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<SS>聖女リリアの物語
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久しぶりの実家のマンションの玄関前で、足が竦む。
学生の頃、帰りたくなかった家だ。今では母親が再婚した相手と住んでいる。
母親は再婚してから気持ちが落ち着いたのか、莉愛に当たることは無くなった。結婚し、子供が出来て、莉愛にも思うところはある。一人で子供を育てるという事。それはきっと、莉愛が想像するものとはまた違った何かがあるのだろう。だからと言って、子供に当たって良いとは全く思わないが。
ピンポーンとインターホンを押すと、ガチャリと音がしてドアが開いた。昔よりいくらかふくよかになった母親が顔を出す。
「おかえり。」
「お邪魔します。」
ちぐはぐな挨拶なのはわかっているが、いつものことだ。今日は前々から言われていた荷物を引き取りに来た。
それは俗にいう「黒歴史」と呼ばれるものが詰まった段ボール箱。
結婚の際に、持っていくのも捨てるのも躊躇われたそれを、莉愛は段ボールに詰めて、実家の物置に置いて行ったのだった。
母親が再婚するにあたって、何度もそれを引き取るように言われていたのだが、のらりくらりと誤魔化しながら来たのだが…。まさか、ここにきてそれが必要になるとは。
「いらっしゃい。」
義理の父に当たる母親の再婚相手が、奥から優しく笑いかけてきた。
「朝っぱらからすみません。」と莉愛が頭を下げると、彼は「全然、大丈夫だよ。」と言って、「言われたもの、出しておいたんだ。」と部屋の奥へと歩いて行った。
「封印」と書かれたガムテープが張られた段ボール箱が二つ並んでいる。
せめて、「開けるな。」とか「見ちゃダメ。」とかにするべきだったと、昔の自分を呪う。
「ありがとうございます。助かります。」
そう言って、莉愛はその段ボールを一つ持ち上げた。思ったよりも重さのあるそれに、一瞬怯む。
「お茶、飲んでいくでしょう?」と、台所から母親が聞いてくる。
「ううん、すぐ帰る。」莉愛がそう答えると、「忙しいの?」と義父が聞いてきた。
「ちょっと時間が無くて。」と笑って返せば、彼はもう一つの段ボール箱を持ち上げて「手伝うよ。」と言ってくれた。
「また来るから。」とだけ言って母親を部屋に残し、義父と二人で階下に下りる。
来客用の駐車場に停めた軽自動車の横に段ボールを一度下ろして、その鍵を開けた。義父が片手で段ボールを抱えたまま、後部座席の扉を開けた。
男の人だなと思う。母に必要だった何かを持っている人だ。
段ボール箱二つを後部座席に積み終えて、莉愛は彼と向かい合う。そして「ありがとうございます。」と、丁寧に頭を下げた。
彼は困ったように微笑んで、「いつでも遊びにおいで。」と言った。
自宅の駐車場で段ボール箱を下ろそうとしているところに、ちょうど武尊《たける》が帰って来た。
「何それ?」と言って覗き込んでくる。
「いや、ちょっと、見なくて良い。」と言って押しやろうとするが、既に自分の身長を優に超えている息子はびくともしない。そして、「封印!」と言って笑われた。
だから見られたく無かったのだ。せめて車の中でガムテープだけは剥がすべきだったと後悔するが、既に遅い。
「母さん、それはヤバいよ。」と武尊はまだ笑っている。
「若気の至りよ。」
「何、それ。」
「勉強しなさい。それよりこの前のテスト、」「はいはい。」と話を聞き終わらない内に、武尊が段ボール箱二つを重ね、ひょいと持ち上げて家の中へと持って行ってしまった。
武尊は二日ほど前に異世界に行ってきた。勝手に莉愛のセーブデータを開いたのだ。
「セーブデータがおかしい。」という話は確かにした。だからと言って、本当に見に行くとは思わなかったのだ。
しかし、それによって本当のシナリオとの違いが見えてきたので、それはそれでそういうものだったという事のなのだろうか。
それから武尊は、本当のシナリオを確認するかのように、夢中になってあのゲームを終わらせた。そして、その内容を莉愛に話して聞かせてくれたのだった。
