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第0章 神話に残る能力で

クラフターズ・ローグ

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 『いい事思いついた。オジーチャンは人に慣れた野生動物。もし外で寝ているなら、そこにくっついて寝れば凍死はしないで済むだろう』

 などという、安易な考えで歩き出した俺はバカだ。
 全然見つからない。……あまり野生をナメるなよ、俺。

 完全に夜は更け、奥歯がガタガタと音を鳴らし出した。まずい、マジで死ぬ……。

「使えてくれ……インベントリ」

 つい口に出してしまったが、目の前に効果音と共に見慣れたUIが表示された。
 よし、使える!
 思わず、安堵のため息が漏れた。何かいいアイテムは……。

「いた、やっと見つけた」

 突然、後ろから声をかけられた。焦って、ついUIを閉じてしまう。
 振り返ってみると、走ってきたのか、息を荒げたラウラが立っていた。

「……なんで濡れてるの?」
「い、いやー、感動の再会をしまして。ちょっと袖を濡らしたといいますか」
「髪まで濡れてる。泣きながら逆立ちでもしたの?」

 袖を濡らしたという表現がこの世界でも通用したことは意外だし、見事なツッコミにも驚嘆する。
 うむ。さすが経営者というだけはあるな。
 詳しい説明を省きたい俺は、「てへへ」と照れ隠しのような何かで返答した。

「えっと、それで、文無し男に何用で?」
「ふふ、ちょうどいいタイミングだったみたい」

 鼻水を垂らしはじめた俺を見て、ラウラの表情は笑顔に変わる。

「やっぱり、うちに泊まっていって。それを伝えたくて、探してた。手伝いをしてくれれば、タダで――」

 タダ。その言葉に、自分の耳がピクリと動くのが分かった。体に再び活力が湧いてくる。
 俺は瞬時に頭を巡らせ、禁忌とされる秘技の一つを使う事とした!

 ジャパニーズ礼式――『土下座』
 無詠唱で行う事も可能な技だが、今回は詠唱が必要だ。

 俺はラウラの前で制動をかけると同時に、息を思いっきり吸い込む。
 そして、

「お願いします! わたくしイツキ、掃除洗濯残飯処理、おっさんの飲み相手からオジーチャンの散歩でもなんでもします!  だから、アルトラウラさん! あったかいご飯とお布団をください!」

 どこまでも響く大声で、しかしそれを一息で言い切る。

「い、イツキ……?」
「おねがいします! 死んでしまいます!」
「顔上げて……」

 その言葉に甘んじて顔を上げると、ラウラは目を細めて微笑んでいた。

「じゃあ、やってもらいたい事がある」

 よし! これでなんとか、明日への切符を掴めた。
 立ち上がり、「ありがとうございます!」と返事する。

 宿についたら、まずは体を温めよう。
 そして、キリキリと宿の手伝いをするのだ。

「あの、素人のワタクシでも出来ること、ですかね……?」

 進むラウラを追いながら、揉み手で質問する。
 いきなり会計とかを任された場合、俺は詰む。

「……」
「……アルトラウラ様……?」
「さっき言質とれたし、いいかな」

 つぶやいた後、ラウラはバツが悪そうな顔で答えてくれた。

「実は、宿はかなり古くて。色々修繕したいところが多いんだ。でも、直すのには結構お金かかるみたいで。イツキが大工なら、直せるかなーって」

 そういう事か。

「オッケー、任せてくれ。大工仕事には自信がある」
「うん、頼んだよ……でも」

 ラウラがじっと俺の顔を見つめた。

「そのまえに死なないでね……」
「……ぜ、善処します」

 あまりの震えに心配されつつ、俺は宿への道を進むのだった。



◇◇◇



 鹿の脚亭は、二階建ての宿だった。到着してまず目に入ったのは、一階でたむろする数人の男たち。
 いかにもファンタジーといった格好で、楽しそうに騒ぎながら酒を飲んでいる。
 どうやら昼までは受付として、夜になると大衆酒場として機能するらしい。

 俺は、着いて早々に風呂を借りる事ができた。
 スタッフ用と思しき小さなシャワー室だったが、体を温めるには十分だ。
 体の疲れも取れた気がして、ラウラにやるべき仕事を尋ねる。

