った。
だがそれが無意味な夢物語であると理解していた。
ずっと前にも、そんな妄想を語って友人に笑われたことがあることを思い出した。
舞奈は黒髪の少女の顔を脳裏に描こうと試みる。
だが彼女の顔をはっきりとは思い出せない。
いつも側にいた彼女とは、顔を合わせるたびに軽口を叩き、ときには口論し、そして彼女が余所見をした途端、吸い寄せられるようにその横顔を盗み見た。
だから舞奈の記憶を占める彼女の顔は、端正な横顔だった。
きっちり切りそろえられた美しい黒髪だった。
思えば、この時代に跳ばされてからずっと、舞奈は友人の影を探し求めていた。
仕事人の仕事を思い出す異能力に、魔術に、戦闘のスリルに、魔術師に。
なにより幾度も彼女との他愛ない口喧嘩の争点となった、女の子への態度に。
過去を捨てきれない舞奈の中の、いちばん重たいものが彼女だった。
この灰色の世界で、舞奈が見つけて守ろうとしたものは全部壊れて消えた。
守りたかったものは、気づいた時にはなくなっていた。
だが、舞奈は彼女と出会ってすらいない。
ずっと彼女の面影を探しているのに、彼女を見つけてすらいない。否――
門番代わりに配置された8機の【装甲硬化】を8発で墜とす。
砲塔と車体の隙間を正確無比に穿ったのだ。
その程度は舞奈にとって造作ない。
守備部隊の沈黙を確認。
最後のゲートをスーパーチャージでぶち破る。
歩み入った先は、荘厳な銅色の大広間だった。
装脚艇のダンスパーティーが開催できそうな大広間だ。
目がくらむほど高い天井からは、林檎を思わせる金属球が無数に吊り下がっている。
そして、部屋の中心には、ひとつの機影。
『ヘッジホッグと推測』
耳に馴染んだ知の宝珠の声。
『ミルディン・インダストリアとウォーダン・ワークスが汎用次世代機として共同開発した機甲艇です。反重力発生デバイスを標準装備することにより、重力環境下における装備可能重量が大幅に上昇しています』
「そうかい」
声にぞんざいな返事を返し、外部モニターを見やる。
モニターの中で、これまで見たより更に異形の機体が浮かんでいた。
装脚艇と同じサイズの、ぐんじょう色の球体だ。
6本の腕を生やし、それぞれが車載用とおぼしき重火器を握りしめている。
機関砲に、巨大な杖に、ミサイルランチャーと思しきコンテナ。
そして球体そのものにも無数の銃座が起立し、まるで空飛ぶハリネズミだ。
『ヘッジホッグのヴリル・ドライブと反重力デバイスは本体下面に露出しています』
「あの出っ張ったナニがそうか。ずいぶん無防備だな」
『構造上の止むを得ない問題です』
「そうかい」
声に釣られてモニター内の敵機を見やる。
機外に派手にでっぱっている、機体の要であるはずの各種デバイス。
いちおう装甲で守られてはいるものの、かなり広い隙間がある。
舞奈なら射抜くことは容易い。
だが相手は防御魔法で身を固め、苛烈な攻撃魔法をぶつけてくるはずだ。
急所を狙う以前に近づくことすら叶わぬほどに。
何故なら彼女は舞奈を知っているし、舞奈も彼女を知っている。誰よりも。
「パイロットの名前は言えるか?」
『魔帝です』
「……そうかい」
コックピットに響く知の宝珠の答えに生返事を返す。
外部モニターに映った鋼鉄のハリネズミを見やる。
「相変わらず好きだよな、おまえ。ぐんじょう色」
口元を寂しげな、そして乾いた笑みの形に歪める。
そして、ひとりごちる。
――ひさしぶりだな、明日香。
――――――――――――――――――――
予告
天地を貫く巨悪の諸元。
辿り着いた魔砦最上階で舞奈を待ち受けていたのは最後に残された過去の残滓。
獣と異形。
銃技と魔術。
遥かな過去に轡を並べた2人の猛者が激突する。
次回『魔帝』
過去と現在の全てをかけた決戦の火蓋が今、切られる。
舞奈の腕の中で、レナは力なく微笑んだ。
「お見通しなら、こんなことになるかよ!!」
