龍は暁に啼く

高嶺 蒼

文字の大きさ
63 / 248
第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第六章 第十四話

しおりを挟む
 「雷砂、来てたんですか?」

 声をかけられ振り向くと、そこには柔らかく笑う青年がいた。

 「イルサーダ」

 昼に会った時に教わった彼の名を呟くように口にする。すると、彼は嬉しそうに笑みを深めた。


 「覚えていてくれたんですね」

 「座長の仕事、しなくていいのか?」


 急増で誂えられた舞台の方を示す。そこでは、舞台の準備を整える為、一座の者が動き回っていた。
 もうじき、酒宴が始まるのだ。
 セイラもリインも、その時の為に裏で控えている。

 「座長の仕事、ですか?さっき村長と最後の打ち合わせをしてきましたけど、やらなきゃいけないのはそのくらいでしょうか。私に出来ることなんて、そんなに多くないんですよ。特にうちは、優秀な子達が揃ってますからね」

 少しだけ、誇らしそうな彼の声。
 その言葉にふうんと小さく頷きながら、雷砂は再び舞台に目線を戻した。
 もうすぐ時間だからだろう。
 舞台上から、さっきまで動き回っていた影が消えている。

 客席はまだざわついていたが、酒宴に呼ばれた者はほぼ集まりつつあるようだった。
 各々空いている卓につき、隣り合った者と話をしている様子が見える。すでに酒を飲み始めている者もいるようだ。
 みながそれぞれに時間を過ごしながら、演じ手が舞台上に現れるのを待っている。

 会場にはもちろん顔見知りの村人達もいて、雷砂を見つけると嬉しそうに手を振ってくる。
 雷砂がここに入れば、騒ぎが起こっても安心だといわんばかりに。

 彼女を良く知らない外部の商人などは、時折不審そうに目を向けてくるものの、舞台脇に控えている為、一座の一員とでも思われているのだろう。
 特に文句を言ってくる者もいなかった。
 入口の近くに村長の姿が見えたので目を向けると、彼も雷砂の姿に気が付いたようだ。人の間を縫うようにしながら近づいてくる。


 「雷砂、こんな所にどうしたんだ?」

 「演者が知り合いなんだ。酒が入ると見境がなくなる奴もいるから、念の為見張りに来た」

 「そうか。一応言っておくが、酒はダメだぞ?」

 「分かってる。それに、あんな美味しくない飲み物、オレはいらないよ」


 一応大人らしく、娘の友人に注意してみたものの、雷砂がまるで酒に興味を示さない為、何となく反論してみたくなったらしい。


 「そうか?結構うまいものだがな。特に、今日は質の良い酒を揃えて……」

 「飲んじゃダメなんでしょ?飲んじゃダメなのに、すすめないでよ」


 今日揃えた酒の質自慢を始めた村長を、雷砂は苦笑いを浮かべてたしなめる。
 それもそうだった、と我に返り、更に雷砂の隣に立つ人物に気づいて目を見張る。


 「おお、イルサーダ殿。あなたも雷砂とお知り合いですか」

 「ええ。仲良くしてもらってますよ」


 村長と目を合わせ、にっこり笑う。それから、ついと舞台へ目線を流し、

 「そろそろ時間ですね。打ち合わせ通り、最初はあなたの挨拶からでよろしかったですか?」

 さりげなく、促す。

 「おっと、そうでしたな。では、私はこれで。……雷砂も酒以外は好きに楽しむといい。ではな」

 促された村長は、少し慌てた様子で舞台へ向かう。イルサーダとついでに雷砂への辞去の挨拶も忘れずに告げてから。

 そして。

 舞台上に上がった村長が、宴の始まりを告げる。
 にぎやかさを増す会場の中、雷砂は静かに舞台を見つめる。
 もうすぐ、歌と舞い、最高の演じ手達の競演が始まろうとしていた。





 涼やかな鈴の音と共に空気が動いた。
 その音色はセイラの手足に巻いたアクセサリーのもの。
 音楽が奏でられるよりも先に、舞台に飛び出してきたセイラが会場を見渡し、優雅に一礼をする。

 いつの間にか舞台後方の袖の近くに、リインやそれぞれに楽器を抱えた少女達が出てきていて、同じく一礼。
 セイラは彼女達の様子をまなざしで確認し、開始を促すように小さく頷いた。

 その合図を受けて、演奏が始まる。
 弦楽器や笛や打楽器の合奏はそれほど上手いわけではないけど、耳に心地よく響いた。

 最初はゆっくりと、セイラの手足がリズムを刻むように動き始める。
 音楽と同調するように、彼女の手足の鈴が音を奏で、人々を惹きこんでいく。
 そんなセイラの影から現れたかのように、いつの間にかリインが少し前に出てきていた。

 彼女は大きく息を吸い込み、そして。
 天上の音楽を奏で始めた。
 普段の彼女からは想像できないくらいの声量と奇跡の様な歌声。
 声が綺麗なのは分かっていたが、歌う彼女の声はそれと比べものにならない程に豊かで多様な麗しい響きを持っていた。

 高く低く、歌姫の歌が響く。
 その中を、まるで水を得た魚のように舞姫が動き回る。
 時に可憐に軽やかに、時に妖艶に華やかに。

 美しい声と絡み合う様に、ほっそりとした、だが豊かな肢体が舞を舞う。
 雷砂は夢中になってリインの歌を聴き、セイラの舞を見ていた。
 一時も目を離すことなく。

 それは至福の時間だった。
 だが、時間は止まることなく過ぎていく。

 リインが最後の音を奏で、その余韻を惜しむようにセイラの舞もゆっくりと速度を落とし、そして最後にはその動きを止めた。
 舞台の中央で、最後のポーズのまま、しばし息を整えた後、ゆっくりと立ち上がり、彼女は鮮やかに笑った。