「どこから直したらいい?」
「もう深夜だよ。明日のために英気を養っておいて」

 そういいながら、俺の目の前に料理が取り出される。さっきからしていた、いい匂いはコレか!
 俺自身も食べたいと言ったことをすっかり忘れていた、魚料理だ。

「んーっ! すげぇ美味い!」

 腹が減っていたせいか、それとも彼女の料理の腕がいいせいか。

 うん、両方だろう。何の魚かも分からないが、現代っ子の俺でも明らかに分かる上品な美味さ。唸らずにはいられない。

 正直、おかわりが欲しい……そんな事を思っていると、後ろから足音が聞こえてきた。

「ラウラちゃんの料理は美味いだろ」
「んぐ……あ、ああ」

 野太い声で話しかけられ、急いで口の中の魚を飲み込んでから振り返る。
 どうやら先ほど見かけた男性客のようだ。もうすっかり出来上がっている。

「兄ちゃん、見ない顔だな……となり座るぜ。なぁ、その魚の味付けマジで絶品だろ? この村の特産らしいぜ。あ、一口貰うぞ」
「あっ」

 夕方に会った村人達とは違い、距離をカケラも感じない遠慮の無さだ。
 止める間もなく、目の前で残り少ない魚の身が、飛び込んで来た指先に摘ままれて男の口へ吸い込まれていく。

「ひゃー、やっぱうめぇなぁ。ホント、ここは良い宿だ、酒も呑めよ。ラウラちゃん、こっちだ! こっちに酒だーっ!」

 何だ、このオッサン。

「そういえば、兄ちゃんは旅人さんかい?」
「旅人っていうか……これからなるところかな」

 まさか『この村の制作者だ』と言うわけにもいかない。

「ここらも最近は物騒だからな……武器はちゃんと使えんのか?」
「ぶ、武器? まあ、簡単なものなら、多分、人並み程度には……」

 突然飛び出した恐ろしい単語に、顎を引いてしまう。

「簡単じゃいけねえなぁ」

 ガッハッハ、と男は大仰に笑い、ほかの男たちの顔を見る。
 周りは彼ほど酔っていないみたいだが、皆一様に「そりゃいけねえよ」などと言ってニヤニヤしている。
 こ、怖い……。

「武器ってのは、こう、パワフルで、エレガントでねえとなぁ? げふっ」

 男のゲップには、酒のニオイが混じっていた。
 俺は精いっぱいの愛想笑いで「そ、そうですねぇ」と返す。

「俺らみたいに『冒険者』でもなけりゃ、武器には無頓着かもしれんが……旅をするんなら、防具ばっかりじゃ戦えねえぞ?」
「ぼ、冒険者……?」
「なんだその顔。まさかオメエ――」

 そこでガッツリ肩を組まれ、真横でジョッキを傾けられる。
 「ひっ」と声をあげて真っ青になった俺の顔色なんて、全然見えていないのだろう。

「冒険者もいねぇところから来るなんて、オメエはどんだけ田舎モンなんだ? だーっはっはっは!!」
「おいおいアベル、その辺にしとけよ。お前はいっつも酒癖が――」
「だーまってろサル助ェ!」
「サルートルだ! いい加減名前くらい覚えろ!」

 アベル、と呼ばれた男の腕に力が入る。

「ちょっと、首が……締まる……!」
「あ、おお、悪ィ!」

 ガラガラの声で謝りながら、アベルが俺の肩を解放した。
 少し遠くで立って俺たちの話を聞いていた『サル助』ことサルートルが、こちらに向かって歩いてくる。

「冒険者ってのは、簡単に言うと賞金稼ぎだな。市民の困りごとを解決する何でも屋だ」
「もっとも、そこのヘッポコサル助みたいなのに任される依頼は『警備~』だの『店番~』だの、雑用ばっかりだけどな」
「フン。だが、アベルのような脳が筋肉で出来ている者には、引っ越しの依頼ばかりが来るぞ」
「あ゛ぁッ!?」

 顔は見えないけど、俺には分かる。横のアベルのおっさん、怒りで髪が逆立ってる。
 それが、ゆっくり垂れて、小さなため息が漏れた。ジョッキを傾ける。

「……平和なのは何よりだが、こう何も事件がないんじゃ、俺たちみたいな冒険者ってのはなかなか厳しいんだよ」
「色々、あるんすね」

 俺は適当に相槌を打って、ラウラの料理に手を付けた。
 やっぱりうまい。だけど、今そんなことを言ったらまた話が振り出しに戻りそうだ。
 ぐっとこらえて、ゆっくり咀嚼した。

 いつの間にか、俺の隣にサルートルが座っている。

「君、名前は」
「イツキです」
「イツキ……冒険者のことも知らないとなれば、相当な辺境の出身と見える」

 辺境というか……異世界?

