88 / 120
本編
黒い瞳
しおりを挟む
リーリエ領の北の果て。
木々の枝葉が空を覆い隠すように生い茂る奥地に、その家はひっそりと佇んでいた。
粗末な一つ屋根の家。その脇には小さな畑が耕され、見慣れぬ薬草が風に揺れている。
セイルは入り口を探して家の周囲を歩いていた。と、不意に林のほうから小さな足音が近づく。
振り向けば、年のころ十歳ほどの少女が、おさげ髪を揺らしてこちらを覗き込んでいた。
「おじさん、患者さん?」
好奇心を隠そうともせず、少女は目を輝かせる。
「このあたりに薬を扱う女性がいると聞いて……君は、何か知っているかい」
問いかけに、少女は花のような笑顔を咲かせた。
「ついてきて!」
駆け出す少女の背を追い、セイルは家の裏手に回る。そこには小さな扉があり、どうやら診療所の入口らしかった。
「おじさん、どこか痛いの?」
「いや……私の妻が病気なんだ」
「そうなの? でも大丈夫だよ。ママはね、どんな病気でも治せちゃう世界一のお医者さんなの!」
あどけない声に、セイルの胸を締めつけていた不安が、わずかに和らぐ。
そのとき。
「ユーリ!!! いつまで遊んでるの! 薬草は取ってきたの!?」
家の中から鋭い声が響き、少女はびくりと肩を震わせた。おずおずと家の扉を押し開けながら振り返る。
「ママ……迷子のおじさんがいたから、連れてきてあげたんだよ」
少女のあとに続き、セイルもそっと家の中を覗く。
そこは「魔女の家」という噂には似つかわしくない、整然とした診療所だった。棚には薬瓶が並び、かすかな消毒液の匂いが漂う。
ふと、一人の女性が奥から顔を覗かせた。
すらりとした長身に、着慣れた白衣、静かな物腰。
「こんにちは。患者さんですね? どうされましたか」
長い黒髪と、深く黒い瞳。
セイルは息を呑んだ。
この世界で、自分と同じ色の瞳を持つ者に出会うのは、初めてだった。
木々の枝葉が空を覆い隠すように生い茂る奥地に、その家はひっそりと佇んでいた。
粗末な一つ屋根の家。その脇には小さな畑が耕され、見慣れぬ薬草が風に揺れている。
セイルは入り口を探して家の周囲を歩いていた。と、不意に林のほうから小さな足音が近づく。
振り向けば、年のころ十歳ほどの少女が、おさげ髪を揺らしてこちらを覗き込んでいた。
「おじさん、患者さん?」
好奇心を隠そうともせず、少女は目を輝かせる。
「このあたりに薬を扱う女性がいると聞いて……君は、何か知っているかい」
問いかけに、少女は花のような笑顔を咲かせた。
「ついてきて!」
駆け出す少女の背を追い、セイルは家の裏手に回る。そこには小さな扉があり、どうやら診療所の入口らしかった。
「おじさん、どこか痛いの?」
「いや……私の妻が病気なんだ」
「そうなの? でも大丈夫だよ。ママはね、どんな病気でも治せちゃう世界一のお医者さんなの!」
あどけない声に、セイルの胸を締めつけていた不安が、わずかに和らぐ。
そのとき。
「ユーリ!!! いつまで遊んでるの! 薬草は取ってきたの!?」
家の中から鋭い声が響き、少女はびくりと肩を震わせた。おずおずと家の扉を押し開けながら振り返る。
「ママ……迷子のおじさんがいたから、連れてきてあげたんだよ」
少女のあとに続き、セイルもそっと家の中を覗く。
そこは「魔女の家」という噂には似つかわしくない、整然とした診療所だった。棚には薬瓶が並び、かすかな消毒液の匂いが漂う。
ふと、一人の女性が奥から顔を覗かせた。
すらりとした長身に、着慣れた白衣、静かな物腰。
「こんにちは。患者さんですね? どうされましたか」
長い黒髪と、深く黒い瞳。
セイルは息を呑んだ。
この世界で、自分と同じ色の瞳を持つ者に出会うのは、初めてだった。
180
あなたにおすすめの小説
能力値カンストで異世界転生したので…のんびり生きちゃダメですか?
火産霊神
ファンタジー
私の異世界転生、思ってたのとちょっと違う…?
24歳OLの立花由芽は、ある日異世界転生し「ユメ」という名前の16歳の魔女として生きることに。その世界は魔王の脅威に怯え…ているわけでもなく、レベルアップは…能力値がカンストしているのでする必要もなく、能力を持て余した彼女はスローライフをおくることに。そう決めた矢先から何やらイベントが発生し…!?
憧れのスローライフを異世界で?
さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。
日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。
異世界に転生したら?(改)
まさ
ファンタジー
事故で死んでしまった主人公のマサムネ(奥田 政宗)は41歳、独身、彼女無し、最近の楽しみと言えば、従兄弟から借りて読んだラノベにハマり、今ではアパートの部屋に数十冊の『転生』系小説、通称『ラノベ』がところ狭しと重なっていた。
そして今日も残業の帰り道、脳内で転生したら、あーしよ、こーしよと現実逃避よろしくで想像しながら歩いていた。
物語はまさに、その時に起きる!
横断歩道を歩き目的他のアパートまで、もうすぐ、、、だったのに居眠り運転のトラックに轢かれ、意識を失った。
そして再び意識を取り戻した時、目の前に女神がいた。
◇
5年前の作品の改稿板になります。
少し(?)年数があって文章がおかしい所があるかもですが、素人の作品。
生暖かい目で見て下されば幸いです。
【連載版】ヒロインは元皇后様!?〜あら?生まれ変わりましたわ?〜
naturalsoft
恋愛
その日、国民から愛された皇后様が病気で60歳の年で亡くなった。すでに現役を若き皇王と皇后に譲りながらも、国内の貴族のバランスを取りながら暮らしていた皇后が亡くなった事で、王国は荒れると予想された。
しかし、誰も予想していなかった事があった。
「あら?わたくし生まれ変わりましたわ?」
すぐに辺境の男爵令嬢として生まれ変わっていました。
「まぁ、今世はのんびり過ごしましょうか〜」
──と、思っていた時期がありましたわ。
orz
これは何かとヤラカシて有名になっていく転生お皇后様のお話しです。
おばあちゃんの知恵袋で乗り切りますわ!
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました
腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。
しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。
クラスで異世界召喚する前にスキルの検証に30年貰ってもいいですか?
ばふぉりん
ファンタジー
中学三年のある朝、突然教室が光だし、光が収まるとそこには女神様が!
「貴方達は異世界へと勇者召喚されましたが、そのままでは忍びないのでなんとか召喚に割り込みをかけあちらの世界にあった身体へ変換させると共にスキルを与えます。更に何か願いを叶えてあげましょう。これも召喚を止められなかった詫びとします」
「それでは女神様、どんなスキルかわからないまま行くのは不安なので検証期間を30年頂いてもよろしいですか?」
これはスキルを使いこなせないまま召喚された者と、使いこなし過ぎた者の異世界物語である。
<前作ラストで書いた(本当に描きたかったこと)をやってみようと思ったセルフスピンオフです!うまく行くかどうかはホント不安でしかありませんが、表現方法とか教えて頂けると幸いです>
注)本作品は横書きで書いており、顔文字も所々で顔を出してきますので、横読み?推奨です。
(読者様から縦書きだと顔文字が!という指摘を頂きましたので、注意書をと。ただ、表現たとして顔文字を出しているで、顔を出してた時には一通り読み終わった後で横書きで見て頂けると嬉しいです)
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる