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極楽とんぼ

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第2章

029 魔術院(5)

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「ちょっと来てくれ」
私の研究室の入口に首を突き出し、アフィーヤが声を投げてきた。

うぅぅ・・・邪魔!
折角もしかしたら何とかなるかもってアイディアが浮かんだところなのに。

とは言え、お偉いさんを待たせる訳にはいかない。
しょうがないので急いでノートに『ショートサーキット、魔力阻害』とメモってから長老の後を追いかけた。

「フジノ、これが魔術院の運用担当長老のウサマンだ。で、こっちはこないだ紹介したね。依頼担当のタダングだよ」
おっと。そう言えばそんな名前だったっけ。
不思議な程に典型的サラリーマンみたいな見た目は憶えていたんだけど、名前を忘れてた。

「ウサマンが休みから帰ってきたから、ちょっとあんたの提案を聞いてもらおうと思ってね。本格的に話を進める前には長老会議で話し合う必要があるが、この二人に説明していたら幾つか質問が出てきたんだ」

ま、そりゃそうだろうね。
今までと全然違う考え方で、影響は私にも想像しきれないぐらい大きいだろうし。

「何故、平民に安く魔具マジックアイテムを提供しようと思うのだね?
しかも魔術院はあまり儲けぬよう、売上は魔石販売の補助に使えなどと、何をしたいのかよく分からん」
タダングがおもむろに聞いてきた。

さて。
どう答えるかねぇ。
アフィーヤが先にこの二人に説明しようとしたということは、この二人が納得してくれたら話が進むってことなんだろう。
魔術院の運用担当と依頼担当なんだから一番関係の有りそうな部署だ。
どちらにせよ、アフィーヤと2人が合意したら長老会議で過半数になるし。

「この国の人口比率でいったら、平民が90%ぐらいになりますでしょう?
今は人格者である国王と切れ者な宰相が国を上手く動かしているようですから、この国はとてもうまく機能しているように見えます。
ですが、もしも国王が病気になったり、宰相に変調が起きたりして国の運営に問題が起きて平民の生活が圧迫されるようになった時・・・人口の90%というのは脅威的な力になるでしょう。
私の以前いた世界の歴史を見ると、国の支配者は平民の不満が溜まった時、外部と戦争を引き起こすことで外に目を向けさせるか、国内にいる異質な存在を排斥することで平民のうっぷん晴らしに使ってきました。
この世界では戦争はほぼ不可能ですよね?
となると、生贄に使われるのって魔術師になるんじゃないかと思えたんです」

ちょっと突拍子も無い話だけど、一握りの階級に富が集中するピラミッド型の構造よりも国民総中流階級の方がきっといい!と主張するよりは説得力があるだろう。

「ふむ」
ウサマンが微妙な顔をした。
『何を言ってんのこいつ?』という顔じゃあないから(多分)、全くありえない想像では無いようだ。

「私もこの世界で魔術師として生きていかざるを得ないのですから、その地位が脅かされるようなことが無いようにしたかったというのが、一番大きな理由ですね。
その為には平民の生活が『便利』になるのに魔術師が関与するべきだと思いますし、その際に暴利を貪っていると認知されないことも重要です。
まあもう一つの理由として、もっとこの国の生活レベルを上げることで、以前の世界では当然のように楽しめた嗜好品が手に入りやすいようにしたいというのもありますが」
やっぱ、国民全体の消費能力を上げないとねぇ。
貴族向けの消費しかないとどうしても選択肢が限られるし、階級社会に慣れていない私にとっては居心地が悪い。

「どういうことだい?」

「例えば、食材をより長く保存することが出来ることで、農民が沢山の食糧を一気に生産してもそれをちゃんと消費することが出来るし、余ればより遠くまで輸送して売ることが出来るようになります。
鎌や鍬のような農具を鉄で安く作れるようにすれば、農業の生産性もあがり、少ない人数の労働でより多くの生産を得ることが可能になる。
農民の生産性が上がることで平民の収入があがり、平民が嗜好品にお金を掛けられるようになり、そうなると嗜好品の生産者も増え、種類も増加すると思います。
もっと本やスイーツや美味しいレストランが色々ある世界に住みたいんです、私は!」
おっと。思わず興奮しちゃった。