ゲームばかりしていないで、たまには勉強をと言いたくなるのは、親としては仕方の無いことだと思うが、今回の件は本当に有り難かったので気持ちとしては非常に複雑なところだ。
封印を剥がし、段ボールを開ける。
中にはぎっしりと、あのゲーム関連の本が詰まっている。二次創作の物まで取っておいてあるのは、向こうの世界で過ごした数年間の思いを引きずっていたせいだ。
直美と、レティと会えたことは、私にとっての光だった。苦しかった学校に居場所ができて、家が唯一で無くなったことは本当に大きかった。大好きな友達と一緒にいられる時間が、大切で、とても愛おしかった。
それでも、すぐに全てが好転したわけではない。家にほとんど寄り付かなかった母親との距離のあったその関係を、客観的に見ることができるようになったのは、社会に出て、今の旦那と出会ってからだ。
それまでの自分を支えてくれた大事な彼らを、丁寧に箱から引っ張り出す。
「すごい量だね。」と、武尊が嬉しそうに一冊一冊丁寧に覗いていく。
二次創作関連は、ちょっと際どいものも多いので、彼には公式の物が入った箱をお願いした。
ウィルフレッドとリズの恋愛物がやはり一番多いだろうか。転生したらイザベラだったという話もある。
ウィルフレッドの傍使えであるアルベルトの話も少なくない。彼が抱いてきた苦悩を癒すのは、もちろんリズだ。
「レティなんてモブは出てこないもんねー。」と、莉愛は心の中で一番の親友に悪態をつく。
ウィルフレッドとアルベルトの恋物語も数冊ある。これはリズが最も好きだった子達だ。武尊に気づかれないように、そっと奥に入れる。
「ねえ、これは?」と、武尊が声をかけてくる。思わずビクッとしてしまった莉愛に、「何?何?なんか隠した?」と武尊が手元を覗き込んできた。
「ダメ!これは、ダメ!」と、本気で焦る莉愛に、彼はニヤッと笑って「まあ、後で。」と言って一冊の本を差し出した。
それはエドワード・ギュッターベルグ伯に焦点を当てた話だった。
そういえば、こんな話があったなと思う。向こうでもチラッと見かけたぐらいのキャラクターだったし、あまり興味が無かったので憶えていなかった。
「これ、今回のゲームの元ネタっぽいね。」と武尊が言う。
「確かに。」
莉愛がそう言いながらぺらぺらとページをめくる。
病弱だった子供時代。憧れだった兄、ウィルフレッド。魔王が封印された後、ギュッターベルグへ伯へと臣籍降下され、苦悩する日々。
「ああ。」
なんだか、そのまますぎて呆れた声が出た。
「ねえ、これは?」
武尊が再び一冊の本を出してきた。
「聖女リリアの物語」
あからさまなその題名に、思わず「うへぇ。」と声が出た。
一ページ目を開く。
莉々愛という名の女子高生が、登校途中に異世界に落ちる。
制服の描写が、向こうで見たそれと被る。
これだ。聖女に覚醒する際に流れ込んできたリリアの記憶を「見たことがある」と、思った原因。
孤独の中で、魔王と向き合うことを決めた聖女。それを支えたのはやはり王子様だった。ギュッターベルグの地に魔王を封印すると、王子と聖女はそれを見守りながらその地を治めていくことを決める。
あの妙に立派な城は、この王子様のせいだったんだなと納得する。
ペラペラとページをめくり、ハッピーエンドに辿りついた頃、一枚の付箋が貼ってあることに気が付いた。
「俺の嫁→」と書かれたそれが、花嫁衣裳を着たリリアの挿絵に貼ってある。
「馬鹿じゃないの!!」と思わず大きな声が出て、他の本を引っ張り出して読んでいた武尊が驚いて莉愛を見た。
「どうしたの?」
「これ、遠藤だわ。」
そう言って、莉愛は付箋を指差した。そして、蟀谷を押さえる。
「遠藤?」
「遠藤で、エドワード。」
武尊が「どういうこと?」と聞いてくる。
女神リリアから名前をもらって娘につけたのだ。間違いない。
莉愛はそう確信して、足の上にその本を開いたまま置いた。そして、テーブルの上に置きっぱなしにしていた携帯電話を開く。朝、SNSのメッセージを送ったが見てくれただろうか。彼女の協力さえあれば、百人力だ。
まだ返信のないことを確認して、それをテーブルの上に戻す。
ポン
