龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第三部 新たな己への旅路

大森林のエルフ編 第12話

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 「雷砂、眠る前に湯でも浴びるか?必要なら、精霊に頼んで湯を用意するが」


 洗ってきた食器を片づけながら、シェズは声を張り上げる。


 「体?いいよ。今日は、イヤってほど水を浴びたしさ」


 笑いながら雷砂が答え、確かにその通りだとシェズも笑う。


 (なら、後は寝床の準備だな)


 一人暮らしの家だから、ベッドは当然の事ながら一つしかない。


 (私が床に寝て、雷砂にベッドを使わせてやればいいだろう)


 そう考えて、奥の寝室で寝床の準備をしていたら、トコトコと雷砂がやってきた。
 雷砂は床に用意された寝床とベッドを見比べると、


 「あ、寝床を用意してくれたんだ。ありがとう、シェズ」


 にっこり笑って床の寝床の方へと足を向けた。
 そんな雷砂をシェズは慌てて引き留める。


 「いや、そこは私が使う。雷砂はベッドを使ってくれ」


 そう言ってベッドの方へ追い立てようとしたが、雷砂はいやいやと首を振る。


 「ここはシェズの家でしょ?シェズは遠慮なくベッドを使ってよ。オレが床に寝るから。固い場所で寝るのは野宿で慣れてるしさ」

 「そうはいかない。流石に客人を床に寝かせて、自分だけベッドを使うなんて」

 「それを言うならオレだって、客人の分際でベッドをぶんどって、家主のシェズを床に寝かせるなんて」


 私が床に、いやオレが……と、床の取り合い、ベッドの譲り合いをしていたが、どちらも折れずに話し合いは平行線となった。
 しばらくして、二人は困ったように顔を見合わせる。
 どうやら、相手だけにベッドを押しつけるのは無理そうだ、と悟ったように。
 二人の視線が、示し合わせたように床の寝床へ向けられた。そこに二人並んで寝ることを検討するように。

 だが、一人用とはいえちゃんとベッドがあるのに、わざわざ床に並んで寝るのもバカバカしい。
 幸い、シェズの体は一部分を除いてスリムだし、雷砂の体はまだ小さい。
 一人用のベッドでもそれほど窮屈に感じずに眠ることは出来そうだ。

 そう判断したシェズは、急に落ち着かなくなった気持ちを無理矢理落ち着かせるように、ゴホンと咳払いを一つ。
 それからちらりと雷砂の様子をうかがった。
 すると、雷砂もこちらを見ていて、シェズの心臓が大きく跳ねる。


 「いっそ二人で床に、とも思ったんだけど、ベッドがあるのに使わないのもバカバカしいし……一緒にベッドで寝る?」


 雷砂の言葉は、シェズが考えていた事と一緒だった。
 そうだな、それがいい、と答えればすむだけなのに、中々その言葉が出てこない。
 自分が言おうとした言葉が雷砂の口から出てきた衝撃で、シェズは少々混乱していた。
 そんなシェズを見上げ、雷砂は小首を傾げて、


 「えっと、シェズがいやじゃなかったら、だけど」


 そう付け加えた。


 「いや……いや、じゃ、ない」

 (雷砂は女だし、私も女だし、雷砂は小さいし、私もまあ、大きすぎると言うことはない、はずだし……も、問題はないはずだ。うん)


 頭の中では色々考えて忙しい程だったが、表面上は至って平静に頷きを返す。


 「そ? なら良かった。じゃあ、シェズは奥へどうぞ」

 「ああ、うん……」


 雷砂に促され、シェズはのろのろとベッドへ這い上がると、壁際にぴたっと身を寄せて横になった。
 シェズの、あまりにかちんかちんの様子に、雷砂は思わず破顔する。
 そのままクスクス笑いながら、


 「そんなに固くならなくても。ただ、一緒に寝るだけなんだから。悪戯したり脅かしたりなんてしないからさ。安心、して平気だよ?」


 床の上の寝床をさっと片づけて枕を拾い上げると、自身もシェズの横にその身を横たえた。
 隣に滑り込んできた暖かな温もりを感じて、シェズは更に体を固くする。
 そんなシェズの様子に、雷砂は再びその口元を微笑ませた。


 「大丈夫だよ、シェズ。怖くない、怖くない。ほら、可愛がってる動物が一緒に寝てるとでも思ってみなよ」


 まるで緊張した様子を見せず目を閉じる雷砂を横目でちょっと恨みがましく見ながら、ふぅ、と小さく息を吐く。
 落ち着け、相手は子供だ、と自分にそう言い聞かせながら。
 すでに隣からは、健やかな寝息が聞こえてきていて。
 私は何をこんなに緊張しているんだろうな……と少々情けない気持ちのまま目を閉じる。

 しかしそうやって目を閉じてしまえば、隣から伝わる存在感の圧力は更に増し、シェズは追いつめられたような気持ちでぎゅうっと目をきつく閉じた。
 そんなシェズの気持ちなどまるで知らず、深く眠っている様子の雷砂は寝返りを打ってくっついてきたり、手足を絡めてきたりと忙しい。
 恐らく、無意識に寝心地の良い体勢を探しているのだろう。

 雷砂はそうやってしばらくもぞもぞしていたが、寝返りを打ったシェズの背中にぴたりとくっつくと、やっと落ち着いたようにその動きを止めた。
 密着されて、シェズはほんの一瞬その身を固くしたが、背中に伝わる温もりが心地よくて、気がつけば体から無駄な力は全て抜けていて。
 果たして眠れるだろうか、と凝り固まっていた気持ちも程良く解きほぐされ、シェズはうとうととまどろみ始めた。


 (……人の温もりというものは、心地が良いものなのだな)


 ぼんやりとそんなことを考えながら、シェズは眠りに落ちていく。
 ゆっくりゆっくり、自分以外の寝息に耳を澄ませながら
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