龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第二部 旅のはじまり~水魔の村編~

水魔の村編 第二十八話

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 ジルゼから色々と情報を仕入れ、アスランがまだ慣れないながらも力の制御が出きるようになるのを待って、雷砂はアスランとイーリア、ジルゼを連れて拠点を出た。
 リインは付いて来たがったが、何とか説得して置いてきた。
 流石の雷砂も、セイラとリイン、守るべき相手を2人抱えての戦闘は厳しいと思ったからだ。

 イルサーダに加え、ジェドとアジェスもリインの護衛として残ってもらう。
 もし次に人質として狙われるとしたら彼女だろうと思ったから。
 ジェドは付いてきたそうだったが、やはり遠慮して貰った。
 リインやセイラよりも力があるし、そこそこ戦えるだろうが、やはり雷砂から見るとジェドも守るべき対象になのだ。それくらいの、力の差がある。
 それに、これから行く場所には妙な力を持つ存在がいるはずだ。
 その相手には、ジェドの攻撃など効かない可能性が高い。無用な危険を冒させる訳にはいかなかった。

 ジルゼは、肩を落とし悄然として3人の前を歩いていた。
 もう抵抗する気力は無い。
 もともと、自分から望んで村長に手を貸していたわけでもないのだ。様々なしがらみから、仕方なく従っていただけ。

 それでも最初の頃はそれ程抵抗も無かった。疑問を感じ始めたのは、アスランの母親を無理矢理拉致した頃から。
 ジルゼは直接手を下さなかったが、ドアの向こうから聞こえてくる悲痛な悲鳴が今でも耳の奥に残っていた。

 あんな事、してはいけなかったのだ。
 だが、ジルゼに村長を止める事は出来ず、ずるずると従ってきてしまった。
 この事は、いずれ村中に知れ渡るだろう。
 巫女と守り神を殺した村長の悪行、そしてそれに黙って協力した者達の存在と共に。
 そしてその協力者の中にはジルゼも含まれる。
 そうなれば、村の中でのジルゼの立場は地に落ちるだろう。
 大した立場など元々ありはしなかったが、それでも村人達から蔑みの目で見られることを思うと、心は際限なく落ち込んでいった。

 そんなことを考えている内に、気が付けば村長の屋敷の扉の前に来ていた。
 ジルゼは重い手を持ち上げて、しっかりとした立て付けの扉の取っ手を掴んでそっと引く。恐らく鍵がかかっているだろうと思いながら。
 だが、予想に反して扉は軽い反動と共に大きく開かれた。鍵がかかってなかったのだ。
 どうするのかと、雷砂を振り返ると、


 「よし、入ってみよう」


 そういって、スタスタと室内に入って行ってしまった。
 アスランとイーリアも顔を見合わせ小さく頷くと、雷砂に続いて屋敷の中へと入っていく。
 ジルゼは1人取り残され、どうしようかと考えたものの、今更彼らに逆らっても仕方ないと小さく首を振り、ゆっくりと扉をくぐって中へと入った。
 ジルゼの背後で、扉の閉まる音が静かに響いた。





 屋敷の中は、長い間掃除していないような、ゴミか何かを放置しているようなすえた匂いが充満していた。
 ジルゼは顔をしかめ、思わず鼻と口を片手で覆った。
 アスランとイーリアも同じように鼻と口を押さえ、不快そうな顔をしている。
 だが、雷砂は違った。難しい顔をして、周囲の匂いを嗅いでいた。

 こんな嫌な匂いを嗅いで、気持ち悪くならないのだろうか?ーそんなことを思いながら雷砂の横顔を見ていると、不意に雷砂がジルゼの方を振り向いた。


 「この家に住んでいたのは、村長だけか?」

 「いや、村長の息子がいるはずだよ。僕より3歳、年上の」


 雷砂の問いに、ジルゼより先にアスランが答える。
 確かめるように雷砂がジルゼを見たので、ジルゼも頷きを返した。

 そう、この屋敷には村長の一人息子も住んでいるはずだ。
 もう、ずいぶん長いこと顔を見ていないが、元気だろうか。彼は身体が弱く、いつも病気ばかりしていた。
 最後に会ったのはいつだったか。
 確か、村長がおかしくなり始める少し前。霧が村を覆う、しばらく前の事だった。


 「その息子に、最後に会ったのはいつだ?そいつの姿を見たのは?」

 「彼は身体が弱くて滅多に外に出なかったから。僕が会ったのはもう1年以上前だと思う」


 言いながら、アスランがちらりとジルゼを見た。自分から雷砂に話した方がいいと、促すように。
 ジルゼは小さく頷き、雷砂を見た。


 「私は、1ヶ月以上前に。霧が村を覆った頃より前に会ったのが、最後です」

 「ジルゼは村長の息子の世話役だったんだろう?なぜそんなに長く会ってないんだ」

 「村長に、不要だと断られたんですよ。息子に世話役はもう必要ないと。代わりに色々便利に使われるようになりましたけど」


 自嘲するように、ジルゼは笑った。
 村長の息子の世話役という職を追われ、ジルゼは村長の便利屋となったのだ。


 「そうか、1ヶ月以上前か・・・・・・」


 1人つぶやき、雷砂は歩を進めていく。行くべき場所はもう分かっているとでも言うように。
 だんだんと、匂いがきつくなっていく。目にも染みるほどの匂いだ。
 不意に、雷砂が足を止めた。


