龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第一部 幸せな日々、そして旅立ち

第八章 第五話

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 「さあ、開場の時間です。みなさん、持ち場に戻ってお客様をお迎えして下さいね」

 そんな座長の言葉に促され、まだ舞台に立つことの出来ない下っ端達は、広い天幕の中のそれぞれの持ち場へと散っていく。
 座長の言う通り、もう開場の時間だ。
 入り口に陣取った2人が、天幕の入り口を開いて固定する。
 すると、もう入場のお金を払って並んでいたお客達が、なだれ込むように会場内へ押し寄せてきた。

 天幕の入り口の担当者は、そんな来場者をさばきながら、数字入りのコインを持っている特別なお客様を、決められた席へ案内するのも仕事だった。
 最初の特別客は2人連れ。まだ幼い少女と少年のカップルだ。

 「あの、これを見せれば大丈夫って言われたんですけど」

 おずおずと差し出されたコインを確認する。数字は1番と2番だ。係りの青年はにっこり微笑んで、

 「ご来場ありがとうございます。お席までご案内しますね」

 そう言いながら2人を席に案内した。
 2人は周りを見回したり、小声で話したり何とも初々しい様子で、青年はそんな様子を2人に気がつかれないようにそっと見守ったのだった。

 次に訪れたのは結構なお年のご老人。

 「すまんの。このコインをもらったんじゃが」

 そう言って差し出されたコインの数字は3番。
 係りの青年はまたまたにっこり微笑んで、ご老人のお年も考えて、ゆっくりした足取りで席まで案内した。
 だが、彼は思ったよりかくしゃくとしており、変な気遣いは必要なかったかもしれないが。

 3人目は壮年の男性だった。

 「む、娘がこの舞台に出ると言うので見に来たのだが・・・・・・」

 照れくさそうにそう言いながら、4の数字の入ったコインを係りに渡した。
 青年は再びにっこり微笑む。今日の舞台で親族がいる出演者は一人しかいない。

 「雷砂の、お父様ですか?ようこそお越し下さいました」

 そう言うと、彼は慌てたように、

 「あ、ああ。義理の父ではあるがな」

 そう言うと、ごほんと咳払い。


 「あ~、あれがお世話になっている。ご迷惑をおかけしてないかな?」

 「いえ。お世話になっているのはこちらの方です。雷砂には色々助けて頂いています」


 心からそう言って頭を下げた。
 出会ってすぐに一座の危機を救ってもらい、今回の舞台では、花形といって過言でないような活躍をする。
 まだ舞台に立てない下っ端からすれば、ぽっと出で舞台に上がる雷砂は、本来なら目障になりそうなものだが、彼女のたぐいまれな容姿と才能に憧れの念しかわいてこない。

 「今日の雷砂の活躍は素晴らしいですよ。ぜひ、楽しんでいらして下さい」

 雷砂の養父を席へ案内し、再度そう言いながら頭を下げた。

 最後に、少し変わった客の集団が現れた。
 こういう催し物に慣れてないのだろう。きょろきょろと落ち着かない様子の集団に、青年は自分から声をかけた。

 「何かお困りですか?」

 彼らは老若男女入り交じった集団で、声をかけると代表するように髭面で強面の男性がこちらを見た。
 彼はそんなつもりは無かったのだろうが、じろりとこちらを見た目線に余りに迫力があり、青年は後ずさりたい気持ちを必死に押さえた。

 「この催しに長の養い子が出るようなのだが、我らはこういう所に来るのが初めてなもので、どうも勝手がわからんのだ」

 困り果てたようにそう相談してきた男に、係りの青年は任せて欲しいと頷いて、

 「では、なるべく見やすい席にご案内しましょう。さあ、こちらへ」

 そう言って集団の前を歩いて案内した。
 どうやらこの集団も雷砂の知り合いのようだ。
 雷砂と知り合ってからそれなりに時を過ごし、顔を合わせれば話をしたりするようになったが、まだまだ知らないことが多いようだ、とそんな事を考えながら、手際よく不慣れな集団を席に着かせていくのだった。






 いよいよ舞台が始まる時間になって、舞台上に明かりがともる。
 上手の舞台袖から、まだ開かれない幕の前に細身の青年が現れて優雅に一礼。彼が何者か、知っている者は少ないが、彼こそがこの一座の座長だった。
 彼は4色の鳥を肩にとまらせ、にっこり笑って観客を見回した。

