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第三章 ~少年期・後編~
第三十三話 「飛行」
「アイリス、重くないか?」
「だいじょぶー」
アイリスに跨り、俺は空の上へとその身を浮きあがらせている。
徐々に高度が上がるにつれて、街の全景がだんだんと視界内におさまるようになっていく。
心臓が刻む律動が、とても激しくなっているのが自覚できる。
「すごい……俺、いま飛んでるのか……!」
俺はいま、興奮しているのだ。
科学や力学を使わず、空を飛ぶという行為に身を投じている。
家族として共に育ったドラゴン、アイリスの力を借りてという形ではあるが、それでも俺ははしゃいで――
「っわぷ!」
「パパ、どうかした?」
「い、いや……風がね。高いところって、やっぱり遮るものもないし……」
「そうなの?」
「ああ、ごめん、とりあえずこのくらいの高さまででお願いできるか?」
「あいー」
ちょうど、東に見える山頂と同じ高さくらいだろうか。
そこまで真っ直ぐ高度を上げたあと、アイリスはその場で留まってくれた。
ああ、止まれるんだ。
ありがたいけど。これ以上高くまでいくと寒すぎると思うし、なにより結構恐いし。
割と厚着しておいてよかった。ギリギリまだ耐えられる肌寒さだな。
下をできるだけ見ないようにするのも大切だ。
翼があるって、凄いなぁ。
実際に体験してみると、感動ものだ。
いまならスズメだって尊敬の対象に入るぞ。あいつは基本移動が『飛ぶ』だしな。
そういえば、鳥が高所恐怖症だったらどうやって生きるんだろう。
低空飛行で頑張るのかな。それじゃ翼がある意味あんまりないよな……。
そんな益体のないことを考えているときだった。
――ドラゴンはどうやって飛んでいるんだろう、なんて考えてしまったのは。
「……な、なあアイリス」
「あい?」
「重くは、ないんだよな? 俺、乗ってるけど……」
「おもくないよ?」
「そうなんだ……」
アイリスの翼は、背中から生えている。
付け根のすぐ後ろに俺は腰を預けている形だ。
アイリスは翼をゆっくりと羽ばたかせている。
その場で止まっているのだ。人間一人を乗せたまま、移動もせず。
空中で、停止している――
なんだかうろ覚えだけど、鳥ってのは空を飛ぶために体重を極限まで軽くしていると聞いたことがある。それは骨格単位であり、骨まで中身はスカスカなんだそうだ。
体重の大部分を占めているのは、筋肉である。羽ばたき続けるために胸筋が発達している、はずだ。
では、ドラゴンは……?
翼のサイズは、それほど大きくない。広げて測ってみても、身長と同じかそれ以下の大きさだろう。翼の大きさが体格に合っていないのだ。
それに手足とは独立して生えているので、外側からわかるほど筋肉が発達しているというほどでもない。
今だって、空中に留まることに大した力を入れていないように見える。
ゆっくりと、羽ばたいているだけだ。
ファンタジーに突っ込むのは無粋なんだろうと考えはするけれど、どうしたって気になる。
だって俺はいま飛んでいるのだ。ドラゴンの背に乗って、空の中へ飛び込んでいる。
飛行機が浮く理由の一番大きな要素である、揚力だって進んでないと効果がないだろう。
だから留まっている今はそんな理屈が通用しない。羽ばたいてるからそもそも関係ないし。
……こわっ!!
え、ドラゴンってどうやって飛んでるの!?
「ア、アイリス。疲れてたりしないか? このまま飛んでても大丈夫かな?」
「だいじょぶー、パパといっしょだと元気でるの」
「……それって、気分的に?」
その言葉は嬉しいけど。
無理しているんじゃないかと心配にもなってしまうぜ。
「んーん。なんか、つかれないのー。ふしぎだね~……」
「疲れない? 俺と一緒じゃないときは、疲れるのか?」
「うん、飛ぶのつかれるの。だからあんまり好きじゃない。でもいまは……なんかおいしいの」
……美味しい?
体力消費の話だったのに、いきなり味の話に変わってしまったぞ。
そういえば、アイリスはあまり空を飛ぼうとしないな。
飛んだとしても、すぐに降りてくるし。
ドラゴンが飛ぶのって、激しく体力を消耗するのか……?
いや、この場合考えるのは最後に飛び出た不思議な感想のことだろう。
美味しい。実はこの言葉、俺は毎日聞いている。だから珍しいという気持ちはないのだ。
それはどんな時に出る感想か?
