龍は暁に啼く

高嶺 蒼

文字の大きさ
23 / 248
第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第四章 第四話

しおりを挟む
 (絶対にあの女は俺に気がある)

 早足に歩きながら、先程誰にはばかることなく真っ直ぐに見る事の出来た双子の姉妹の美貌を思い出していた。
 まだ下っ端と呼ばれる身分である青年が彼女達の顔を拝む機会はめったに無い。
 だが、今日はついていた。

 舞姫のセイラから用事を申し付けられ、その後ろに隠れる歌姫の顔も間近から見る事が出来た。
 歌姫のリインの方は、何故だかじっとこちらを見つめて来たので、見つめ返して微笑んでやると、恥ずかしそうに姉の後ろに隠れてしまった。
 あれは絶対俺に気があるのだと、かなりの確信を持って青年は考える。

 清楚な美貌の歌姫・リインと、華やかな美貌の舞姫・セイラ。
 同じ顔のはずなのに、周りに与える印象はまるで違う。
 彼としてはどちらかといえば、色っぽく艶やかなセイラの方が好みだったが、初々しい感じがするリインにもそそられる。
 いずれは両方ものにするとして、まずは妹のほうを美味しく頂くのも悪くは無いだろう。
 姉のほうはその後、じっくり落とせばいい。

 そんな身の程知らずな考えににやつきながら、青年は先を急ぐ。
 座長達の乗る先頭の馬車まであと少し。一座の隊列は、林の横の道へさしかかろうとしていた。

 その時。

 青年は何かを感じて斜め向かいに近づいてくる林のほうを見た。
 誰かに、見られているような気がしたのだ。
 昼間なのに、大きな木の密生する木立の中は薄暗い。もちろんそこには何もいないし、誰もいない。

 「気のせいか」

 一人呟き、再び前を見て歩き出そうとした時、視界の隅に黒い何かが映った。
 継いで突風。
 ほんの一瞬ではあるが、目も開けていられないような風にさらされ、青年は尻餅をつく。

 うわ、かっこ悪いな―そんな事を思いながら、頭を掠めたのは先程言葉を交わした舞姫と、恥ずかしそうに彼を見つめていた歌姫の事。
 こんな格好悪いところを彼女達に見られていなければいい―そう思いながら目を開けた。

 真っ暗だった。
 いつの間に夜が来たのか。明かり一つ見えない真の暗闇だ。

 おかしいな―目がおかしくなったのかと、目元にやろうとした手が、何故だか重くて持ち上がらなかった。

 あれ?―声に出したつもりが声にならず、身体が段々斜めになっていくのを感じた。

 なんで?―その思いを最後に、青年の思考は途切れた。







 嫌な感じが急に膨れ上がった。
 リインは弾かれた様に立ち上がり、御者台に座るエマの肩越しに外を見た。

 馬車の少し前を、青年が早足に歩いている。
 その足が不意に止まり、彼は道の先にある林のほうに顔を向けた。
 だが、すぐに興味を失ったかのように再び前を向き、彼の足が一歩目を踏み出そうとした、その時だった。
 林の方から何かが飛んできた。
 黒い、何か。早すぎてそれが何なのか分からない。だが、それはとても危険なモノだった。

 「だめっ」

 思わず叫ぶ。
 その叫びが間に合わないと分かっていても叫ばずにはいられなかった。
 その声は青年には届かない。
 リインが黒い何かを視認し、叫んだときにはもう、それは青年へと到達していたのだから。

 青年の身体を黒いものが着き抜け、筋肉質の身体がぐらりと揺れた。
 ぐらり、ぐらりと揺れたその身体は、バランスを失い地面に尻餅を着く。

 ぐらり、ぐらり。

 地面に座り込んでもなお、頼りなく揺れていたその身体が、ゆっくりと地面に吸い込まれるように倒れこんでいこうとしている。
 見ちゃいけない―そう思った。それ以上に見せてはいけないと。
 必死に手を伸ばし、エマの目を手で覆った。

 「リインさん?」

 不思議そうなエマの声。
 彼女はまだ、目の前で起こっていることの残酷さに気がついていない。
 バランスを崩した青年がただ転んだだけ……そう思っているのだろう。
 だが……。 

 ぐらり―重力に引かれた青年の体がとうとう地面に倒れこんでいく。不自然な、とても不自然な状態で。
 彼の身体は前を向いている。だが、その顔は後ろを走る馬車を見ていた。
 首を深く切り裂かれた青年の顔は、首の後ろの皮一枚で繋がっているような状態だった。
 溢れる血にまみれた顔は、ぽかんとして不思議そうにこちらを見ている。
 きっと彼は何も分からないまま死んでいったのだろう。痛みすら感じないまま。
 その事だけが救いだった。


