龍は暁に啼く

高嶺 蒼

文字の大きさ
118 / 248
第二部 旅のはじまり~水魔の村編~

水魔の村編 第十五話

しおりを挟む
 その泉は森の奥、木々に隠されるようにひっそりと存在していた。
 それほど大きな泉ではない。
 だが、清浄な水をたたえたそこは、森の中の貴重な水源であり、魔素の霧に包まれてもなお、清廉な空間を保っていた。

 そんな泉の水面に、一人の少年が漂うように浮かんでいた。
 年の頃は16歳ほど。
 不思議な髪の色をした少年だった。

 「アスラン」

 どこからともなく聞こえてきた自分の名を呼ぶ声に、少年はうっすらと目を開ける。
 その瞳の色も、髪と同じ水の色をそのまま映したような光沢のある水色。
 人間とは思えない美しい色彩の少年は、体の向きをうつ伏せに代え、ゆったりとした泳ぎで泉のほとりを目指した。

 少年がほとりに着くより先に、木々の間から一人の少女が現れる。
 こちらもまた、美しい少女だった。
 まっすぐな黒髪は艶やかで、背中の中程までを覆っている。
 瞳は深い青。一重の切れ長の瞳は涼やかだが、少しきつめの印象も与えた。

 少女は泉のほとりに凛と立ち、少年が近づいてくるのを待っていた。
 ほとりに近づき、足がつく深さになると、少年は立ち上がりゆったりと歩いて少女の元へと向かう。

 少年はほとんど衣類を身につけていなかった。
 つけているのは、腰の周りに巻いた申し訳程度の布だけ。
 だが、衣類こそ身につけてはいなかったが、腰布以外の場所もあるものに覆われていて、白い肌はさほど見えはしない。

 少年の身体は四肢を中心に、透明感のある水色の宝石の様な鱗に覆われていた。
 体幹部分の覆われ方はそれほど手足ほど密ではなく、場所によっては白い肌がのぞいている。
 そんな状態ではあるが、少年の姿はは虫類めいた印象はなく、ただ美しい。
 少年は少女を見つめてにこりと笑った。年相応の、屈託のない笑顔で。


 「イーリア、どうしたの?そんな怖い顔して」


 小首を傾げ、少女の頬へと手を伸ばす。
 ひんやりとした指先で、少女の柔らかな頬に触れ、ゆっくりと身を寄せる。
 明らかに人とは違う腕に抱き寄せられても、少女は嫌悪する様子も見せず、むしろ嬉しそうに少年の胸へと身体を寄せた。


 「アスラン・・・・・・」

 「村で、なにかあった?」


 耳元で聞こえる少年の問いに、少女は軽く顎をひいて頷く。


 「村に、変な奴らが来たの」

 「変なやつら?」

 「外の人間よ。村長が霧の外へ出そうとした使者を助けて自分達を売り込んだみたい。村長は、そいつ等に何かをさせるつもりよ」

 「ふうん。どんな人達?」

 「大人の男が3人と、女が2人。それと何故か10歳くらいにしか見えない子供が1人」

 「なんか、変な組み合わせだね?荒事に向いているようには見えないけど」

 「私も最初はそう思ったんだけど、以外と子供が強くて。今日森でセアがなり損ないの群に襲われたんだけど……」

 「セアが?あの子は無事なの?」

 「大丈夫。怪我ひとつしてない。本当は私が助けに入ろうと思ったんだけど、その前に・・・・・・」

 「その、外から来た子供がセアを助けてくれたんだね?」

 「そう。あっという間に」

 「良い人じゃないか」

 「悪い人間じゃなさそうだけど、でも村長の奴はきっと、あんたを倒すように依頼するわよ?いくらいい子そうでも子供だもん。大人達が依頼を受けちゃったら言いなりになるしかないだろうし。やっぱり、私とアスランの敵だわ」

 「そうかな?」

 「そうよ」


 きっぱりと言い切る少女の様子にアスランは苦笑を浮かべる。
 仕方ないとは思うが、彼女はアスランに対して少々過保護だ。
 だが、彼女の世話になっている事実がある為、アスランもその扱いを甘んじて受け入れていた。
 まあ、彼女の事が好きだからという純粋な理由もあるのだが。