 「みなさん、我が一座の舞台へようこそ。私はこの一座の座長を勤めております。以後、お見知りおき下さい。さて、我が一座の精鋭達の登場の前に、私にも見せ場を頂きましょう・・・・・・朱花、いらっしゃい」

 そう言いながら、彼は赤色の鳥を手の甲へと導いた。

 「さて、この子は賢い鳥です。その証明に、今からこの子をお客様の誰かの元へお使いに出します。この子に選ばれたお客様は、何か秘密を教えてあげて下さい。私はこの子にその秘密を教えてもらうので、この場で答え合わせをしましょう」

 優しく手元の鳥を撫で、彼はそっと鳥を宙に送り出す。
 鳥は観客の見守る中、ゆっくりと天井付近を旋回し、狙いを定めたようにゆっくりと客席へと降りていった。
 その小さな体は、客席前方、1番前に座る少年の頭の上へ舞い降りた。

 「うわ、キアルのところに来たよ、鳥さん」

 隣の少女が嬉しそうに笑っている。少年は、びっくりした顔だ。
 その2人は、もちろん雷砂に招待されて来ていたミルファーシカとキアルである。
 イルサーダは微笑み、

 「さて、我が相棒は秘密を聞き出す相手を決めたようです。では、選ばれた方はその場で立って下さい」

 よく通る声でそう促すと、おずおずとキアルが立ち上がる。


 「おめでとうございます。あなたのお名前を教えていただけますか?」

 「キ、キアルです」

 「では、キアル。あなたは今日どんな秘密を私達に教えて下さいますか?みんなの前で発表しますので、それを踏まえてお願いします」


 その言葉に、キアルはちらりとミルファーシカを見た。それから心を決めたように、

 「お、おれの好きな人の名前をいいます」

 真っ赤になってそう答えた。
 そして、己の手に場を移してきた鳥にそっとその名をささやく。周りの人に聞こえないように、小さな声で。
 赤色の鳥は、了解したというようにピッと鳴き、まっすぐに舞台上へと戻っていく。
 その鳥を己の手に迎え、耳を寄せるイルサーダ。

 観客席は、思わぬ所で面白いことになったと少しざわざわしている。
 観客の多くはこの村の住人であったし、同じく住人であるキアルの事は皆よく知っていた。もちろん、彼が密かに思っている人のことも。
 だから余計に盛り上がっているようだった。


 「キアル、大切な秘密を教えてくれてありがとう。私の朱花はあなたの秘密を私にちゃんと教えてくれましたが、本当にこの場で言ってもいいですか?」

 「・・・・・・はい!」

 「では、この場で発表しましょう。彼の好きな人の名前は・・・・・・」


 そこで矯められた間に、会場内すべての人がついつい身を乗り出す。

 「ミルファーシカ」

 イルサーダは、はっきりとそう発音した。それから優しい眼差しでキアルを見る。


 「どうですか、キアル。答えは合ってますか?」

 「はい。間違いありません」


 舞台上から投げかけられた確認の言葉に、少年は赤い顔のまま、きっぱりと答えた。
 そしてそのまま、隣で驚いた顔をしているミルファーシカの方へ体を向けると、

 「小さい頃から、ずっと好きだったんだ、ミル」

 勇気をだしてはっきりとそう告げた。
 驚き顔だったミルファーシカの表情が、見る見る内に喜色に染まる。少女は立ち上がり、嬉しそうに微笑んで少年の体にそっと身を寄せた。

 「えっと、その、私も、キアルが好き」

 その答えを聞いたキアルがミルファーシカの背に腕を回し抱きしめた瞬間、会場内に歓声が満ちる。
 客席の至る所から、若いカップルの祝福を祝う言葉が飛んで来て、2人は自分たちのいる場所を思い出してぱっと体を離した。
 そんな初々しい様子にイルサーダは相好を崩し、

 「何とも可愛らしいカップルが誕生しましたね。みなさん、幸せなお二人に盛大な拍手を」

 もう一盛り上がりとばかりに客席をあおる。その音頭に促されるように、暖かい拍手が会場に満ちた。
 それを聞きながら、イルサーダは立ったままの2人に座るよう促して、再び優雅に一礼。

