龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第二部 旅のはじまり~水魔の村編~

水魔の村編 第二十三話

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 泉の上に、1人の男が立っていた。
 アスランとよく似ている。だが、アスランとは違う存在。

 その男は、茫洋としたまなざしを中空に向け、動かない。
 その身体の向こうが透けていた。
 それだけが、彼が生身の存在ではないことを伝えてくる。

 美しい、男だった。
 アスランよりも更に人間離れした、血の通わない鉱物の様な美しさ。

 不意に、彼が泉のほとりに目を向けた。ちょうど、アスランやイーリア、雷砂がいる辺りに。
 だが、彼の瞳に生者が写ることはなく。彼はぼうとした目で、周囲を見回すばかりだった。
 しばらくそうした後、彼は泉のほとりに視点を定め、ゆっくりと口を開く。


 「これは、我が息子アスランへの伝言だ。もしアスランがここにいるのであれば何も問題ない。だが、もしアスランがいないのであれば、これを聞いている御仁にどうか頼みたい。我が言葉を、出来るならば息子に届けて欲しい」


 独白は、そんな言葉から始まった。
 アスランは食い入るように、父親の姿を見つめていた。
 最後に見たのは血にまみれ、母と折り重なるように息絶えた無惨な姿だった。

 物心ついてから、父と過ごした時間は驚くほど少ない。
 アスランは村に暮らしていたし、父は泉から離れることが無かったから。
 だが、時々母に連れられて会いに行く父はいつも優しくて、アスランは大好きだった。
 泉の上、在りし日の姿の父を見つめるアスランの瞳から涙があふれ、イーリアは黙ってアスランを抱きしめる。
 そんなアスランの姿を認識することなく、男は静かに言葉を継ぐ。


 「アスラン、さっきお前の母が、アリアーゼが亡くなったよ。彼女を守れなくてすまない。私が不甲斐ないせいで、お前から母を奪うことになってしまった。私の命も、もうそれほど長くは保たないだろう。私が死ねばこの森と村の守りが無くなり、恐らく異変が起きる。いや、すでに異変は起き始めている。命の終わりが近づき、私の力が弱まったせいだ。最後の力でこの泉の周辺だけはお前が来るまで守るつもりだよ。お前の到着まで、最後の結界が保つといいのだけれど」


 愛しい息子への語りかけという形の独白の声が優しく水面の上を響いていく。
 亡くなった水魔の幻影は、柔らかく穏やかに微笑んでいた。


 「お前が無事にここへやって来たのなら、お前の姿は私に近いものに変わっている事だろう。今までは、私の力で押さえてきた。だが、私の死でそれももうかなわなくなってしまった。だが、安心しろ。お前が力の使い方を身につければ、必要のない力は押さえておけるはずだ。そうすれば、自然と人の姿に戻れる。お前は私と違ってアリアーゼの、人の血も引いている。人として生きていくことが出来るはずだ。私にアリアーゼがいたように、お前のそばにはイーリアもいてくれる。お前がこの先も幸せに生きてくれることを、私もアリアーゼも信じているよ」


 イーリアの手が、アスランの手をぎゅっと握る。私はここにいると、伝えるように。
 アスランも微笑み、彼女の手を握り返した。
 父も母も死んでしまった。けれど、アスランは1人ではなかった。


 「少し、感傷的な言葉ばかり並べてしまったな。ここからは、今、この森やお前の村の周りに起こるだろう異変についての話をしよう。むしろ、ここからが本題だ」

 「いよいよ、本題か」


 雷砂がすうっと目を細める。
 この死んだ男の話に事態を解決するヒントがあるかないかで、今後の行動が決まってくる。
 出来ればここで、解決の鍵を手に入れておきたかった。


 「発端は村長の乱心だった。彼がアリアーゼを拉致し、彼からの伝言を受けた私は村長の隠し小屋に向かった。アスランは知らないだろうが、村長は屋敷の裏山に狩りに使う山小屋を持っているんだ。アリアーゼはそこに捕らわれていた。時間がないので詳しい説明は省くが、何とか彼女を救い出しはしたものの、私も彼女も深い傷を負ってしまった。こうして泉まで戻って来たものの、彼女はすでに息は無く、私ももうじき死ぬ。だが、命が尽きる前に、伝えるべき事を伝えよう」


 青年は考えをまとめるように、ほんの一瞬その瞳を閉じ、それから再び開いた。
 強い視線を前に向け、そして語る。


 「私達を害したのは村長で間違いない。だが、彼は恐らく傀儡だ。私と相対した彼は、明らかに精神の均衡を欠いていた。彼は善人では無かったが、悪人でも無かった。誰か、彼の背を押した存在がいるはず」


 そこまで語り、彼は辺りを見回すような仕草をした。
 誰かを捜すように、鋭いまなざしで。そして、


 「今、この泉の結界に守られながらも、どこからか私を伺う視線を感じる。悪意ある、黒い眼差しを。その者が為したい何かに、私という存在が邪魔だったのだろう。そいつがこの村や森を巻き込んで何をしようとしているのかは分からない。だが、そのことでアスラン、お前の身に何かがあったらと思うと、私は恐ろしくて堪らない」


 彼の眼差しが、不思議なくらいぴたりとアスランの瞳を据えた。
 アスランの身体が震え、少女の手を握ったままの手に力がこもる。


 「アスラン、お前を信じている。だが、危ないと思ったらどうか逃げて欲しい。私達に、お前の命より大切なものなどありはしない。・・・・・・愛しているよ。お前の無事と幸せだけを祈っている」


 その言葉を最後に、音声がとぎれた。
 愛おしそうに微笑んだ顔も、身体も、少しずつ薄れて、やがて大気に溶けるように消えてしまった。

 残されたのは3人と1匹。
 雷砂の見つめるその前で、少年の肩が震えていた。
 そしてその悲しみを分かち合うように、ほっそりとした少女の身体がそっと、少年に寄り添うのだった。

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