中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ

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本編

初夜にて

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 侍女のローラが静かに髪をほどき、ゆっくりと背中の編み上げを緩めていく。 しっとりと湿った肌に風が触れると、体が小さく震えた。

「奥様、入浴のご用意が整いました」

 穏やかに告げる声に、エマはこくりと頷いた。
 浴室に向かいながら、心は落ち着かなかった。


 ──きっと今夜、伯爵様と一夜を共にすることになるでしょう。


 当然のことだ。結婚とはそういうもの。
 でも、この体では初めてだった。
 百合子だったころの記憶はあるけれど……あれはもう、何十年も昔のこと。 

 温かな湯に浸かりながら、エマは胸に手を置いた。
 心臓の鼓動が少し早い。

 たぶん少し、怖い。
 羞恥とか、期待とか、何もかもが入り混じっていて、落ち着かない。

「奥様、お支度は整いました」

 ローラが再び声をかけてくれる。壮年の淑女らしく、落ち着いた声だ。
 でも、エマはその「奥様」という響きに、どこか気恥ずかしさを覚えてうつむいた。

 支度が終わった寝室は、ろうそくの柔らかな灯りに照らされていた。
 白いシーツと静かな香の香り。隣のベッドには誰もいない。
 エマは落ち着かず、椅子に腰を下ろすと、傍らに置かれたワインに気づいた。

 ……少しだけなら。 

 はしたないかもしれないけれど、気が紛れるかもしれない。

 そう思って一口、また一口。
 今日は朝からあわただしく、疲れた体に染みるようだった。
 喉を通るたび、少しずつ身体がぽうっと温かくなっていく。

 そんなときだった。扉がそっと開いた。

 「エマ嬢……?」

 入ってきたセイルは、驚いたようにこちらを見つめていた。

 エマはぼんやりとその姿を見上げ、微笑んだ。
 頬が火照っているのは、たぶんワインのせい。

「伯爵様……来てくださったのですね」

 そう言って立ち上がると、ふらついた体をセイルが支えてくれた。
 近くで見るセイルの顔は、少し心配そうで、けれど優しかった。

 エマは思わず、その頬に手を添えた。

 清一さんと、同じ顔。
 すべすべとした肌の感触に、どこか安心してしまう。
 そして、小さく囁く。

「……ふふ、大好きよ」

 それは、少し酔った勢いもあったのだろう。
 けれど確かに、心からの言葉だった。

 セイルは息を呑み、抱き上げるようにエマをベッドへ運んだ。

「貴女は……」

 その声は、優しくも戸惑っていた。
 けれど、彼が何かを言う前に――

 エマはすぅ、と穏やかな寝息を立て始めた。

 セイルはしばらく驚いたように彼女を見つめていたが、やがて小さく息を吐き、彼女の髪をそっと撫でた。

「……罪深いことだ」

 そして、彼女の隣にそっと腰を下ろすと、蝋燭の火をひとつずつ消していった。

 静かな夜が、ゆっくりと更けていった。
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