「それならば、この世界が作られた伝説も知らないのではないか?」
「バカオメェ、いくら何でもCRAFTER'S ROUGE<クラフターズ・ローグ>を知らねえ奴がいるわけねえだろ」
「フン。私はそういう辺境出身者を何度も見た事がある。残念だが、物を知らないのはお前の方だ」
「ぶ、ぶっ殺すぞサル助ェ! イツキとやら、オメエもなんか言ってやれよ!」

 なあ、と顔を覗き込まれて、俺は目をそらす。

「……ウソだろ……世界って、やっぱ広ぇんだな……」

 アベルはまた酒をあおって、小さくしゃっくりをした。



 ◇◇◇



 その昔、この世界には多くの動物、豊かな自然があふれていた。
 人間はいたが、言葉を使わず、道具も使えない。まさに動物のような存在だった。
 そこでは、人間たちはかろうじて集団で生活することを知っており、自然の地形を利用した洞窟や村に住んでいた。

 ある年、人間たちは大きな災難に見舞われた。
 川が氾濫し、山は燃え、狩るべき動物はみな姿を消した。木の実さえもなく、枯れ果てた野には、大量の猛獣が棲みついた。
 人間たちは滅びに向かって進み、全員が死を覚悟した……その時だった。

 彼らの前に、人間たちに姿のよく似た、3人の若者が現れた。

 1人は言葉を巧みに操り、誰も記録できない言葉を発した。
 すぐに川の氾濫は癒え、山は鎮まり、森に鳥たちが帰ってきた。

 1人は転がっていた木と石から、不思議な装置を作り上げた。
 すぐに猛獣は追い払われ、野には花が咲いて食糧へと変わった。

 最後の1人は道具を作った。農地を作り、農具の存在を教えた。
 獲れた作物を入れる箱を作り、人間は洞穴から、家に住むようになった。

 3人の若者は、自らを『プレイヤー』と名乗った。
 そして、自らの手で作った都市を人間に与え、そしていつしか姿を消した。

 プレイヤーのその後を、私たちは誰も知らない。



 ◇◇◇



「これが、『プレイヤー神話<クラフターズ・ローグ>』だ」
「こんなこと言っちゃアレだが……オメエ、母ちゃんいねえのか?」

 アベルの視線が突き刺さる。
 俺は半笑いで、「ああ、そんな話もあったね」と言わんばかりの表情をした。もちろん、聞いたことなどないのだが。

 つまりこの世界では、様々なMODを使って建築をしていたロークラのプレイヤーが、世界を作った神『プレイヤー』として語り継がれている、ということだろう。
 次世代に伝えた――そうヒョウドウの幻影も言っていた。

「何なら、俺たち冒険者の始祖ギルドだって、プレイヤー達が作ったって話だぜ?」

 『冒険者なんていかにも』なんて思ってたけど、まさかの冒険者システムを作ったのもプレイヤー?
 ウソだろ……自分で異世界ファンタジーを作り出したってのか。

 ……俺も一緒に参加したかったよチクショウ!

「んでよぉ、コレ」

 アベルがニヤっと笑って、背中の剣を引き抜いた。

「これがそのプレイヤーと同じモデルの剣なんだよ」
「はァ……また始まったよ、アベルの剣自慢」

 サルートルは俺の背中をトントンと叩いて「聞き流せ」と耳打ちする。

「プレイヤー仕様と同じ剣が今でも作れるってのもスゲぇ話だけどよ、コイツは斬れ味抜群、リーチも充分、おまけにこのブツでこの軽さときてやがる」

 立ち上がり、軽く振り回す。
 ブンブンと空を切れる音がする。
 当然、こんなもの食らったら死ぬ。凍死するなら、剣でだって死ぬはずだ。何より俺の直感が「ヤバイ」と言ってる。