俺が、アイリスに魔力をあげているときだ。
身体に触れて、食事の代わりにご飯を差し出しているときに、いつも口に出してくれる。
(パパのごはん、すごく濃くておいしい)
もしかすると、ドラゴンは魔力を使って飛んでいるのだろうか……。
魔法って、一人一つの特性なんじゃないのかな。
アイリスは、母ドラゴンと同じく水を操れる。水に適正があるドラゴンなのだ。
口から炎を吐けるのは、ドラゴンの種族特性だと考えていたけど……もしかしてこれにもなにか秘密があったりするのか。
あれ? でも母ドラゴンは魔力をゴブリンに打ち込んで契約してたりしてたよな……。
ていうか魔力をご飯としてあげるのだって、考えてみるとよくわかんないな。
……この世界には、まだまだわからないことがたくさんある。
「パパぁ」
「どうした?」
「なんで、空飛ぶの?」
あ、わかってなかったのか。
一応離陸前に軽く説明したはずなんだけど、上手く伝わらなかったみたいだ。
「街を襲ってきた白い奴ら、あいつらがどこにいるか探そうと思ったんだ。一緒に探してくれるか?」
「そっかー……わかったー。しろいの、しろいのー」
アイリスは、首を左右に動かし周りを見回した。
いま俺たちは東の山の方角へ身体を向けている。
アイリスは、ゆっくりと顔をずらしながら……ある一点でぴたりと動きを止めた。
首の向きが固定され、アイリスが視線を向けているのは――南の平原だった。
「パパ」
「お、おう。どうした、なんか気になることあるのか?」
「あっちに、小さいあかいのが固まってるの。なんか、気になるの」
小さい……赤いの。
それって、それって――もしかして、魔力の光か……?
ぞくっと、身体が震えた。
俺は南の方角へ顔を向けるが、誰かが魔法を使用しているとはわからなかった。
それは距離があるからなのか、それとも視力が足りていないからか。
いや、そうじゃないだろう。
俺はこのうすら恐い感覚を知っている。
奥底まで覗かれているような、外部に現れない隠れた資質すらも暴かれるような――そんな、視線。
北の山に住んでいるドラゴンと、初めて出会ったときに感じた思い。
「アイリス……お前、他人の魔力量が見えてるのか……?」
「……あい?」
アイリスは俺の言葉の意味がわからなかったのか、まるで聞き返すような返事をする。
万能すぎる。
遠く離れた位置からも、その姿を見ることができる。
しかも障害物など関係ない。抑えることのできない、体内に宿る魔力を探っているからだ。
アイリスには、姿を隠すことすら意味を成さない。
「……パパ? どうかした?」
「いや、なんでもない」
……まあ、いいよな。
アイリスはドラゴンだ。
その身体に刃物は通じず、空を飛ぶことができ、街を破壊できるほどの炎をわずか二歳で生み出すことができる。
まるでレーダーのように魔力を感知でき、その魔力量で他者の資質を判別できる。
この世界の動物や魔物から、『神様』と呼称されるほど高尚な生物。
だけど――アイリスはシュタットフェルト家で育った家族だ。
どれだけ他者から恐れられようと、どれだけ他者から敬われようと、俺にとってはずっと家族だ。
これから喧嘩だってするだろう、互いにわがままを言うことだってあるだろう、だけど親愛の気持ちが消えたりしないし、できるかぎり傍にいたいと思える。
だから俺は――アイリスを恐れない。
これからどれだけ身体が大きく育っても、それは変わらない。
そう、アイリスは俺の家族なんだから。
「……よし、じゃあその赤いのがある方向へ行ってみよう!」
「あいっ!」
「あっ、でもゆっくりね。あんまり速く飛ばないで欲しいかな。俺まだ空飛ぶの慣れてないから」
「あい。ゆっくり、ゆっくり……ん、いくよー?」
「おう!」
「えい――っ!!」
――風が、俺の顔を押しつぶそうとする。
ぜん、ぜん……ゆっくりじゃないんですけど!?
翼を平行に保ち、アイリスは少し前傾姿勢を取る。
羽ばたきはゆっくりだ。だがそのスピードは、風を切るという表現が見合うほど速い。
息が苦しくなるほど、空気の壁が無理やりに俺の顔を後方へと押し出していた。
「アイ、リス! アイリスー!」
「あいー?」
「はやい! はや、いぃ!! もっと、ゆっくりっ! たのむっ!!」
「むずかしいのー。パパと一緒だと、げんきでちゃうのー!」
「うがあああっ、いきっ、できねええっ!!」
そのまま空を飛ぶ速度を落とすことなく、体感だと数分あまりで、その場に到着した。
「げは、はぁっ、流れ星に、なるかと思ったっ……!」
「ごめんなさい。ゆっくり飛ぶの、よくわからなかったの」
こんなの、まるで暴走だ。
止まれてよかった。いや、ていうかちょっと目的の場所を通り過ぎてるけど。
もしこれからもアイリスと共に空中散歩を楽しむなら、減速のやり方をきっちりと練習してからでないと危なすぎる。
空中じゃなかったら、確実に衝突事故を起こしていただろう。
「か、かみっ! ここまで追ってきたのか!!」
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