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紅生姜が聖遺物に指定された話
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その日、世界は静かに終わった。
正確には――牛丼屋から、紅生姜が消えた。
最初に異変に気づいたのは、都内某所の深夜営業の牛丼屋だった。
「……あれ? 紅生姜、補充されてなくない?」
店員が首を傾げ、倉庫を確認し、端末を叩き、店長に電話をかける。 だが返ってくる答えは、どこも同じだった。
「仕入れ停止です」
「理由は……国家指定とだけ」
その言葉の意味を、誰も理解できていなかった。
翌朝、ニュースがすべてを語った。
---
【速報】
政府、紅生姜を「聖遺物(レリック)」に指定。 世界的危機を回避するため
---
理由は単純だった。
三日前、東京湾上空に異世界ゲートが開いた。 そこから現れたのは、剣でも魔法でもない――
人類の味覚そのものを奪う存在だった。
何を食べても味がしない。 甘味も、塩味も、旨味も、存在しない。
人類は三日で食事への関心を失い、 外食産業は沈黙し、物流は止まり、 文化は音を立てずに崩壊しかけた。
だが――ただ一つ、例外があった。
紅生姜を口にした者だけが、 味を感じ続けられたのだ。
政府は即断した。
「紅生姜は、もはや単なる付け合わせではない。 文明を守る最後のスパイスである」と。
製造元はすべて国家管理。 保存は耐震・耐魔法仕様の地下施設。 輸送は白手袋、二人一組。
そして公式文書には、
『対味界聖遺物〈紅〉』と記されている。
だが現場では、誰もそんな呼び方はしなかった。
◇
俺は、紅生姜の護衛任務に就くことになった。
理由? 元・牛丼屋のバイトだからだ。
「扱いに慣れているだろう」という、 この国らしい雑で合理的な判断だった。
黒いケースの中には、 小袋に封印された紅生姜が一つ。
たったそれだけで、 軍人も、学者も、魔導士も、 息を詰めて見守っている。
「……本当に、これで世界が救われるんですか?」
思わず漏れた俺の言葉に、 上司は一切の迷いなく頷いた。
「紅生姜は――」
一拍置き、こう続けた。
「主役を完成させる、最後のピースだ」
なぜか、妙に説得力があった。
異世界の使徒が現れたのは、その直後だった。
巨大で、無表情で、 周囲の味覚を奪う黒い霧をまとっている。
兵器は効かない。 魔法も弾かれる。
俺は震える手で、ケースを開いた。
「……これ、効くんじゃないですか?」
一瞬の沈黙。
「世界最後の実験だな」
上司は、驚くほど適当だった。
だが俺は紅生姜を掴み、 異世界の存在の足元へと放り投げた。
――その瞬間。
世界に、音が戻った。
ジュウ、と肉の焼ける幻聴。 白米の甘み。 そして、鼻に抜ける、あの刺激。
異世界の使徒は、初めて表情を歪め、 小さく呟いた。
「……うま……い?」
次の瞬間、霧は霧散し、 ゲートは何事もなかったかのように閉じた。
◇
数日後。
紅生姜は、依然として聖遺物のままだ。 牛丼屋の卓上には、まだ戻っていない。
それでも俺は知っている。
いつかまた、 どんぶりの端に、 当たり前のように添えられる日が来ることを。
そしてその時、 俺たちはきっと思い出す。
世界を救ったのは、 剣でも魔法でもなく――
紅生姜だった、と。
正確には――牛丼屋から、紅生姜が消えた。
最初に異変に気づいたのは、都内某所の深夜営業の牛丼屋だった。
「……あれ? 紅生姜、補充されてなくない?」
店員が首を傾げ、倉庫を確認し、端末を叩き、店長に電話をかける。 だが返ってくる答えは、どこも同じだった。
「仕入れ停止です」
「理由は……国家指定とだけ」
その言葉の意味を、誰も理解できていなかった。
翌朝、ニュースがすべてを語った。
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【速報】
政府、紅生姜を「聖遺物(レリック)」に指定。 世界的危機を回避するため
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理由は単純だった。
三日前、東京湾上空に異世界ゲートが開いた。 そこから現れたのは、剣でも魔法でもない――
人類の味覚そのものを奪う存在だった。
何を食べても味がしない。 甘味も、塩味も、旨味も、存在しない。
人類は三日で食事への関心を失い、 外食産業は沈黙し、物流は止まり、 文化は音を立てずに崩壊しかけた。
だが――ただ一つ、例外があった。
紅生姜を口にした者だけが、 味を感じ続けられたのだ。
政府は即断した。
「紅生姜は、もはや単なる付け合わせではない。 文明を守る最後のスパイスである」と。
製造元はすべて国家管理。 保存は耐震・耐魔法仕様の地下施設。 輸送は白手袋、二人一組。
そして公式文書には、
『対味界聖遺物〈紅〉』と記されている。
だが現場では、誰もそんな呼び方はしなかった。
◇
俺は、紅生姜の護衛任務に就くことになった。
理由? 元・牛丼屋のバイトだからだ。
「扱いに慣れているだろう」という、 この国らしい雑で合理的な判断だった。
黒いケースの中には、 小袋に封印された紅生姜が一つ。
たったそれだけで、 軍人も、学者も、魔導士も、 息を詰めて見守っている。
「……本当に、これで世界が救われるんですか?」
思わず漏れた俺の言葉に、 上司は一切の迷いなく頷いた。
「紅生姜は――」
一拍置き、こう続けた。
「主役を完成させる、最後のピースだ」
なぜか、妙に説得力があった。
異世界の使徒が現れたのは、その直後だった。
巨大で、無表情で、 周囲の味覚を奪う黒い霧をまとっている。
兵器は効かない。 魔法も弾かれる。
俺は震える手で、ケースを開いた。
「……これ、効くんじゃないですか?」
一瞬の沈黙。
「世界最後の実験だな」
上司は、驚くほど適当だった。
だが俺は紅生姜を掴み、 異世界の存在の足元へと放り投げた。
――その瞬間。
世界に、音が戻った。
ジュウ、と肉の焼ける幻聴。 白米の甘み。 そして、鼻に抜ける、あの刺激。
異世界の使徒は、初めて表情を歪め、 小さく呟いた。
「……うま……い?」
次の瞬間、霧は霧散し、 ゲートは何事もなかったかのように閉じた。
◇
数日後。
紅生姜は、依然として聖遺物のままだ。 牛丼屋の卓上には、まだ戻っていない。
それでも俺は知っている。
いつかまた、 どんぶりの端に、 当たり前のように添えられる日が来ることを。
そしてその時、 俺たちはきっと思い出す。
世界を救ったのは、 剣でも魔法でもなく――
紅生姜だった、と。
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