「こいつは縁起物でな、プレイヤーの加護で1度だけ奇跡が起きるってのは有名な話だ。冒険者じゃないにしても、そこらの野犬をぶん殴れるくらいの武器は用意しておくべきだぜ。コイツはちと高いが……短剣だって十分だ。……おっとっと」

 どしゅっ、と鈍い音がして、目の前のテーブルに剣がめり込む。アベルは剣を取り落としていた。
 分厚い木のテーブルは裂け、木片が飛び散っている。

 どんな威力だよ……。

 雑談でざわついていた酒場が、一瞬でシンと静まり返る。
 アベルは首を傾げ、椅子に腰を下ろした。

「ひっく……酔っちまったかなぁ……」
「お客さん?」

 少し遠くから、低く唸るようなラウラの声が聞こえた。

「おぉ~、ラウラちゃん、お酒おかわりおねが~い」
「毎週毎週、よくも飽きずにウチのテーブルを……」

 はぁ、と声が漏れて、それから冷たい視線が酒場をぐるっと見回した。

「誰も彼を止められないんですね」
「あっれ~? ラウラちゃん怒ってる? ごめんねっ」

 アベルは明らかにおどけて、さっきまでよりも調子よく言っている。
 さすがに通用しないだろ……。

「アベルさん、でしたっけ?」
「おぉ~っ!? 俺の名前、覚えてくれてたんだぁ! さすが若女将アルトラウラ! 将来の天才経営者!」

 ラウラは酒が並々入ったジョッキを手に持って、張り付いた笑顔でゆっくり近付いてくる。

「さすがにそろそろテーブル弁償してくださいね?」
「ごめんごめん、酔っぱらっててさぁ~! ほら、コイツ……イツキだっけ? この田舎モンにプレイヤーの剣を見せてやりたくて!」

 え、俺? 今俺が悪いことにされそうになってない?

「縁起物の剣で、縁起でもないことしてくれて……本当にいつもありがとう。でも、3週連続でテーブル破壊しちゃったら、もうその剣で起こせる奇跡は使い切っちゃったかもね」
「あっはっは! ウマいこと言うねぇ!」
「これでしっかり頭冷やしてね」

 ラウラがジョッキを振り上げ、アベルの脳天に――ゴンっ!!
 グラスが割れ、酒が飛び散り、アベルが「おぎょッ」と変な声を出して背もたれに体を預けた。
 酒場に静寂が訪れる。

「イツキ」
「は、はいッ!!」

 こ、殺される……!

「お願いしたいこと増えちゃった」
「なんでも! なんでもします!」
「テーブル直すのもお願い……今度でいいから」

 ラウラは背筋が寒くなるような笑顔でそう言うと、キッチンの奥へと帰っていった。
 彼女の背中が完全に見えなくなったのを見て、俺はゆっくりアベルに近付く。

「……あ、あの……」
「は~……アルトラウラちゃん、やっぱ可愛いなぁ~……ツンなところが、またたまんねぇ……」

 ……ひとまず元気そうで何よりだ。
 俺は「なんか、すみません」と頭を下げて、部屋へと戻ることにした。
 恒例行事なのか、アベルの心配をする冒険者はいないらしい。ゆっくりと酒場に雑談の声が戻っていった。



 ◇◇◇



 客間の裏にあった古いベッドでぐっすり眠った俺は、日の出と共に目覚める。
 全然寝た気がしないが、目がギンギンに冴えていた。なんて言ったって、ロークラの世界で自由に遊べるのだ。
 しかも、自分は『神話で神にされてるヤツら』と友だち。……俺の中二病が逸らない訳がない。

 軽快な足取りで1階に降りると、ラウラが昨日の割れたビンの破片を捨てているところだった。

「おはよう」
「あ、おはよ……」

 彼女はまだ眠いのか、パチパチと何度も瞬きをして、気の抜けた声で言った。

「朝、早いんだね」
「ゆっくり眠れた。客間用じゃないとは思えないね」

 俺は腕をグルんと回して、「で」と彼女を見た。

「どこから始めればいい?」
「そしたら、まずは村の外壁……割れてるところがあるから、そこを直してきてほしい」
「任せとけ」
「……いいの?」
「え、何が?」
「いや、だって、宿じゃなくて『村の外壁』だよ?」
「うん。元から直す気だったし、丁度いいじゃん」