メッセージ受信の音がして、莉愛は慌てて再び携帯に手を伸ばした。噂をすればなんとやら。明日は休日だ。一気に片を付けてしまおう。
莉愛は足の上に置いた本を、そっと閉じた。
学生の頃、帰りたくなかった家だ。今では母親が再婚した相手と住んでいる。
母親は再婚してから気持ちが落ち着いたのか、莉愛に当たることは無くなった。結婚し、子供が出来て、莉愛にも思うところはある。一人で子供を育てるという事。それはきっと、莉愛が想像するものとはまた違った何かがあるのだろう。だからと言って、子供に当たって良いとは全く思わないが。
ピンポーンとインターホンを押すと、ガチャリと音がしてドアが開いた。昔よりいくらかふくよかになった母親が顔を出す。
「おかえり。」
「お邪魔します。」
ちぐはぐな挨拶なのはわかっているが、いつものことだ。今日は前々から言われていた荷物を引き取りに来た。
それは俗にいう「黒歴史」と呼ばれるものが詰まった段ボール箱。
結婚の際に、持っていくのも捨てるのも躊躇われたそれを、莉愛は段ボールに詰めて、実家の物置に置いて行ったのだった。
母親が再婚するにあたって、何度もそれを引き取るように言われていたのだが、のらりくらりと誤魔化しながら来たのだが…。まさか、ここにきてそれが必要になるとは。
「いらっしゃい。」
義理の父に当たる母親の再婚相手が、奥から優しく笑いかけてきた。
「朝っぱらからすみません。」と莉愛が頭を下げると、彼は「全然、大丈夫だよ。」と言って、「言われたもの、出しておいたんだ。」と部屋の奥へと歩いて行った。
「封印」と書かれたガムテープが張られた段ボール箱が二つ並んでいる。
せめて、「開けるな。」とか「見ちゃダメ。」とかにするべきだったと、昔の自分を呪う。
「ありがとうございます。助かります。」
そう言って、莉愛はその段ボールを一つ持ち上げた。思ったよりも重さのあるそれに、一瞬怯む。
「お茶、飲んでいくでしょう?」と、台所から母親が聞いてくる。
「ううん、すぐ帰る。」莉愛がそう答えると、「忙しいの?」と義父が聞いてきた。
「ちょっと時間が無くて。」と笑って返せば、彼はもう一つの段ボール箱を持ち上げて「手伝うよ。」と言ってくれた。
「また来るから。」とだけ言って母親を部屋に残し、義父と二人で階下に下りる。
来客用の駐車場に停めた軽自動車の横に段ボールを一度下ろして、その鍵を開けた。義父が片手で段ボールを抱えたまま、後部座席の扉を開けた。
男の人だなと思う。母に必要だった何かを持っている人だ。
段ボール箱二つを後部座席に積み終えて、莉愛は彼と向かい合う。そして「ありがとうございます。」と、丁寧に頭を下げた。
彼は困ったように微笑んで、「いつでも遊びにおいで。」と言った。
自宅の駐車場で段ボール箱を下ろそうとしているところに、ちょうど武尊《たける》が帰って来た。
「何それ?」と言って覗き込んでくる。
「いや、ちょっと、見なくて良い。」と言って押しやろうとするが、既に自分の身長を優に超えている息子はびくともしない。そして、「封印!」と言って笑われた。
だから見られたく無かったのだ。せめて車の中でガムテープだけは剥がすべきだったと後悔するが、既に遅い。
「母さん、それはヤバいよ。」と武尊はまだ笑っている。
「若気の至りよ。」
「何、それ。」
「勉強しなさい。それよりこの前のテスト、」「はいはい。」と話を聞き終わらない内に、武尊が段ボール箱二つを重ね、ひょいと持ち上げて家の中へと持って行ってしまった。
武尊は二日ほど前に異世界に行ってきた。勝手に莉愛のセーブデータを開いたのだ。
「セーブデータがおかしい。」という話は確かにした。だからと言って、本当に見に行くとは思わなかったのだ。
しかし、それによって本当のシナリオとの違いが見えてきたので、それはそれでそういうものだったという事のなのだろうか。
それから武尊は、本当のシナリオを確認するかのように、夢中になってあのゲームを終わらせた。そして、その内容を莉愛に話して聞かせてくれたのだった。
ゲームばかりしていないで、たまには勉強をと言いたくなるのは、親としては仕方の無いことだと思うが、今回の件は本当に有り難かったので気持ちとしては非常に複雑なところだ。