 アスランは、彼女がもたらした情報が妙に気になった。外から来た、変な人達の事が。
 中でも、セアを助けてくれたという幼い人物が気になっていた。
 会ってみたいと言ったらイーリアは反対するだろうか?ーそんな風に思いながら、幼なじみの少女の顔をそっと伺う。
 その目線に気づき、なに?ーと目線を返してくる彼女に微笑みかけ、


 「でも、もしかしたら味方になってくれるかもしれないよ?」


 そんな言葉を投げかけてみた。
 イーリアはちょっと考えて、やっぱり首を横に振る。


 「そんな風に都合良くいくとは思えないわ。知らない人間を、そこまで信用できない。村の人でさえ、信用しきれないのに」

 「だけど、その子は村長の依頼で僕を殺しに来るかもしれないんだろう?僕の力はまだ弱いし、逃げられないよ?その子が敵なら、僕は死ぬしかない」

 「そいつがここに来る前に、私が殺すわ。弓矢で、遠くから。矢に毒を塗ればきっと殺せる」

 「イーリアに、そんな事させたくないよ」


 アスランは、再び少女のしなやかな肢体を抱きしめた。
 少女も彼のひんやりした身体を抱き返し、強い眼差しでアスランを見上げた。


 「それでも、やるわ。アスランの為なら、私はなんでも出来るわ」

 「僕がそれを望んでいなくても?」

 「ええ。たとえあんたが望まなくても」


 少女が微笑む。
 そんな少女の顔を見つめながら、アスランは哀しそうな顔をした。


 「僕は大丈夫だから、イーリアは村に帰りなよ。僕はもう、化け物なんだよ?」

 「なにいってんのよ。人一倍寂しがり屋の弱虫のくせに。それに、アスランは化け物なんかじゃないわ」

 「でも、人間でもない」


 寂しそうに、アスランが笑う。
 イーリアは、怒ったような顔でアスランを睨んだ。
 そして激情のままに、アスランを引き寄せて唇を奪う。
 きつく唇を押し当てるだけのキス。だが、生まれて初めてのキスは甘く甘美だった。


 「イーリア・・・・・・」


 顔を赤く染めて、少年は少女の名を呼ぶ。
 少女は照れくさそうに顔をそらし、


 「人間でも人間じゃなくてもアスランは私の幼なじみで、その・・・・・・恋人、なんだから。そ、それでいいじゃない」


 だがはっきりとそう宣言する。


 「こ、恋人・・・・・・」


 更に赤くなった少年がそう呟くと、


 「なによ、イヤなの!?」


 叫ぶように少女が返す。
 アスランは思わず微笑んで、少女を腕の中に引き寄せた。
 そしてその耳元でそっとささやく。


 「イヤじゃないよ。すごく嬉しい。でも・・・・・・」

 「で、でも?」

 「出来れば僕から伝えたかったな。イーリアに、恋人になってくださいって。それからキスも」


 間近から瞳をのぞき込み、からかうようにそう言うと、


 「それはアスランが悪いのよ。中々言ってくれないんだもん。私は待ってたのに」


 唇をとがらせて反論してくる。


 「待っててくれたの?」

 「そ、そうよ」

 「待たせてごめんね?」

 「べ、別に良いけど」


 ぷいっと瞳をそらせる様子が可愛くて、アスランはその頬へちゅっと軽くキスをする。


 「なっ!!」

 「大好きだよ、イーリア。お願いだから、僕の恋人になって下さい」


 びっくりした顔のイーリアに、アスランは真摯な顔で愛を告げる。
 イーリアはぽかんとした顔でアスランを見上げた後、言葉の意味がしみこんできたのかじわじわと赤くなり、それから花が綻ぶように微笑んだ。


 「いいわ。なってあげる、恋人に」


 そう応えた愛しい少女を、アスランはもう一度抱きしめる。そして、


 「キス、してもいい?」

 「い、いいわ」


 2人でそっと微笑みあい、唇を寄せていく。
 ゆっくりと2つの影が重なり合い、清らかな泉のほとりで2人は甘くてとろけるようなキスをした。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。 12/23 HOT男性向け1位

