龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第二部 旅のはじまり~水魔の村編~

水魔の村編 第八話

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 夕方になると、やっと村長からのお呼びがかかった。
 迎えには、ジルゼがやってきた。すこし気まずそうな表情で。
 だが、昼間の問いに関しての答えはやはり無く、詳しいことは村長から聞いてくれの一点張り。
 それ以上その話題を続けても仕方ないので、黙ってジルゼの後について歩いた。
 歩きながら、自分より大分上にある青年の顔を見上げる。
 少し青ざめて固い表情。まるで何かに怯えているような。
 雷砂は彼の顔を見ながらそっと彼の名を呼んだ。


 「なぁ、ジルゼ?」


 名を呼ばれ、ちらりと目線を雷砂に向けたものの、特に返事はない。
 昼間の質問で大分警戒されてしまったようだ。
 だが、雷砂は気にせず問いかけた。


 「なにをそんなに怯えてるんだ?村長って、そんなに怖い人なのか?」


 その問いを受けたジルゼは思わず目を見開いて雷砂を見つめ、それからとってつけたようにへらりと笑った。村長が怖い?そんな訳ないだろう、と。

 雷砂はそんな言葉を信じたわけではなかったが、それ以上彼を問いつめるのは辞めた。
 どの道これから村長と対面するのだ。村長がどんな人物か、その時はっきりするだろう。

 雷砂が質問をやめて押し黙ったので、ジルゼは明らかにほっとした顔をした。
 そしてそれから間もなく、小さな集会所のような建物へと到着した。

 中に通されると、そこにはそれなりの人数が集まっていた。
 まずは村長とだけ話をすると思っていた一同は面食らい、戸惑ったようにその場へ足を踏み入れる。
 雷砂だけはそこに大勢の人が居ることを入る前に気づいていたのか、平然とした顔をしていたが。

 一同はジルゼに促され、奥の方の席へと案内されてぞろぞろと進んでいく。
 イスや何かは特になく、床に直接座る形式のようだ。
 それぞれの席と覚しき場所にクッションの様なものがひいてあったのでそこに腰を下ろすと、それを合図としたように、比較的若い女達が、食事や酒を運んできた。

 そしてゆったりした足取りで、初老の男が歩いてきて、イルサーダの正面に腰を下ろした。
 更に、ジルゼや他の面々も続いて腰を下ろしていく。若い者もいたが、老いた者の方が多いようだった。
 皆が座ったのを確認し、村長は深々と頭を下げてから口を開いた。


 「この度は我らが村の窮状をお救い下さると、このジルゼから聞いております。今日は感謝の気持ちを込めてささやかではありますが宴席を準備いたしましたので、ごゆっくりお楽しみ下さい」

 「いえ。私達もこの霧に閉じこめられた身ですので。出来る限りのご協力をするつもりです」


 丁寧な村長の言葉に、イルサーダも無難な言葉を返す。
 雷砂はセイラとリインに挟まれて座りながら、じっと村長を観察するように見つめていた。
 その視線に気づいたように村長が雷砂の方を見てにこりと笑う。

 その目が、舐めるように自分の身体の上を這い回るのが分かった。向こうも、こちらを観察しているのだ。
 ジルゼから、何か話を聞いたのかもしれない。村長のその眼差しは、決してただの無力な子供を見るような眼差しではなかった。


 「そちらの、雷砂様、でしたか?愛らしいお姿に似合わずずいぶんとお強いようですね」

 「様なんてつけなくていいです。オレの強さなんて大したことないですよ。今回はこちらの・・・・・・」


 村長の探るような問いかけに、雷砂は微笑みながらイルサーダの隣に並んで座るジェドとアジェスを示す。いつもなら決して使わない、猫を被った丁寧な言葉づかいで。


 「ジェドさんとアジェスさんのお付きみたいなものです」

 「・・・・・・ほう?彼らはあなたよりお強いと?」

 「ええ。身体を見れば一目瞭然でしょう?オレでは、彼らの足下にも及ばない」


 にっこり笑い、きっぱりと答える。
 村長は、再び探るような目線を2人の男に向け、それからイルサーダの方を見た。


 「うちの者達が雷砂様に救われたと口々に申すものですから、てっきり雷砂様が一番お強いとばかり」

 「いえいえ。うちの雷砂はまだ子供ですから。こちらのジェドとアジェスについてよく学んでおりますが、まだまだですよ」


 イルサーダは、ジェドとアジェスが数合わせの見た目要員とはまるで相手に伺わせずに、しらっとそんな嘘をつく。
 ジェドとアジェスは頑張ってなんとか無表情を貫いていた。
 そんな彼らをしばらく探るように見た後、