封印を剥がし、段ボールを開ける。
中にはぎっしりと、あのゲーム関連の本が詰まっている。二次創作の物まで取っておいてあるのは、向こうの世界で過ごした数年間の思いを引きずっていたせいだ。
直美と、レティと会えたことは、私にとっての光だった。苦しかった学校に居場所ができて、家が唯一で無くなったことは本当に大きかった。大好きな友達と一緒にいられる時間が、大切で、とても愛おしかった。
それでも、すぐに全てが好転したわけではない。家にほとんど寄り付かなかった母親との距離のあったその関係を、客観的に見ることができるようになったのは、社会に出て、今の旦那と出会ってからだ。
それまでの自分を支えてくれた大事な彼らを、丁寧に箱から引っ張り出す。
「すごい量だね。」と、武尊が嬉しそうに一冊一冊丁寧に覗いていく。
二次創作関連は、ちょっと際どいものも多いので、彼には公式の物が入った箱をお願いした。
ウィルフレッドとリズの恋愛物がやはり一番多いだろうか。転生したらイザベラだったという話もある。
ウィルフレッドの傍使えであるアルベルトの話も少なくない。彼が抱いてきた苦悩を癒すのは、もちろんリズだ。
「レティなんてモブは出てこないもんねー。」と、莉愛は心の中で一番の親友に悪態をつく。
ウィルフレッドとアルベルトの恋物語も数冊ある。これはリズが最も好きだった子達だ。武尊に気づかれないように、そっと奥に入れる。
「ねえ、これは?」と、武尊が声をかけてくる。思わずビクッとしてしまった莉愛に、「何?何?なんか隠した?」と武尊が手元を覗き込んできた。
「ダメ!これは、ダメ!」と、本気で焦る莉愛に、彼はニヤッと笑って「まあ、後で。」と言って一冊の本を差し出した。
それはエドワード・ギュッターベルグ伯に焦点を当てた話だった。
そういえば、こんな話があったなと思う。向こうでもチラッと見かけたぐらいのキャラクターだったし、あまり興味が無かったので憶えていなかった。
「これ、今回のゲームの元ネタっぽいね。」と武尊が言う。
「確かに。」
莉愛がそう言いながらぺらぺらとページをめくる。
病弱だった子供時代。憧れだった兄、ウィルフレッド。魔王が封印された後、ギュッターベルグへ伯へと臣籍降下され、苦悩する日々。
「ああ。」
なんだか、そのまますぎて呆れた声が出た。
「ねえ、これは?」
武尊が再び一冊の本を出してきた。
「聖女リリアの物語」
あからさまなその題名に、思わず「うへぇ。」と声が出た。
一ページ目を開く。
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制服の描写が、向こうで見たそれと被る。
これだ。聖女に覚醒する際に流れ込んできたリリアの記憶を「見たことがある」と、思った原因。
孤独の中で、魔王と向き合うことを決めた聖女。それを支えたのはやはり王子様だった。ギュッターベルグの地に魔王を封印すると、王子と聖女はそれを見守りながらその地を治めていくことを決める。
あの妙に立派な城は、この王子様のせいだったんだなと納得する。
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「俺の嫁→」と書かれたそれが、花嫁衣裳を着たリリアの挿絵に貼ってある。
「馬鹿じゃないの!!」と思わず大きな声が出て、他の本を引っ張り出して読んでいた武尊が驚いて莉愛を見た。
「どうしたの?」
「これ、遠藤だわ。」
そう言って、莉愛は付箋を指差した。そして、蟀谷を押さえる。
「遠藤?」
「遠藤で、エドワード。」
武尊が「どういうこと?」と聞いてくる。
女神リリアから名前をもらって娘につけたのだ。間違いない。
莉愛はそう確信して、足の上にその本を開いたまま置いた。そして、テーブルの上に置きっぱなしにしていた携帯電話を開く。朝、SNSのメッセージを送ったが見てくれただろうか。彼女の協力さえあれば、百人力だ。
まだ返信のないことを確認して、それをテーブルの上に戻す。
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