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第五章 ~学園期・トーナメント編~
第六十六話 「契約」
しおりを挟む「それじゃ、祝勝会を始めましょう! 優勝よっ、皆お疲れ様!!」
「「リズベット王女殿下万歳!」」
食堂を一角を借りての、我らがリズベット班の祝勝会が始まった。
明らかに五人では食べきれないほどの料理を前に、果実を発酵させた赤色の飲み物を注いだグラスを掲げ、声を張り上げて乾杯する。
「ってうぉい! これ酒じゃね!?」
「え? うん、そうよ」
グラスを傾けて、ククーッっと発酵飲料を喉に通しながらリズベットは言葉を返す。
そして、ぷはぁっと美味しそうに息を吐く。
少し頬が赤らんでいて、女性的な魅力が増したように見えた。
「い、いいの……?」
「なにが?」
「いや、ほら年齢的にさ、まずくないの?」
「別に……? ユウリも飲んだら? 今日のはツェヴァンから取り寄せた一級品だから、美味しいわよ」
お、おうそうか。
この国って、成人していないのに飲酒していいんだ……。つい日本の常識と混同して考えてしまう。
座学ではこういう日常的なルールは教わらないから、物事を目の当たりにするまで分からないんだよなぁ。
シュタットフェルト家では日常的に飲酒する人はいなかったし、この世界でのお酒が案外高いとか……いや、それもピンキリか、セントリアにも居酒屋のような店はあった。
たまたま、飲む人が身近にいなかっただけかもしれない。ユウベルトだって、時々だが晩酌していたしな。
「それじゃあ、有り難く頂こうかな」
「うん、お祝いなんだし、パーッといきましょう」
この世界に転生して、初めての酒――
「――っ、めっちゃ美味い! なんだこれ!?」
口の中に入れたとたん、旨みが広がっていく。
はっきりとした輪郭とでもいうのだろうか、味が濃く、喉を通るときの重量感が凄い。
これは、肉料理のようなどっしりとした料理に合うだろうなぁ。
地球に生きていた頃でも、こんな味わい深い果実酒なんて飲んだことがない。
「へへ、こういう席のために前もって用意しておいたのよ。気に入ってくれた?」
「あ、ああ! こんなの初めて飲んだよ」
「そうかもね、これ、王侯貴族にしか流通されてない特別な品なの」
ま、マジすか……。
値段とか聞かないほうがいいかなぁ、この一杯でどれくらいするんだろう。
初めて飲んだ酒がこれって、価値観壊れそうで恐いよ。
やばいな、俺は今日、止まれないかもしれない!
「ユウリ、サーペント殿下とはなんの話をしていたんだ?」
レンは、静かに果実酒を嗜んでいる。
そして分厚い肉をナイフで切り分けながら、少しテンションが上がっていた俺に話題を振ってくれた。
お、落ち着いているなぁ……やはり生まれながらも貴族は違うもんなんだな。
「うん、少しな。グランドールの安全のために、アイリスと契約しろって言われたんだ」
「……契約? 契約とはなんだ、随分と興味深い単語だな……ん、もう一杯頼む」
そう言いながら、レンは空になったグラスを宙に掲げる。
それに気付いた食堂付きの従者は、素早い動作で果実酒を注いだ。
「あれ? 契約のこと……知らないのか?」
「ああ、聞いたことがない。もう一杯頼む」
「そっか……まぁ簡単に言えば、魔力を通じて相手に制約を与えるというか、言い方を悪くすると支配するって感じだな」
「ほう、そんなことが可能なんだな。それで、ユウリはアイリスと契約をするのか。もう一杯頼む」
「お、おいレン。ちょっと飲みすぎじゃ……」
「そんらことはない。わらしはれんれん、よっはらってらどいない。もういっはい、らのむ」
「いや、酔っているかどうかはまだ聞いてない。てかもう手遅れだな……」
まぁ、このお酒美味しいもんな。仕方ないよ。
ちょっと飲むペース早すぎたけど……。
「んがっ」
「あー……潰れちゃったか」
力が抜けたように額をぶつけつつ、レンはテーブルに突っ伏してしまった。
続けて、ぐががと大きい寝息を立てる。
ていうか、やっぱまだ成人してない身体でアルコール摂取すると負担が大きいんだよ。
無理しない範囲で、少しずつ楽しもう……料理だって長く楽しみたいしな。
「あの、ユウリさん……今の話、本当ですか?」
「ステラ」
「ももいろ、もっと、おにく」
「あ、ごめんなさいアイリスさん、はい、あーん」
「あーん」
ステラは、細かく切り分けた肉料理をアイリスに食べさせていた。