 「そうですか。そんなお強い方を連れてきていただいて、本当にありがとうございます」


 一応は納得したのか村長は一旦矛を収め、場を仕切りなおすようにぱんぱんと手を打ち鳴らした。
 すると、奥の方から見目の良い若い女と若い男が出てきて客人のそばへ侍る。

 イルサーダ、ジェド、アジェスの隣が若い女、リインとセイラの隣が若い男だ。
 雷砂にはどんな相手をあてがえばいいか分からなかったのか、特に誰も寄ってこなかった。
 いや、少し遅れて10代半ばくらいの年若い少女が雷砂のそばにやってきた。
 雷砂に酌をしようとする彼女の手がかすかに震えているのを見て、雷砂はかすかに目を細めた。


 「その者達が皆様のお相手を致しますので、もし気に入りましたら今日は連れ帰って頂いても結構ですよ」


 村長はにこにこ笑いながら、そんなとんでもない事をいいだす。こちらの協力を確実なものとするための策の一つなのだろうかと、再び、今度は村長に気づかれない程度に彼の表情を探る。

 だがさすがの雷砂でも、目の前の抜け目が無さそうな男が何を企んでいるのかはっきりと断じる事は出来なかった。
 ただはっきりしているのは彼を警戒させるのは得策ではないだろうという事。
 だから、とりあえずは彼の下世話な思惑に乗っておくつもりだった。
 油断を誘い、しっかりとしまわれた彼のしっぽをつかむために。

 雷砂は相手に気づかれないように、イルサーダにそっと目配せをする。
 その目配せに気づいたイルサーダもちらりと雷砂を見つめ、任せますと言うように小さく頷いた。
 雷砂はニヤリと笑い、傍らの少女の腕を取り立ち上がった。


 「座長、舞姫と歌姫が疲れたとの事ですので、先に戻りたいのですが」

 「ああ。今日は移動が長かったですから無理もありません。村長、すみませんが、彼らを先に休ませても?」

 「あ、ええ。構いませんが・・・・・・」

 「せっかくの料理をほとんど頂いてないので、少し持ち帰ってもいいでしょうか?」


 小首を傾げて村長に尋ねると、彼は鷹揚に頷いた。


 「もちろんです。誰かに運ばせましょう」


 言いながら、村長はセイラとリインの側に侍る男達に目配せをした。
 だが、男達が頷き立ち上がるより先に、


 「いえ、彼らではなく、彼女に運んでもらいます」


 にこっと笑って男達の行動を制した。


 「その、娘にですか?」

 「ええ。舞姫と歌姫は女性だけの方がお好みですので」


 その言葉に色々な意味を含ませて、雷砂はセイラとリインに目配せをする。
 2人は雷砂の意を正確にくみ取って、


 「そうね。女同士の方が気楽だし楽しいから好きよ」

 「そう。女だけが、いい」

 「女だけ、ですか?」


 村長はそう繰り返し、いぶかしそうに雷砂を見た。
 雷砂は無邪気を装って微笑む。


 「そう、女だけで。何か誤解をされているようですが、オレも性別は女ですよ?ただ、こういった衣装の方が身体を動かしやすいので」

 「あ、いや、これは失礼した」

 「いえ、誤解されやすい格好をしているオレが悪いんです」


 慌てて謝罪する村長にそう返し、雷砂はセイラとリインを立つよう促した。
 そして、傍らの少女の耳元に唇を寄せ、


 「量はそんなにいらないから、適当に食べ物を見繕って準備をお願い出来るかな。オレ達と、一緒に来てもらえるとありがたい。悪いようにはしないから」


 にこりと微笑む。
 その笑顔を思いがけず間近で見てしまった少女は一瞬で真っ赤になり、コクコクと頷いた。
 雷砂はありがとうと彼女の耳に囁き、わざと周りに見せるように、少女の頬にちゅっと口づけた。
 これからの夜を、村の連中や村長にしっかり連想させるように。

 そして雷砂は彼女の耳にささやきを吹き込んだ。早く準備して、早くイイコトをしよう、と。
 だが、それはちょっぴりやりすぎだった。

 そのせいで純情な村娘が腰砕けになり、村長は慌てて別な者をつけると言い出す始末。
 結局はこの少女じゃないとダメだと村長を振り切って、雷砂が自ら料理を見繕い、さらにすっかり腰が抜けてしまった少女を背負って連れ帰る羽目になってしまったのだった。

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