龍は暁に啼く

高嶺 蒼

文字の大きさ
186 / 248
第二部 旅のはじまり~小さな娼婦編~

小さな娼婦編 第四十三話

しおりを挟む
 「はい、確かに確認しました。雷砂、よく頑張りましたね。お疲れさまでした」


 そう言ってにっこり微笑んでくれたのはミヤビだ。
 あの後、それなりに時間をかけて蜘蛛の解体を終えて、冒険者ギルドまで戻ってきたのは、出発した翌日の夕方になってからの事だった。
 ギルドの入り口をくぐって中に入った雷砂を見つけたミヤビは、本当に心底ほっとしたような顔をした。
 もしかしたら、夜もよく眠れなかったのかもしれない。
 その目の下にはうっすらとくまが見えた。

 それからしばらくギルド内は騒然とした。
 アトリはギルド長であるマーサを呼びに走り、誰かが呼んだ医療班が駆けつけ、ヴェネッサとエメルをかっさらっていった。
 雷砂はミヤビに、依頼達成の証拠としての討伐部位の確認をお願いし、その結果がさっきのセリフだ。

 問題なしと言われてほっと息をつく。
 実際問題、当の蜘蛛は生きていて、雷砂の後ろにぺたりとくっついているのだから、確認してもらっている間もちょっと冷や冷やした。
 本人は、雷砂の髪を触ったり、抱きついたり、いたってのんきな様子だが。

 アリオスやヴェネッサ達と相談した結果、クゥの事はギルドに明かさない事にした。
 人型に擬態する魔物事態が希少だし、いくらクゥは危険な魔物ではないと伝えても、信じて貰えるか微妙なところ。
 下手に疑われたり、希少な価値から狙われる恐れを考えるなら、最初から黙っていた方がいい。
 4人はそう考え、決断した。

 幸い、クゥの擬態は完璧だし、彼女の姿を見て魔物と思うものなどほぼいないといっていいだろう。
 クゥは取りあえず、討伐の帰り道で保護した子供、ということで押し通すことにした。

 そんなこんなで諸々の報告をすませ、今はミヤビと報酬の受け渡しに関する相談中だ。
 マーサは一通りの報告を受けた後、事後処理のために自分の執務室へ帰って行き、アトリは隣の窓口で他の冒険者の応対をしている。


 「報酬は、額が額なので明日の朝までに用意する形でも?」

 「うん。それでいいよ」

 「では明日、依頼の達成報酬と併せて素材の買い取りの対価も支払いますね。それとも、どこか別の場所で売りたいようなら」

 「ここで買い取って貰えればありがたいんだけど。頼める?」

 「わかりました。明日までに査定は終わらせておきますね。それから、クゥちゃんの事ですが、明日いっぱいはギルドで身柄を預かります」

 「身柄を、預かる?」

 「といっても、別に何をするわけでもないんですが、念のため、というか。クゥちゃん自身は記憶喪失という事ですが、身内の方が探しているかもしれませんし、一応似顔絵等を作成して近隣に配布する予定です。その準備の為に、クゥちゃんにはギルド内に居てもらう必要があるんです」

 「なるほど。わかった。一応、クゥのことはオレが引き取る予定だけど、そこは問題ない?」

 「はい。身内が名乗り出ない限りは問題ないはずです。雷砂はA級冒険者ですし、そう言う意味で身元は確かですからね。ただ、これから1年の間は定期的に所在を冒険者ギルドに教えてもらう必要は出てくるかもしれないですけど」

 「まあ、そこは何とかするよ。確か、どこの冒険者ギルドでもいいんだよな?」

 「ええ。ギルド同士は通信のアイテムで常時連絡を取り合うことが可能ですから」

 「そうか。わかった。色々ありがとな、ミヤビ。じゃ、明日また」


 そう言って、クゥをつれて踵を返すと、


 「わ、ちょっと待って、雷砂。クゥちゃんは置いてってください」


 ミヤビの慌てた様な声が追いかけてきた。
 そうだったと苦笑を漏らし、雷砂はクゥの頭に手を置いてその顔をのぞき込んだ。


 「クゥ。クゥは今日、ここでお泊まりだ」

 「雷砂は?」

 「オレは、えーと」


 クゥがきょとんと首を傾げるので、雷砂はミヤビに目で問いかける。
 付き添いは可能なのかどうか。


 「えっと、付き添いできますよ?どうします?」


 その返事に、雷砂はしばし考え込む。
 流石にクゥを一人でここに置いていくのは不安だし、ちょっと可哀想だ。
 本当ならセイラの待つ宿に帰ってゆっくり休みたかったが、今回ばかりは仕方がない。