この世界、イケメンが迫害されてるってマジ!?〜アホの子による無自覚救済物語〜

具なっしー
恋愛
※この表紙は前世基準。本編では美醜逆転してます。AIです 転生先は──美醜逆転、男女比20:1の世界!? 肌は真っ白、顔のパーツは小さければ小さいほど美しい!? その結果、地球基準の超絶イケメンたちは “醜男(キメオ)” と呼ばれ、迫害されていた。 そんな世界に爆誕したのは、脳みそふわふわアホの子・ミーミ。 前世で「喋らなければ可愛い」と言われ続けた彼女に同情した神様は、 「この子は救済が必要だ…!」と世界一の美少女に転生させてしまった。 「ひきわり納豆顔じゃん!これが美しいの??」 己の欲望のために押せ押せ行動するアホの子が、 結果的にイケメン達を救い、世界を変えていく──! 「すきーー♡結婚してください!私が幸せにしますぅ〜♡♡♡」 でも、気づけば彼らが全方向から迫ってくる逆ハーレム状態に……! アホの子が無自覚に世界を救う、 価値観バグりまくりご都合主義100%ファンタジーラブコメ!

異世界に転移したらぼっちでした〜観察者ぼっちーの日常〜

キノア9g
ファンタジー
※本作はフィクションです。 「異世界に転移したら、ぼっちでした!?」 20歳の普通の会社員、ぼっちーが目を覚ましたら、そこは見知らぬ異世界の草原。手元には謎のスマホと簡単な日用品だけ。サバイバル知識ゼロでお金もないけど、せっかくの異世界生活、ブログで記録を残していくことに。 一風変わったブログ形式で、異世界の日常や驚き、見知らぬ土地での発見を綴る異世界サバイバル記録です!地道に生き抜くぼっちーの冒険を、どうぞご覧ください。 毎日19時更新予定。

ゲームの悪役パパに転生したけど、勇者になる息子が親離れしないので完全に詰んでる

街風
ファンタジー
「お前を追放する!」 ゲームの悪役貴族に転生したルドルフは、シナリオ通りに息子のハイネ(後に世界を救う勇者)を追放した。 しかし、前世では子煩悩な父親だったルドルフのこれまでの人生は、ゲームのシナリオに大きく影響を与えていた。旅にでるはずだった勇者は旅に出ず、悪人になる人は善人になっていた。勇者でもないただの中年ルドルフは魔人から世界を救えるのか。

【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と甘々ライフ~

月城 友麻
ファンタジー
『お前みたいな無能、最初から要らなかった』 恋人に裏切られ、仲間に陥れられ、家族に見捨てられた。 戦闘力ゼロの鑑定士レオンは、ある日全てを失った――――。 だが、絶望の底で覚醒したのは――未来が視える神スキル【運命鑑定】 導かれるまま向かった路地裏で出会ったのは、世界に見捨てられた四人の少女たち。 「……あんたも、どうせ私を利用するんでしょ」 「誰も本当の私なんて見てくれない」 「私の力は……人を傷つけるだけ」 「ボクは、誰かの『商品』なんかじゃない」 傷だらけで、誰にも才能を認められず、絶望していた彼女たち。 しかしレオンの【運命鑑定】は見抜いていた。 ――彼女たちの潜在能力は、全員SSS級。 「君たちを、大陸最強にプロデュースする」 「「「「……はぁ!?」」」」 落ちこぼれ軍師と、訳あり美少女たちの逆転劇が始まる。 俺を捨てた奴らが土下座してきても――もう遅い。 ◆爽快ざまぁ×美少女育成×成り上がりファンタジー、ここに開幕!

大和型戦艦、異世界に転移する。

焼飯学生
ファンタジー
第二次世界大戦が起きなかった世界。大日本帝国は仮想敵国を定め、軍事力を中心に強化を行っていた。ある日、大日本帝国海軍は、大和型戦艦四隻による大規模な演習と言う名目で、太平洋沖合にて、演習を行うことに決定。大和、武蔵、信濃、紀伊の四隻は、横須賀海軍基地で補給したのち出港。しかし、移動の途中で濃霧が発生し、レーダーやソナーが使えなくなり、更に信濃と紀伊とは通信が途絶してしまう。孤立した大和と武蔵は濃霧を突き進み、太平洋にはないはずの、未知の島に辿り着いた。 ※ この作品は私が書きたいと思い、書き進めている作品です。文章がおかしかったり、不明瞭な点、あるいは不快な思いをさせてしまう可能性がございます。できる限りそのような事態が起こらないよう気をつけていますが、何卒ご了承賜りますよう、お願い申し上げます。

高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません

下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。 横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。 偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。 すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。 兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。 この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。 しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。

処理中です...