舞奈は赤く染まったシートを見やる。
半壊状態の釈尊が放った無数の弾丸。
うちひとつがスクワールをかばったランドオッタのコックピットを貫いていたのだ。
舞奈は悔やんだ。
魔術師であるレナの前で、ゴートマンは無力だとタカをくくっていた。
その結果がこの様だ。
修復された釈尊が非魔法の攻撃手段を得ていることなど予測できたはずなのに。
舞奈の選んだ答えはいつも間違っていた。
その代償に多くのものを失った。
今度は、ようやく心を通わせることができた少女だった。
「あんたなんかかばうわけないでしょ……ママのためよ……」
強気な、けれども優しげな瞳が舞奈を見やる。
「何……泣いてるのよ……」
挑発するポーズを装いながら、上手くいかなくて、
「分かったわ……志門舞奈……そうやって……ママをたらしこんだのね……?」
「たらしこんでなんて……」
「手当たり次第のくせに……。そうやって本気で口説いて……本気で泣いて……。だから……気づくとあんたのこと……本気で好きになってた……」
レナの口元に自然であたたかな笑みが浮かぶ。
舞奈もぎこちなく笑う。
「やっと分かった……ママ……笑ってた……。最後に……あんたのこと……」
レナは焦点のあわない瞳で舞奈を見やる。
「それに……あんたにもいるでしょ……? いちばん……好きな子が……」
「え……?」
「まさか、気づいてないと思ってたの……? あんたは……わたしを本気で愛してくれた……でもわたしはあんたのいちばんじゃない……悔しいけどね……」
口元が、乾いた笑みの形に歪む。
そして舞奈も同じように。
気づいていなかったわけじゃない。
これまでずっと、たぶん、時を越えてこの時代にあらわれた1年前からずっと、舞奈はレナじゃない誰かの面影を探していた。
目に映るもの全てに彼女の影を感じようとしていた。
けど出会えるはずもない彼女を想い続けることが辛くて、彼女から目を背けた。
それでも彼女を忘れられずに、彼女の面影を誰かに重ねようとしていた。だから、
「すまない……」
ひとりごちるように、ささやく。
彼女を死に追いやったのは自分の中途半端な執着だと、分かっているから。
それでもレナは微笑む。
「ばか……あやまってないで……とっとと行きなさいよ……あんた……の…………わたしには……ママがいる……から……」
舞奈はレナを見つめる。
レナは手にした何かを舞奈の手に押しつける。舞奈はレナの華奢な手を握りしめる。
「魔帝に賜った……お守り……もうわたしには……必要……な……い……」
レナは夢見るように笑う。
「ママに会うの……久ぶりなの……お話したいこと……いっぱい……。あんたのことも話してあげるわ……意外に良い奴だったって……。ねぇ……さいご……に…………」
その言葉の最後は、かすれて聞きとれなかった。
舞奈はレナの額にキスをする。
21年前に、園香にそうしていたように。
「……りがとう……ママ…………」
レナは夢見るように笑う。
その身体から力が抜けた。
舞奈はレナを見やる。
感情が焼ききれたように穏やかな瞳で、じっと見やる。
レナがいなくなった事実から目を背けるように、手渡されたお守りを見やる。
それはケースに入れられた1発の弾丸だった。
銀色の弾頭に刻印を施された弾丸は、45口径の破魔弾。
世界を廃墟に変えた魔帝に相応しい物騒なお守りに乾いた笑みを浮かべ、少女の身体をシートに横たえる。
レナの胸でロケットがゆれた。
おそらく母親の形見であろうそれには、1年前の舞奈の写真が収められていた。
舞奈はコートを脱ぎ、眠るように横たわるレナにかける。
中に着こんでいたジャケットの、その下にかけていたロケットを手に取る。
そこでは園香が微笑んでいた。1年前の、あるいは21年前の。
舞奈は首からロケットをはずすと、レナの白い掌に2つのロケットを握らせる。
代わりに銀色の弾丸をジャケットのポケットにねじこむ。