食べ物を回す手が止まると、鼻先で突いてもっと食べさせろと催促をしている。
な、なんかごめん……世話係みたいにしちゃって。
アイリスもいつの間にか、甘えるようになってるなぁ。
微笑ましいけれど、申し訳ない。
「はい、こちらもどうぞ」
「んぅ、やさいは、あまりすきじゃないの……」
「ダメですよ。ちゃんと食べないと大きくなれません」
「うー……ももいろ、ひいてくれないの……しかたない、わがままにつきあってあげるの」
「えへへ、いい子いい子、です」
イヤイヤと首を振るアイリスを諭すように、ステラは人差し指を立ててメッと叱る。
結局折れて野菜料理を口に含んだアイリスを撫でて褒めているようだが、なぜか逆にお姉さんぶられているな……。
不思議な関係だ。
言葉は通じていないはずなのに、互いに相手がなにを言っているのか分かっているんだなぁ。
仲良きことは美しきかな。
「ステラ、アイリスの面倒を見てくれてありがとう」
「い、いえ。あたしも好きでやっていますので……えへへ」
「それで、さっきの話って?」
「あ、レンさんとのお話していた……契約の、ことです」
アイリスと撫でる手を止めないまま、ステラはおずおずと話題を切り出す。
「ステラは契約のこと、知っているのか?」
「いえ、いま初めて知りました。そんなことが可能なのですね……」
色んな知識が豊富なステラも初めて聞くことだったのか。
契約って、あんまり知られていない技術なのかな……?
「僕も初めて聞くなぁ」
「リズは知ってるわよ、お父様が過去に行った栄光の一つだもの」
「ゼストニア陛下が、ですか?」
「ええ、お父様は昔ね、森人(エルフ)との関係を取り持ったことがあるのよ」
俺がサーペントから伺った話を、リズベットはステラとキースに話す。
ドラゴンが現れ、エルフと協力して討伐を行った経緯。そして学園長と契約を交わし、人間を超えた戦力を得て王座へと上り詰めたという一幕だ。
「へぇ、学園長って人間じゃなかったんだね……知らなかったなぁ」
「そうですね、ちっとも気付きませんでした。それに、契約ってそういうものだったんですね。どうして、あまり周囲に伝わっていないのでしょう。座学でも教わりませんでしたし……危険だからでしょうか?」
「そうね、進めて広めるものじゃないってことはあるみたい。間違って人間相手に行使したら問題になるわ、だって奴隷を作るようなものだし……それに、できる人も限られるの。契約って、魔力をかなり消費するみたい」
帝国グランドールは、法律で奴隷制度を禁止している。
ただし、人間という種族相手だけだが。魔物や、亜人間に対しては扱いがざっくばらんだ。
たとえ国内で異種族間での問題が起こっても、人間側だけが優遇されるのだ。まぁ、人間の国だから仕方のないことかもしれないが。
「魔力を使うってことは……人族では貴族や騎士しか使えないということになるね」
キースが言うとおり、この国で魔力を持つものは貴族か、一般の出でも成り上がりで騎士になることが多い。
「魔力量も関係しているのですね。具体的にどのくらい必要なんでしょう」
「さぁ、リズはしたことないから……ユウリは知ってる?」
「ん、詳しくは分からないけど、ちょっとはな。ほら、シュタットフェルトの領地であるセントリアにサルベスの騎士が襲ってきたことがあったってのは、前に説明しただろう?」
果実酒を飲み、料理を味わいながら三人は頷く。
「くろいの、ねてるの? なんで? いまごはんだよ」
「う、うぅ……んががっ」
アイリスは、酔いつぶれているレンの身体が気になるのか、顎をのせたり鼻先で突いたりしていた。
「たしか、かの『炎熱』が攻めてきたって話だったよね」
「ああ、そのトルージって奴が大勢の銀狼族を支配してセントリアに戦闘を仕掛けたんだ。そのときは五十人ほど操っていたぞ」
「それは、凄いのでしょうか? 普通はどのくらいなんでしょう」
「俺の先生は、自分の魔力量じゃ一人を操るのも無理って言ってたけどな。常に魔力を流していないと無理って話だぞ」
「それじゃ、僕には難しそうだねぇ」
「あたしには魔力がないので、そもそもの話ですね。えへへ」
キースは手を広げて溜め息をつき、ステラは頭に手をのせて微笑んでいた。
リズベットは、グラスを深めに傾けている。
「それで、ユウリはアイリスちゃんと契約するのかい? 虐殺王子殿下のお言葉に従って?」
「含みのある言い方だなぁ。まぁ、気持ちはよく分かるけどな」
俺なんか一度、殺されかけてるしな。