 一瞬の沈黙。次いでわき上がる歓声と拍手。
 セイラは後ろにいた妹や少女達を前に呼び、全員で深く一礼。顔を上げ、会場を見渡した後、ゆっくりと舞台袖に消えていった。

 鳴り止まぬ歓声。
 再びの登場を望む声も多かったが、彼女達が再度姿を現すことはなかった。
 新たな酒と料理が運び込まれ、一座のメンバーと見られる女達が酒瓶を手に男達の酌を務め始めると、彼らもやっと諦めたのか各々酒と会話を楽しみ始めた。

 「あれも仕事の内ってことでいいの?」

 油断無く会場内を見回しながら、イルサーダへ問う。
 彼は肩をすくめ苦笑して、

 「まあ、酒宴の仕事だから仕方ないでしょう。不埒な真似はさせないようにしっかり見張っておくつもりですよ」

 そう答えた。
 雷砂も小さく頷き、再び周囲へ目を配る。宴はまだ始まったばかり。まだ目に余る乱れは無いようだった。

 「ここは私がみていますから、裏のセイラ達の所へ行ってらっしゃい。セイラ達も喜びます」

 にこにこしながらの提案に、雷砂は小さく頷くと、

 「じゃあ、ちょっとだけ。すぐ戻ってくるよ」

 そう言って、足早に舞台裏の方へと向かった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【魔女ローゼマリー伝説】~5歳で存在を忘れられた元王女の私だけど、自称美少女天才魔女として世界を救うために冒険したいと思います!~

ハムえっぐ
ファンタジー
かつて魔族が降臨し、7人の英雄によって平和がもたらされた大陸。その一国、ベルガー王国で物語は始まる。 王国の第一王女ローゼマリーは、5歳の誕生日の夜、幸せな時間のさなかに王宮を襲撃され、目の前で両親である国王夫妻を「漆黒の剣を持つ謎の黒髪の女」に殺害される。母が最後の力で放った転移魔法と「魔女ディルを頼れ」という遺言によりローゼマリーは辛くも死地を脱した。 15歳になったローゼは師ディルと別れ、両親の仇である黒髪の女を探し出すため、そして悪政により荒廃しつつある祖国の現状を確かめるため旅立つ。 国境の街ビオレールで冒険者として活動を始めたローゼは、運命的な出会いを果たす。因縁の仇と同じ黒髪と漆黒の剣を持つ少年傭兵リョウ。自由奔放で可愛いが、何か秘密を抱えていそうなエルフの美少女ベレニス。クセの強い仲間たちと共にローゼの新たな人生が動き出す。 これは王女の身分を失った最強天才魔女ローゼが、復讐の誓いを胸に仲間たちとの絆を育みながら、王国の闇や自らの運命に立ち向かう物語。友情、復讐、恋愛、魔法、剣戟、謀略が織りなす、ダークファンタジー英雄譚が、今、幕を開ける。  

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
コミカライズ企画進行中です!! 2巻2月9日電子版解禁です!! 紙は9日に配送開始、12日ごろに発売となります。 【書籍版 大ヒット御礼!オリコン18位&2巻出版!】 皆様の熱狂的な応援のおかげで、書籍版『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』が、コミカライズ決定いたしました!現在企画進行中!!そしてオリコン週間ライトノベルランキング18位、そしてアルファポリス様の書店売上ランキングでトップ10入りを記録しました! 本当に、本当にありがとうございます! 皆様の応援が、最高の形で「続刊(2巻)」へと繋がりました。 市丸きすけ先生による、素晴らしい書影も必見です! 【作品紹介】 欲望に取りつかれた権力者が企んだ「スキル強奪」のための勇者召喚。 だが、その儀式に巻き込まれたのは、どこにでもいる普通のサラリーマン――白河小次郎、45歳。 彼に与えられたのは、派手な攻撃魔法ではない。 【鑑定】【いんたーねっと?】【異世界売買】【テイマー】…etc. その一つ一つが、世界の理すら書き換えかねない、規格外の「便利スキル」だった。 欲望者から逃げ切るか、それとも、サラリーマンとして培った「知識」と、チート級のスキルを武器に、反撃の狼煙を上げるか。 気のいいおっさんの、優しくて、ずる賢い、まったり異世界サバイバルが、今、始まる! 【書誌情報】 タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』 著者: よっしぃ イラスト: 市丸きすけ 先生 出版社: アルファポリス ご購入はこちらから: Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/ 楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/ 【作者より、感謝を込めて】 この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。 そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。 本当に、ありがとうございます。 【これまでの主な実績】 アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得 小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得 アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞 第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過 復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞 ファミ通文庫大賞 一次選考通過

異世界ビルメン~清掃スキルで召喚された俺、役立たずと蔑まれ投獄されたが、実は光の女神の使徒でした~

松永 恭
ファンタジー
三十三歳のビルメン、白石恭真(しらいし きょうま)。 異世界に召喚されたが、与えられたスキルは「清掃」。 「役立たず」と蔑まれ、牢獄に放り込まれる。 だがモップひと振りで汚れも瘴気も消す“浄化スキル”は規格外。 牢獄を光で満たした結果、強制釈放されることに。 やがて彼は知らされる。 その力は偶然ではなく、光の女神に選ばれし“使徒”の証だと――。 金髪エルフやクセ者たちと繰り広げる、 戦闘より掃除が多い異世界ライフ。 ──これは、汚れと戦いながら世界を救う、 笑えて、ときにシリアスなおじさん清掃員の奮闘記である。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...