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第四章 ~学園期・入学編~

第四十九話 「方針」

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 野営試験を行う指定の場所『ヤーヴァ森林』へ向かう馬車に、俺たちは乗っていた。
 試験が始まるのは森林内に入ってからであり、たどり着くまでは学園側も配慮しているということらしい。

「よし、じゃあ今のうちにおさらいしておこうぜ」
「おさらいって……今回の試験の内容? みんな知ってるでしょう」
「リズ、お前は一番の成績を取りたいんだよな?」
「そうね。リズベット=ヘルツ=グランドールの名にかけて、リズは絶対に一番をとらないと!」

 そして、周囲からの羨望を集め求心力を高めていく、か……。
 リズベット勢力を増やすための方針の一つだ。

 頼りない、情けない主についていこうとする者などいない。

 まずは学年内で台頭していく必要がある。
 それが、初年度における俺たちの基本方針だった。

「なら、なおさらだ。内容の確認と、さらに目標を決めたほうが動きやすい。それに合わせて予定を立てていくんだ。ということで、キース。昨年試験が行われたときの有力情報は手に入れてくれたか?」
「任せてっ、ばっちり聞いてきた!」
「さすがだ。女と話すことにかけては一番だな、キース!」
「やめてくれよ、白昼堂々女の子を口説こうとするユウリには敵わないさ!」
「…………」

 だから、あれはそういうのじゃねーから。
 見ろ、馬車の隅のほうでステラ「はうぅ」と俯いているじゃないか。

 ……ちょっと可愛いじゃないか。
 うん、悪くない。

 キースには、試験が始まる前までの情報収集を担当してもらっていた。
 手法は主に聞き込み。ターゲットは上級生の女子である。

 キースは顔が整っている上に、女の人と話すことに慣れているからこういった噂話を集めることに仲間内の誰よりも長けているのだ。
 ……この三ヶ月間で判明したことではあるが、キースの得意分野はそれにしか特化していないと言っていい。

 まぁ、得意としている分野があるだけ優秀だよな。
 苦手なことがあれば、できる奴がカバーに回ればいいのだ。

 俺たちはチームなんだから。
 ただこの五人……かなりの問題を抱えているのだけど。

 カバー、できるかなぁ。
 今回は運良くアイリスについてきてもらっているから、なんとかなるか……?

「んじゃ、まずは試験内容の確認からしようぜ。レン、成績をつけられる最低条件は?」
「十日間で、一人も欠けることなく森林の出口と呼ばれる指定場所についていることだ。到着時間は早ければ早いほどいいが、狩った獲物の大きさでの成績が決まる。獲物がないと、評価は最低だと聞いているな」

 突然の質問に、レンは淀みなく答える。

 そう、レンが言ったとおり野営試験には基本三つの評価基準がある。

「よし。それじゃ俺からも調べられた限りの内容と、その対策を話していくぜ」

 一つ目は、生き残ること。

 背の高い木々が生い茂る森林内に、最低限の荷物だけで放り出され、自身が培った知識や技術で生活しなければいけない。
 期限は十日間。食料の確保、飲み水の確保、安全の確保が必須条件だ。
 森林内には川や池などがあるらしく、水源は豊富だと聞いている。座学で習った食べられる植物などもあるそうなので、飢え死にの心配は低いそうだけど。

 だが、班内の人数が一人でも欠けていると評価は最低のものになるそうだ。
 ……まあ、そうだよな。人数が欠けるってことは、問題が起こって、それに対処できなかったってことだ。

 そんな事態だけは、全力で避けなければいけない。

 二つ目は、目的地への到達速度。

 グランフォード領から移動したあと、森林の入り口に等間隔で生徒が配置され、それぞれ指定された出口を目指して進んでいく。
 出口には分かりやすい目印があるとのことで、どこかは教えてもらっていない。
 それを見つけるのも、試験の内なのだろう。

 目的地にどれだけ早くたどり着くか、これも大きな評価の基準になる。
 十日を待たずに指定場所に着いた班は、その時点で試験は終了になるのだとか。

 これも、一つの手だろうな。

 三つ目は、ハンティングの技術である。

 狩りを行い、獲物の大きさで他の班と競う。
 これは最終的にそのまま指定場所へ持っていかなきゃいかないものであり、解体した状態の骨や皮、肉片だけでは評価にならない。

 つまり、食料とは別にハントしなければいけないのだ。

 そして、指定場所まで持っていかなければいけない。
 保存状態は問わないそうなので、腐りかけでも大丈夫だが……問題は運搬である。
 大きな獲物を狩っても、持ち運べないのなら意味はない。最初に焦って狩りを行って、それが足かせとなり最終的に指定場所へたどり着けなくなる可能性だって考えられるのだ。

 いつ、どこで、どれほどの獲物を狩るか――これを計算で行えればいいんだが、ちょうどいい獲物に出会うのだって運が必要になる。

 なかなか、高評価を狙うのは難しそうだ……。

 ヤーヴァ森林の中には、人間から魔物と呼ばれる生物は極端に少ないようだが、様々な動物がいるらしい。中には人間を襲う危険なものもいるのだとか。

「――とまぁ、内容はこんなところだな。キース、去年度の最優秀班はなにを狩ったって?」
「ん~、人間の三倍は大きいヴァウルだそうだよ。凄いよねぇ」
「なるほど、ヴァウルか……」

