中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ

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本編

黒い瞳

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 リーリエ領の北の果て。
 木々の枝葉が空を覆い隠すように生い茂る奥地に、その家はひっそりと佇んでいた。

 粗末な一つ屋根の家。その脇には小さな畑が耕され、見慣れぬ薬草が風に揺れている。

 セイルは入り口を探して家の周囲を歩いていた。と、不意に林のほうから小さな足音が近づく。
 振り向けば、年のころ十歳ほどの少女が、おさげ髪を揺らしてこちらを覗き込んでいた。

「おじさん、患者さん?」

 好奇心を隠そうともせず、少女は目を輝かせる。

「このあたりに薬を扱う女性がいると聞いて……君は、何か知っているかい」

 問いかけに、少女は花のような笑顔を咲かせた。

「ついてきて!」

 駆け出す少女の背を追い、セイルは家の裏手に回る。そこには小さな扉があり、どうやら診療所の入口らしかった。

「おじさん、どこか痛いの?」

「いや……私の妻が病気なんだ」

「そうなの? でも大丈夫だよ。ママはね、どんな病気でも治せちゃう世界一のお医者さんなの!」

 あどけない声に、セイルの胸を締めつけていた不安が、わずかに和らぐ。

 そのとき。

「ユーリ!!! いつまで遊んでるの! 薬草は取ってきたの!?」

 家の中から鋭い声が響き、少女はびくりと肩を震わせた。おずおずと家の扉を押し開けながら振り返る。

「ママ……迷子のおじさんがいたから、連れてきてあげたんだよ」

 少女のあとに続き、セイルもそっと家の中を覗く。
 そこは「魔女の家」という噂には似つかわしくない、整然とした診療所だった。棚には薬瓶が並び、かすかな消毒液の匂いが漂う。

 ふと、一人の女性が奥から顔を覗かせた。
 すらりとした長身に、着慣れた白衣、静かな物腰。

「こんにちは。患者さんですね? どうされましたか」

 長い黒髪と、深く黒い瞳。

 セイルは息を呑んだ。
 この世界で、自分と同じ色の瞳を持つ者に出会うのは、初めてだった。
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