 「そうだな。じゃあ、オレが」

 「付き添いはアタシがするよ。子守はこのアリ姉に任せて、ライ坊は今日は宿でゆっくり休みな。流石のあんたも疲れてるだろ?」

 「や、でも」

 「宿のねぇさんも、きっとあんたのことを心配してるよ」


 セイラとは、昨夜、依頼に行くと伝えに帰ったきりだ。
 アリオスの言うように、きっと心配しながら雷砂の帰りを待っていることだろう。
 そう思うといてもたってもいられなくなった。
 雷砂は申し訳なさそうにアリオスを見上げ、


 「ありがとう、アリオス。頼める?」

 「もちろん。任せな」


 それから、クゥの頭を撫でて、


 「クゥ、今日はアリオスが一緒に居てくれる。明日になったら迎えに来るから、いい子にしてるんだぞ?」

 「雷砂、いないの?」


 言い聞かせるようにそう言うと、クゥは不安そうな顔で雷砂を見上げた。
 そんなクゥをアリオスがひょいと抱き上げる。


 「いい子にしてたら、すぐに会えるさ。な、雷砂」


 と雷砂にウィンク。
 雷砂は微笑み、それに追従する。


 「ああ。クゥがいい子なら、すぐにまた会えるよ」

 「ほんと?」

 「ああ」

 「じゃあ、クゥ、いい子にしてる」

 「お日様がまた上ったらちゃんと迎えにくる。それまでアリ姉の言うことをよく聞いて大人しくしてるんだぞ?暴れたりしたら、もう会えなくなっちゃうかもしれないからな?」

 「ん。大人しくしてる。だから雷砂、早くクゥを迎えに来てね?」

 「ああ。また明日な、クゥ。アリオス、クゥを頼むな」

 「任せとけって。よーし、クゥ。今日はアリ姉と一緒に寝ような~?」


 クゥを上手にあやしながら、アリオスはギルド職員に案内されて奥へ入っていった。
 雷砂はそれを見送り、改めてミヤビに向き直ると、


 「じゃあ、悪いけど頼むな?ミヤビ。アリオスがいるから平気だとは思うけど」

 「はい。今日は私もアトリも泊まり込みの予定ですから、どーんと任せちゃって下さい。雷砂もゆっくり休んで下さいね?」

 「うん。ありがとう。じゃあ、今度こそ、また明日な?」


 そう言って暇乞いをし、雷砂はギルドを出て行った。
 それを見送り、ふうっと一息ついていると、隣の窓口からアトリの慌てたような声。


 「ミヤビ、雷砂にアレ、伝えた?」

 「アレ??」

 「ほら、昼間にミカが兄貴を引きずってすごい勢いで来たじゃない」

 「あ~……で、それがなにか?」


 ミヤビはきょとんと聞き返す。
 その返答にアトリはがっくりと肩を落とした。


 「覚えてない、かぁ。じゃ、当然雷砂にも伝わってないわよねぇ」

 「何か伝言とかありましたっけ?正直、昼間は雷砂が心配でちょっと上の空だったので……」


 てへっと笑って正直に答える。


 「ま、そうだよねぇ。伝えられなかったなら仕方ないかぁ。昼間ミカが来た時さぁ、雷砂が戻ったら会いたいって言ってたって必ず伝えて欲しいって、伝言押しつけられたじゃん。それはもうすごい剣幕で。ミヤビもガックンガックン揺さぶられてたのに、まさか覚えてないとは……」

 「ゆ、揺さぶられたのは流石に覚えてますよぅ。ただ、話の方はぜんぜん頭に入ってなかっただけで。そっかぁ。伝言、伝え損ねちゃいましたねぇ。どうしましょう?」

 「ま、いいんじゃない。明日で。雷砂も疲れてるだろうし。追いかけてまで伝えるほどの事でもないと思うしさ」

 「そう、ですね。今日は、ゆっくり休ませてあげたいですもんねぇ」


 しみじみとそう言って、ミヤビはさっき雷砂が出て行った方へと何気なく目を向けた。
 雷砂がなんて事ない顔で帰ってきたから忘れてしまいそうだが、今日、雷砂は大変な依頼をこなしてきたのだ。
 A級の冒険者でもこなせるか分からない難度の依頼を。
 それを考えれば、今晩くらいは何事にも煩わされることなく、のんびり過ごす権利はあるはずだ。

 もし、この事でミカが怒ったら、そのときは潔く自分が怒られよう……そんなことを考えながら一人頷き、ミヤビは柔らかい微笑みを浮かべる。


 (おやすみなさい、雷砂。ゆっくり、良い夢を)


 心の中で、黄金色の髪の小さな冒険者にそっと話しかけながら。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

安全第一異世界生活

ファンタジー
異世界に転移させられた 麻生 要(幼児になった3人の孫を持つ婆ちゃん) 新たな世界で新たな家族を得て、出会った優しい人・癖の強い人・腹黒と色々な人に気にかけられて婆ちゃん節を炸裂させながら安全重視の異世界冒険生活目指します!!

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

処理中です...