「で、できるのでしょうか……? アイリスさんに限らず、ドラゴンは魔力が高いと伝わっています」
「そうだな、トルージだって失敗したくらいだし……普通の人間には無理だよな」
でもまぁ、そこは心配してないんだ。
俺の魔力量は、アイリスの母親ドラゴンよりも多いらしいから。
きっと問題なく、相互契約が完了する。
逆に、アイリスが俺への制約を交わすほうが難しいかもしれない。
しかし、この世界に他人の魔力量を測る方法ってないのかな。
アイリスは魔力を目で見られるみたいだから分かっているみたいだけど……そういえば、学園長も俺の魔力について把握している感じだったなぁ。
人間以外には、特殊な器官でも備わっているのだろうか。
「大丈夫だよ。多分だけど、状況によっても変わってくるんじゃないかな。俺とアイリスは、納得して契約を交わすんだ、互いに抵抗なんてしないからね」
「……互い? ユウリがアイリスちゃんに制約を付けるんじゃないのかい?」
あ、そうか。
そこも説明していなかったな……。
「ああ、実は違うんだ。なんていうか、お互いを支配するというか」
「――そんなことよりも、もっと重要なことがあるでしょう!?」
そのとき、タン、とグラスを勢いよくテーブルに叩きつける人物がいた。
「……え?」
「お、お姫様?」
「リズ様……だ、大丈夫ですか?」
「きんいろ、うるさいの……」
「ぜんっぜん、だいじょーぶ! あははははっ」
リズベットだった。
顔も、耳までも赤く染めて、一目で分かるほど酔っぱらってしまっていた。
「リ、リズ。重要なことってなんだ?」
「分からないの!?」
「わ、分からない……ごめん」
「なんで分からないのようっ、もう、もうもうもーうっ、決闘のことに決まってるでしょ!」
決闘……?
昨日の、チェスターとの決闘のことか?
なんだろう、無事に勝つことができたし、なにも問題はないと思うけど。
「あ、もしかして……」
ステラが、口に手を当ててなにか思いついたという仕草を見せる。
「ああ、そういうことかぁ……ふふっ、ユウリも罪な男だよねぇ」
キースも含み笑いをして、こちらに視線を流した。
「な、なんだよ……二人とも、なにか知っているなら、教えてくれよ」
「馬鹿ユウリぃっ、決闘に勝ったら、勝ったらぁ……っ」
語調は強くも、リズベットは立ち上がってもじもじと足をくねらせる。
なんだ、決闘に勝ったらなにがあるんだ…………ああ、思い出した。
なるほど、当事者にとってはそれが一番大きなことだよな。
チェスターとの勝負に勝ったら――俺がリズベットの許婚になる。
確かに、リズベットの心中を想うと契約よりも重要な事柄だろう。
「リズベット」
「な、なにっ!?」
「少しだけ、待ってもらえないか?」
「え……なんでぇ?」
「俺たちはまだ子供だ。これは、簡単に決めていい問題じゃないだろう。お互いの親にだってきちんと話さないといけない」
「そう、だけどぉ……リズは、ユウリの気持ちが知りたいのっ」
「それも含めてだ。まだ、自分の気持ちが分からないんだよ……だから……」
「あ、あはっ、あはははははっ」
「リ、リズ……?」
「そう、分からないのぉ。ユウリって大人びてるのに、まだまだ子供だったのね! ふ、ふふふ、うふふふふっ」
「はぁ……? いや、リズ、なにを言って……」
「いいのよっ、もう全部分かったからっ、そういうところも可愛い……の、きゅぅ……」
言葉の途中で、リズベットはテーブルに身体を沈ませた。
叫んだことで、酔いが回ってしまったのだろう。
「リ、リズ様、大丈夫ですかぁっ」
ステラが慌てた様子でリズベットの介抱を初め、その光景を見た従者たちが次々に続く。
レンには構わなかったのに、これが身分の違いってやつだろうか……。
「どういうことだ……?」
「あはは、お姫様の可愛い勘違いさ。決断を迫られなくってよかったじゃないか」
「キース。勘違いってなんだよ?」
「つまり、お姫様はユウリを“恋を知らない少年”だと思ったんだよ。初恋もまだ体験していない子供なんだ、とね」
「…………だからそういうのは男にすんなよ……」
「ははっ、ごめんごめん、つい癖で」
キースが放つウインクが、無駄に俺の胸をざわつかせる。
少し癪だが、説明してもらってようやく理解が追いついた。
なるほど……大人びてるけど子供、ね……。
「まぁ、姫様も許してくださったことだし、宣言通りゆっくりいこう。僕たちはまだ学園生だし、恋に戦いに、急いで結論を出すことないさ」