 「ここから先は来なくてもいい。オレの予想通りなら・・・・・・この匂いからすると確実だとは思うけど、見て気持ちのいいものじゃないと思うから」


 アスランとイーリアは顔を見合わせ足を止めた。2人はここに残るようだ。
 雷砂の目が、ジルゼを見る。お前はどうする、と問いかけるように。

 ゴクリとつばを飲み込んで、ジルゼは足を踏み出した。
 何となく、行かなければいけないような気がした。ただ、なんとなく。
 雷砂はゆっくりと歩く。ジルゼを先導するように。
 そして、ある扉の前で足を止めた。

 そこは、ジルゼがいつも通っていた部屋だった。
 その部屋には病弱な少年がいて、彼はいつもジルゼの訪問を心待ちにしていた。

 優しい、少年だった。
 本当はもっと同年代の相手とも遊びたかったはずだ。
 だが、自分を心配する父の事を思って我慢していた。
 優しすぎるくらいに優しい彼が、ジルゼはとても好きだったのだ。村長にもう会いに来るなと突っぱねられた時、くってかかるくらいには。
 だが、結局は納得し、ジルゼは彼に会いに来る事を止めた。

 それは間違いだったのだろうかージルゼは変わり果ててしまった部屋の中を、その主を見つめながら思う。
 あの時、村長になんと言われようとも彼に会いに来ていたら何かは変わっていたのだろうか、と。

 部屋の主は、ジルゼが大好きだった少年は、いつものようにベッドの中にひっそり眠っていた。
 以前とは似ても似つかぬ姿で。永遠に目覚めぬまま。

 亡くなってから、もう随分たつのだろう。彼の身体はすっかり白骨と化していた。
 亡くなったまま、ずっと放置されていたに違いない。彼の身を包む布団は変色し、ひどい匂いを放っている。


 「アジオン様、随分長いこと、ご無沙汰をしておりました」


 ジルゼはベッドに歩み寄り、彼のすっかり細くなってしまった手を取った。
 白い小さな骨が、手のすき間から床へ落ちていく。
 ジルゼはそれを拾い集め、手の中に大切に握り込む。


 (ジルゼ、久しぶりだね。また、村の出来事を話してくれるかい?)


 そんな少年の優しげな声が聞こえた気がした。
 だが、それは幻聴だ。もう2度と、彼の声を聞くことは出来ない。
 ジルゼの頬を涙が伝った。次から次へと、止まることなく。

 世話役を解かれてから、村長の言うなりに色々な事をした。人の道に外れたことも。
 正直、悪いことをするのは気持ちの良いことではなかった。
 だが、無理矢理に手伝わされたのだと自分に言い聞かせ、今の今まで本当に後悔してはいなかった。
 仕方がなかったのだと、自分を信じ込ませてきた。

 だが今、ジルゼは後悔していた。
 もう2度と息子に会いに来るなと言った村長の言葉の奥にある想いを、その言葉を言わせた出来事を、なぜ推測する事が出来なかったのか。
 なぜ、自分を追い返そうとする村長を振り切って彼に会いに来なかったのだろう。
 そうすれば、もしかしたら彼の最後の瞬間に側に居てあげることが出来たのかもしれないのに。
 ジルゼの肩に、小さな手が乗った。


 「優しい、子だったんですよ。私は、彼が大好きでした」


 振り返らず、独り言の様に小さく呟く。


 「うん」

 「こんな風に、朽ちさせていいはずがない。どうして、こんな」

 「後で、一緒に埋葬してやろう。だけど、その前にやる事がある」


 その言葉に、ジルゼは濡れた顔を上げて雷砂を見た。
 彼を弔うこと以外に、何をすることがあるというのか。


 「そいつはきっと、父親が好きだったんだろう?」

 「・・・・・・ええ」


 村長は厳格で、決して優しいとは言い難い父親だった。
 だが、彼は父親を慕っていた。愛していたのだ。


 「なら、その父親にこれ以上の悪事を働かせちゃダメだろ。ジルゼ、彼の代わりにお前が一緒に来て止める手伝いをしてくれ」


 ジルゼは泣き濡れた顔を、再びベッドの上の少年へと向けた。
 雷砂の言う通りだ。
 優しい彼は、死してなお、道を踏み外した父親の悪行に心を痛めているに違いない。


 「そう、ですね。もう、こんな事は終わりにしないと」


 自分に言い聞かせるようにそう言って、ジルゼはゆっくりと立ち上がった。
 最後にじっと、ベッドの上の物言わぬ躯を見つめ、静かに背を向ける。
 そして、雷砂を見つめた。


 「行きましょう。村長は、恐らく裏山の狩猟小屋に居るはずです。私が、案内します」

 「ああ、頼む。ありがとう、ジルゼ」


 ジルゼの決意と言葉に、雷砂は頷き礼を言う。
 ジルゼは小さく首を振り、部屋を出ていく雷砂の背を追った。
 部屋を出ていくその瞬間、


 (ありがとう、ジルゼ)


 そんな少年の声が聞こえたのは、やはり幻聴だったのだろうか。
 懐かしい優しげな響きの声に、ジルゼは泣き笑いの様な顔をし、雷砂の歩調に遅れぬよう、その背中をただ追いかけた。

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