龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第六章 第十一話

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 雷砂がミルと、楽しくお茶の時間を過ごしていた頃。
 一座の面々が集まった天幕ではちょっとした騒動が起こっていた。

 全体での軽い打ち合わせが終わった後。一座の中でも主要メンバーが残って話し合いをしていた時の事だった。
 話すべき事や打ち合わせる事もほぼ終わり、さてお開きかとみんなの気持ちが緩んだタイミングで、ふと思い出したようにさらっと、座長の口からその提案は確定事項として告げられた。
 今晩、村長主催の酒宴で余興をするからーと。

 「酒宴の余興~!?しかも今晩!?」

 提案を聞いたセイラが、心底嫌そうな声を上げる。
 もともと酒宴での仕事はあまり好きじゃないし、今話を聞いて今晩などと、話が急すぎる。

 「そう、少し前に正式な申し入れがありまして。報酬も余興程度にしては、まあいい方ですし、あちらも困っていたようなので思い切ってお受けしてみました」

 座長はセイラの不機嫌そうな顔も気にせずニコニコ説明をする。


 「……それって、もちろん私も出なきゃダメなのよね?」

 「何を決まりきったことを。あなたはうちの一座の花形ですよ?あなたが出なくていいわけ無いじゃないですか。ま、とはいえ、今回は華やかにしてほしいという要望ですから、男連中はお役御免ですけど。だから、ジェドやアジェスも花形と言って過言じゃないですが、今回はお休みです」

 「……ずるい」


 セイラの脇にひっそり立っていたリインが恨みがましく座長の顔を見上げた。

 「まあ、そう言わずに。出し物は今回準備しているものを少しアレンジしたもので構わないですし、そう長時間にはならないはずです。その点は向こうに話してありますし、納得してもらってもいますから」

 ボーナスを弾むのでなんとかお願いしますーと、美貌の座長は手を合わせて片目をつむる。
 セイラは妹と目を合わせ、それから仕方ないなぁと、大きく溜息。


 「仕方ないわね……分かったわよ」

 「セイラなら、そう言ってくれると私は信じてましたよ」


 満面の笑顔の座長を横目で見ながら、再度小さな溜め息。
 多少嵌められた感は否めないが、まあ仕方ない。座長が断らなかったという事は、それは受けるべき仕事だったという事だ。

 座員の不利になるような、理不尽な仕事を座長が受けてくるはずがない。
 そう思えるくらいには、目の前の男を信頼していた。
 へらへらしていようと、弱腰に見えようと、一座の為にならない事であれば、断固として拒絶する事の出来る人だという事は、よくわかっていた。


 「もちろん、今夜の出演者は厳選してあるのよね?」

 「ええ。小さい子達はもちろんおいて行きます。酔っ払いに絡まれてトラウマにでもなったら大変ですからね。その辺りはちゃんと考えてあるので安心して下さい」

 「分かったわ。……お酒の相手は、しないわよ?」


 半眼で、念を押す。
 酒宴の仕事ではよくある事なのだ。
 商売女と混同して、酌を強要したり、酒を勧められたり。こちらを酔わせて一体どうしようというのか。

 もっと悪質なものになると、身体を触ってきたり、その場で押し倒されそうになったこともある。もちろん、黙って押し倒されたりはしなかったが。
 座長は苦笑し、一座の舞姫を見る。彼女の気の強さは良く分かっていたから。

 「ええ。その点もぬかりありません。あなたとリインは、芸事だけ見せてくれればいいですから。まあ、下の子達はお酌くらいはしなきゃいけないでしょうけど、くれぐれも理不尽な真似をしない様に言ってありますし、私もしっかり目を光らせておきます」

 それでいいでしょう?-と問われ、セイラは渋い顔で頷く。
 下の子のお酌仕事は気に入らないし、出来ることならさせたくないが、彼女たちに出来る仕事は少ない。
 大舞台なら、裏方だけをしていればいいのだが、今回の様な小さな酒宴の席ではそうもいかないだろう。
 仕事の対価の中には、彼女達の賃金もきちんと含まれているのだから。


 「いいわ。しっかり見張っててよね?酔っ払いって油断できないんだから」

 「ええ。任せて下さい。酔っ払いは私もあまり好きじゃないですし、おかしな真似をしたら容赦はしません」


 にっこり笑い、自信満々に請け負う座長に、少々疑わしげな眼差しを投げかけながら、セイラは三度目となる大きなため息をついた。
 納得はしたが、気が向かない事は向かないのだ。だが、仕方ない。気持ちを切り替えて、

 「じゃあ、あたしとリインは一度宿に戻るわ。色々準備しなきゃいけないし」

 そう断って、天幕の入口へ向かった。
 酒宴の始まる夕刻まで、もうそれ程時間も無い。さっさと戻って準備を整えなければならないだろう。
 気が乗らないとはいえ、仕事は仕事だ。
 どんな仕事にも全力で向かう、それがセイラのささやかな誇りだった。

 「あーあ。今日も雷砂をお風呂に誘おうと思ってたのに……」

 妹の手を引いて歩きながら、そんな愚痴が口をついて出た。
 それを耳ざとく聞きとめた男共が騒めく。


 「え、雷砂とお風呂?それはいいですね。今度、私も誘ってみましょう」

 「雷砂と風呂……。きょ、今日はセイラは忙しいだろうから、俺が一緒に入ってやろうかな……」


 聞き捨てならない言葉に振り向けば、座長とジェドがむさ苦しくニヤついていた。イラッとしたので、

 「うっさい、変態ども!」

 言葉と同時に、近くに会った小道具を二つ、驚くほど早く正確に、2人の顔に向かって投げつけ、妹の手を引いて天幕の外に出た。


 「いってぇぇ、人に向かって投げちゃダメだろ、こんな凶悪なもの!!!って、おい、セイラ!」

 「これくらい、涼しい顔をして避けないと。まだまだ未熟ですねぇ、ジェドは」


 追いかけてくる2人の声に、やっぱり座長には避けられたかと不満顔。
 普段はトロイくせに、いざとなると妙にすばしこいのだ。
 だが、ジェドにはしっかりヒットしていたようだ。

 先ほどの情けない悲鳴を思い返し、クスリと笑う。
 傍らからも同じように笑い声。目線を向ければ、小さく笑う妹の顔。目と目を合わせ、瞳を微笑ませる。
 何となく気も晴れた。
 セイラは少しすっきりした気持ちで、妹と手をつないだまま、宿への道を急いだ。


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