 ちなみに『ヴァウル』とは、この世界での『熊』のことである。

 ……熊が出るのかよ、その森。
 しかも、かなり大きい個体もいるんだな。

「らくしょーよ! ヴァウルくらい、リズたちなら簡単に狩れるわ!」
「ふむ、もしヴァウルと対峙した場合は私が対処しよう。だが、ユウリ。問題はそこではないぞ」
「そうだな、レンがいるなら危険は少なそうだ。だけど運良く遭遇して狩れたとしても運ぶ方法がなさそうだな……キース、その去年の班はどうやってそんなに大きいヴァウルを運んだんだ?」
「なんでも物を運ぶのに適した魔法を使える人がいたそうだね。森の中で、しかも荷車もない状態だし、それ以外の方法は難しいんじゃないかな」

 魔法、か……。
 やっぱりこの学園の試験は、人選が評価に直接左右されるな。戦闘が絡むと、特にその傾向が強い。

「んじゃ、俺たちリズベット班の目的は――」
「一番よ! 一番以外あり得ないわ!!」
「――……てお姫様が言ってるから、かなり効率的に動かないと難しい。基本方針と役割を決めていこう」

 今日も元気だ、俺たちのお姫様は。
 ……本人の実技も魔法も戦闘に向かないのに、そのくせ人一倍目標は高いんだから苦労するぜ。

 まあ、その方が燃えるけどな。
 どうせやるなら、一番を狙わない手はないってもんだ。

「一番良いのは、まず可能な限り早く移動し、目的地周辺で獲物を狩ることだろうか? 距離が短いのなら、獲物が大きくてもなんとかできる方法も浮かぶかもしれん」
「まぁ、それが一番よさそうだよな。でも他の班もそれを狙うだろうから、目的地周辺で獲物を見つけること自体難易度はあがりそうだが」

 レンの案が一番現実的で、効率的だ。
 まず最低限の評価を確保するために目的地へ移動、そして可能な限りの時間を使い獲物を見つけ、狩る。

「まぁまぁ、失敗するよりはいいんじゃない? 女の子が二人いる班なんだし、移動を優先するべきでしょ。まず安全に目的地へたどり着くことが一番大事さ」
「……そうか。男女の違いもあるよな」

 キースは、ちらりと視線をステラに向けた。
 クラスが違うから、ステラがどれだけ基礎体力を持っているか俺たちは知らない。

 だが、まだ学園に入って三ヶ月だ。
 いくら体力がついていたとしても、普段から鍛えている俺やレンほどではないだろう。

 キースも、体力があるとは言えないしな……。
 リズベットは、今までお姫様生活だったし言わずもがなだ。

「んじゃ、基本方針は移動速度を重視するってことで。リズ、それでいいか?」
「いいわ! 貴方たちに任せる!」
「ありがと。じゃー、次は役割だけど。戦闘班はレンと俺、それと万が一のときのためにアイリス……あ~、アイリス、大丈夫か? 疲れてないかー?」

 馬車から顔を出して、アイリスへと声をかける。

「あいーっ! じょぎんぐ、ひさしぶりだから、たのしいのー!」

 うんうん、城内から出るなんてほとんどないもんな。
 思う存分走るがいい。お前を止めるものなどありはしない!

 いまアイリスは、四本の足を激しく回転させながら、馬車の横を走っている。
 身体が大きくなってから人間の乗り物には乗れなくなってしまったので、アイリスは長距離の移動は『走る』が基本なのだ。

 御者の顔が、恐怖に染まっているのが少し可哀相だけど……まあ、仕方ない。
 危険はないから、もう少しだけ我慢をお願いします。

「てことで、アイリスが傍にいてくれるから、いざとなったら頼ろう。次は食糧確保……は移動しながら全員でやっていくとして、あとは陽が落ちる前に寝床の確保かな。火の番は順番で。それでいいか?」
「ああ、それで問題ない」
「僕もそれで大丈夫。ユウリは話を進めるのが上手いから助かるねぇ」

 レンとキースが頷いてくれる。

 よし、これで基本方針は固まったかな。

「リズもそれでいいわ! 火が消えないように見張ればいいのね」
「いや、女の子二人は寝ててくれていい。移動するための体力を温存しておいてくれ。火の番の順番回しは男だけでやるから」
「……そう。なんか、つまらないわねぇ」
「悪いな。もっと授業が進んで、体力がついてきたら一緒にやろう。ステラもそれでいいか?」
「えぅっ、は、はい……だいじょうぶ、です……ありがとうございます」