 言ってみただけだったのに。そういう顔だ。
 俺のやる気を不審がっている彼女を尻目に、俺は意気揚々と宿を出る。

 まあ、この世界の時間で何十年、何百年という時間が経っているわけだから、建物や壁が古くなるのも仕方ない。
 その間、建築の技術を持った人間――この世界で言うところの『プレイヤー』――も現れず、朽ちていく一方だったのだろう。
 そう考えればむしろ、何百年も崩れていない事に驚くべきなのかもしれない。

 彼ら自身に、プレイヤーとしてではない『普通の建築能力』は無いのだろうか? 

 ……そういえば、ラウラは「お金がかかる」と言っていた。無い訳ではないのだろう。
 
「さて、と……」

 ヒョウドウの教えに則り、インベントリを表示させるのには成功している。
 だけど……実は何かの勘違いで、『インベントリは出せてもアイテムは使えない』なんて可能性もまだある。
 そうなったら、俺は安請け合いした仕事すらこなせない、最速ホラ吹き野郎だ。

 ……あ、なんか急に怖くなってきた。
 インベントリ、インベントリ……思い浮かべろ……頑張れ俺の脳細胞……!

 インベントリっ!

 ぽわん、と気の抜けた音がして、目の前にそれは現れた。
 ほんの少し使えなかっただけのはずだが、かなりの安堵感がある。親の顔より見たUI、ってヤツだな。

「どっかで拾った石……土……この辺は修理に使えるか……あと鉄鉱石……」

 目の前にあるインベントリをタッチすると、ポロンと素材が落ちる。
 よし、呼び出しは成功だ……!

 ありがたいことに、素材はそのままブロックとして出てくるようだ。
 土が『リアル土』で出てきたらたまったもんじゃないからな。

 落ちた土は地面につくと同時に膨らみ、砂場のように盛り上がった。

 ああ、ブロックは自動で『解釈』されて、解像度とかが上がった状態で実体化するのか。
 それでみんなの建築も、あんなにリアルになっているわけだ。納得納得。

 そんで次が、布団……? ああ! 『布団MOD』の布団か。
 出してみると、本当にリアルな「ただの布団」だ。
 とりあえず間違って踏まないように、布団はすぐにインベントリに戻そう。

 成功。
 インベントリの出し入れに問題はなさそうだ。

 あとは、一括採取ツール、自動建築機、音メガネ……。

「改めてみると汚いインベントリだ……」

 クリエイターズワンド、敵影感知レーダー。
 どれも建築にあれば便利なものだが、ほとんど使っていないものも多い。
 ……ただ、今はこのアイテムが、とんでもなく心強い仲間に見えて仕方ない。

「あっ、これは! ポジトロンスーツ! と思ったけど、充電が……」

 ポジトロンスーツは、科学MOD「テクノロギア」の最終装備だ。PVP以外で、装備していて死んだとは聞いたことがない。
 身につけられれば最高に頼もしい存在だが……。

 今は、その充電残量が小数点以下。つまり、ほぼ『重たい鎧』である。早めにエネルギークリスタルを充電してやらないと。

「でも……中二心をくすぐるよなぁ……」

 黒光りするボディに、赤黒いライン。
 分解補修可能なパーツの機能美。
 リアルになったからわかる。やっぱり、これをデザインした奴は天才だ。

「もったいないからしまっとこ」

 腐っても最強装備である。後々充電方法が分かれば、これは十分使い物になるはずだ。
 手放すなんて選択肢はない。

「んで……」

 結局、建築に役立ちそうなのは、石と土と、あとは自動建築機くらいか……。

 俺はあたりを見回した。
 まだ、村が動いている気配はない。遠くから、鶏の鳴き声が響く。

 ひんやりとした爽やかな早朝の空気に、少しずつ明るくなっていく家々。
 ロークラの……この世界の、新しい一日が始まろうとしていた。

 少し遅れたけれど、俺もみんなのようにこの世界を楽しもう。
 そしていつか……俺も頑張ったって……あいつらに胸を張ってやるんだ。
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