中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ

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本編

百合子の回想_青年期1(百合子視点)

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 <百合子視点>


 季節は秋から冬へと移ろう頃。
 このころ私は女学校を卒業し、父の勧めで華道と茶道の教室に通うようになっておりました。
 家の庭に風が抜けるたび、縁側から見える木々の枯葉がちらちらと舞い、美しくて、そしてどこか寂しい。

「……今日は寒いですね」

 後ろから聞こえてきたのは、少し低くなった清一さんの声。

「百合子さん。お茶を持ってきました」

 振り返ると、湯気の立つ湯呑を盆に乗せた清一さんが、静かに立っています。
 あのとき川で助けてから、彼は一変しました。言葉少なではあるけれど、逃げるようなことはなくなり、私のそばにそっと寄り添ってくれるようになったのです。

 それでも、彼は私を「お姉さん」とは呼ばず、「百合子さん」と呼びました。
 その響きがなんだか他人行儀で、私は少し寂しく感じておりました。

「ありがとう、清一さん。ちょうど欲しいと思っていたところなの」

「どうぞ」

 彼は私の向かいに正座し、じっと私の表情を見つめます。
 私は見られていることが落ち着かず、静かにお茶をすすってみました。


 いつからだったでしょう。
 清一さんの背丈はとうに私を追い越し、声も低く、落ち着いたものに変わっていました。
 細かった腕にはしなやかな筋肉がつき、衣服の下から覗く首元も、どこか逞しさを帯びています。
 私が清一さんばかりずるいわと言うと、
「最近、身体を鍛えているのです。お父様のすすめで」
 そう笑った清一さんは、もう少年ではなく、しっかりと“男性”の顔をしていました。


「……最近、軍に志願する級友が増えてきました」

 ふいに、彼が言いました。

「誰かが行かなければ、いけない。でも、自分が行ったら、百合子さんが悲しむんじゃないかって……そう考えると、どうしても決断がつかないんです」

「清一さん……」

「百合子さん」

 急に名前を呼ばれて、私は少し驚きます。

「はい」

「……百合子さんは、僕の気持ちにもうお気づきでしょう」

 さらりとした口調ではありませんでした。
 まるで、体の奥底から掘り出したような声だったのです。

 私は思わず息を呑みました。

 ずっと弟のように思っていました。あの細い背を守らなければと、姉のような気持ちで。
 でも、いつからか彼の視線に――静かで、けれど熱のある眼差しに、私は気づかないふりをしていたのです。

「……清一さん」

 私が名を呼ぶと、彼はまっすぐこちらを見ました。
 少年の頃のような不安げな目ではない。
 ただ、真剣に、私というひとりの女性を見つめて。

「私、年上なのよ。あなたよりも、二つも」

「それでも、僕は……百合子さんが好きです。昔も今も、ずっと……」

 静かで、けれど確かに響く言葉。
 風が庭の葉を揺らす音。

 私は膝の上で組んだ手をぎゅっと握りしめました。

 胸が、苦しい。
 これはたぶん――とても嬉しくて、そして、少しだけ怖い気持ち。

 どう返事をすればよいのか分からない。
 けれど、ただひとつ言えることは、目の前にいるこの人は――もう、私の知っている“弟”ではありませんでした。

「……百合子さんは、僕のこと……子どもに見えますか?」

 彼は不意に、そんなことを聞いてきました。

「そんなことないわ……」

 取り繕おうとするけれど、言葉が追いつかない。
 清一さんは、ゆっくりと立ち上がり、そっと私の前に膝をつきます。

「あの日……川で助けてくださったあのときから、僕は百合子さんのことをずっと……」

 息が止まりそうでした。

 近くで見る清一さんの顔は、どこまでもまっすぐで美しい。
 目をそらそうとしても、引き込まれてしまいそう。

 唇が動いた。けれど声にならない、小さな言葉。

「……だめよ」

「どうしてですか」

「だって、あなたは……」

 ――まだ若いもの。
 ――私なんかより、きっともっと似合う人が。

 言葉にならない想いが胸の奥で渦巻く。
 それを押し込めて、私は顔を背けました。

 そのとき。

 そっと、私の手が取られたのです。

「僕は……百合子さんじゃないと、だめなんです」

 手のひらから伝わる熱が、心をじんわりと溶かしていきます。
 大きくなったその手が、私の手を優しく包み込んでおりました。

 思えば――あの川の日から、私たちの関係は、少しずつ、でも確かに変わってゆきました。
 それが、今ここで、言葉になっただけ。

 私はそっと息を吐いて、彼の手を見下ろします。
 しっかりとした骨格。日に焼けた指先。
 ああ、こんなにも男の人の手になったのね、清一さん。

「……もう少し、考えさせてください」

 やっとの思いで、そう口にした私に、彼は静かに頷きました。

「はい。待ちます。何年でも」

 その言葉に、私の胸がまたきゅっと痛んだのです。
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