「行ってくるよ。レナ、園香」
そして立ち上がり、ランドオッタのコックピットから飛び下りる。
ピンク色のジャケットがはためく。
赤いキュロットからのびるしなやかな脚が床を踏みしめる。
21年前、仕事人だった頃にそうしていたように。
「あんまり待たせると怒るしな、あいつ」
愛機へ向かって歩き出す。
そして――
「――あれは2年生になった最初の登校日だったな」
舞奈の脳裏を忘れ去ったはずの過去がよぎる。
20年の時を超える前の、さらに以前。
舞奈と彼女が仕事人になるより少しばかり前の記憶。
思いおこせば、あの時も今と同じ灰色の世界にいた気がする。
愛するものすべてを失って、周りのもの全てが色のない夢の中のように見えていた。
それまで家族のように暮らした少女を失って天涯孤独の身となった舞奈は、生きる意味も新たな絆も見出せないまま、彩色を失った世界でただ暮らしていた。
「鉛色の雲が一面に広がってさ、今にも泣き出したくて、でも涙も出ないような、そんな空だった。そいつは、あたしの2つ斜め前の席にいた」
ひとりごちる。
その頃の舞奈にとって、目に映るもの全てがどうでもいいものだった。
だが、あの陰鬱な空の色だけははっきりと覚えている。
そして彼女のことも。
長い黒髪を綺麗に切りそろえた、線の細い華奢な少女だった。
舞奈の視線に誘われるように、彼女も舞奈を見つめた。
「……ひと目見て、あたしはそいつのことが大嫌いになった」
それは陰鬱な空よりなお暗い瞳だった。
舞奈の灰色の世界に落ちたドス黒い異物だった。
自分ではどうすることもできない何かへの怨恨、憎悪、人間が世界に向け得る後ろ暗い感情の全てがその瞳にこめられているような、そんな瞳だった。
家族を失った舞奈が通り過ぎた居場所。
捨て去ったはずのもの。
それらを彼女はこれ見よがしに見せつけた。
「あたしには律儀に世界を憎悪するそいつが壁を殴り続けるバカみたいに思えた。けどそいつからは、あたしは世界に迎合した裏切りものに見えてたんだろうな」
口元が乾いた笑みの形に歪む。
舞奈と彼女は反目しあった。
事あることに争い、いがみ合い、時には本気で殺しあったこともあった。
そして、いつの間にか――
「――最高のパートナーになってた」
言って懐かしむような微笑を浮かべる。
「生まれも育ちも考え方も正反対なのに、似たもの同士だって気づいちまった。2人ともな。だから2人して仕事人なんて危険なバイトを始めて、気がつくと毎日をそれなりに面白おかしく暮らしてた」
ひとりごちながら引鉄を引く。
外部モニターの中で、車体を撃ち抜かれたスピアマンが爆ぜる。
「あたしは女の尻を追いかけるただのバカになってた。そしてそいつは――」
興味もなさそうにモニターを見やる。
ゆっくりと歩むスクワールの背後には、累々と連なる敵機の残骸。
正確な撃破数はわからない。
100を超えたあたりで面倒になって数えるのを止めた。
とりあえず、通常モードなら半永久的に撃てるというプラズマ砲はすごいと思った。
「――いや、おまえは、生真面目なただの優等生になってた」
敵拠点の中枢を守備する最新鋭機を手慰みに屠りながら、言葉を続ける。
虚空に向けて3発、撃つ。
目前に3機の【偏光隠蔽】が出現し、爆ぜる。
舞奈はレナが遺してくれた道順に従い、魔帝が待つ中枢へ向かっていた。
「世界の全てを憎む悪魔の子供が、3年足らずで怪異からご近所を守る正義の魔法使いになっちまったんだ。21年かかってどう変わろうが、別に驚きゃしないさ」
わき道からあらわれた5機を順番に墜とし、背後をとったつもりの1機を撃ち抜く。
彼らの異能力はわからない。どうでもいい。
天井と壁は、ねじれた鋼鉄の樹の根に覆われた機械の森のように、大小さまざまなパイプが絡み合っている。頭上には林檎を思わせる金属球が吊り下がっている。
あの鈍く輝く球が割れて、中から失ったもの全てが出てくると良いのにな。