 「さて、前座もそろそろお開きにございます。これより、我が一座の華麗なる舞台の開幕にございます。我らが妙技、とくとご覧下さい」

 そんな口上で己の出番を締めた青年は、ゆっくりと舞台袖へと戻っていった。
 ゆっくりと、幕が開いていく。いよいよ本番の始まりだった。






 舞台はまず、複数人での軽業から始まった。
 男女入り交じって、舞台上を所狭しと動き回り、人々の目を釘付けにする。
 男は力強く、女は舞いにも通じる優雅さで、だがどちらも身軽に。
 大人数なのに、見事なまでのチームワークで1つの芸術を作り上げ、観客を大いに沸かせた。

 次は同じ軽業でも、大きな玉と宙に張った綱を使ったもの。
 よく似た顔立ちの2人の青年が登場し、玉と綱を交互に行き来したり、玉や綱の上で逆立ちなどの芸を見せたりと、これもかなりの盛り上がりを見せた。

 彼らの後に出てきたのは黒光りする体の大男。彼は、炎を扱った。
 両手に松明を持ち、それをお手玉の様に投げたり、ドラゴンの様に炎を吐いたり、何とも派手な見せ物だった。

 お次は動物使いの青年の登場だった。
 とはいえ、猛獣と呼べる動物はいないようで、少々迫力に欠ける見せ物ではあった。
 だが彼は、小さなリスやサルといった子供受けのいい生き物を上手に操り、子供達の人気を見事にさらっていた。

 さて、舞台上の演目も半ばを過ぎて、いよいよ雷砂の出番となった。
 演目は刀舞い。一座きっての刀剣師・アジェスとの共演だ。
 上手からアジェス。下手から雷砂。2人とも額飾りを付け、派手なベストと裾の膨らんだズボンを履いている。もちろん化粧をしているし、雷砂に至っては、唇に鮮やかな紅を引いていた。

 2人は同時に舞台に現れ、客席に向かって頭を下げる。
 見慣れた少女の見慣れない格好に、客席から歓声があがる。顔を上げた雷砂が客席に向かってにこりと微笑むと、その歓声が更に高まった。

 やりにくいな、という顔をするアジェスに、仕方ないだろう?と目線で答える雷砂。
 2人は目と目で合図し、まずは2本の曲刀を持っていたアジェスが、その内の1本を雷砂に向かって放る。
 くるくると回転しながら飛んでくるそれを、危なげなく受け取って構える雷砂。

 以前練習で使ったものと違い、この刀の刃は潰れていない。見栄えが言いように派手に飾られた柄を握り、お互いに刀を構えて薄く笑った。

 眼差しでタイミングを計り、2人同時に動き出す。時に舞うように、時に互いの命を奪い合うように。
 あらかじめ決めてある型にそって動きながら、時折戯れのように刀をぶつけ合う。
 それは美しい舞いの様であって、互いの命を求め合う真剣勝負の様でもあった。

 観客達は、息をするのも忘れたように、真剣に舞台に見入っていた。
 だが、いよいよ終わりに近づき、大上段に曲刀を構えたアジェスが雷砂の頭に向かって刃を振り下ろす。
 人々があっと息を飲む中、雷砂はそれを最小限の動きでかわし、剣先を下へ向けた相手の曲刀に足をかけ、軽やかに駆け上り、柄を蹴って大きく後方へ宙返り。そのまま宙で一回転を決めた後、よろける様子も見せずに着地した。

 初めて手合せした時の動作。2人で相談して、演舞に取り入れたものだった。
 目と目で笑いあい、同じタイミングで客席の方へ体を向ける。2人同時に一礼。客席が歓声と拍手で沸いた。

 そこで雷砂は退場し、残ったのは刀剣師のアジェスのみ。
 だが、彼も近づいてきた座員に刀を渡し、代わりにかご一杯のリンゴとナイフの納められたベルトを受け取り身につけた。

 そして雷砂と入れ替わる様に登場したのは、軽業師のジェド。彼も腰にナイフを仕込んだベルトを付けていた。
 彼は客席を見回し、それから一礼。

 そんなジェドの隙をつくように、アジェスがナイフを投げる。
 客席から、悲鳴が聞こえたが、ジェドは慌てることなく飛んできたナイフをつかんで己のベルトへ。
 アジェスはそのまま自分に与えられたナイフを次から次へと投げ、ジェドはそれを受け取ってはベルトへ納めていく。
 観客は息を飲み、その様子を見つめた。

