龍は暁に啼く

高嶺 蒼

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第二部 旅のはじまり~小さな娼婦編~

小さな娼婦編 第二十話

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 薄明かりの部屋の中、セイラは一人、窓辺のイスに座って窓の外を見ていた。
 もう随分遅い時間だ。
 だが、眠気はなく、ただ焦がれるような思いだけがある。

 想う相手はただ一人。
 自分より遙かに年下の、しかも同姓の少女。

 無造作に整えられた金色の髪。
 見た目よりずっと柔らかで手触りの良い髪は、セイラのお気に入りだ。
 いつでも、いつまでだって触っていたいと思う。

 相手をまっすぐに見つめる色違いの瞳はまるで希有な宝石の様。
 その瞳は、いつだってセイラの心を捕らえて離さない。

 まだ幼さを残す声も、大人びた仕草も、優しく触れてくる指先も。
 雷砂のすべてが、セイラの心を惹きつける。

 愛しくて、愛しくて。
 いつか来るであろう別れの瞬間を思うと、セイラはまるで寄る辺ない子供のように途方にくれてしまう。

 雷砂と出会って一緒に過ごしたのはまだ数ヶ月でしかない。
 なのに、雷砂の居ない生活を、想像することが出来なくなっている自分に、セイラは苦く笑った。

 別れが、そう遠くないことは、何となく気づいている。
 それは最初から薄々分かっていたことでもあった。
 ただ、目を反らしていた。

 雷砂と共にいることが、嬉しくて。
 余計な事を、考えたくなくて。
 年下の少女から、重たい女だと思われることが、どうしようもなく怖くて。
 雷砂がそんなことを思うはずがないと分かっていても、それでも怖かった。


 (どうしようもない女よね、私って)


 幼い雷砂を誘惑して、恋人の地位を勝ち取って。
 恋人になったから安心出来たかと言えばそうでもなくて。
 雷砂を好きだと思う程、不安になる。

 自分で良かったのだろうか。
 もっと、雷砂に相応しい相手が居るのではないだろうか。
 強く、美しく、守られるだけでなく、守り返す事も出来る様な相手が。


 (私に出来ることは舞う事だけ。どう頑張っても、雷砂を守ってあげる事なんて出来やしない)


 守りたいという思いはある。
 でも、それだけの力が自分にはない。
 雷砂はきっと、守られるだけのセイラを疎んだりはしないだろう。
 だが、それでいいのだろうか?雷砂に甘えるだけの自分で。

 良くない、とは思う。
 だが、どうしたらいいのか。
 今更、付け焼き刃で戦う力を身につけようとしても、そんな事で雷砂の助けになるとも思えない。
 出ない答えに、セイラはそっと吐息を漏らす。
 そして、ぽつりと呟いた。


 「雷砂。私で、良かったの?」

 「セイラだから、いいんだよ」


 答えが返って来るとも思わずに漏らした独り言。
 だが、返らないはずの答えが、自分以外に誰もいないと思っていた部屋の中から返ってくる。
 驚いて振り向くと、雷砂が腕の中に飛び込んできた。


 「ただいま。遅くなってごめんな?セイラ」

 「ら、雷砂!?いつ帰ってきたの??」

 「今。ついさっき」

 「声、かけてくれれば良かったのに」

 「いま、かけたよ」


 いたずらっぽく、雷砂が笑う。
 そしてセイラをベッドの方へ誘い、腰を下ろした彼女の膝の上に向かい合うように乗るとそのまま再び彼女を抱きしめた。
 体と体をピッタリ合わせて、彼女を体全体で感じることが出来るように。
 セイラを不安にさせてしまったと、その反省の想いも込めて。