 リズベットは口をとんがらせて、ステラはひたすら恐縮していた。

 ん~……なんとか、ステラもこの試験中に皆と打ち解けられればいいなぁ。
 俺とつるむということは、皆とも一緒にいるということになってくるからな。

「あ、あの……っ」

 と考えていたら、ステラはおずおずと手をあげ始めた。
 これは、意見か質問があるということだろうか。

「お、おう! なにかな?」
「飲み水の確保は……大丈夫なんでしょうか。一番先に、行動しないとって思ったんですけど……」

 なるほど、ステラの心配ももっともだ。
 さっきまでの作戦会議では、飲み水の確保については話し合ってはいなかった。

 だけど、実はこの問題については既に解決しているのだ。
 川や池があるのなら、それでも大丈夫だが……俺たちにはアイリスがいる。

 そうだよな。ステラには、アイリスの能力を説明しないといけないよな。

「飲み水については大丈夫なんだ。アイリスは水を操ることができるドラゴンだから、自在に水を出すことができる」
「……あ、そうなんですね……すみません、余計な心配しちゃいました」
「いや、気になったことがあればどんどん聞いてくれ。情報の共有が集団で動くには大切だから」
「は、はいっ」

 ちょうどいい、この機会に説明しておこう。

「新しく仲間も増えたことだし、それぞれ魔法の能力をステラに説明していかないか?」
「……ユウリ」
「ん? どうした、リズ」

 リズベットが、俺の耳元に口を寄せてきた。

「あの子、信用できるの……?」

 そして、小声でそんなことを口に出す。

 ああ、なるほど……魔法の能力は、基本的に他人に教えないほうが有利に働く場合が多いらしいから、まだステラのことを信用していないリズベットは、それを教えることを渋っているのだろう。

「まぁ、大丈夫だろ。それに俺たちの魔法って、隠すほどのものでもないし」
「むぅ……まぁ、そうだけど……いいわ、今回の試験では仲間になるんだしね!」

 リズベット迷っていたが、最後には笑顔で頷いてくれた。

 うん、やっぱり俺の主は良い子だ。
 人を信用しすぎるのもいけないけど、疑いすぎる君主はなお良くない。

 一緒に試験を受ける仲間のことは、信用して行動すべきだ。

「レンとキースも、いいよな?」
「ああ、問題ないぞ。私の能力は他人がわかっても対処できるものではないしな」
「僕もいいよ。むしろ女の子には知って欲しいくらいだ」

「よっしゃ。んじゃ俺の能力はもう知ってるよな。動物や魔物と会話ができる『翻訳』って能力だ」
「はい……アイリスさんと、その魔法で仲良くなったんですよね。羨ましいです……」

 ステラは、既に初めて会った日に俺の能力を教えているから、特別驚く様子もなかった。

「では次は私が。私の能力は『切断』。長剣に魔力を宿して使うとよくわかるのだが……基本的になんでも切れるようになる」
「す、凄いですね……強そうです」
「ふふ、私に切れぬものはない」

 ドヤ顔のレンと、それを素直に褒めるステラ。

 実際、これがかなり使える能力で、俺たちの中で一番戦闘能力が高いのはレンだった。
 さすが、最強を目指すというだけはある。

 単純な剣術の腕でも、クルーア先生に稽古つけてもらっていた俺より上なんだから、その本気度もわかるってものだ。

「次は僕が言うよ。僕の能力は『光』。ほらっ、見てよ綺麗でしょ!」
「わあっ、凄く明るいです!」

 キースは頭上に光の球を発生させ、自分を照らしていた。
 まんまスポットライトである。

 ……ただ明るくなるという、眩しい光の魔法なのだ。

 戦闘には、向かないんだよなぁ。
 できて目暗ましくらいかな。

「リズはね、『大きい声』が出せるのよ! どう、凄いでしょう!」
「凄いです!」
「ふふーんっ」

 ……リズは、自身の声量を大きくすることができる。
 俺は初めて会った日に聞いていたが、やはりただそれだけのようだ。

 これも、戦闘には使えないだろう。

 そして今回の試験でも、使いどころはあまりなさそうだ。
 ドヤ顔のリズベットを、素直にはやし立てるステラの構図が微笑ましい。

「えと、あたしは……すみません、『魔力なし』です……すみません」

 そしてステラは、魔力を持っていないらしい。

 そう、つまりこの班は『戦闘に適した魔法』を持つ者がレン一人しかいないのである。
 これが、この先の試験で辛くなってくる要因になるだろう。

 これが致命的な問題にならないといいけれど……なんとか、するしかないよな。

「おおいっ、貴族の生徒様がた、森に着いたよ!」

 そのとき、御者が到着の報せを告げた。
 学園側から許可されている最低限の手荷物を持って、俺たちは馬車から降りる。

「送っていただいてありがとうございます」
「いえ、これも仕事ですから。それじゃ頑張ってくだせえ」

 そして、馬車は来た道を引き返していった――俺たち五人と、一匹を残して。

「はふ~……パパ、ここできゃんぷ?」
「ああ、ここが……『ヤーヴァ森林』だ」

 馬車に追従して走っていたアイリスが、満足そうな吐息とこれから起こる日々に期待を込めた声を出した。

 振り返ると、陽を遮るほど背の高い木々が生い茂る森が視界に映る。

 これから俺たちの『野営試験』が、始まるのだ。

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