「……そうだ、よな」
「でも、ちゃんと答えを出さないとダメだよ? 言うまでもないことだと思うけどさ。それでお姫様を泣かせることだけは、しちゃいけない」
「ああ、分かってる」
「ならいいんだ」
「きんいろも、ねちゃった?」
アイリスはステラや従者に介抱されるリズベットを見て、首をかしげる。
俺たちの祝勝会は、こうした形でお開きになった。
始まりは突然で、最後はグダグダだったなぁ……。
■ ■ ■
「アイリス、じゃあいくぞ……?」
「あいっ、いつでもどうぞ~っ」
次の日、俺たちは中庭に出ていた。
一人の人間と一匹のドラゴンが――契約を交わすためだ。
「ドキドキします……こんな光景に、立ち会えるなんて……」
「うん、見てみなよ。やっぱり気になるんだろうね。学園中の皆が見守ってる」
「無理もないですよ。こんなの、普通は一生に一度だって見る機会ないんですからっ」
ステラとキースが近くに立っている。
学園の窓という窓からは、所狭しとたくさんの生徒が顔を出していた。
契約の場に、中庭を選んだのはこのためだ。
様々な視線がある中で、ドラゴンと契約をする。
そうすることで、アイリスの安全性を少しは示すことができるだろう。
契約という概念が知れ渡ってしまう危険性も考えたが、誰にも知られない場所でやってもそれこそ効果がない。
これは、学園の皆に、ひいては国の皆に見せるために行うのだから。
「うぅ~……あたま、いたい……」
「まったく、です……なにもこんな日に、決行しなくてもいいのに……」
ちなみにリズベットとレンは、木陰でぐったりと座り込んでいた。
どうやら昨日の影響で、二日酔いになってしまったらしい。
飲みすぎ注意。
酒は飲んでも飲まれるな。
「アイリス」
「……パパ」
静かに、アイリスの首に手を回す。
それを受けて、応じるようにアイリスは顔をすり寄せてくれた。
「改めて、誓うよ」
「ちかうの」
「俺はお前を裏切らない」
「あいりすも、パパとずっといっしょにいるの」
「俺の命はアイリスのものだ」
「あいりすは、パパのためにいきるの」
互いに、少しだけ声を漏らして笑いあう。
そして、水色の体躯に染み込ませるように魔力を流していった。
アイリスから発される魔力も、俺の体内を駆け巡っていく。
「ん……これが、アイリスの魔力か……」
それは、まるで水のようだった。
セントラル川のせせらぎのように、魔力が波となって流れてくる。
決まった型など持たず、飛び跳ねるように弾ける。
どこか無邪気で、楽しく、底抜けに明るい――
これは、アイリスの魂の形だ。
「パパの……すごい、おおきいの。ぜんぶ、つつまれるの……あったかい」
目を瞑っている状態で、アイリスはそんなことを呟いた。
「アイリス、大丈夫そうか……?」
「……あい、パパは?」
その問いに応えるように、さらに強く魔力を流した。
アイリスも、負けないと言わんばかりに応酬する。
互いが互いを、貰い受けるように。
互いが互いを、支えあえるように。
――互いが、一つになるために。
互いの魔力が、溶け合っていく。
「すごい、綺麗です……」
「これは、もしかして魔力かい……? まさか、こんなにはっきりと目に見えるなんて……」
「……魔力が、私たちを包んでいる。興味深いな、なんて美しい光景なんだろう」
俺とアイリスの放つ魔力が、薄い赤色の光となって中庭に広がっていった。
「あははっ、まるで二人の中にいるみたい……温かくて、優しい光……っ」
リズベットの笑い声が、耳に届く。
アイリスが瞳を開き、俺は首元に回していた手を解いた。
視線が、合わさる。
「これからもよろしく、アイリス」
「あい、よろしくなの――パパっ!」
中庭を包み込む光は、やがて俺たちの中へ帰ってくる。
自分の胸の中にアイリスがいるような、俺の魔力がアイリスに流れ込んでいるような。
互いの魂が繋がった感覚。
――契約が完了した。それを、確かに感じたのだ。
ふう、と安堵からか息を吐いた。
しん、とした空気に、だんだんと拍手が鳴り響いていく。
それは掛け替えのない仲間から、そして学園から伝わる“ありがとう”と“お疲れ様”だ。
こうして、俺ことユウリ=シュタットフェルトはドラゴンと契約した。
アイリス=シュタットフェルトという名前の、大切な家族と。
命ある限り、互いを支えあっていこうと――誓い合ったのだ。
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