 「オレは、セイラがいいんだ」


 精一杯の愛情を込めて、耳元で囁く。


 「私、弱いし、いつも守ってもらってばかりで、何の役にも立たないのよ?」


 ちょっぴり鼻声でそんなことを言い募る彼女の頬を両手で挟んで、バカだなぁと愛おしそうに微笑む。


 「オレは強いから人を好きになる訳じゃないし、大切で守りたいから勝手に守ってるだけだ。役に立つから人を好きになるなんて、そんな嫌な人間になったつもりもない」


 間近から、セイラの瞳をのぞき込み、鼻と鼻をそっと触れあわせる。


 「好きな気持ちに理由なんて無い。ただ、好きなんだ。どうしようもなく。セイラは、違うの?」


 問われて、セイラは目を見開く。


 「セイラは、オレが強いから、オレが守ってくれるから、オレが役に立つから好きになったの?」


 その問いを否定するように首を振る。
 まぶたが熱くなり、少しだけ涙がにじんだ。

 雷砂を好きな気持ちに理由なんて無かった。
 ただ、好きなのだ。
 どうしようもなく、例えようも無いほどに。
 雷砂が言うのと、同じように。


 「好き。私も、ただ、あなたが好きよ」

 「オレも、好きだ」

 「私の方が、もっと好き」

 「オレの方が・・・・・・って、きりがないな、これ」


 そう言って、雷砂が照れたように笑う。
 それからふと真剣な表情になって、


 「ごめんな。オレが色々勝手な事をしてるせいで、寂しい思い、させてるな」


 言いながら、セイラの髪を優しく撫でた。
 セイラは気持ちよさそうに目を細め、そんなことないと首を振る。

 確かに雷砂と一緒の時間が少なくて寂しいことは寂しい。
 だからといって、雷砂の行動を縛るつもりは無かった。
 自由に生きる雷砂が好きなのだ。
 もし雷砂が自分を押さえて自分の側に居てくれたとしても、きっと嬉しくない。

 そう伝えると、雷砂は少しだけ目を見開き、それからとろけるように笑ってセイラの額に自分の額を押しつけると、ありがとうと囁くように言った。
 そしてそのまま、自分の唇をセイラの唇に優しく押し当てる。

 その瞬間、ふわりと独特な酒の香りと共に女の香りを感じた気がしたセイラは、少し眉を寄せ、雷砂の頬をがしっと両手で掴んだ。
 驚いた様な顔の雷砂をじいっと見つめ、


 「ね、雷砂。今日、他の女とキス、したでしょ?」


 さらりと、そう尋ねた。
 その瞬間、雷砂がばっと自分の口元を押さえ、それからしまった、と顔をしかめる。
 その様子を見ながら、セイラはにっこりと微笑んだ。
 妙にすごみのある笑顔で。


 「え、と。その」

 「雷砂がモテるのはよーく分かってるから安心して。焼き餅は焼くけど、怒ったりはしないって約束する。だから、嘘をつくのだけはやめてね?」


 胸の奥が少しチリチリするが、仕方がない。
 雷砂を、いつまでも独り占め出来るとは思っていなかった。
 いつかは来ることだ。ただ、それが早いか遅いかの違いだけ。

 セイラは自分の感情をそんな風に分析しつつ、雷砂の顔をじっと見つめた。
 雷砂は困ったような顔をしてセイラを見返す。
 こんな時ですら、そんな雷砂の表情が可愛くて仕方がない。
 他に女が出来ようと、もし万が一捨てられる時が来ようとも、自分が雷砂を嫌うことは無いだろう。
 出来るならば、雷砂の恋人の一人として、出来るだけ長く側に居たいとは思うけれど。


 「セイラ、ごめん」


 しょぼんとした雷砂が、素直に謝る。
 別に謝らせようと思った訳じゃ無かったんだけどなと、ちょっぴり苦笑しつつ、


 「だから、怒ってないってば。でも、相手は誰で、どうしてそうなったのか知りたいって思っただけ」


 正直に気持ちを伝えると、雷砂は頷き事の経緯を話してくれた。
 久しぶりにあった友人と食事に行った事。
 酒を飲み過ぎたその友人に、唇を奪われた事。
 そのキスが、嫌ではなかった事。

 その話を聞きながら、セイラは雷砂にキスをした人物の事を思った。
 雷砂は友人と言っているが、相手は十中八九、雷砂に恋愛感情を持っているだろう、と。
 その想いが雷砂にちゃんと届くかはこれからの努力次第だろうが、雷砂は意外に鈍感なので、きっと苦労するだろうなぁと、まだ見ぬ恋敵を思ってセイラは小さく微笑んだ。

 「恋敵」と書いて「とも」と読む。
 なんというか、そんな心境だった。
 雷砂が心を許している相手だ。きっと良い女性に違いない。


 「オレって、けっこう好色なのかなぁ?」


 困った顔で呟く雷砂を見て、セイラは思わず声を上げて笑っていた。
 好色とはまた、雷砂のイメージからはほど遠い言葉が出てきたものだ。
 雷砂のは好色と言うより、ただの博愛主義なんじゃないかと思う。
 好色というには、雷砂の欲は薄いのだ。
 むしろ、もう少し好色になってもいいくらいだと内心思いつつ、


 「雷砂が好色なら、私の方がもっと好色だと思うわよ?」


 そう返す。
 それから、雷砂の瞳を見つめたまま、艶やかに微笑んだ。
 体を熱くする欲を、隠すことなく。


 「せっかく好色になったのなら、その言葉に相応しいことを、一緒にしましょ?」


 言いながら、唇を寄せた。
 微笑んだ雷砂がそれを受け止め、唇を割って入ってきた舌を、熱く絡め合う。
 そしてそのまま、ベッドに倒れ込み。
 2人は思う存分、互いの想いを確かめ合うのだった。

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