 「エマ、馬車を止めて?」

 「えっ?あっ、はい」


 目隠しされたまま、言われるままに手綱を引く少女。
 馬は彼女の命じるままに足を止める。
 それに応じて後続の馬車も歩みを止めていた。

 「突っ切って、逃げたほうが良くない?」

 セイラがささやく。
 他のみんなの耳に届かないようにひそやかに。
 だが、リインは断固として首を振った。その目は、薄暗い林を睨みつけている。


 「だめ。あの林から、とてつもなく嫌な感じがする。近くに行かないほうがいい」

 「うーん。じゃ、後ろに逃げる?」


 多分、それが一番いい。
 だが、逃げるにはまず方向転換をしなければならないし、もたもたしていたら、そこを狙われるかもしれない。それに……
 リインはまだ歩みを止めない前の馬車二台をみた。
 彼らを放って逃げるなど、出来やしない。幼い頃から一緒の彼らは、家族同様。見捨てられる訳も無い。

 「そうよね。まずは、鈍感な前の連中に知らせないと」

 そう言って、セイラが立ち上がり、馬車の扉に向かった。


 「セイラ?」

 「ちょっくら行って来るわ。リインは皆をまとめて一番後ろの馬車に隠れてて」

 「だめ!!!危ない!」


 引き止めるその言葉に、セイラは苦笑交じりの笑みを向けた。


 「でも、誰かが行かないと」

 「じゃあ、私が行く」

 「それこそ却下。リインは鈍くさいから無理。あたしは運動神経抜群だし、多分この中の誰よりも早く走れるわ。あたしが最適。そうでしょ?」


 悔しいけれど、その通りだった。
 前の馬車に向かうには青年の死体の傍を通らねばならず、リインとセイラ以外の少女達には到底無理だろう。
 足の速さもリインの数倍セイラの方が早い。
 さっきのような攻撃が来ても逃げられる確立は反射神経のいいセイラの方が高いだろう。
 でも、理屈では分かっていても行かせたくはなかった。
 二人きりの姉妹なのだ。危険な事などさせたくない。
 しかし……。

 リインは馬車の中を見回した。さっきまで和気藹々と作業をしていた少女たちは皆不安そうな顔だ。
 外の様子は見えなくても姉妹の様子で何か尋常ならぬ事が起こっていることは分かるのだろう。
 彼女達を、守らなくてはならない。

 「ちゃんと戻ってくるから」

 歯を食いしばり、セイラの言葉に頷いた。
 頷かないわけにはいかなかった。

 「あの~~~」 

 のん気な声が聞こえてきた。エマの声だ。
 リインに目を塞がれたまま、何が何だか分からないのだろう。


 「あぁ、ごめん。今からリインが手を離すから、目をつぶってて?馬車の中に戻るまで、目を開けちゃだめよ。いいわね?」

 「えっと、はい。つむりました」

 「リイン?」


 姉に促され、エマの顔から手を放す。
 そのまま少女の小さな手をとり、馬車の中へ誘導した。

 「よし、開けても良いわよ」

 セイラは言い、よく出来ましたと、エマと妹の頭をくしゃくしゃっと撫でた。

 「あの、一体何が??」

 困惑した声だ。
 エマは不安そうに、リインとセイラの顔を交互に見上げた。
 セイラはその手を再びリインと繋がせると、二人に微笑みかけた。

 「大丈夫。リインがあなたも、皆もちゃんと誘導してくれるから。リインの言うことをきちんと聞いて、離れずについて行って」

 それから、今度は同じ事を馬車の隅で固まっている他の少女達にも告げて……

 「じゃあ、行ってくるね、リイン」

 妹の頬をそっと撫で、まるでちょっと散歩に出かけるような軽い足取りで馬車から出て行ってしまった。
 リインはそんな姉の後姿を見送り、ぎゅっと目を閉じる。不安で押しつぶされそうだった。それでも、ここで立ち止まっている訳には行かない。

 「リインさん?」

 エマの声に促されるように目を開けた。掌の中の小さな手を強く握り、

 「行こう。ついてきて?」

 普段と変わらない感情の起伏の少ない声で少女達を促し、エマの手を引いて馬車の外へと駆け出した。




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日ごろに発売となります。 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...