「あんたのいた世界は美味しいレストランが沢山あったのかい?」
アフィーヤが興味深げに聞いてきた。

「それは、もう。
私がいた世界では普通の街に1、2軒は本屋があり、首都には王宮図書館程のサイズのある本屋が何軒もありました。
レストランやスイーツの美味しい店も、案内本が何冊も出版されるほどあったんですよ」

ウサマンが何か心を動かされたような顔をしている・・・気がする。
食べ物と本屋、どっちに心が動いたんだろ?

タダングは、まだ難しい顔をしていた。
「急激な経済の発展は今までの社会の構造を歪ませ、暴発を招くかもしれないぞ」

まあね。
生産性が上がった挙句、失業者が増えたらかえって危険だろう。

「まあ、それは確かに気をつけねばならないことですね。
生産性を著しく上げるような魔具マジックアイテムを売りに出す際には宰相府とも密に連携をとって、労働人口の吸収が追い付かなくならないよう気を付ける必要があるでしょうね。
でも、変化を恐れて何もしないのでは進化もありません」

ペーパーバックが一冊で3日分の食費相当だなんて、間違っているんだよ!
国民全体が余裕があって余暇に読書をするような社会にここを変えていくのは、活字中毒の私には切実な案件だ。
勿論、美味しいスイーツも欲しいし。
そうだ、時間が出来て日本から本を取ってくる際に、料理本とかも持ってくる方がいいかも。
調味料とかが同じかどうか、分からないけど。

「ふむ。
まあ、それは最終的な決定をする前に宰相の方とも話し合った方がいいだろうな。
その前に、そのトッキョ制度と言う物をもう一度説明してくれ」
ウサマンが聞いてきた。

「基本的に、新しい技術を開発したり既存の技術を革新的に改善させるのを促進する制度です。
新しいデザインや設計を登録した後公表し、他の人間は生産量に対応した特許料を払うことでその新しい技術を使うことが許されます。
ですから勝手に技術を盗用した者にはそれなりに厳しい罰を与える必要がありますし、盗用を防ぐもしくは早期発見出来るシステムも重要です。
新しい技術を登録する際にも研究した人間ではなく、それを盗んだ人間が勝手に登録してしまったりしないように確認する制度も必要ですね。
副宰相殿に色々こちらの世界ことを教わっている時にこの話をしたら、非常に興味を持っていたので宰相府の方で出来ることがあったら協力してくれると思いますよ?
特許制度と言う物を世の中に知らしめるのに丁度いい材料になりますからね。国民全体に新しい制度を教えるのは大変ですが、魔術院とそこから技術を供与される職人の間でしたらそれなりに人数が限られているので可能でしょうし、新しい魔具マジックアイテムが販売されるようになったらそれに関する色んな話も人の口に上るようになるでしょう。何もない状況で制度を説明しようとするよりもずっと手間をかけずに、話を広めることが出来るでしょうね」

下手したら中世のヨーロッパ並みに文盲率が高いかもしれないこの世界で、新しい制度のを広めようなんて思ったら滅茶苦茶大変だろう。

ある意味、魔術師が毎年保護結界の補強に回る際に話を広めるのが一番現実的な手段かもしれない。
だから魔術関係で制度として試行運転してみるのは悪くない話だと思う。


「まあ、悪くは無い話かもしれないな。
とりあえず、我々の方は一度宰相府の方とも話し合ってどのような魔具マジックアイテムなら安価に売りに出しても問題が起きないか、相談してみよう。
お主の方は、特許の不法使用を防げるような試作品を作れるか、頑張ってくれたまえ」
ウサマンが立ち上がりながらコメントした。

・・・え~と、出てけってこと?

