龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第二部 旅のはじまり~水魔の村編~

水魔の村編 第二十五話

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 水魔の幻影が消えてからもしばらくの間、誰も動きだそうとしなかった。
 しかし、ずっとそうしているわけにもいかない。
 雷砂は小首を傾げ、


 「で、2人はどうする?」


 さらりと2人に問いかけた。
 アスランとイーリアは顔を見合わせ、それから再び雷砂の顔へ視線を向ける。


 「えっと、どうするって?」

 「言葉の通りの意味だけど?アスランのお父さんの言葉で一連の事件の裏に村長が関わってる事が分かったし、オレはもう村に戻ろうと思う。村長の後ろに誰がいるにしろ、村長と話してみないと埒があかなそうだ」

 「私達も、行った方がいいわよね?」

 「いや、好きにしていいぞ?オレはオレの思うようにするだけだ。2人もそうすればいいと思う。ただ、アスランの力の制御に関しては、オレ仲間の1人が力になれるかもしれないから、霧が晴れたら会いに来るといい」

 「僕は、雷砂と一緒に行くよ。まだ使いこなせて無いけど、少しは僕の力も役に立つかもしれないから」

 「アスラン」

 「かまわないけど、その姿をみんなに見られるよ?」


 雷砂は、ずばっとそう指摘した。
 アスランの今の姿は異形のもの。それはいずれ差別に繋がるかもしれない。それが嫌なら、力の制御を覚えて人の姿になってから戻るしかない。
 だが、アスランは微笑み首を振った。


 「僕が水魔の血を引くことは、村の誰もが知ってるし、今更この姿を隠す気は無いよ。みんなの反応は少し怖いような気もするけど、いつまでも隠れてる訳にもいかないから」

 「大丈夫よ。私が一緒にいるわ」

 「出来ればイーリアにはここにいてほしいんだけど・・・・・・」

 「嫌よ。私はアスランの側にいる。アスランが残るなら残るし、アスランが行くなら私も行くわ」


 アスランは困ったような顔をしたものの、それ以上イーリアの言葉に逆らうことはしなかった。
 イーリアが決してその言葉を翻さない事が、何となく分かってしまったから。
 雷砂はそんな2人を面白そうに見つめ、


 「よし、じゃあ一緒に行こう。まずはオレ達が使わせて貰ってるアスランの家へ行くぞ。あそこならあまり目立たずに行けるはずだし、アスランの姿を隠す服も手にはいるだろ?オレの仲間もいるしな」


 にっと笑ってそう伝える。
 雷砂は、最初からアスランの姿を村人達の目にさらすつもりは無かった。
 ただ、アスランとイーリアの覚悟を試したのだ。
 ここから先は、雷砂の予測通りならかなり危険な状況も出てくるだろう。
 そんな中に、覚悟の無い者を連れて行くわけにはいかない、そう思ったから。

 揃って頷いた2人に背を向けて雷砂はゆっくり歩き出す。少し後ろを、アスランとイーリアが並んで続いた。
 そうして歩きながら、雷砂はふと疑問に思った事を尋ねてみた。


 「そういえば、アスランが着いたときにはもう両親とも亡くなってたんだよな?」

 「うん」

 「だとしたら、2人が村長にはめられたって事は、誰から聞いたんだ?」


 そんな素朴な疑問に応えたのは、アスランの横を歩いていたイーリアだった。


 「ジルゼから、だけど?」

 「ジルゼ?」

 「ええ。アスランが水魔様の異変を察して飛び出した後、私の所に来て警告してくれたの。巫女様と水魔様をはめたのは村長だから、村長に気をつけるようにって」


 イーリアの言葉に、雷砂はしばし考え込む。
 あの村長が、自分の悪事を自ら吹聴するとは思えない。
 秘密を共有するとしたら、自分の共犯者か、よほど自分と近しい相手だろう。ジルゼは果たしてどちらなのだろうか。
 雷砂は、彼から嫌な感じは受けなかった。自分から進んで悪事に手を貸すような人物には見えなかった。


 「ジルゼと村長って、どういう関係なの?」

 「ジルゼと村長の関係?ジルゼは村長の従兄弟の息子なの。村長の息子の世話係もしてるわ。優しい、いい人よ?」


 イーリアはジルゼのことを欠片も疑っていないようだ。
 ちらりとアスランの顔を見ると、彼は苦笑を浮かべて雷砂を見返した。
 アスランの方はイーリアほど単純では無いらしい。
 村長に関する裏の情報をもたらしたジルゼを信じ切ってはいないようだった。
 かといって、彼を嫌悪している様子も見受けられないから、ジルゼは本当に善良な存在として周囲に受け入れられているのだろう。

 村長にとってのジルゼはどういう存在なのだろうか。
 血縁があり、息子の世話係の善良だが自分より立場が弱い、若い男。

 ジルゼとしては血が繋がっているという事と、自分に仕事を与えてくれているという事があり逆らえないが、心から従っているわけではないのだろう。
 自分の良心を守るために、イーリアに情報を与えたが、村長に反旗を翻すほどの度胸は無い、といった所だろうか。

 村長にとっては、黙って自分の言いなりになる、それなりに利用できる駒なのだろう。
 人当たりが良く、村人からもそれなりに信頼されている使い勝手のいい駒だ。


 (ジルゼの奴も、逃げ出したくても逃げ出せないんだろうな)


 ため息混じりにそんな事を思う。
 ジルゼという青年に、それ程思い入れがあるわけではない。だが、知ってしまった以上はどうしても気にかかる。
 関わった人間を、全て救えるほどの器が自分にあるとは思えない。
 だが、そうでありたいとは思っている。その為に、自分の身が傷ついたとしても。
 それは、雷砂という人間の性のようなものだった。

 ゆっくりと、とりたてて急ぐ事無く、雷砂は森の中を進んでいく。
 そうやって歩きながら、頭の中ではどの道が最善なのかを見極めるように、懸命に考えを巡らせていた。


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