 だが、いよいよアジェスのナイフも底をつき、大きく肩をすくめる仕草。
 それを合図に、ジェドの軽業が始まった。
 まずはナイフのジャグリング。
 ジャグリングしながら、アジェスが頭に乗せたり口にくわえたりするリンゴを絶妙な力加減で貫いていく。

 更に今度は飛んだり跳ねたり回ったりしながらのナイフの投擲。
 的は、アジェスが適当に投げるリンゴだ。
 最初は1つずつだったが、2個になり3個になり、最後はまとめて5個のリンゴが投げられたが、見事すべてにナイフが刺さっていた。
 すべてのナイフを投げ終えたジェドが頭を下げると、観客達は大きな拍手でそれに答えた。

 そこでアジェスとジェド、2人の青年が袖に下がり、舞台は暗転。
 舞台上では荒れてしまった舞台を片づけ、次の演目の準備をしているようだ。
 楽器が準備されている所を見ると、次はいよいよ舞姫と歌姫の登場なのだろう。

 観客が期待に胸を膨らませる中、鈴の音が響き渡る。
 ぱっと舞台上に明かりが戻り、舞台の後方にはいつの間にスタンバイしたのか楽士の少女達の姿が見えた。
 そして舞台中央には深々と膝を折って頭を垂れる舞姫の姿。
 更に、楽士の少女達の少し前に銀色の髪の歌姫と、もう一人短い黄金色の髪の少女・雷砂が立っていた。

 雷砂の衣装はさっきと違っていて、上は胸を隠すだけでお腹がむき出しのぴったりとした衣装。
 下は短いズボンを履いただけの太股から下が露わになった下半身を、巻き付けられた薄布がわずかに隠すようにまとわりついている。
 さっきまでの衣装が雷砂の少年らしさを強調していたとすると、今度の衣装は雷砂の未発達な少女らしさを余すことなく見せつけていた。

 歌姫は、雷砂より大人っぽい衣装だが、露出は控えめで、彼女の神秘的な印象を強くしていた。
 2人は目をあわせ、淡く微笑みあい、観客にむかって頭を下げる。それを合図に、楽士達が音楽を奏で始めた。

 最初に歌い出したのは歌姫。澄んだ高音で美しい旋律を紡ぎ出す。
 そしてその声に寄り添うように、よく通る少し低めの声が響く。
 二つの声は絡み合い、時に混じり合い、反発し、美しい音楽を作り上げていく。

 人々は、その奇跡のような音楽に酔いしれた。
 彼らが音楽に酔い、舞姫の存在をすっかり忘れた頃、解き放たれた様に舞姫の体が動き出した。
 雷砂の衣装よりも更に露出が多い衣装の彼女は、その身にまとった薄布を体の一部の様になびかせながら時に激しく、時に緩やかな動きで、舞台の上を舞い踊る。

 舞姫の参入で、2人の歌にも熱がこもり、更に激しさを増していく。
 歌姫と雷砂の美しい歌声と舞姫の情熱的な舞いは互いを高め合い、もっとも高いところまで上り詰め、そして緩やかに曲の終わりを迎えた。

 一瞬の沈黙。だがすぐに割れんばかりの拍手と歓声が舞台の上の出演者を包み込んだ。
 雷砂は満足そうに微笑んで、その身を引く。
 彼女の出番がここまでと知った観客達は少し残念そうだったが、すぐに次の曲が始まり、観客達はまたすぐに我を忘れた。

 舞姫と歌姫の競演はその後3曲続いた。
 最後の曲が終わり、会場一杯の歓声を聞きながら、舞姫と歌姫が、楽士の場所に下がっていた雷砂を迎えに行く。
 打ち合わせに無かったのか、雷砂は少し驚いた様な顔をしていた。

 彼女達は雷砂を真ん中に挟んで、手をつないで戻ってくると、鳴り止まない拍手に感謝するように一礼。
 それから姉妹2人で目を合わせ、示し合わせたように雷砂の頬へ柔らかく口づけをしたのだった。
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