ちらっとアフィーヤを見たら、ドアの方へ頷いていた。これは長老たちで話し合うから下っ端の出番は終わりと言うところらしい。

これ以上説明とかに引っ張り出されなければ、それなりに起動スイッチの研究も進むでしょう。

とは言え、明日はお休みで明後日はカルダールと過ごすつもりなんだけど。
う~ん、この場で言わない方がいいな。
変に私が政治的な人間だと誤解されそうだ。


◆◆◆



一般人に偽造できない起動スイッチ。
普通の魔法陣はどこに魔石を乗せても、起動はするし魔力の使用量も変わりは無いようだった。
起動にかかる時間に心もち違いが出るかもという程度だ。

魔法陣を態と完結していない形で公表し、起動スイッチで回路が完結するような形にしようかとも思ったのだが、余程複雑な形にギャップを作るのでない限り、魔法陣の繋ぎ方は限られている。なので頑張って実験すれば何とかなってしまう。

そこで考えたのがショートサーキットだ。

魔力がそのまま放電してしまうような感じな回路を魔法陣に付ける。
で、起動スイッチにその回路部分を阻害するような魔術を発生させる簡易魔法陣を組み込んでおくのだ。

『適当に魔法陣を分解したら動くようになった』なんてことにならないように、最初から魔石を嵌めこむスペースを決めておいて、その周りにショートサーキット回路を付け、起動スイッチを嵌めこんだ上に魔石を置いたら起動スイッチが魔石の魔力を魔法陣に流し、その際に一番傍にあるショート用回路の機能を阻害することで魔法陣がちゃんと起動するようにする。

かなり複雑な気がするが、『起動スイッチなしには絶対に動かない』という状況を作ろうと思ったらこんなアイディアになった。

上手くいくかどうか、実験中なのだが・・・どうやら今日中には終わりそうにない。
阻害の魔術とショート機能のバランスが中々うまくいかず、数えるのも嫌になるほどの試作品を作っている間に日が暮れてきたのか、王宮からの迎えが来たと連絡が上がってきた。

っち。

ま、どうせ長老会議とか宰相府とかの話し合いにそれなりに時間がかかるだろうからまだまだ時間はあるか。

出口に向かう最中にアフィーヤの部屋へ寄った。
「そう言えば明日は今週分の休みを取ります。
あと、宰相府の方からも話はあったと思いますが、週1日あちらの人と元の世界の制度のことなどを話し合うことになっているんです。引越しついでに明後日それをしようということになったので明後日も来ませんから」

ちょっと上から目線な言い方かなぁ?
でもまあ、押しの弱い日本人気質は誤解されるかもしれないしぃ。
アフィーヤ相手だったらゴリゴリ押ししていくぐらいの気持ちでいかないと、あっという間に押し流されそうな気がする。

「分かったよ」
アフィーヤがあっさり頷いた。

「しっかし」
うん?

「あんたも食えない人間だね。こっちの世界にきて10日ちょっとだって言うのに、もう世界を変えるような話を持ってくるんだから。しかも既に宰相には半ば話を通しているって言うんだから呆れちまう」

え~?
まるで私が凄く政治的な人間のような言い方じゃない?
日本の政治家を軽蔑しながら新聞を読んでいた身としては、何か非常に不本意だ。

まあ、確かに『現代』から『中世程度の文化レベルの社会』へ来たという上から目線な意識でこの世界を見ているかもしれないけど。

「この世界の仕組みが私に馴染みがある仕組みと違うので、つい『より良い』方向へ変えようと思ってしまうんですよ。
ただ、私の世界の仕組みが必ずしも『より良い』とは限りません。アフィーヤ殿も私の弁論に流されずにしっかり考えて、場合によっては私を止めて下さいね」

そう。
この世界の主人公は私ではなく、元からいた住民なんだ。
自己責任で一緒に頑張ろうじゃない。

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