そう願った。
だがそれが無意味な夢物語であると理解していた。
ずっと前にも、そんな妄想を語って友人に笑われたことがあることを思い出した。
舞奈は黒髪の少女の顔を脳裏に描こうと試みる。
だが彼女の顔をはっきりとは思い出せない。
いつも側にいた彼女とは、顔を合わせるたびに軽口を叩き、ときには口論し、そして彼女が余所見をした途端、吸い寄せられるようにその横顔を盗み見た。
だから舞奈の記憶を占める彼女の顔は、端正な横顔だった。
きっちり切りそろえられた美しい黒髪だった。
思えば、この時代に跳ばされてからずっと、舞奈は友人の影を探し求めていた。
仕事人の仕事を思い出す異能力に、魔術に、戦闘のスリルに、魔術師に。
なにより幾度も彼女との他愛ない口喧嘩の争点となった、女の子への態度に。
過去を捨てきれない舞奈の中の、いちばん重たいものが彼女だった。
この灰色の世界で、舞奈が見つけて守ろうとしたものは全部壊れて消えた。
守りたかったものは、気づいた時にはなくなっていた。
だが、舞奈は彼女と出会ってすらいない。
ずっと彼女の面影を探しているのに、彼女を見つけてすらいない。否――
門番代わりに配置された8機の【装甲硬化】を8発で墜とす。
砲塔と車体の隙間を正確無比に穿ったのだ。
その程度は舞奈にとって造作ない。
守備部隊の沈黙を確認。
最後のゲートをスーパーチャージでぶち破る。
歩み入った先は、荘厳な銅色の大広間だった。
装脚艇のダンスパーティーが開催できそうな大広間だ。
目がくらむほど高い天井からは、林檎を思わせる金属球が無数に吊り下がっている。
そして、部屋の中心には、ひとつの機影。
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耳に馴染んだ知の宝珠の声。
『ミルディン・インダストリアとウォーダン・ワークスが汎用次世代機として共同開発した機甲艇です。反重力発生デバイスを標準装備することにより、重力環境下における装備可能重量が大幅に上昇しています』
「そうかい」
声にぞんざいな返事を返し、外部モニターを見やる。
モニターの中で、これまで見たより更に異形の機体が浮かんでいた。
装脚艇と同じサイズの、ぐんじょう色の球体だ。
6本の腕を生やし、それぞれが車載用とおぼしき重火器を握りしめている。
機関砲に、巨大な杖に、ミサイルランチャーと思しきコンテナ。
そして球体そのものにも無数の銃座が起立し、まるで空飛ぶハリネズミだ。
『ヘッジホッグのヴリル・ドライブと反重力デバイスは本体下面に露出しています』
「あの出っ張ったナニがそうか。ずいぶん無防備だな」
『構造上の止むを得ない問題です』
「そうかい」
声に釣られてモニター内の敵機を見やる。
機外に派手にでっぱっている、機体の要であるはずの各種デバイス。
いちおう装甲で守られてはいるものの、かなり広い隙間がある。
舞奈なら射抜くことは容易い。
だが相手は防御魔法で身を固め、苛烈な攻撃魔法をぶつけてくるはずだ。
急所を狙う以前に近づくことすら叶わぬほどに。
何故なら彼女は舞奈を知っているし、舞奈も彼女を知っている。誰よりも。
「パイロットの名前は言えるか?」
『魔帝です』
「……そうかい」
コックピットに響く知の宝珠の答えに生返事を返す。
外部モニターに映った鋼鉄のハリネズミを見やる。
「相変わらず好きだよな、おまえ。ぐんじょう色」
口元を寂しげな、そして乾いた笑みの形に歪める。
そして、ひとりごちる。
――ひさしぶりだな、明日香。
――――――――――――――――――――
予告
天地を貫く巨悪の諸元。
辿り着いた魔砦最上階で舞奈を待ち受けていたのは最後に残された過去の残滓。
獣と異形。
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