龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第六章 第九話

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 「昨日も一人いなくなったんだって?」

 開口一番そう言いながら、書斎に入ってきたのは、彼が待ちに待っていた存在。
 黄金色の髪の美しい少女は村長の前で足を止め、彼の顔を見上げた。

 「情報が早いね、雷砂。誰に聞いたんだい?」

 村人に、雷砂に会いたいと伝言は頼んだが、事件の話は漏らしていない。もう噂になっているのだろうかとそう尋ねると、

 「ガレスに聞いたんだよ。村で偶然会ったんだ。だから、ガレスが掴んでる情報は分かってる。他に情報は?」

 そう単刀直入に切り替えしてきた。
 相変わらず話が早いーと村長は感心するような呆れるような心持で、幼い少女を見つめた。
 これで、彼の愛娘と大してかわらない年だとは到底信じられない。
 まあ、見た目だけで言えば確かに幼いのだが、頭の中身がまるで違う。
 その思考の道筋は並の大人よりもずっと論理的で鋭い所をついてくる。

 まったく、どう育てたらこんな子供が出来上がるんだろうなーそんな事を考えつつ、村長は机の横の棚から、商人達の失踪に関しての資料を取り出した。


 「そうだね。私の持っている情報もガレスと似たり寄ったりだが、一つ、今朝村人から苦情が上がっていたよ」

 「苦情?」

 「そう。彼女の家は村はずれにあり、小川が近くを流れている。だからいつも、次の日に洗う物を、籠に入れて川にさらしておくらしいんだ。その方が良く汚れが落ちるらしくてね」

 「ふうん。それで?」

 「昨日ももちろんいつものように洗い物を籠ごと川へ浸けておいたらしいんだが、今朝引き上げてみると、薄ら紅く汚れていたらしいんだ。まるで、大量の赤い何かが、上流から流れて、その色を吸ってしまったかのように」

 「赤い、何か……か。その家の上流には何がある?」

 「すぐ上流に小さな林がある。訴えてきた本人は、誰かがその林の小川に汚れた水を流したに違いないというんだ。林は小さいけど村外れにある為で、人はほとんど来ないし、悪事をしても人目に付くことはほとんどないだろうって事だ」

 「もう、人はやったんだろう?」

 「もちろん。若い者を数人で調べに行かせた。だが……」

 「なにも出なかった……か」


 村長は黙って頷く。
 雷砂はしばらくじっと考え込んでいた。
 話に聞くだけでも、その林は怪しいように思えた。
 上流から流れてきて洗い物を台無しにしたものは、ただの汚れた水ではなく、大量の血液かもしれない。
 痕跡はなかったというが、ロウを連れて行けば、血液の痕跡を掴めるかもしれないと思った。
 その提案をしようと顔を上げた時、

 「ああ、そう言えば、同じ林の中だが小川から少し離れた所に、このナイフが落ちていたそうだ」

 村長が引っ張り出したナイフを見て、目を見張る。
 雷砂はそれと同じナイフに見覚えがあった。それもつい最近だ。
 正確には、今朝、セイラに連れられて行った天幕で、ジェドとアジェスが使っていたナイフに酷似していた。

 「……そのナイフ、預かってもいいか?持ち主を捜してみるよ。何か見てるかもしれないし」

 そう申し出る。あえてジェドやアジェスの名前は出さなかった。彼らが何かをやったとは思っていなかったから。
 村長は快諾し、無造作にナイフを差し出してくる。
 信用されてるのはいいけど、緊張感が足りないなーそんな風に思う。オレが悪人だったらどうするつもりだろう、と。
 だが、それを今言っていても仕方がない。雷砂はナイフを受け取り、持っていた布でくるみこむと胸元にしまった。


 「情報が手に入ったら、また来るよ。あと、噂の林も見てみる。ロウを連れて行けば、何かわかるかもしれないし」

 「すまないな、雷砂。助かるよ」


 村長は素直にそう言った。
 正直に言って、村の自警団は手一杯だったし、祭りの関係者も祭りの準備意外にさく余裕はない。
 雷砂が手助けしてくれることは本当にありがたかった。大人としては情けなくはあるが。

 「それから、祭りが終わるまでは、なるべくこの村にいるようにする。オレのねぐらからだと駆けつけるのが遅れるかもしれないし」

 そう申し出ると、

 「そうか!それは助かる!良かったら部屋を用意するが」

 その代わりとばかりに、村長は嬉々として自宅の部屋の提供を申し出てきた。
 その申し出を検討する。
 悪くはないが、村長の屋敷は小高い丘に立っており、村の中心からは離れている。
 出来ればもう少し村の中心部に拠点をー

 そこまで考えて、雷砂は昨日止めてもらったセイラの宿の事を思い出した。
 あそこなら、村の中心部だし、色々と動き安いだろう。
 それに、あの宿には、旅芸人の一団の他に、商人達の姿もあった。情報を集めるのにもちょうどいい。


 「いや、ここだとちょっと遠いから、知り合いの泊まってる宿に潜り込むことにする」

 「そうか……まあ、いいだろう。何か困ったことがあれば、いつでも言うんだよ?最大限の便宜は図るようにするから」


 雷砂が滞在すれば娘のご機嫌も取れるーなどと考えていたのだろう。
 断ると、村長は少し残念そうな顔をしたが、それ以上ごねることなく、雷砂の提案を受け入れた。
 それからしばらく、色々情報交換をしながら今後の相談をし、じゃあ、そろそろーと暇乞いを告げ、部屋を出ようとした雷砂の背中に、慌てたような村長の声が飛ぶ。

 「雷砂、良かったら帰りにミルの顔を見ていってやってくれないか?」

 子煩悩な村長に雷砂は肩越しに微笑みを投げかけ、

 「もともとそのつもりだよ。ミルにも、危ない事はもうしない様にちゃんと言っておくから」

 そう言って、静かに扉の向こうに消えた。
 小さな背中を見送り、その背中の持ち主が少女である事を残念に思う。
 もし、雷砂が少年であれば、愛娘と似合いの一対になった事だろう。
 ミルを誰かの嫁にやるのは心底嫌だが、それでも雷砂であればその気持ちも少しは和らいだ事だろうと。
 父親でもある村長は何とも複雑な吐息を漏らし、再び机に向かうのだった。

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